お針子の魔法使いと悪魔の弟子

蛾脳シンコ

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第13話『怪物狩りに行こう』

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 チーズルと共にレンリエッタは森の中を歩いて行った。しかし、なんともこの場所は歩きにくいもので、デコボコと地面から突き出る根っこやら石などで幾度もつまづきそうになった。
 そんなレンリエッタとは裏腹に、前を歩くチーズルは慣れたようにひょいひょい歩いて行くので驚かされるばかりだ。

「はぁ……はぁ、ねぇ…まだですか?」
「もうすぐだよ。若いってのに体力が無いねぇ…」
「道がないんじゃしょうがないよぅ…」

 額に汗を浮かべ、重い足取りで歩き続けるレンリエッタはとうに疲れ果てていた。こんなロクな道もない場所に誰かが住んでいるとは到底思えないが…すぐにその考えは覆されることとなった。
 チーズルがもうすぐだと言ったように、段々と人々の声が聞こえてきたのだ。
 レンリエッタはガサガサとひと際大きな茂みを抜けると、目の前の光景に大きく驚いた。

「さぁ着いたよ、ここがピンスロック村さ。」
「うわぁ…!ほんとうに村があったんだ…」

 ようやく到着したピンスロック村はとてものどかな場所だった。年季のある木造の民家が幾件か建ち、奇妙な植物が生い茂る畑や毛深い牛のような生物を囲う柵などが見える。
 そしてその村に住む人々は…やはりヘルドであった。だが誰を見るにも若さは感じられず、失礼ながらこの村には老人ばかりだ。
 だがそのように些細な問題などどうでも良いくらいにレンリエッタは未知の村への好奇心を躍らせていた。

「ま…賑やかとは言えないが住み慣れた都さ。」
「のどかで良いところですね。」
「物は言いようだね、けれどなら此処が一番なのさ。」
「身を隠す…?」

 身を隠すという言葉にレンリエッタは疑問を抱いたが、考察と質問の余地が与えられることは無かった。なぜならば一人の爺さんがチーズルへしゃがれた声で話しかけて来たからだ。

「チーズル、お前さん今朝は良い兆しが見えなかったぞ。何かマズい事でもあったかね?」
「あぁもちろんさジョベルト。今朝は薬を忘れたまま出掛けちまってね、そのせいでツヴァイガーに襲われちまったよ。…けれどこの子が助けてくれたのさ」
「ほぉ~う?若いの…珍しいのぉ、こんな場所へよく来なすったぁ」
「えへへ…どうも…」

 ジョベルトという爺さんは額に折れた飴色の角を二本生やしていた。埃色に濁った瞳にはレンリエッタの情けない顔が映り込み、じろじろと眺める度にシワが揺らいで少々気持ち悪い。
 それと実に薬臭かった、湿布のような独特な匂いがレンリエッタの鼻を襲い、ウッと引いてしまいそうになった。

「この子はエラフィン様の新しいお弟子だよ。」
「ほほう!あのお方の…わしはてっきりもう弟子は取らないと思っていたが…」
「先生の事知ってるんですか?」
「あぁもちろんだ、わしだけじゃないみんな知っとるさ。なんせ週に一度か二度此処へ来るからねえ」
「お得意様ってやつさね、つい数日前にもの材料を買いに来たね」
「え、えぇ!?そうだったんだ…全然知らなかった…」

 チーズルもそうだが、この村の人々はエラフィンを知っている様だ。曰く週に一度か二度来るらしいがそんな事教えてくれなかったし、何処へ行くのかと聞いても「ちょっとそこまで」としか言わなかったのであまり気にしていなかったが、そんなに村の事を教えたくないのだろうか?
 身を隠すと言っていたのも合わせてレンリエッタは怪しさを感じずにはいられなかった。しかし、それと同じくらい聞きたい事が湧いて来た。

「色々と聞きたい事があるんですけど…なんでこんな深い森の中に村があるんですか?どこを見ても道は無いし…」
「うーん…まぁ、詳しい話は後でいいさね。まずは私の店にでも来ておくれ」

 しかしながらチーズルは質問に答える事は無く、しわくちゃの冷たい手でレンリエッタの腕を引っ張って自分の店へと強引に招いて来た。
 見た目に似つかわしくない力で引っ張られるレンリエッタはされるがままに引きずられて行き、やがて一軒の建物の前へと連れて来られた。他のと同じような木造の小屋だ、色褪せた看板には『イストマリオン亭』と彫られており、全体的に持ち主と同じくらい年季が入っている。

「イストマリオン亭…なんのお店なんですか?」
「薬種問屋さ、祖父の祖母の代から続いてる由緒正しき店だよ。えーっと…鍵がたしか…ここら辺に…あった!」

 チーズルはどういうわけか懐の中から巨大な鍵の束を取り出した。数え切れないほどの鍵がジャラジャラと金属音を鳴らし、非常に重厚感を感じさせるが特に重そうにしている様子はない。
 そしてチーズルは全て同じに見える鍵の中からピンポイントで一本の鍵を引っ張ると、ガチャリと店の錠前を開けた。

「さぁ中へどうぞ、そんでちょっと待ってておくれ。私ゃちょっと荷物を置いて来るさ」
「分かりました…(すっごい量の引き出し…)」
「それと何か見たいものがあったら自由に見てもいいさ。でも地下の棚には行くんじゃないよ、あそこら辺は実に迷いやすいから。」

