【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco

文字の大きさ
242 / 718
異国編:ジッピン前編:出会い

【262話】ヴァジーのはったり

しおりを挟む
(キヨハルさんは簡単に値を下げてくれない…。だが、この反応から見てヒデマロは自分のウキヨエに50,000ウィンの価値はないと思っているはずだ。おそらく彼は、どちらかというと僕たちが提示した金額の方が妥当だと思っている。だったらヒデマロと話をした方がこちらの値に近づけることができる。ヒデマロに交渉の経験もないだろうし、言葉で誘導することも容易い…。そういうことだね、カユボティ。まったく、君は本当に…。僕は絶対にカユボティと商談なんてしないぞ。おそろしくてかなわない)

火花を散らしているカユボティとキヨハルの傍で、ヴァジーはぶるっと身震いした。味方であるはずの相棒のしたたかさが、ある意味キヨハルよりもおそろしく感じた。彼が相棒でよかったという気持ちより、彼が商談相手ではなくてよかったという気持ちの方が強かった。

ヴァジーは深呼吸をして気持ちを落ち着けた。柔らかい微笑みを意識的に作り、ヒデマロに話しかける。

「ヒデマロはどう思う?いくらで買い取って欲しいかな。僕たちは君のウキヨエに敬意を払っている。だから君の意見を尊重したいんだ」

「言葉遊びがうまいことうまいこと」

嫌味たっぷりにキヨハルがそう呟いたが、ヴァジーはかまわずヒデマロに微笑みかけた。ヒデマロはオロオロとキヨハルの様子を伺いながらも、遠慮がちに自分の気持ちを言葉にした。

「ヴァジーさん。俺はまだ学生で、本物の浮世絵師でもありません。だから、そもそもあなたたちが俺の絵を買いたいと言ってくれたこと自体が信じられません。俺の浮世絵は普通じゃない。ジッピンの人たちは俺の絵のことを下手くそだと言って鼻で笑います。なのに、あなたたちは素晴らしい絵だと言ってくれた。その上本屋で売ってる浮世絵の相場よりも高く見積もってくれた。それだけで俺は嬉しいです。…でも正直言うと、俺の浮世絵はすごいんでもうちょっと出してほしいなーなんて思ったり思わなかったり…」

「ははは!ヒデマロ。僕はやはり君が好きだ。君のウキヨエも好きだが君自身のことがとてつもなく好きだ。世間に受け入れられなくても、自分の価値を落とさない。素晴らしい。まったく…本当にクロネによく似ている。…分かったよ。君がそう言うなら…1,000ウィンまで値を上げよう。君の未来へ投資する」

「いきなり倍額?!うわあああヴァジーさんありがとうございます!!じゃあそれで…」

ヒデマロが大喜びでその金額を受け入れようとしたとき、キヨハルが彼の口元にぽんと扇子を当てて黙らせた。キヨハルの目を見てヒデマロが「ひぅ…っ」と顔を青くする。ヴァジーたちには彼の表情が見えなかったが、笑みを絶やさないままおそろしく冷たい目をしているところが安易に想像できてヒデマロに同情した。

キヨハルは静かになったヒデマロの耳元に口を寄せ、ヴァジーに視線を送りながら囁いた。

「ヒデマロ。乗せられちゃいけないよ。彼はもともと1,000ウィンを出すつもりだったんだ。500ウィンで買い取ろうなんてはじめから微塵も思っていない。彼は言葉選びが上手だから気を付けて。気持ち良く損をさせられてしまうよ」

「いやそれでも1,000ウィンで充分でしょうキヨハルさあん…。なんですか50,000ウィンって…。さすがの俺でも自分の浮世絵に50,000ウィンの価値があるなんて思えませんよ…」

「いいや、あるよ。君はもっと自分の浮世絵の価値を自覚した方がいい。だが彼らには負けるねえ。早速30,000ウィンに下げられてしまった」

「30,000ウィンでも高いですって…」

「はぁ…。分かったよ。では20,000ウィンまで下げよう」

「俺は1,000ウィンでいいんですってばぁ…」

「まったく。困ったものだね…。彼らでなければヒデマロの真の価値が分からないが、彼らであれば思い通りの値になんてさせてもらえない。厄介厄介」

「俺からしたらキヨハルさんのほうが厄介ですよ…」

「ヒデマロ、もっと言ってやってくれ」

ヴァジーがニマニマ笑いながらヒデマロに声をかけた。それでカチンときたのか、キヨハルから余裕の笑みが消えて鋭い眼光を隠そうともせずヴァジーを見据えた。

「ずいぶん余裕ぶっているじゃないかヴァジー。君も分かっているんだろう?私にはまだ余裕がある。だが君たちにはもうないね。どうする?今の時点では私の方が有利だよ」

「絵師であるヒデマロが1,000ウィンでいいと言っているのですよ。それ以上商談の余地がありますか?」

「忘れちゃいけないねヴァジー。ヒデマロの実質的版元は私だよ。私が頷かなければ摺ってもらえないよ?」

「ちっ…」

「ヒデマロを味方につけたくらいで私が1,000ウィンで売るとでも?あまいあまい」

「この野郎…」

楽し気にケタケタ笑うキヨハルと、母国語で悪態をつきながらぴきぴきと青筋を立てているヴァジー。1,000ウィンまで下げられるとはヴァジー自身も考えていなかったが、20,000ウィンまでしか下げられなかったのは誤算だった。二人のやり取りを聞き取れるアーサーはおろおろとしながら二人の様子を見守っている。何も聞き取れず退屈でしかないモニカはうとうとと船を漕いでいた。

