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魂魄編:闇オークション
ロイの過去
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この町に長居するのは危険だと、モニカとロイアーサーは家を抜け出した。ここで活躍したのはまたしてもアサギリだった。アサギリは枝と簪の力を借り、二人の姿を結界で隠した。
家の周りには、ヴァランスと槍使いの他に2人の大人がいた。どうやら彼らでも、家を囲む薄雪と喜代春が施した妖術を破ることができないようで、家の中に入るどころか、家を目に映すことすらできていないようだった。
彼らの目をかいくぐり、モニカとロイアーサーは町を出る。隣町のアヴルまで数時間かけて歩き、そこでやっと結界を解き、馬車に乗り込んだ。
二人が向かったのはある北の町。ヴィラバンデ地区の隣、アルピュデュール地区、ジュヌビフィール町。
セルジュがフィール侯爵としてこの地区を治めていたときに暮らしていた、今は誰も住んでいない城を、彼らは一時の隠れ家とすることにした。
数年前に捨てられただけのフィール侯爵の城は、いたるところに蜘蛛の巣が張られ、床に分厚い埃が積もっていたものの、まだそこまで荒廃してはいなかった。
モニカはタールに手紙を出した。合宿中、「太陽が昇らない日」にたまたま出会った彼に連絡先を聞いておいて良かったと、インコを飛び立たせながら彼女は思った。
「モニカさん」
埃の被ったブランケットをモニカにかけながら、ロイアーサーが隣に腰かける。
「タールから返事が来るまでは、ここでじっとするしかない。だからモニカさんは少し休んで」
モニカはずっと震えている。ブランケットをぎゅっと握り、体を丸めた。
「ありがとう、ロイ。ロイがいてくれなかったら、わたしどうしていいか分からなくて、ずっとあの家で泣いてたわ」
「仕方ないよ。あんな怖い目に遭ったんだから」
「……アーサーなら、きっと正しい判断ができてた。なのにわたしは……」
ロイアーサーは応えず、ふぅ、と小さくため息を吐き、遠くを眺めた。
モニカはハッとして、頬をぺちぺち叩く。
「ごめん。弱気になっちゃった」
「ううん。取り柄の魔法を封じられて、大切なお兄さんがこんな風になってしまった上に、信じてた人に裏切られたんだ。弱気になってもしょうがないよ」
「……ありがとう、ロイ」
「僕も今は魔法が使えないし、体術だって使えない。アーサーの体を守るくらいしかできないけど、もうしばらく、傍にいていいかな」
「助かる……」
モニカがそう言うと、ロイアーサーが居心地悪そうに体を動かした。そしてためらいがちに、口を開く。
「えっと……。あのときは、ごめんね……」
「あの時……? ああ、学院の地下でのこと?」
「うん」
学院での吸血鬼事件を思い出し、モニカはぷぅと頬を膨らませた。
「あのときは、ほんとにびっくりしたわ。ロイのこと、とっても優しくて良い人だと思ってたのに、突然ライラやジュリアにあんなひどいことするんだもん」
「うう……。ごめん」
「ねえロイ。人として生活してたいつものロイと、吸血鬼事件のときのロイ。どっちが本当のロイなの?」
ロイアーサーはしばらく考え込み、小さく「分からない」と呟いた。
「……どっちも僕なんだと思う。僕は、リリー寮のみんなのことは好きだった。優しくて、一緒にいて楽しかった。マーサとグレンダのことは特に好きだった。彼らと一緒にいるときは、吸血鬼である自分がいやになるほど、人間のことが好きだったよ」
「……」
「でも、他の人間のことはきらいだった。僕にひどいことをするから」
「……タールが言ってたわ。ロイのことをいじめてたって」
「うん。彼らだけじゃない。僕は100年前に生まれてからお父さまに助けられるまでも、いじめられてた」
ロイはとつとつと、自分の過去を話し始める。
「僕はね。アブルの貧しい家で生まれたんだ。たくさんの兄弟がいたんだけど、僕の両親は子どもたちを養えなかった。だから、僕たちを貴族に売ったんだ。白金貨1枚で」
「……」
全く同じことをしたことがあるモニカには、胸が痛む話だった。
「僕を買った貴族は、僕にチムシーを寄生させて遊んだ」
「え……」
「驚いた? 君は知らないかもしれないけど、そういう趣味の悪い貴族って、結構いるんだよ」