 中へ入ってみると、レンリエッタはたちまち呆気にとられた。なんと見た目は小さな小屋でも中は何倍も広々としており、壁にはびっしりと大小さまざまな鍵付きの引き出しが備え付けられている。見上げれば当たり前のようにずっと上へ引き出しは続いている始末。
 チーズルは様々な計量道具が置かれたカウンターから奥へと向かい、一人残されたレンリエッタはもはや好奇心が抑えきれずに引き出しに書かれたラベルを片っ端から読み始めた。

「ムゲンソウ…ミズヒダネ、ツキノオト……うーん、よく分かんないけど凄そう…」

 やはり、と言うか当たり前ながらどれもこれも聞いた事のない代物ばかりだ。しかし「クチアリクチナシ」や「スクリムルート」など知っている物も少なからず揃っている。
 それにしてもこの膨大な種類はまさに圧巻である。サタニズム街にも同じような薬問屋は数多く建っていたが、それに比べても余裕でこちらの方が品数豊富だ。
 しばらくレンリエッタがふむふむと引き出しを眺めていれば、ローブからエプロン付きの服に着替えたチーズルが戻って来た。

「どうだい、うちの在庫は凄いだろう?言わせてもらえばここいらで一番の品揃えだね。」
「うん、本当にすごいや…」
「アンタは命の恩人さ、欲しい物があったら遠慮なく言っとくれ、無償で譲るよ」
「え?いやいや!そんなことできません!それに私素材とか調合とかまだ疎くて…」
「ならまたの機会にすりゃ良いさ、何年後でも構わないよ、なんせ記憶力には自信があるからね」

 確かにこの店を見れば記憶力が良いと言うのは納得できる。少なくともレンリエッタは自分ではこの膨大な数の引き出し全ての位置と中身を覚えておくのは無理だろうと思った。
 それはさておき、先ほどからレンリエッタは是非とも聞きたい事が多くて仕方がない。なぜこんな森の真ん中に住んでいるのかだとか、なぜ身を隠す必要があるのか、後ろの棚の丸秘コーナーには何があるのか等々…しかし真っ先に聞いたのはこの村全体の事であった。

「あの、聞きたいんですけど…この村って一体何なんですか?なんでこんな場所に?」
「おっと、いきなり聞いて来たね…けれど隠す事でもないしアンタなら話しても問題なさそうだ…けどまずはそっちから話してもらおうじゃないの。」
「え?私に?」
「ああそうさ、アンタはエラフィン様の弟子らしいがそれ以外なんも分かっちゃいないからね。」

 しかし、レンリエッタの質問に返って来たのは疑惑の声であった。
 彼女からすれば目の前の少女はエラフィンの弟子を名乗るだけであり、それ以外が分からないのだ。聞きたい事があるならば自らの事を先に話せという事あろう。
 仕方なくレンリエッタは自己紹介を始めた。

「じゃあ…先ほども言いましたけど私はレンリエッタです、エラフィン様の弟子で…それで……ヘルドじゃ無くてに、人間です…」
「人間?そう言えば見た目の割には……うん、確かに角も翼も…輪っかも無いねぇ…はぇ~、人間なんて見るのは生きてて二回目だねぇ…」
「細かく言えば父親が悪…ヘルドで、母親が人間です。」
「じゃあデミヘルドって事かい?今ドキ珍しいねぇ、もうここ数百年は居ないもんだと思ってたさ…」

 チーズルがあんまりにも物珍しそうな顔で見るのでレンリエッタは少し気持ちが悪くなった。だが彼女の言う通り、デミヘルドというのは極めて希少な存在である。
 ヘルドの世界に人間はめっきり居らず、人間の世界に住むヘルドは奴隷なので人間との間に子を成すことは通常できないのだ。なので人間とヘルドの混血は昨今においては絶滅危惧種のようなもの。
 その点で見てもやはりレンリエッタの両親は異質な関係と言えよう。(それと当たり前ながらレンリエッタの兄もデミヘルドである)

「けどエラフィン様が弟子に取るなら納得できるねぇ、あのお方は前にもハーペンスヘルドだとかウルフヘルドを弟子にしてたからねぇ。」
「あの、疑ったりしないんですか?私が本当に先生の弟子なのかって…」
「まさか!エラフィン様の弟子を詐称する奴がこの森に入れるわけ無いだろう?」
「それもそっかぁ…」

 レンリエッタは今になって思い出したが、この森には人除けが張り付いているのだ。レンリエッタも詳しくは知らないが、敵対的な思想を持った者やエラフィンにとって都合の悪い者は入れないようになっている。
 なので少なくとも弟子を詐称する輩は立ち入れないので素直に信じてくれるのだ。

「じゃ、じゃあ今度は私が聞く番だけど…この村は一体何なんですか?」
「うーん…まぁハッキリ言うのは難しいが、ざっくり言えば隠居生活を望む者が集まる場所さね。私みたいに都会の喧騒から離れたいって思うような気難しい老人たちの溜まり場さ。」
「な、なんだか老人ホームみたい…」
「老人ホーム?なんだいそりゃ?」

