1 / 1
ラッパ吹き
しおりを挟む
僕の朝は誰よりも早い。
それが役目だから。
町で一番高い塔の階段を上る。
片手でラッパをしっかり握りながら。
ラッパの表面が陽の光で反射しない薄暗いうちに。
ヤホネ:「ルブルム、アスル、ウィリデ、ブルーノ、ヴァイス、アートルム……ご飯だよ」
塔の途中に設けられた鳩小屋。
6羽の鳩達へ麻袋に詰まった穀類を掬い取り、あげてやります。
ヤホネ:「よし、それじゃあ行って来るね」
遠くの山々から、朝日が僕をつま先から照らし始める。
僕は代々受け継ぐ懐中時計で、時を確認した。
時計の針は経年劣化で少しズレている。
ヤホネ:「……いまだ」
マウスピースを口に軽く当てた。
ラッパを空に構えて勢いよく━━吹く!
僕が吹いたラッパの音は高くも低くもない。
その音に反応したように6羽の鳩は空へと飛び立つ。
同時に朝日が僕の全身を包み込む。
ラッパが陽光でキラキラ反射した。
朝が来たのだ。
皆平等に訪れる朝。
朝を知らせるのが、僕━━ラッパ吹きの役目。
朝風が服の裾を優しく揺らした。
生まれた時から課せられた使命。
僕の父さんも爺ちゃんも……曾祖父ちゃんも。ずっっと、ラッパ吹きだ。
だから僕もラッパ吹き。
流行り病で父さんは死んだけれど、翌日から僕は一度も寝過ごすことなく、今日まで毎日ラッパを吹き続けた。
父さんが生きていた頃には吹くことができなかった金ピカのラッパも、僕の手に馴染みはじめている。
爺ちゃんが言うには、ラッパが僕を認めるまでは音は鳴らないそうで。
ヤホネ「……少しは認めてくれたのかな」
毎朝の日課であり日常に、余韻は不要だ。
すぐに学校へ行かないと。
学校では、友人ではない同年代の少年に『ヤホネの家はラッパを吹くだけの役立たず』と笑われる。
騎士団長の息子には『お前みたいなヤツを護るために騎士団はあるんじゃない』と冷たい視線を向けられる。
ヤホネ:「学校なんて行きたくない。どうせ僕はラッパ吹きだ」
やりがいなどなくてもいい。嫌でも朝はやってくる。幼い頃、あんなにも目を輝かせた空気の澄んだ街を僕は思い出さない。
(間)
ヤホネ:「……起きないと」
起きないと……いけないのに。今日はいつもと違って、寝起きが悪かった。
ヤホネ:「風邪かな……?」
無理やり冷水を頭にぶっかけて、家の扉を開きました。
ヤホネ:「……今日は空が少し暗いなあ」
懐中時計を覗くと、やっぱり時間に間違いはない。
鳩達が塔の入り口で僕を待っていました。
ヤホネ:「今日は皆んなでお迎えしてくれたの?」
5羽の鳩を肩と頭に乗せて、塔の階段を上って行きます。
鳩小屋の前で麻袋を開くと、一斉に鳩達が袋に飛んで行きます。
ヤホネ:「おい!やめ!はははははは!ちょっ……もぉ!」
バサバサと僕の眼前、お構いなしに翼を羽ばたかせ。
ヤホネ:「あれ、1羽いないよね?」
周囲を見回すと、塔のテッペンの階段に『ルブルム』が僕を眺めていた。
ヤホネ:「なんだ、そこにいたのか。ルブルムはご飯をもう食べたのかい?」
僕なんかお構いなしに、ルブルムは空で円を描きます。
ヤホネ:「……吹こうかな」
ヤホネ:「朝日が……上らない」
懐中時計の針はいつもと同じ……位置で。
ヤホネ:「……停まっている」
聞き覚えのない声が頭で響いた。
『それでも、君はラッパを吹かないといけない』
ヤホネ:「え?」
『君は、ラッパ吹きだろう』
ヤホネ:「でも懐中時計が……」
吹かないといけないんだ。ラッパ吹きだから。
その言葉を受け入れて、ラッパを薄暗い紫空に向かって構えた。
ラッパを━━吹く。
今までない━━カラダ全体から音が響く感覚。
突如、轟音と共に僕は強風に煽がれた。
ヤホネ:「そうか……朝は。朝はもう来ないんだね」
燃えるような赤色のドラゴンが塔の真上を通り過ぎていく。
続くように5頭のそれぞれ色の異なるドラゴンが、続けて通過した。
もう動くことのない針を一瞥する。
ヤホネ:「僕の役目は、朝を告げることだけじゃ無かったんだね……」
本来の役割は、
世界の終末を告げることだったんだ。
心のどこかで気づいていながら、毎朝ラッパを吹くことしかできなかった。
地はゆっくり揺れ、空が音を鳴らして裂け始めた。
人々は何事かと、彼方に目を凝らすのみだった。
(間)
誰も日常が終わり始めていることに気づかない。
僕を除いて。
END
それが役目だから。
町で一番高い塔の階段を上る。
片手でラッパをしっかり握りながら。
ラッパの表面が陽の光で反射しない薄暗いうちに。
ヤホネ:「ルブルム、アスル、ウィリデ、ブルーノ、ヴァイス、アートルム……ご飯だよ」
塔の途中に設けられた鳩小屋。
6羽の鳩達へ麻袋に詰まった穀類を掬い取り、あげてやります。
ヤホネ:「よし、それじゃあ行って来るね」
遠くの山々から、朝日が僕をつま先から照らし始める。
僕は代々受け継ぐ懐中時計で、時を確認した。
時計の針は経年劣化で少しズレている。
ヤホネ:「……いまだ」
マウスピースを口に軽く当てた。
ラッパを空に構えて勢いよく━━吹く!