「……」
「チムシーを寄生させた僕を牢屋に閉じ込めて、血を与えずに苦しむ様子を眺めて楽しんでた。僕たちがアパンにしたことと同じようなことを、僕は過去にされてたんだよ」
「そんな……」
「それでね、僕の飼い主は、闇鑑賞会を開くことにした。チムシーを寄生させた、半分吸血鬼となった人間の子ども。観客は大喜びで、僕に血を飲ませたり、乱暴したりした」
「そ、そんなことして何が楽しいの……?」
「きっと彼らも狂ってるんだよ。僕だって狂ってたときは、アパンをいじめることが楽しかった」
モニカは、信じられないと小さく首を横に振った。
だが、確かに牢獄にいる双子をいじめて、看守たちは楽しんでいた。そのような人たちが城の外でもいるなんて、モニカには思いもしなかった。
「それでね、そこにお父さま……フィール侯爵が参加してたんだ。お父さまはその狂った光景に激怒して、観客と主催者を皆殺しにした。そして、僕を助けてくれた」
「……」
「お父さまは、僕をアヴルの家に帰そうとしたんだ。でもね、母さんは、魔物になりかけてる僕を指さしてこう言った。”誰かこいつを殺しておくれ”って」
耳を塞ぎたくなるような話だった。
両親に売られ、貴族にひどいことをされ、母親に"殺してくれ"と言われるなんて。
モニカも同じようなことをされていた。だが、彼女は魔物にされたこともなければ、晒し者にされたこともない。
彼女でさえ、ロイの苦しさは計り知れなかった。
「結局、僕の味方はお父さまだけだった。僕の母さんに失望したお父さまは、僕をお父さまのお城で住まわせてくれた。それに、中途半端な状態の僕に血を与えてくれて、吸血鬼にしてくれた。
あのね、中途半端な状態が一番辛いんだ。吸血衝動が抑えられないし、血を飲まなきゃ正気を失った挙句死んでしまう。でも、吸血鬼になってしまえば、血を飲まなくてもある程度は我慢できるし、死ぬまでの猶予が長い。だから、お父さまは僕を吸血鬼にした」
「そう……なんだ……」
「吸血鬼となった僕を、お父さまは息子のように大切に育ててくれた。お城の敷地内からは出してくれなかったけど、お城にはたくさん本があったから、それを読んで暮らしてた」
そのまま城で暮らしていたら、セルジュとロイは今もひっそりと幸せに暮らしていたかもしれない、とモニカは思った。なのにどうして、学院に来てしまったのか……。
家の周りには、ヴァランスと槍使いの他に2人の大人がいた。どうやら彼らでも、家を囲む薄雪と喜代春が施した妖術を破ることができないようで、家の中に入るどころか、家を目に映すことすらできていないようだった。
彼らの目をかいくぐり、モニカとロイアーサーは町を出る。隣町のアヴルまで数時間かけて歩き、そこでやっと結界を解き、馬車に乗り込んだ。
二人が向かったのはある北の町。ヴィラバンデ地区の隣、アルピュデュール地区、ジュヌビフィール町。
セルジュがフィール侯爵としてこの地区を治めていたときに暮らしていた、今は誰も住んでいない城を、彼らは一時の隠れ家とすることにした。
数年前に捨てられただけのフィール侯爵の城は、いたるところに蜘蛛の巣が張られ、床に分厚い埃が積もっていたものの、まだそこまで荒廃してはいなかった。
モニカはタールに手紙を出した。合宿中、「太陽が昇らない日」にたまたま出会った彼に連絡先を聞いておいて良かったと、インコを飛び立たせながら彼女は思った。
「モニカさん」
埃の被ったブランケットをモニカにかけながら、ロイアーサーが隣に腰かける。
「タールから返事が来るまでは、ここでじっとするしかない。だからモニカさんは少し休んで」
モニカはずっと震えている。ブランケットをぎゅっと握り、体を丸めた。
「ありがとう、ロイ。ロイがいてくれなかったら、わたしどうしていいか分からなくて、ずっとあの家で泣いてたわ」
「仕方ないよ。あんな怖い目に遭ったんだから」
「……アーサーなら、きっと正しい判断ができてた。なのにわたしは……」
ロイアーサーは応えず、ふぅ、と小さくため息を吐き、遠くを眺めた。
モニカはハッとして、頬をぺちぺち叩く。
「ごめん。弱気になっちゃった」
「ううん。取り柄の魔法を封じられて、大切なお兄さんがこんな風になってしまった上に、信じてた人に裏切られたんだ。弱気になってもしょうがないよ」
「……ありがとう、ロイ」