 どうやらこのピンスロック村と言うのはのどかな余生を送りたいヘルド達が集まって出来た場所らしい。散々働き、散々騒いで、散々歳をとれば誰彼構わず静けさを求めるようになるのはヘルドも人間も同じ。
 ただ一つ言えるのは、此処に住む者達に家族は居ない。面会に来たり、孫の顔を見せたり、誕生日や記念日に小物を贈ってくれる者は誰も居ないのだ。

「此処に住んでるのは必要最低限にのんびり暮らしたい奴等ばかりなのさ。だから面白半分で誰かが来ないようにこんな森の奥深くに居るってこと。エラフィン様が森の管理を請け負ってくれるようになってからは殆ど騒ぎも起きないし、本当に静かになったもんさ」
「先生って森の管理もしてたんだ…私全然知らなかったなぁ」
「あの人はどうも抱え込む癖があるからねぇ…アンタに話さなかったのは巻き込みたくなかったんじゃないのかい?」
「エラフィン先生ってばいけずだなぁ、言ってくれれば良いのに。私はこの村、すっごく良い所だと思うよ。静かでのんびりしてるって素敵だよ」
「なんだか最近の若者らしくないねぇ…やっぱり人間に近いと感性も違ったりするのかい?」

 レンリエッタはエラフィンの事を一日中家に閉じこもって雑誌を読んだり魔法で遊んだりする愉快な人だと思い始めていたが、森の管理を行っていると聞いて少しばかり威厳を感じるようになった。確かに思い出してみれば、今日の朝にも森に掛ける防御魔法を改良していたではないか。
 それにしても安静に暮らしたいのを「身を隠す」なんて言葉で表すとは大袈裟だなぁとレンリエッタは安堵の息を漏らした。

「けど今日はヤバかったね、昔みたいにブイブイ言わせられなくなっちまったせいで、あんな猛獣相手に死にかけるなんて…」
「ツヴァイガーって言いましたよね、アレって追い出せたり出来ないんですか?」
「どうだろうねぇ、私ゃ魔獣に詳しくないけど散々出会っても森から去る気配が無いし、よほど此処が気に入ってんだろうね。ついこの前も村の家畜が晩飯になっちまったよ」

 さて、話をツヴァイガーに移すが、あんな猛獣が森に居付いているのではこの村の人々もレンリエッタも気が気で無いだろう。現に村の家畜が被害に遭い、今日は1人の命が危うかった。
 弟子入り試験の途中で出くわさないで本当に良かったと思う反面、もし出会っていたらと考えればゾッとした。

「実は近々エラフィン様に追い払えないか相談しよう考えてたところなんだ、もし良かったら伝えといてくれないかい?」
「もちろん!私だってあんなのと次に会ったら…うぅうう…恐ろしいし…」
「恐ろしい?アンタは見たところ勇敢に戦ってたけどねぇ?」
「アレは…その、成り行きって言うか……反射的に動いただけで…」
「それでも私の命を救ったんだ、大したもんだよアンタは」

 そう言われてレンリエッタは妙に照れくさくなると同時に妙な勇気が湧いて来た。確かに自分はあの猛獣を追い払った、それは杖の力だが杖さえあれば、弱い自分でも猛獣を相手にする事が出来る…
 つい前まで犬にビビっていたのが嘘かのようにレンリエッタは「ツヴァイガーを追い払えるかもしれない」と考え始めた。

「………(もしかすれば私ひとりの力で…)」
「…レンリエッタ?大丈夫かい?ボーっとしてるが…」
「ハッ!……あ、えーっと…私もう行きますね!」
「えぇ!?どうしたんだい急に、せめて茶の一杯くらいでも…」
「ごめんなさい!またの機会にします!」

 レンリエッタは居ても立っても居られなくなり、意気込むなり直ぐに店から出て行ってしまった。店に残されたチーズルは呆気にとられるばかりで口をあんぐりと開け、勇み足で進んで行くレンリエッタを見たジョベルトは声を掛けるも「また今度にしてください」という言葉にシュンとしてしまうのだった…



 レンリエッタは来た道を戻る中、色々と企みを働かせていた。
 もし自分ひとりの力でツヴァイガーを追い払えば、エラフィンは自分の仕事に没頭出来るし力を見込んでちゃんとした修行をつけてくれるかもしれない。
 それにこの杖の力があれば少なくとも負けることは無いだろう……そう考えるとレンリエッタは妙にやる気が出て来て、ますます軽快な足取りで邸宅へと戻った。

 邸宅の外ではグリスが燦々と輝く太陽の下、古ぼけたブーツを物干しに括りつけている最中であった。相変わらず白いタキシードが眩しいが、ちょうど彼を探していたので好都合である。
 レンリエッタはグリスを見つけるなり慌ただしく話しかけた。

「あ!グリス!ねぇグリスってば!」
「はい?どうかされましたかお嬢様、あなたの頼れる執事グリスは此処に居ますよ。少し落ち着きになられては?」
「あの、急で悪いんだけど……アレを貸りてもいい?ほら、動物に変身するカード!」
変獣アニマルタロットの事でしょうか?」
「そうそう!それそれ!」

 レンリエッタはグリスに変獣タロットを借りても良いかと聞いた。
 変獣アニマルタロットとは頼みを命じて投げる事で動物に変身する無地の白いカードである。荷物の運搬なら馬に、作業を命じれば猿、届け物なら鳥になど……少し前にレンリエッタを仕立て屋から連れ去る際、兵士の妨害に使用したものだ。つい先日にもネズミを追い出す際に使っていた。
 ちなみにエラフィンお手製の魔法道具である。

