お針子の魔法使いと悪魔の弟子

蛾脳シンコ

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第12話『魔法の杖と双戟の獣』

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 時が過ぎるのは早いもので、レンリエッタが此処へやって来てから数日が経った。あっという間に過ぎた数日の間に起きた事と言えば備蓄庫のネズミが群れを成して邸宅を乗っ取ろうと企てたり、エラフィンが王酸とやらの調合に失敗して錬成室に大穴を開けたり、森中に鋭い氷の雨が降り注いだので危うく串刺しになりかけたりなどとロクな事では無かったが、割と面白おかしく過ごす事が出来た。

 そして今日は珍しく昼まで何も厄介な事は起きず、広間で三人はそれぞれの時間を過ごしていた。エラフィンは水晶を片手に雑誌を読み漁り、グリスは骨董品のティーカップを丁寧に布で拭き取り、レンリエッタは深紫色の柔らかなローブを繕っていた。

「よーし!これで全部おしまい!先生の古着ぜーんぶ直しちゃった。」
「ご苦労さん、けれどまさか本当にやり切るとはねぇ…あんなにあったのに…」
「作業時間はもちろん、腕前も確かでございますね。…私めは喜んで良いのでしょうか…」
「えへへ…言ったでしょ、針には自信があるって!」

 レンリエッタはここ数日の間に山のように放置されていたエラフィンの古着を全て修繕してみせた。それもこれもサタニズム街で買ってもらった銀の裁縫道具のおかげである。
 決まった場所や時間に縛られず、己の好きに針を動かしていたせいでついつい夢中になり過ぎてしまった気もするが、それでもその腕前に二人とも感心していた。
 得意げに笑うレンリエッタはローブを畳んで机の上に置くと、エラフィンの持つ水晶玉を眺めた。片手に収まるほどの透き通った小さな水晶玉の中では黒い霧がモゾモゾと揺れ動き、液体のように崩れたかと思えば砂粒のようにパラパラと固まり、見てて飽きない程にせわしなかった。

「ねぇ、それって何をする道具なの?」
「うーん?これかい?これは魔法の流れを写すものさ、手に取って魔力を流し込むと動きが見えるんだ。ほら見てな、魔力を落ち着かせると水みたいになるだろう?それで少し力を加えるとチリみたいになって…そんで強い魔力を与えると霧のようになるの。」
「なんだか綺麗だね…」

 レンリエッタがまじまじと見つめる水晶は内部でぐわぐわと黒い霧をうごめかせ、まるで遠くから見た鳥の群れの様であった。その動きはどんどんと早まり、嵐のように激しく回り始めると…

 ビシィッ!!

「うわっ!!?」
「あーらら、またやっちゃった…安物はこれだから…」
「な、なんで割れちゃったの…」
「ついつい調子に乗って魔力を流し過ぎたのさ。あんまり強く流し過ぎると水晶が持たないんだ」

 途端に水晶玉はビシッと音を立てて鋭いヒビが全身に走り、内部の霧が液状となって床へ滴り落ちた。どうやら流し込む魔力が多すぎたらしく、許容量を超えたせいで抑えきれなくなったらしい。
 グリスは「なんてことを…」と言いながら滴り落ちた黒い液体を拭き取ってから洗面所へ向かい、エラフィンは水晶を放り投げて遠くのゴミ箱へドボンッと捨ててしまった。
 そんな哀れな水晶玉の最期を見届けたレンリエッタは、暇そうに雑誌を眺めるエラフィンへ思い切って聞いた。

「ねぇ先生……そ、そろそろ魔法を教えてもらいたいなぁ…」

 レンリエッタは少し遠慮気味に聞いた。と言うのもここ数日間、エラフィンはまるで魔法のマの字も教えてくれないのだ。適当に雑用を押し付けて来て、いつも軽くあしらってしまう。
 このまま魔法を使う事が出来ないまま大人になってしまうなんて御免である。しかしレンリエッタの問いにエラフィンは少し考えたように唸ってから言った。