(こうなったら…ハッタリで無理矢理値を下げてやる)

ヴァジーはしばらく黙りこくったあと、咳ばらいをしてヒデマロのウキヨエを手に取った。それを眺めながら、独り言のように呟く。

「新しすぎるヒデマロのウキヨエは、ジッピンではあと数年…下手したら十数年は受け入れられないでしょう。ちがいますか?」

「……」

「あなたはそれまで何もせず、彼のウキヨエを手元において温めておくおつもりですか?」

「ふむ…。そうきたか。続けて」

「…バンスティンに流れれば遅くとも5年後…早ければ今年中にヒデマロのウキヨエが世界でもてはやされることになる。僕には分かる。これは間違いなくバンスティンにウケる。ブルジョアが買い漁り、貴族がかき集め、その人気は隣国へも広がるでしょう。世界で評価されたとなればジッピンでの評価も上がる。それはあなたにとっても都合がいいことのはず。目先と遠すぎる未来に囚われ、最善の道を読み違えているのではないですかキヨハルさん?」

「……」

堂々とした態度でヴァジーがさらさらと言葉を紡ぎキヨハルの説得を試みる。表情も仕草も自信に満ち溢れているように見えるが、彼の額には一筋の汗が流れていた。

(自分で言ってて笑えるな。ウキヨエがバンスティンにウケるかどうかなんて僕に分かるわけがないだろう。確かにヒデマロのウキヨエは素晴らしいが、僕たちの絵ですら受け入れられないバンスティン人にこの良さが分かるかどうか…。そんなもの、僕には分からないんだよ!正直ウキヨエで喜ぶ人なんて仲間くらいなんじゃないかと思ってるくらいなんだから!だが、僕はカユボティを信じている。彼は見誤ることなんてしない。きっとウキヨエは受け入れられる。知らないけどね!でもこのくらい言わないとキヨハルさん説得できないし!だからいやなんだよカユボティ早くジッピンのことば覚えてくれ頼む!!!)

緊張とプレッシャーで心にまったく余裕がないヴァジーは内心ひどく荒れていた。本心とちがうことを、さも自信ありげに話すのは非常に難しい。相手がキヨハルであればなおさらだ。中途半端な演技をしたらすぐに勘付かれるだろう。

ヴァジーは本心をおくびにも出さず、声色を変え、穏やかにキヨハルに語りかけた。

「今あなたがすべきことは1枚を高値で売ることではないでしょう。できるだけ多くの枚数をバンスティンへ流し、できるだけ早く世界に彼のウキヨエを認知させること。そうではないですか?」

ヴァジーの話を静かに聞いていたキヨハルは、見定めるようにしばらく彼を見つめていた。そして、フッと笑い軽くため息をついた。

「ヴァジー。君も商談が上手になったね。…分かった。10,000ウィンまで下げようか」

「くそ、まだ10,000ウィン…」

ヴァジーはバンスティンのことばで呟き唇を噛んだ。もう彼ができることは全てしつくした。キヨハルももうこれ以上下げるつもりはなさそうだ。一筋の汗を流しながらカユボティを見る。カユボティは先ほどとは違い真剣な目をしていた。交渉が大詰めまで来ていることを分かっているのだろう。

「いくらまでいった?」

「…10,000ウィン」

「やるじゃないかヴァジー。上出来だ」

「だが、君にとっては物足りないだろう?」

「そうだね。できるならせめて5,000ウィンまでは下げてほしいな」

「無茶を言う」

「手は出し尽くしたのかい?」

「すべてね」

「ふむ…」

カユボティは考え込んだ。正直に言えば10,000ウィンでも充分黒字になるだろう。だが、キヨハルはもともと10,000ウィンで売るつもりだったはずだ。彼の思惑通りに動くのは面白くない。

「何か手はないかな…」

「ア、アノ!!」

「?」

「?」

「?」

商談が行き詰まったとき、アーサーが大声をあげて突然立ち上がった。
しおりを挟む
感想 494

あなたにおすすめの小説

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

舞桜
ファンタジー
「初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎」  突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、 手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、 だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎  神々から貰った加護とスキルで“転生チート無双“  瞳は希少なオッドアイで顔は超絶美人、でも性格は・・・  転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?  だが、死亡する原因には不可解な点が…  数々の事件が巻き起こる中、神様に貰った加護と前世での知識で乗り越えて、 神々と家族からの溺愛され前世での心の傷を癒していくハートフルなストーリー?  様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、 目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“  そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪ *神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのか?のんびりできるといいね!(希望的観測っw) *投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい *この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。