「ええもちろん構いませんが何をさせるのですか?タロットを使わなくとも私に出来る事であれば喜んでお力になりますが…」
「ちょっとした探し物だから大丈夫…わざわざグリスの手を煩わせる程じゃないよ…」
「そうですか…でしたら念のために2枚渡しておきますね。ですが、もし私の手を借りたいのであればいつでも…!」
「ありがとうグリス!またね!!」
「ああ…!……そんな、なんて寂しい…」

 レンリエッタはタロットを二枚借りると、直ぐに森の中へと戻ってしまった。グリスは慌ただしい姿に困惑しながらも、元気そうな姿を見てニコニコと笑顔を浮かべながら作業に戻るのだった…

 さて、一方でタロットを手に入れたレンリエッタは片方をポケットに突っ込むと早速使用する事に。
 使い方はいたって単純であり、やってほしい事や頼みたい事を念じながらタロットを放り投げれば良い。口に出しながら投げれば尚よろしい。

「ツヴァイガーを探して…おねがい!」

 ボフンッ!!

【ワォーン!!】
「うは!でっかい犬!大当たり!」

 頼みごとを口にしながらレンリエッタはタロットをシュッと投げた。すると煙と共に現れたのは一匹の白い犬…大型で毛が長く…少し奇妙な細い身体をしているが頼り甲斐がありそうだ。
 犬はやる気満々に大きく吠えると、改めて命じるまでも無く勝手に地面を嗅ぎ始めた。そして直ぐにピッと尻尾を伸ばすと、北の方をビシッと向いた。

【フガッ……ウォン!】
「すごいや!もう嗅ぎ当てちゃった!」
【ハッハッ…!】

 直ぐにツヴァイガーの居場所を突き止めた犬は走り出し、レンリエッタもそれに続いて森の中を走り始めた。
 段差を飛び越え、岩の横を通り抜け、一心不乱に犬は駆けて行く。元気なのは良い事だが、もうちょっとばかり人間の体力に合わせて欲しいものである。

「はぁ…!はぁ…!ちょっとまってよぉ…!」
【ハッハッハッハ…ワン!】
「分かってるよ…はぁ…ちゃんと付いて行ってるから…はぁあ…!」

 犬は少しばかりまどろっこしい様にレンリエッタの方を頻繁に振り返り、吠えたりその場で回りながら急かした。こんな思いをするなら将来犬を飼うのは止めておこう…と思うレンリエッタであった…



「はぁ…!はぁ…!!」
【ワン!ワウッ!!】
「こ、此処が…そうなんだね…はぁ…あぁ~…疲れた…」
【クゥ~ン?】
「はいはい、いい子いい子…」

 しばらくして、一匹と一人は小さな段差に出来た洞窟の前へとやって来た。
 ツヴァイガーの巣穴は此処で間違い無いだろう、洞窟の前に散乱する数々の骨が何よりもの目印だ。
 犬はピコピコと尻尾を振りながらレンリエッタの前へとやって来たので、荒い呼吸をしながらも頭を撫でてやれば嬉しそうに小さく鳴いてからタロットに戻った。
 タロットに戻った後は、十分な魔力が溜まるまで数十時間の休息が必要だが回収すれば何度でも使えるのだ。

「ふぅ……さて、と…ここがあの猛獣の住処ね…」

 そして息を整えたレンリエッタは杖をポケットから取り出すと汗ばむ手でギュッと握り込み、洞窟へと目を向けた。
 恐ろしく静かだ……まるで存在を感じさせないがまだ戻っていないのだろうか。それとも既にこちらに気付いて気配を消しているのか……レンリエッタは固唾を飲み込むと、そっと一歩ずつ洞窟へと近づき始めた。
 ザッと、一歩ずつ踏み寄る度に心臓が高鳴る……もし眠っていれば好都合なのだが、果たして運は味方してくれるのだろうか…

「(バッと行って、ドカーンとぶっ放す…うん!これでイケるハズ…!)」

 レンリエッタは静かに「火球」と唱え、杖先に小さな火の玉を作り出した。そしてそれを保ちながら慎重に洞窟へ踏み寄り、頭の中で何度もイメージしたように動くため、構えた。
 心臓がバクバクと鳴っている…汗が背筋に伝う……だが、自分には出来るという確信が不思議と湧いて来る…

「すぅう……はぁ………ふんッ!!」

 ゆっくりと深呼吸してからレンリエッタは洞窟の前へとバッと飛び出した。杖先を闇の中へと向け、ギンとした瞳で洞窟の中を見回したが……

「……あれ、居ない…留守だったんだ…」

 残念か、あるいは良かった事に洞窟の中はもぬけの殻であった。外と同じ様に骨が散らばり、辛うじて寝床と言えるような枯草の山があるだけで何も無い…
 レンリエッタはホッとした気分で胸を撫でおろした……が、その時…声が聞こえた…

【ガゥ……】
「ひゃあ!?い、居る!?どこに!?」
【クアゥルル…】

 高く、控えめながらも獣の声を聞き取ったレンリエッタは心臓と共に身体がビクンッと跳ねて震えた手付きで杖を四方八方に向けながら慌て始めた。
 前か後ろか、右か左か……そんな風に警戒していると、洞窟の中からガラガラと骨の崩れる音がした。
 音のした方向に杖を向けたレンリエッタ……洞窟の闇から出て来たのは…