「あぁー……今日は忙しいんだ、明日おしえてあげるよ。」
「でも昨日もおとといも、その前もそう言って教えてくれなかったのに…」
「そんなに焦るんじゃないよレンリエッタ、もうじき教えてあげるよ。天気が良ければ明日、もしくは明後日になるかな…それに今日は本当に忙しいから。」
「そんなに忙しいって言うけど、一体何をするの?」

 そう聞くとエラフィンは「よくぞ聞いてくれた!」と言うような表情で雑誌をバタンッと閉じると、勇ましく立ち上がって杖を右手に取った。そして何か言うわけでもなく、部屋の床へ青く光る魔法陣を映し出した。
 丸い魔法陣には幾つも折り重なった不気味な文字が刻まれ、時折揺れるようにガビガビと波打った。

「えーっと…これって一体?」
「今開発中の複雑防衛呪文さ。うーんと強力なね」
「それってどんな魔法なの?壁を作ったりするの?」
「守る事なら何でも!ってところだね、たとえばこの家を視界から消すと同時に侵入者を追い出したり、どこか遠くへ飛ばしたりできるのさ。もちろん壁そのものを形成して守る事も出来るけど。」

 この魔法陣の正体はエラフィンが開発中の『複雑防衛呪文』であった。簡単に説明すれば何かしらを隠したり守りたい時に発動するものである。
 守る対象を敵の視界から消し去ったり、侵入者へ手痛い仕返しを行ったり、あるいは疑似的な催眠状態へ貶めたり…そのようなことを同時に発動させるという極悪な呪文なのだ。ちなみにこの魔法を無許可で作成したり発動させると『非公認過激魔法禁止令』の第三条に違反するのでれっきとした犯罪である。
 しかし当の本人は得意げに語った。

「どうも最近じゃ腕のいい盾破りの連中が増えて来てね、森全体の防衛魔法を見直す事にしたのさ。きちんと魔法を掛ければ私達にとっては無害同然でも侵入者はひとたまりもなくなるのよ。」
「でもそれじゃ一般の人も危ないんじゃ無いの?」
「安心しな、きちんと思想読み取り魔法も掛けるさ。心の底から善人ならなーんにもお咎めなしだよ、まぁそんな奴が居たとしても此処へは来ないだろうけどね。」

 言っている事はあまりよく分からなかったが、忙しいという事は分かった。なのでレンリエッタは引かざるを得なかったが、それでもエラフィンの役には立ちたいと思った。
 なんたってもう仕立て直す服も無いのだから退屈でしょうがないのだ。

「じゃあ代わりに何かするよ、私に出来る事はあったりする?」
「もちろん!色々とあるさ!けれど…うーん…そうだね、地下倉庫を整理しておくれよ。」
「ち、地下倉庫……もしかしてネズミが居たりする…?特に喋るようなのとか…」
「安心しな、あそこは害虫除けと害獣殺しが掛かってるから埃以外に敵は無いよ。」
「じゃあ任せて!えーっと倉庫は…」
「シャワールームの隣、用具室の床にハッチがあるよ。明かりは適当にランタンでも持って行きな。」
「はーい」

 と言う事でレンリエッタは地下倉庫の探検…ではなく、掃除をする事となった。どうにも最近ではネズミが嫌いになってしまったのだが、居ないとなれば墓穴でも喜んで入って行くような気分だった。
 レンリエッタは廊下へ出ると、グリスの「なんて頑固な汚れでしょう!」という声が漏れるシャワールームの前を通り、その横にある小さなこじんまりとした用具室へ向かった。
 用具室と聞けばかつての自室を思い出すが、それよりかはずっと狭かった。古びたドアの向こうにはバケツと箒とモップなどが所狭しに置かれ、その下ではまたしても古びたハッチが鎮座している。

「地下に倉庫があったなんて…そう言えば備蓄庫も倉庫と似たようなものかぁ…」

 レンリエッタはバケツやブラシなどを退け、洗剤でべた付く取っ手を掴むとグイッと開けてみた。すると現れたのは地下へと続く階段…暗い部屋へと続くそれは、まるでダンジョンか墓場へと誘うかのように不気味である。
 漏れ漂う冷たい空気に当てられ、レンリエッタは少し怖気づいたが何も居ないと分かっていれば足が動かないなんて事は無かった。上部にぶら下がっていた錆びたランタンを点火すると、そのまま手に持って一歩一歩、石の階段を降り始めた。