「僕も今は魔法が使えないし、体術だって使えない。アーサーの体を守るくらいしかできないけど、もうしばらく、傍にいていいかな」
「助かる……」
モニカがそう言うと、ロイアーサーが居心地悪そうに体を動かした。そしてためらいがちに、口を開く。
「えっと……。あのときは、ごめんね……」
「あの時……? ああ、学院の地下でのこと?」
「うん」
学院での吸血鬼事件を思い出し、モニカはぷぅと頬を膨らませた。
「あのときは、ほんとにびっくりしたわ。ロイのこと、とっても優しくて良い人だと思ってたのに、突然ライラやジュリアにあんなひどいことするんだもん」
「うう……。ごめん」
「ねえロイ。人として生活してたいつものロイと、吸血鬼事件のときのロイ。どっちが本当のロイなの?」
ロイアーサーはしばらく考え込み、小さく「分からない」と呟いた。
「……どっちも僕なんだと思う。僕は、リリー寮のみんなのことは好きだった。優しくて、一緒にいて楽しかった。マーサとグレンダのことは特に好きだった。彼らと一緒にいるときは、吸血鬼である自分がいやになるほど、人間のことが好きだったよ」
「……」
「でも、他の人間のことはきらいだった。僕にひどいことをするから」
「……タールが言ってたわ。ロイのことをいじめてたって」
「うん。彼らだけじゃない。僕は100年前に生まれてからお父さまに助けられるまでも、いじめられてた」
ロイはとつとつと、自分の過去を話し始める。
「僕はね。アブルの貧しい家で生まれたんだ。たくさんの兄弟がいたんだけど、僕の両親は子どもたちを養えなかった。だから、僕たちを貴族に売ったんだ。白金貨1枚で」
「……」
全く同じことをしたことがあるモニカには、胸が痛む話だった。
「僕を買った貴族は、僕にチムシーを寄生させて遊んだ」
「え……」
「驚いた? 君は知らないかもしれないけど、そういう趣味の悪い貴族って、結構いるんだよ」
「……」
「チムシーを寄生させた僕を牢屋に閉じ込めて、血を与えずに苦しむ様子を眺めて楽しんでた。僕たちがアパンにしたことと同じようなことを、僕は過去にされてたんだよ」
「そんな……」
「それでね、僕の飼い主は、闇鑑賞会を開くことにした。チムシーを寄生させた、半分吸血鬼となった人間の子ども。観客は大喜びで、僕に血を飲ませたり、乱暴したりした」
「そ、そんなことして何が楽しいの……?」
「きっと彼らも狂ってるんだよ。僕だって狂ってたときは、アパンをいじめることが楽しかった」
モニカは、信じられないと小さく首を横に振った。
だが、確かに牢獄にいる双子をいじめて、看守たちは楽しんでいた。そのような人たちが城の外でもいるなんて、モニカには思いもしなかった。
「それでね、そこにお父さま……フィール侯爵が参加してたんだ。お父さまはその狂った光景に激怒して、観客と主催者を皆殺しにした。そして、僕を助けてくれた」
「……」
「お父さまは、僕をアヴルの家に帰そうとしたんだ。でもね、母さんは、魔物になりかけてる僕を指さしてこう言った。”誰かこいつを殺しておくれ”って」
耳を塞ぎたくなるような話だった。
両親に売られ、貴族にひどいことをされ、母親に"殺してくれ"と言われるなんて。
モニカも同じようなことをされていた。だが、彼女は魔物にされたこともなければ、晒し者にされたこともない。
彼女でさえ、ロイの苦しさは計り知れなかった。
「結局、僕の味方はお父さまだけだった。僕の母さんに失望したお父さまは、僕をお父さまのお城で住まわせてくれた。それに、中途半端な状態の僕に血を与えてくれて、吸血鬼にしてくれた。
あのね、中途半端な状態が一番辛いんだ。吸血衝動が抑えられないし、血を飲まなきゃ正気を失った挙句死んでしまう。でも、吸血鬼になってしまえば、血を飲まなくてもある程度は我慢できるし、死ぬまでの猶予が長い。だから、お父さまは僕を吸血鬼にした」
「そう……なんだ……」
「吸血鬼となった僕を、お父さまは息子のように大切に育ててくれた。お城の敷地内からは出してくれなかったけど、お城にはたくさん本があったから、それを読んで暮らしてた」
そのまま城で暮らしていたら、セルジュとロイは今もひっそりと幸せに暮らしていたかもしれない、とモニカは思った。なのにどうして、学院に来てしまったのか……。
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