【クアグルル…】
「うわ!?…なにこれ…ちっちゃい…?こども?」

 出て来たのは驚くことに、小さなツヴァイガーであった。
 まるっこい身体と顔をしており、短い足でぽてぽてとゆっくり歩いていくる様は実に愛くるしいが…口から伸びるちっちゃな牙と赤い瞳は紛れもなくツヴァイガーそのものである…
 だがレンリエッタはすっかり戦意を喪失させてしまい、へにょっとした気分で足元へやって来た幼虎に目を向けた。

【クルルルルゥ…】
「子供が居たんだ……そんな、知らなかった…どうしよう…」
【ミューン…】
「けど親が居なくて良かったぁ……もしこの場に居たら私、八つ裂きにされてたかも……やっぱり帰ってエラフィン先生に任せよう…」

 愛くるしく地面へ寝転がる幼体を見て、レンリエッタは落ち着きを取り戻した。やっぱり自分のような素人に猛獣退治なんて無茶に決まっている。
 大人しく戻ってエラフィン先生に任せよう…そう考えながらレンリエッタはため息をついた。

【クァーウ…】
「あはは、かわいい……けど行かなくちゃ…」
【グオウルルルグググ…!】
「うわぁ!もうそんな大人みたいな声が出せ……る、んだぁ…まさか……」

 地鳴りのような鳴き声はあからさまにレンリエッタの背から響いていた。
 一気に身体が冷たく強張る感覚に陥りながら、レンリエッタはそっと後ろを向いた。

【グアオオオオウッ!!】
「ギャァアアアアアァァァァァッ!!」
【クァー!】

 そこに居たのは紛れもなく親の個体……顔に傷をつけているのでレンリエッタが追い払った個体で間違いないだろう。
 親の帰宅にすっかり腰を抜かしたレンリエッタは地面にへたれ込み、ガクガクと震えた足つきでずりずりと後ろへ下がった。
 しかし、その都度ツヴァイガーは鬼のような形相で一瞬も眼を離すことなく踏み寄る…

「ごめんなさい!許してください!!お子さんには手を出してませんから!!」
【グォオオオオッ!!!】
「ヒィイ!!か、完全に怒り狂ってる……やるしかない…雷で…!」
【グオウ!!】

 当たり前だが話が通じるわけもなく、殺意に満ちた瞳は逃走を許さなかった。
 なのでレンリエッタは戦うしか無いと決心して杖先を向けると、ツヴァイガーはシュッと後ろへ飛び退いた。一度喰らった攻撃は学習しているのだろう…
 だが、それでも逃げることが出来ないのなら戦う以外に選択肢は無い。

「くっ…!火球!!」

 ボフッ!……シュゥウウ…

「えっ!?なんで…なんで消えちゃったの!?」

 ギュッと杖を握り込み、火球を唱えたが生成された火の球は直ぐに消えてしまった。
 レンリエッタは直ぐにまた火球を唱えたが、今度は生成される事も無く無反応であった。

「そんな…うそ……なんで……まさか、魔力切れ…?」
【ガルルルル…!】

 魔力切れ…その推測は完全に正しかった。杖の先端に埋め込まれた青い石は輝きを失い、まるで死んだように静かだ…考えられるとしたら魔力切れ以外にない。
 レンリエッタはサーッと全身の血の気が引き、腹の中が恐怖で重くなった。どうあがいても生き延びることが出来そうにない状況はまさに純粋な恐怖、涙をこぼす余裕も無い…

「いや、死にたくない……こんなところで…」
【ギャオオオウウ!!】
「ひっ…」

 ついにどうする事も出来ないまま、ツヴァイガーはレンリエッタへ飛び掛かった。
 大きな黒い身体が軽々しく飛び、鋭い爪と牙を剥き出しながらやって来る瞬間は一瞬だと言うのに何分間にも思えた…レンリエッタはその間にただ小さな声で鳴く事しか出来なかった…
 哀れ、レンリエッタ……猛獣に引き裂かれて殺されてしまうのか…




 しかし…

「ハァアアアッ!!」
【グオァッ!?】
「えっ?」

 その時だった、ツヴァイガーの身体中に突如として白い鎖が巻き付き、動きを封じたかと思えばそのまま凄まじい勢いで地面へと叩き付けられた。
 レンリエッタは一瞬何が起こったのか理解できなかったが、鎖の元を辿ればその姿は見えた。

「ようやく追い詰めたぞ…この害獣め…!」
「だ、誰…?」

 そこに立っていたのは継ぎ接ぎだらけの鎧を着込んだ大男だった。いや、獣人だ…毛の生えた豚のような顔をしており、所謂イノシシに近い見た目をしている。
 大男は手に持っていた鎖を放すと、鎖はスッと消えた…魔法だ。
 レンリエッタは声を出そうとしたが、それよりも先に土煙から姿を現わしたツヴァイガーが激しく唸りながら彼へ飛び掛かった。

「あぁ!危ない!!」
【グアァアァアア!!】
「ふん、何度も引っかかるとは……思うなよッ!!」

 ズバァッ!!