「うぅうう…さ、寒い…なんでこんなに寒いんだろう…」

 地下へと一歩降りて行くほど周囲の気温はスンと下がり、寒くなって来た。レンリエッタはなぜこんなに寒いのかという疑問を抱いたが、階段を降り切った先の目の前に立ちはだかる物体が教えてくれた。
 レンリエッタを出迎えたのは冷気漂う氷柱に封印された不気味な怪物であった…

「うわぁあ!?な、なにこれ…植物人間?……し、死んでるのかな…」

 氷漬けにされた怪物は2メートルはあろうかと言うほどの巨体を持つ植物のような亜人だ。ツルを編んで作られたような体はピクリとも動かないが、その胸にはめ込まれた緑色の宝石は暗い部屋の中で不気味に光っている。
 微動だにしないのでおそらくは死んでいるのだろう、そう断定したレンリエッタは改めて倉庫の中を見回した。

「やっぱり、すごく散らかってるなぁ」

 予想通り、というか例に漏れず倉庫の中は色々なもので溢れかえっていた。大量の棚には本やら不気味な瓶が幾つも並び、樽や木箱も見られる。獣の骨格標本から思わずギョッとする熊の剥製など、とりあえず置き場所に困るようなものがたくさん並んでいる。
 エラフィンが持っていた杖と似たようなものも何本か無造作に横たわっていたが、どこか悲しげで寂しそうに思えた。
 この場を見たグリスが「あぁ!そんな!ひど過ぎます!」と嘆く様が容易に想像できる。

 レンリエッタは一体何から手を付ければ良いか迷いに迷ったが、無難にも棚の整理から行う事にした。高そうな黒い木製の棚には本と瓶が無造作に突っ込まれており、まるで吐瀉物のような無秩序状態である。ろくに整理されていないのでまばらに隙間が空き、収納し切れなかったあぶくれた物品がそこら辺に積まれている。
 ほとんど呆れた状態ながらもレンリエッタは本と瓶を分け始めた。

「えーっと……うーん、なんて書いてあるか分かんないや…」

 棚から本を取り出し、表紙を眺めてみるも記されている言語はまるで分からない異国語ばかり。そのような本が幾つも並んでいるので、スペル順やジャンル順に整理するのは諦めるべきだろう。
 唯一レンリエッタにも分かる言葉で書かれた本は『ばかなうさぎとりょうけん』という児童書だったが、残念な事に開こうにも接着剤で張り付けたように閉じられていたのでビクともしなかった。

 粗方本を取り出したレンリエッタは次に瓶の整理に移った。瓶にはラベルも何も無かったが、中身を見て仕分けることにした。
 細い木の枝、橙色の長毛、干乾びた葉、何かの牙…こんなもの、一体何に使うのだろうか。
 ちなみに瓶だけしか置かれていない棚もあったが、不気味極まりないアルコール漬けの標本ばかりだった。



「ふぅ……だいぶ片付いて来たかも…少なくともこの棚は…」

 それから少しばかりの時間を掛け、レンリエッタはようやく一つの棚を綺麗に片付けた。下の段に本をサイズ順で並べ、上の段には瓶を見た目順に並べたので実に見事な整頓具合。
 しかし…まだ棚は無数とあり、その様を見るだけでレンリエッタは大きく気落ちしてしまった。

「はぁ~あ……こりゃ一日じゃ終わらないよ…ちょっと休もっと…」

 膨大な数の物量を前にレンリエッタは一旦休憩を取る事にした。休憩と言えば椅子に座ってゆっくりと落ち着くようなものだが……この物品を前にして椅子になど座っていられない。
 休憩と称するが、とどのつまり面白いモノが無いか探そうと言うのだ。

