閑却な日の思い出

雪莉月花

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雨の日の思い出

二話

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「ふざけないで!」





 私は傘を持っていない右手で、浅黒い頬をおもいきり叩いた。思った通り、弾力のないもろい肌だった。雨を二つに切るような、乾いた音が鳴り響く。

「ごめん」


「私、どれだけ心配したと思って…」


「ごめん」





 今までと取って代わって、目を細めた寂しそうな表情がそこにあった。私はどうしたらいいか分からなくなって、無駄な世間話をひとつ始めた。



「ねぇ、ようちゃん。最近、雨、多いね。もう、十一月だっていうのに、一昨日も降ってたよね」


「うん、そうだね。寒いくらいに降ってる」


「そんな、薄っぺらな服で、寒くないの」


「そりゃ、寒いさ。でも、コートもってなくて」


 私は彼の変わり用に唇を噛み締めながら、いつくしみを持って、


「こんなに濡れちゃって、傘もささないで」


 おどろくほど震えた声に、彼は引きつった顔で


「傘、もってないんだ」

 耳がいたくなる程、聞き覚えのある返事に私は胸が締め付けられた。今日は、急がなければ行けない日だって、大事な日だっていうのに、昔の感情に左右される。そんなつもりはなかったのに、家まで送るよ、と勢いでいってしまった。



 彼は疲れた笑顔で、ありがとうとこぼした。


 相変わらず彼は、彼自身を濡らしながら、どこかこの世界から堕落していた。





---------------


「なんかさ、昔を思い出すね。学生だった頃、いっつもようちゃんが傘を忘れてさ」




 十年ぶりな彼とは見えない距離があって、それを埋めるように今となってはつまらない昔話を語り始める。





「私の、今はもう捨てちゃったんだけど、あの真っ赤な傘で一緒に帰って。でもさ、ようちゃんは、いっつも濡れて」


 ほんとうにつまらない昔話だった。くだらない、若気の至りのいたずら。恥ずかしくなるような、少しだけ美しい離しに彼は何度か相づちをしている。色が若干抜けた黒い前髪から、雫が垂れた。



「でも知ってたよ、ようちゃんがわざと傘を忘れたこと。なのに、何度も風邪を引くもんだから、心の中でずっと馬鹿だなって」


「うん、あの頃は若かったから」
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