【グガァ……アグァァッ…!】
「うわぁあ!!ま、真っ二つに…なっちゃった……」
「手こずらせやがって…面倒なヤツだったぜ」

 大男は飛び掛かるツヴァイガーに対して全く動じず、素早く背の両刃斧を構えるとズバッと真っ二つに斬り裂いてしまった。ボトッ…と切断された胴体が地面に落ち、大量の血が零れ落ちた。
 衝撃的な光景にレンリエッタは何から口にすれば良いか分からなかった。助けてくれた事に感謝すれば良いのか、死んでしまったツヴァイガーを悲しめばいいのか、あるいは…親の死体に縋る子虎を哀れむべきか…
 だが、まず先に話しかけて来たのは向こうからだった。

「……おい、お前。いつまでアホ面晒しながら座っている気だ?」
「え?…あぁ……あの、その…えーっと…ありがとうございます…」
「礼はいらん。ただ俺はこいつを追っていただけだからな。」
「この…ツヴァイガーを?」

 レンリエッタは立ち上がり、礼を伝えたが大男は不要だと言いながら斧を背負った。
 ツヴァイガーを追っていると言うが、一体何者なのだろうか。堪え切れずにレンリエッタは名乗るよりも先に聞いてしまった。

「あの、あなたは一体?」
「俺はズニョポン。モンスタースレイヤーだ。」
「ズニョポンさん……あ、私はレンリエッタです(思っちゃ悪いけど変な名前…)」
「……お前、今俺の名前を笑ったな?」
「えぇ!?いやそんな………ごめんなさい…」
「ふん!どうせお前も俺の名前がだと思ってるんだろう」
「そんなありきたりだなんて…えッ!?ありきたりなの!?ズニョポンって名前が!?」

 ありきたりなのかはさておき、ズニョポンと名乗る男はモンスタースレイヤーらしい。それが何なのかは詳しくは分からないが、名前を聞いた感じ、ツヴァイガーのようなモンスターを退治スレイする存在なのだろう。
 レンリエッタは助けてもらっておきながらも、真っ二つに斬り裂かれてしまったツヴァイガーと、その死体に縋り鳴く幼ツヴァに複雑な感情を覚えた…

【クォーン…ミューン…】
「なんだか…可哀想…」
「こいつはお前を殺そうとしたんだぞ、情なんて感じてる場合か?」
「けど…」
「それにこいつはもう既に他所で多くの犠牲者を出して来たんだ。情けを掛ける余地も無い害獣さ」

 どうやら彼曰く、この個体はこの森だけでなく既に様々な地で問題を起こしていた様だ。長期間にわたって追い続け、ようやく仕留めたというのだ。
 ズニョポンは腰に備えていた小さなポーチを開けると、縋る幼体を無視してツヴァイガーの遺体を軽々しく格納してしまった。ポーチはエラフィンやレンリエッタの持つような魔法鞄の一種だろう。

「それ、どうするんですか?食べちゃうの?」
「食べるかこんなもん。こいつは討伐証としてギルドに持ち帰るだけだ。」
「じゃあ、子供の方は…」
「こいつは高く売れるんだ、予想外の利益だな。」
【ミュアァ~…】

 ズニョポンは幼体の方も軽々しく持ち上げ、ポーチに格納してしまった。売ると言う彼に対して、レンリエッタはもう不信感やら恐ろしい気配を感じつつあったので、とっととこの場から逃げてしまおうと考えた。

「ズニョポンさん…助けてくれてありがとうございます…私、もう行きますね…」
「行くだと?どこへ行く気だ?こんな森の奥深くに住んでいるのか?」
「ええ、エラフィン先生たちと一緒に暮らしてるんです。」
「エラフィン?あの蛇顔魔術師エラフィンのことか?」
「そ、そうですけど…」

 レンリエッタは帰ろうとしたが、ズニョポンはエラフィンの名を聞いた瞬間にどこか怪しげな表情を浮かべた。
 エラフィンを知っているらしいが知り合いか何かなのだろうか…少なくとも此処に住んでいることは知らないらしいが…

「もう行っても良いですか…?」
「ダメだ、森の中に猛獣が残っていないとは言えないからな。家まで送ってやろう、ついでにエラフィンとも顔を合わせたいからな。」
「先生と知り合いなんですか?」
「ああ、知り合いさ…とても仲が深いんだ、とても…な。」

 それを聞いてレンリエッタは怪しさを感じずにはいられなかったが、どうにもこうにも逃げられるような状況では無いので彼を連れ帰る事に。
 それに森の警備魔法が効いているなら少なくとも危害を加えようとする者は入れないハズだ。
 レンリエッタはポケットに忍ばせていたもう一枚のタロットを取り出し、放り投げた。

「家まで案内して、おねがい。」
【ポポッ!ポーホッホォー!】
「ほう…変獣タロットか…お前も魔法使いなのか?」
「いや、自分まだ魔法は全然なんです。最近弟子入りしたばっかりなので。」
「ふぅーむ、新しい弟子か…」

 タロットはなんとも汚い配色のハトに変わり、バサバサとうるさく羽ばたきながら二人を邸宅へと案内し始めた。
 道中はほんとうに静かだった…あまりにも静かなのでレンリエッタは何度も振り返って彼が付いて来ているか確認したし、振り返る度にズニョポンは何も言わずレンリエッタを睨みつけた。



 しばらくしてレンリエッタとズニョポンは邸宅の前へと到着した。
 グリスの姿は見当たらず、周囲はいつも通り静かながらレンリエッタはどこか落ち着かない。

「あの、私先生を呼んで来ますね…」
「いいやダメだ、お前は此処に居ろ。一歩も動くな」
「ひっ…!?」
「余計な事はするな、さもないと首を刎ね飛ばしてやるぞ」

 レンリエッタが扉へ向かおうとした瞬間、ズニョポンは彼女の肩をがっちりと掴んで歩みを阻止した。そして背負っていた斧を首元へ当てると、動くなと命令する…
 悪い予感は的中してしまったのだ。レンリエッタは本日二度目の後悔をその身に味わった。

「さ、さっき知り合いだって…言ったのに…」
「ウソはついていないさ、知り合いってのは本当だ…だが、仲が良いなんて言った覚えはないぜ?」
「うぐっ……ひぃ!?」

 首に冷たい刃先が当たり、レンリエッタは恐怖の声を漏らした。ツヴァイガーを真っ二つにした斧だ、こんな細い首など力を込めずともスパンと切断されてしまうだろう…
 そして、ズニョポンは邸宅を睨むと、大きな声でエラフィンを呼んだ。

「エラフィン!!出て来い!!今日こそお前の首を持ち帰ってやるぞ!!」
「な、何事ですか?一体どちら様で……お、お嬢様!!」
「グリス…たすけて…」

 一番最初に出て来たのはエラフィンでは無く、グリスだった。最初は騒々しい客人だと思っていた様だがレンリエッタを人質に取っているのを見れば直ぐに臨戦態勢へ移った。
 グリスは鋭い爪をシュッと伸ばして構える…

「貴様…お嬢様を離せ!今すぐに!!」
「黙れヒョロなが、俺の相手はお前じゃない。エラフィンを出せ!」
「このっ…!」

「随分な騒ぎじゃないか、一日くらい静かな日は送れないのかい?」

 その時、構えるグリスの後方からエラフィンがついに姿を現わした。右手には杖を持ち、余裕綽々に歩いてくるがレンリエッタからすればこの上なく頼もしく見えた。
 ズニョポンはエラフィンを確認するとレンリエッタを横へ投げ捨て、グリスがそれを素早く受け止めた。

「とうとう追い詰めたぞエラフィン…まさかこんな森の中に住んでいたとはな…!」
「参ったねぇ、防御魔法をちょいと解いてるうちに大層な害虫が紛れ込んでくれたじゃないか。何も出来ない子を人質に取るなんて情けないとは思わないのかい?」
「黙れ!貴様のような外道に言われる筋合いなど無い!」
「それにしても……賞金稼ぎを連れて来るなんて、レンリエッタ…アンタ一体何しでかしたのさ?」
「うぅうう…後で話すよぉ…」

 どうやらズニョポンの正体はモンスタースレイヤーであり、賞金稼ぎだったのだ。エラフィンの首に懸賞金が掛かっていたとは驚くべきことだが、まぁ商売を考えれば妥当だろう…少なくとも誰かの怨みを買うような人物だと言われれば納得できる。
 それはさておき、ズニョポンは斧を構えたが…エラフィンは特に何かするわけもなくつまんなそうに突っ立っている。レンリエッタはグリスの腕の中で不安そうに二人を眺めていた。

「どうしようグリス…先生がやられちゃうよ…」
「ご安心ください、エラフィン様はあのような賊にやられるようなお方ではございません…見守りましょう…」

「そんで…アンタは大人しく帰るつもりは無いの?意地でも私の首を持って帰るって?」
「当たり前だ!ついに居場所を突き止めたんだ…絶対に逃がさねぇぞ!!」
「結構!逃げる必要なんて無いから。」

 どうやら二人とも本気で戦うつもりらしい。
 レンリエッタはグッと固唾を飲み込み、勝負の行方をグリスと共に見守る事にした…
 しばらく二人は睨み合い、ブタとヘビの目力勝負が続く……そして…

「うぉあああああ!!死ねい!!エラフィン!!」
「レンリエッタ!!これが魔法の戦い方だよ!よーく見ておきな!!…イサ・ショウトル!!」
「なっ…!足が…!」

 先に動いたのはズニョポンだ。しかし、エラフィンが「イサ・ショウトル」の呪文を唱えると瞬く間に彼の足は氷に覆われてしまい、強力な足枷として動きを封じてしまった。

「なんの……これしきッ!!オラァッ!!」
「あ、危ない!」
「甘いね……ウィプロン!」

 ズニョポンは斧をぶん投げてエラフィンを真っ二つに斬り裂こうとした。
 だが斧が到達するよりも前に唱えた魔術によって地面から生え出て来た触手のような木の幹がそれをいとも簡単に受け止め、どこか遠くの方へ放り投げてしまった。
 それだけに留まらず、植物はズニョポンの身体へぐるりと巻き付いて動きを完全に封じ込める…

「ぐっ…!くそ!!…ちくしょう!これじゃあ9年前と全く同じじゃねぇか!」
「なら前とは違う終わらせ方にしようじゃないか!今回は…こいつで逝っちまいな!!」

 エラフィンが杖を掲げると、上空に渦巻く黒い雲がもくもくと生成された。
 ゴロゴロと不穏な音を響かせるそれに、グリスはレンリエッタを抱えて後ずさった。ズニョポンは必死に逃げようともがいたが、強靭な植物と強固な氷による拘束はビクともしない…

「おのれぇえ!!くそったれがぁああ!!」
「これでおしまいさ!ララ…ギガスッ!!」

 ドゴォンッ!!