「掃除をするんだから、これくらい許されても…良いよね」

 そう自分に言い聞かせながらレンリエッタは倉庫の中を漁り始めた。眠っている品々はどれもこれも奇妙奇天烈なものばかりだが、興味を引くような物も当然あった。
 指に装着すると光る指輪、古めかしい望遠鏡(覗いても何も見えない)、呪い除去百科とそれの完全版が数冊、汚らしい臭いブーツ、ホーンヘルド専用の角磨きセット、棚の裏で干乾びた小動物の残骸、それとなぜか玩具がたくさん詰まった箱…

 だがレンリエッタの興味を最も引いたのは、玩具箱の中に眠っていた…一振りの杖だった。

「これ、魔法使いの杖かなぁ…!」

 その杖はエラフィンの持つような長いものではなく、14インチばかりの短い物だった。真っすぐとした木の枝に革の持ち手が巻かれており、先端には埋め込まれた小さな青い石が光っている。
 レンリエッタはそれを魔法の使いの杖だと確信して、興奮したように構えてみせた。気分は魔法使いだ、もう火の玉を発射する事すら容易く思えてしまうほどに…

「うーん…かっこいいなぁこれ……先生に頼んだらくれるかなぁ…ははは……えい!火の玉!…なーんて…」

 レンリエッタは軽く構えてシュッと杖の先端を突き出しながら『火の玉』と唱えてみた。ただのお遊びに過ぎなかったのだが…

 シュボワッ!!

「うわッ!?ホントに出た!?」

 次の瞬間、杖の先端からボッと小さな火球が放たれ、倉庫の壁にぶつかって小さく爆発した。レンリエッタは今起きた事が上手く理解できなかったが…直ぐに確信した。

「わ、私…魔法を使えている…!やった!魔法使いだ!!」

 今のは紛れもなく魔法である。レンリエッタは魔法使いになったと確信して、大いに喜んだ。修行も何もしていないがこんなにも扱うのが簡単だったとは、と考えながら調子に乗って先ほどより力強く呪文を唱えてみた。

「もう一回だけ……火の玉ッ!!」

 ブゥォオウッ!!

 すると先ほどよりも大きな火球が生成された。その大きさたるや、先ほどのは片手に収まるほどだったが、これはまるでスイカの様だ。
 だが生成して一瞬の思考の末、レンリエッタは己の判断を大きく悔やんだ。
 なんで屋内でこんなにも巨大な火球を生成してしまったのかと…

「ぁっ…やばっ……ッ!!?」

 気付いた時にはもう遅かった。
 火球はビュンッと飛んで行き、たくさんの物が並ぶ部屋の角へと真っ先にぶつかると…チュドーンッと大きな爆発を起こした。
 キーンとした耳鳴りのあと、目に写った光景は焦げた部屋の一角とバラバラに砕け散る残骸……やってしまった。
 レンリエッタは血の気が引くのをじっくりと感じながら、上階から慌てて駆け付ける誰かの声を聞いた。

「一体何の音だい!?レンリエッタ!…何があったのさ!?怪我は無いかい!?」
「えーっと…あの……その…わたし…」
「こいつは酷い有様だね……一体なにをやらかしたのさ?まさか爆発ムシの標本でも落としたの?」
「う、うぅ…実は…」

 急いでやって来たエラフィンにレンリエッタはありのまま起きた事を正直に話した。魔法の杖で火球を唱えたら発射されたこと、部屋を焦がしてたくさんの品を台無しにしたのは自分だということ、棚の裏で何かが死んでいたとも…
 一連の話を聞いたエラフィンはひとまずレンリエッタに怪我が無いかと確認すると、一言。

「まぁ、大事が無くて良かったね。」
「怒ってないの?私のこと…破門にしたりしないの?」
「破門だって?まさか!こんな事で一々怒ってたら魔法使いになんてなれないわよ。こんなの再生魔法でパパッと元通りに出来るし。」

 エラフィンは怒る素振りを見せず、特に気にしているようにも見えなかった。レンリエッタは安心こそしたが、もし彼女が感情を表に出さないタイプだったらどんなに怒っているかと危うんだ…しかし、その心配も必要ないようだ。