僕が吹いたラッパの音は高くも低くもない。
その音に反応したように6羽の鳩は空へと飛び立つ。
同時に朝日が僕の全身を包み込む。
ラッパが陽光でキラキラ反射した。
朝が来たのだ。
皆平等に訪れる朝。
朝を知らせるのが、僕━━ラッパ吹きの役目。
朝風が服の裾を優しく揺らした。
生まれた時から課せられた使命。
僕の父さんも爺ちゃんも……曾祖父ちゃんも。ずっっと、ラッパ吹きだ。
だから僕もラッパ吹き。
流行り病で父さんは死んだけれど、翌日から僕は一度も寝過ごすことなく、今日まで毎日ラッパを吹き続けた。
父さんが生きていた頃には吹くことができなかった金ピカのラッパも、僕の手に馴染みはじめている。
爺ちゃんが言うには、ラッパが僕を認めるまでは音は鳴らないそうで。
ヤホネ「……少しは認めてくれたのかな」
毎朝の日課であり日常に、余韻は不要だ。
すぐに学校へ行かないと。
学校では、友人ではない同年代の少年に『ヤホネの家はラッパを吹くだけの役立たず』と笑われる。
騎士団長の息子には『お前みたいなヤツを護るために騎士団はあるんじゃない』と冷たい視線を向けられる。
ヤホネ:「学校なんて行きたくない。どうせ僕はラッパ吹きだ」
やりがいなどなくてもいい。嫌でも朝はやってくる。幼い頃、あんなにも目を輝かせた空気の澄んだ街を僕は思い出さない。
(間)
ヤホネ:「……起きないと」
起きないと……いけないのに。今日はいつもと違って、寝起きが悪かった。
ヤホネ:「風邪かな……?」
無理やり冷水を頭にぶっかけて、家の扉を開きました。
ヤホネ:「……今日は空が少し暗いなあ」
懐中時計を覗くと、やっぱり時間に間違いはない。
鳩達が塔の入り口で僕を待っていました。
ヤホネ:「今日は皆んなでお迎えしてくれたの?」
5羽の鳩を肩と頭に乗せて、塔の階段を上って行きます。
鳩小屋の前で麻袋を開くと、一斉に鳩達が袋に飛んで行きます。
ヤホネ:「おい!やめ!はははははは!ちょっ……もぉ!」
バサバサと僕の眼前、お構いなしに翼を羽ばたかせ。
ヤホネ:「あれ、1羽いないよね?」
周囲を見回すと、塔のテッペンの階段に『ルブルム』が僕を眺めていた。
ヤホネ:「なんだ、そこにいたのか。ルブルムはご飯をもう食べたのかい?」
僕なんかお構いなしに、ルブルムは空で円を描きます。
ヤホネ:「……吹こうかな」
ヤホネ:「朝日が……上らない」
懐中時計の針はいつもと同じ……位置で。
ヤホネ:「……停まっている」
聞き覚えのない声が頭で響いた。
『それでも、君はラッパを吹かないといけない』
ヤホネ:「え?」
『君は、ラッパ吹きだろう』
ヤホネ:「でも懐中時計が……」
吹かないといけないんだ。ラッパ吹きだから。
その言葉を受け入れて、ラッパを薄暗い紫空に向かって構えた。
ラッパを━━吹く。
今までない━━カラダ全体から音が響く感覚。
突如、轟音と共に僕は強風に煽がれた。
ヤホネ:「そうか……朝は。朝はもう来ないんだね」
燃えるような赤色のドラゴンが塔の真上を通り過ぎていく。
続くように5頭のそれぞれ色の異なるドラゴンが、続けて通過した。
もう動くことのない針を一瞥する。
ヤホネ:「僕の役目は、朝を告げることだけじゃ無かったんだね……」
本来の役割は、
世界の終末を告げることだったんだ。
心のどこかで気づいていながら、毎朝ラッパを吹くことしかできなかった。
地はゆっくり揺れ、空が音を鳴らして裂け始めた。
人々は何事かと、彼方に目を凝らすのみだった。
(間)
誰も日常が終わり始めていることに気づかない。
僕を除いて。
END
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1
この作品の感想を投稿する
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる