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初夏編:初夏のポントワーブ

【316話】初夏のポントワーブ

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「んー!!おいしーー!!!」

ポントワーブへ帰ってきたアーサーとモニカは、3日ほどだらだらと家で過ごして疲れを癒した。久しぶりに飛び込んだふかふかのベッドは最高に気持ち良く、トイレとシャワーと食事の時以外はベッドに潜り込んだ。

ウスユキとキヨハルにもらった枝と簪は、約束通り同じ花瓶に挿して窓際に飾った。また、葛餅白菜とヒデマロのウキヨエを壁に飾る。まだ2週間しか経っていないのに、ジッピンでの生活が遠い昔のように感じた。

自堕落な数日を過ごしたあと、やっと普段の生活に戻った。お気に入りの服を着て、モニカは化粧をして髪を兄に結わってもらう。アーサーも久しぶりに髪を念入りにセットした。

アーサーとモニカは懐かしいポントワーブの町を散歩した。初夏のポントワーブにはさっぱりとしたそよ風が吹いていて気持ちがいい。すれ違う町民が、約2か月ぶりに顔を見る双子に嬉しそうに挨拶をし、お菓子や果物を持たせてくれた。それをつまみ食いしながら町を歩く。懐かしい景色と温かい人たちにほっこりとした。

双子はまずシャナの家を訪ねた。サクラの枝を渡そうとしたのだが、どうやら留守のようで誰もいない。杖屋も閉まっており、店内は明かりが消えており人の気配がない。

次にボルーノの薬屋を訪ねたが、そこも店が閉まっていた。通りすがりの人に尋ねると、どうやら1週間前から休業しているらしい。

冒険者ギルドへ行っても、カミーユはもちろんベニートたちもいなかった。受付嬢によると、カミーユたちは最後に双子が会った日からポントワーブへ戻ってきていないようだった。ベニートたちは4日前に町を出たらしい。

宿屋のおばあさんもいなかった。代わりに店番をしていた人に聞くと、おばあさんは友人と西の町へ小旅行をしているらしい。

仲の良い人たちがおらず、アーサーとモニカは少ししょんぼりした。せっかく帰ってきたのに嬉しさが半減だ。落ち込んでいるモニカの機嫌を直すため、アーサーは妹の手を引いていつものカフェに入った。フレンチトーストをテーブルの上に置かれると、モニカはキラキラと目を輝かせてフレンチトーストを頬張った。アーサーも懐かしい大好きな味に幸せそうにため息をつく。

「わぁー。これを食べたらポントワーブに帰ってきたって感じがするねえ」

「うん!!ここのフレンチトーストはポントワーブの名物にしていいと思う!!」

「そいつぁ光栄だねえ。ありがとさん」

カフェの店主がまんざらでもなさそうに鼻を掻いた。褒められて良い気分になったのか、店主はジュースを持ってきてテーブルへ置く。

「あれ?僕たちが頼んだのはオレンジジュースだよ?」

「グレープジュースじゃないわ、お兄さん」

「ちゃぁんとオレンジジュースも持ってくるよ。これは俺からのサービスだ。メニューには載ってないとっておきのグレープジュース。特別にお前らに飲ませてやろうと思ってな」

「えー!!いいのぉ?!」

「今日だけだぞー?」

「ありがとうー!!」

特別なグレープジュースと聞き、アーサーとモニカは嬉しそうにゴクゴク飲んだ。濃厚でとてもおいしく、すぐに飲み干して「ぷはーー!!」とお酒を一気飲みした時のような声を出している。そんな双子を見て笑いながら店主はしばらく二人と雑談した。

「まーたポントワーブから姿を消してたな。どこ行ってたんだー?」

「ジッピンに行ってたの!」

「ジッピン?ジッピンってあの異国の?」

「うん!」

「これまたなんでそんなところに」

「冒険者としての指定依頼を受けたの~!」

「冒険者らしいことちょっとしかしなかったけど!」

「そう言えば私たち、カユボティとヴァジーの護衛として行ったはずなのに、ほとんど遊んですごしちゃったね!」

「ねー!時々町に迷い込んだ小さいモノノケを倒したりしてたけど、ほんとにそれだけだったねえ」

「へー。指定依頼か。お前らも成長したんだな」

「うん!この指定依頼を受けて、私たちE級冒険者になったんだよ!」

「おいおい、やっとかよ。お前ら5年くらいずっとFだったろー。さてはサボってたな?」

「ううう…」

「ま、エリクサー作りとかで大変だろうし、仕方ないか」

「ま、まあねー!」

カフェの店主と久しぶりにおしゃべりをして、アーサーもモニカも少しだけ元気が出た。モニカは今まで我慢していた分を取り戻すかのようにフレンチトーストを5皿もおかわりした。アーサーは3皿だけにとどめ、帰り道に果物屋へ寄ってバナナを50本買い込んだ。

バナナを頬張りながら帰り道を歩いていると、モニカが兄の顔を指さした。

「アーサー、鼻血」

「え?」

「鼻血出てるよ」

「うそ」

アーサーは指で鼻をこすった。どろりとした鼻血が付着している。

「わ、」

「アーサー大丈夫?どこかしんどいの?」

「ううん全然。なんともないんだけどなあ」

「バナナ食べすぎちゃったんじゃない?」

「えー?僕、バナナいっぱい食べて鼻血出たことないよ」

「確かにそうねえ。一応エリクサー飲んだ方が良いわ。病気じゃなきゃいいけど…」

「大丈夫だよ。だってなんともないもん」

「鼻血が出てるじゃない。帰ったら念のため回復魔法をかけてあげる」

「ありがと、モニカ」

家へ帰るまでアーサーの鼻血は止まらなかったが、エリクサーとモニカの回復魔法をかけてもらいピタリと止まった。モニカは兄の鼻をタオルで拭いながらむずかしい顔で話しかけた。

「…アーサー。回復魔法をかけてて分かったんだけど…。あなた、すごく強い毒にかかってたわよ…」

「ええ?!うそ!!」

「私の毒よりは強くないけど…それでもかなり強い毒だった」

「ちょっと待って?!じゃあ僕かなり強い毒でも鼻血出るだけの体になっちゃったの?!えーーー!!!」

「問題はそこじゃないの!なんでアーサーが毒にかかってたかっていうのが問題なのよ!気分が悪くなったりしなかったわけ?!」

「え…全然…」

「なんでよもう…」

「いつ毒にかかったのか全然分かんない…」

「今日はいろんなところでいっぱい食べたもんね…。でもポントワーブの人たちがアーサーに毒を食べさせるなんて考えられないわ」

「きっとその人も毒が入ってるって気付いてなかったんだよ」

「そうだといいけど…」

「…モニカ、毎日マーニャ様の指輪を忘れず身に付けてね。念のために」

「うん…」

「モニカは忘れっぽいからすぐつけ忘れそうだなあ」

「そんなことないもん!」

「うーん…。これからはまずは僕が毒見するよ。指輪を疑ってるわけじゃないけど、それでもモニカに毒を口にさせるのはいやだから」

「…またあの時みたいなことを言うのね、アーサー」

「なんのことかさっぱり分かんない」

「アーサーのうそつき。忘れることなんてできないくせに」

「ほら、お風呂に入ろうモニカ。今日は泡風呂入ろうよ!」

アーサーはムスッとしているモニカを抱っこして浴室へ向かった。浴室へ着いてもモニカは兄にしがみついて離れない。

「モニカ?ついたよ。お風呂はいろ」

「私だってアーサー守るもん」

「僕はずっとモニカに守ってもらってるよ」

「もっと守るもん」

「うん、ありがと」
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