「だーけーど!!むやみやたらに正体不明の杖を振り回したり、そのうえ屋内で魔法を放つなんてのは戴けないよ。もしアンタが爆発魔法なんて唱えていたら…一体どうなってたと思う?」
「えーっと……ば、ばらばら…?」
「その通りさ!アンタの破片を回収して蘇生するのに3年は掛かるよ」
「さ、3年も…」
「アンデッドになりたくないなら、よーく肝に銘じておくこと!……二度としちゃダメだかんね?」
「分かりました…ごめんなさい…」
「よろしい!」

 エラフィンはきちんとレンリエッタへ反省するように言い付けると、倉庫をぐるりと見回した。どうやら本人的にもだいぶ汚れていたらしく、「ちょっと散らかってるね…」と呟いた。
 そんな師へ、レンリエッタは魔法について聞いた。

「ところで先生…私、魔法を使えるようになったんですよね?」
「え?あぁそれかい、残念だけど…アンタはまだ魔法を使いこなせてないよ」
「で、でもさっき…火の玉を…」
「ガッカリさせたくないけど……それはオモチャさ。昔、弟子にせがまれて作ったものだよ。」
「おもちゃ?火が出るのに…」
「私の魔力を込めてるからさ。たしか火と氷と雷…だったかねぇ…持ち主の感情思考読み取りで発動するようになってるのさ。」

 それを聞いてレンリエッタはがっくりと落ち込んでしまった。魔法を使えるようになったと思えば、ただの玩具に愚弄されていたとは…
 落ち込む彼女を見て、エラフィンをフッと微笑みながら伝えた。

「けれど魔力に反応するように作ってるから魔法を扱う素質があるってことさ。そんなに落ち込むことないよ、レンリエッタ。」
「…ありがとう先生……」
「フフッ…そんじゃ、再生魔法でこんがりした部屋を元に戻すからご退場願おうかね。その間は外で遊んできな、その杖で色々と吹き飛ばして来ると良いよ。」
「え?ホントに?良いの?」
「そのために作ったもんだからね。けど!家の中で使ったら承知しないからね?」
「き、肝に銘じておきます…!」

 エラフィンの許しを得て、レンリエッタは杖を持って外で遊ぶ事にした。背から「誤魔化す手間が省けたね」と聞こえたような気もしたが、気にしたら負けである。
 階段を昇り上がったレンリエッタはバスルームから変わらず聞こえる「まったく!なんて頑固な!」という声を気の毒に思いながらも、玄関から温かい外へと出た。


 邸宅の外は相変わらずの景色。空には温かな太陽、周囲には森一色が広がっている。
 レンリエッタはウズウズとしながら的になりそうな物を周囲から手当たり次第にかき集めた。欠けた空瓶、煮豆の空き缶、腐りかけている木材の切れ端など…それらを並べて、的とした。

「たしか炎と氷と雷が使えるんだよね…じゃあまずは…氷の魔法っ!!」

 まず初めにレンリエッタは空き瓶を狙って氷の魔法を唱えた。すると杖は冷気を帯びるや否や、先端に鋭く尖った氷柱を精製してシュッと飛ばした。
 氷柱は空き瓶を木端微塵に砕き、そのまま後ろの木へとガツッと突き刺さってしまった。予想外の恐ろしい殺傷力にレンリエッタは少しばかり戸惑った…生き物を的にしなくて本当に良かった…

「ひぇえ……こ、氷の魔法は出来るだけ使わないようにしておこうかな…」

 物騒すぎるので氷魔法は控えるようにしようと考えながら、レンリエッタは次なる標的へ狙いを定めた。次の犠牲者は腐った木材。
 泥にまみれて湿り気を帯びているので乾かしてやろうじゃないか。火炎魔法をお見舞いしてやろう。