「ぐッ…がぁ゛…!」

 呪文を唱えた瞬間、雷雲から真っ直ぐに強烈な電撃が降りかかった。
 爆発のような凄まじい音が鳴り響き、目が潰れそうな閃光と巨大地震の如く衝撃は周囲を大きく揺らした…
 レンリエッタがあまりの衝撃に目を瞑り、もう一度開ける頃には既に勝敗は決まっていた。

「ふぅー…イノブタの丸焼き、いっちょあがりだ。」
「が、がが……ぎ……」
「す、すごい…あっという間だった…」

 屋敷の前には変わらず立ち続けるエラフィンとプスプスと音を立てる丸焦げのズニョポン。
 あっという間に決まった勝負だったが、レンリエッタはポカンと口を開けて目の前で起こった事を何度も頭の中で再生した。素早い拘束と瞬く間にトドメを刺す様は実に見事であった。
 レンリエッタはグリスと共にエラフィンの下へ向かい、横たわるズニョポンを見て少しばかり憐れみを感じた。

「ねぇ…ズニョポン、死んじゃったの?」
「いいや、手加減はしてるから生きてるよ。」
「もしよろしければ私めが息の根を止めましょうか?」
「そこまでする必要は無いさ。ただ…まぁ記憶を弄ってやる必要はあるね、この森の事は綺麗サッパリ忘れてもらおうじゃないの。」

 丸焦げ状態の彼へ、エラフィンは杖を向けると忘却の魔法を施した。この森で見た事や起こった事を全て忘れてもらおうと言うのだ。

「これでよし……そ、れ、で?どうしてこんな事になったのか説明してもらおうじゃないか!逃がさないよレンリエッタ、正直に言いな」
「こんな事が二度と起こらないためにも、お嬢様…お話しください。」
「うん……えーっとね…」

 事のきっかけを問い詰めるエラフィンにレンリエッタは正直に話し始めた。
 魔法で遊ぼうとしたらツヴァイガーと出会い、ピンスロック村で話を聞いて自分ひとりでツヴァイガーを倒そうとして……結局まんまと此処へ彼を連れて来てしまったと…
 一連の話を聞いてエラフィンは何か言いたそうに口を開いたが、一旦閉じると言い聞かせた。

「色々と言いたい事はあるけど…まぁアンタが無事ならそれで良いさ。」
「でも…エラフィン先生が危険な目に遭ったのに…」
「危険だって?舐めてもらっちゃぁ困るさ、私は泣く子も黙る大魔術師エラフィン様だよ?こんな奴、屁でも無いね。けれどレンリエッタ、アンタはもうちょっと調子に乗らないようにしないとね。」
「うぅ、本当にどうかしてたよ…ひとりでツヴァイガーを倒そうとするなんて……あ!そうだ!ツヴァイガー!」

 ツヴァイガーで思い出したが、レンリエッタはエラフィンに彼のポーチの中に幼体が捕まっていると教えた。
 するとエラフィンは「なんだって!?」と目を輝かせながらポーチを探り始めた…幸いにも中身は無事らしい。直ぐに小さな猛獣が取り出された。

【ミュゥ~ン…】
「ははは!やったじゃないか!こいつは高く売れるよ!」
「え、えぇ!?売っちゃうの!?やめてよ…おねがいだから…」
「エラフィン様…ツヴァイガーの取引はレディウス条約で禁止されてますよ…」

 案の定、エラフィンはツヴァイガーの子供を売ろうとしたがレンリエッタとグリスの説得により、自然保護局へ送る事となった。ちなみに親の死体はありがたく頂戴した…レンリエッタもこればっかりは責める気にはなれなかった…



「ふん、じゃあしょうがないね…この子は保護局へ送るさ…けど親の方はもらうよ!」
「う、うん…まぁ…良いよ……ちょっと可哀想だけど…」
「それじゃ私はこの子を連れて行くついでにこのデカブツを森から離れた場所に捨てて来るよ。そしてレンリエッタ!」
「は、はい!」
「罰として…あぁー……風呂に入りな!服は自分で洗うんだよ!良いね?」
「分かりました!ばっちりやっておきます!」
「良い返事!それじゃあ行って来るね!夕飯前には戻るよ!」

 というわけで、エラフィンを見送ったレンリエッタはふぅーっとようやく落ち着いて息を吐いた。
 しかしながら今日は自分のせいで命がひとつ失われてしまった事に大きく悔いた…

「ねぇグリス、私のせいで…あのツヴァイガー、殺されちゃった…」
「いいえ、たとえお嬢様があの場に居なくともきっと殺されていたでしょう…ですから自分を責めるのはお止めください。」
「ありがとう……あ、そうだ!あのね!今日ね、地下倉庫で…」

 レンリエッタは少しだけ元気を取り戻し、グリスに今日あった事を話し始めた。
 此処に来てから毎日が驚きとトラブルの連続だが、不思議と面白いと思えるのはなぜなのだろうか……つい先日まで過ごしていた仕立て屋での日々がずっと昔に思えた。

つづく…
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