「さっきはちょっとやり過ぎちゃったから少し手加減しておこうかな……火球ッ!!」

 レンリエッタは先ほどの反省も活かして少しばかり手加減気味な勢いで杖を振るった。すると野球ボールほどの火球が杖先にボウッと現れ、木材目掛けて飛んで行く。
 次の瞬間、ドゴンッと大きな破裂音が響いたかと思えば、木材は跡形もなく消え、パラパラと周囲に炎の塵が散らばった。先ほど倉庫を吹き飛ばした時もそうだったが、魔法というのは強力な反面、破壊力も殺傷力が高いようだ…

「やっぱりどれも強すぎる気がするなぁ…こんなの試し撃ち以外に使えないよ…」

 今のところ試す以外に利用する方法が思いつかないが、レンリエッタは改めて魔法の強力さを思い知った。少しでも具合を間違えれば己すらも滅ぼしかねないものである…気を付けて使用しなければ。
 だが、まずは思う存分遊んで……いや、テストしてみる以外に知る方法は無いのでレンリエッタは最後に雷の魔法を試してみることにした。
 狙うは空き缶、雷は果たしてどのような動きをするのだろうか……

「それじゃ……雷の…」

『ぎゃぁ゛あああああ!?』
「ッ!?な、何の声!?」

 その時だった、レンリエッタが雷の魔法を唱えようとした瞬間…森の奥からただならぬ叫び声が響いた。決死の断末魔のような叫びにレンリエッタは杖を戻した。
 この周囲にはエラフィン、グリス、そしてレンリエッタに住んでいる者は居ないハズだが…それでもあの声は絶対に獣ならざるものだ。

「ど、どうしよう…!そうだ!先生を呼んでッ…!」
『誰か!!た、助けてくれーッ!!』
「うぅうう!?ま、まずい!今すぐ行かないと!」

 レンリエッタはエラフィンを呼ぼうと一度振り返ったが、その背から聞こえて来る助けの呼び声に逆らう事は出来なかった。気が付けば一目散にその方向へと走り出していた。


 レンリエッタが息を切らしながら声のする方向へ向かえば、直ぐに声の主とその原因と相まみえる事となった。

「ひぇええ!!だ、誰かー!」
【スハゥウウッ!!グォルルル!!】

「うわぁ!!?な、なにこいつ!?」

 叫びの原因と対峙したレンリエッタは思わず腰が抜けそうになってしまった。そこに居たのは真っ黒な毛皮を蓄えた巨大なネコのような生物だった。
 灰色の亀裂が走った様な模様とゴツゴツとした恐ろしい身体を持つ怪物は上を見上げながら唸り、その視線の先には木の上で震える一人の人影が…
 レンリエッタがギョッとしていると、その怪物はゆっくりと振り返りながら新たな獲物に目を配らせた。顔も非常に恐ろしかった、口からは鎌のような鋭い牙が剥かれ、真っ赤な瞳孔は血に染まっているかのようである。

【グォウルル…】
「ヒィイッ!?こっち見てる!?…や、やめっ!私は美味しくないよ!」
【グァウウウウ!!グワォオオオオッ!!】
「誰だか知らないけど!そこの子供!さっさと逃げないと喰われちまうよ!!」
「そんなこと言ったってどうすれば!?…あぁ!そうだ、杖があった!」

 すっかり恐怖に怖気づいたレンリエッタだったが、その時手に持っていた杖の存在を思い出した。今こそ、その強力な魔法を使用するに値する瞬間だ。
 レンリエッタは震える手で素早く杖を構え、背筋も凍るような視線でこちらを睨む猛獣に向かって杖先を向けた。そして火球と氷の魔法、どちらを撃とうか迷っていると先に相手が動き始めた。

【グァルル!!】
「うわぁああ!?か、雷ッ!!」

 こちらへ走り寄る猛獣にレンリエッタは先ほど中断した雷の魔法を咄嗟に唱えた。すると杖は力強く震え出し、青い光を纏うと、その何倍も強い光が杖先からビビビッと飛び出した。

 バチチィッ!!

【グォアァッ!?】
「うげッ!?」

 槍のような一閃の光は猛獣の横顔と尻のあたりを掠るとジュウッと焼き焦がし、堪らず獣は動きを逸らして倒れ込んだ。レンリエッタも反動で後ろへバタンッと倒れ込み、双方共に地面へ寝転がる事となった。
 だが先に動き出したのは獣。

【グァウウ……グゥウウ…】

 猛獣は戦意を喪失させたのか、倒れる彼女を襲う事もなく森の奥へと走り去って行ってしまった。それからすぐにレンリエッタも起き上がって周囲を見回した。

「いててて……あぁ!あの怪物は……あれ、居ない…」
「こいつは驚いた…まだこんなちっこいのにツヴァイガーを追い払っちまうなんて…」
「え?ツヴァイガー?…と言うよりあなたは誰なの?」

 助けを求めていた声の主はレンリエッタに対して驚きを露わにしながらも、問いに答えるかのように木の上から幹を伝って降りて来た。
 相手は初老の女性だった。薄暗いフードを被り、ひしゃげた老眼鏡を掛けて銀色の萎びた髪を靡かせている…角は無いが、頭上に崩れそうな光る輪っかを浮かばせているのでヘルドである事は確かだろう。

「アタシはチーズル、ピンスロック村に住んでるもんさ。」
「ピンスロック村?」

 チーズルという名の女性はピンスロック村という場所からやって来たらしい。こんな森に誰かが住んでいたなんて驚くべき事だろうが、そう言えばそんな事を誰かが言ってたような気がした。

「知らないのかい?ここからほどほどに行ったところにある村さね…けれどアンタ、一体何処から此処へ来たんだね?ここいらは恐ろしい魔女が住んでるから近付かない方が良いって聞かなかったのかい?」
「それってもしかして…エラフィン先生の事じゃないよね…」
「あぁそうだとも!エラフィン…!あんな恐ろしく残酷な魔女は……ちょいと待ち、アンタ…先生って言ったのかい?まさかあの人の新しいお弟子さんかね?」
「そうだけど…」

 チーズルはここら辺は恐ろしい魔女の住処だと言い聞かせるも、その正体は紛れもなく目の前の少女の師匠…エラフィンである。
 彼女はレンリエッタへエラフィンの新しい弟子かと詰め寄る様に聞き、レンリエッタが引き気味に答えるとチーズルは直ぐに態度を改めた。

「なーんだ!なら脅かす必要はないね、アタシはてっきり肝試しに来た子供かと思ったよ。」
「そうなんだ……ねぇチーズルさん、色々と聞きたい事があるんだけど…あの猛獣は何だったの?」
「そう!あの忌々しい害獣!思い出すだけで腹が立って来た!アイツはツヴァイガーだよ、最近ここら辺に住み始めた猛獣さ!いつもなら薬で追い払うんだけど今日は忘れて来ちゃってね…おかげで死ぬかと思ったよ、ホント感謝してもし切れないね。」
「えへへ…あんなの偶然ですよ…」

 あの恐ろしい猛獣はどうやらツヴァイガーと呼ばれるものらしく、聞けば最近ここいらに住み着き始めたらしい。
 普通ならば害獣除けの薬やらお守りで対処するらしいが今日に限ってはどちらも忘れてしまったとのこと……もしレンリエッタが居なければ、この哀れな婆さんは今頃無残な姿と化していただろう。
 チーズルに褒められ、すっかり調子に乗ってしまったレンリエッタは謙遜するふりをしながらも心の内では「私ってやっぱり才能あるのかも…!」と慢心していた。

「さてと…私ゃこれから村に帰るとこだけど、よかったら来るかい?ロクなもんは無いけど礼をさせとくれ、それに帰り道も安全とはいかないからね。」
「ぜ、ぜひ!村があるなら見てみたいし!」
「よーし!なら付いてきな!って言っても…大した所じゃ無いけどね。」

 というわけで、レンリエッタはチーズルの護衛を兼ねて彼女の住むピンスロック村とやらへ向かうことにした。無断で出かけるのはちょっとばかり悪い気もするが、何より興味が勝った。
 村への好奇心を抱きながら、レンリエッタは歩き尽くしたようでまだまだ見慣れない森の奥を歩いて行く…

 そして…時を同じくして新たな来客もこの森へ足を踏み入れていた…

つづく…
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