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魂魄編:ペンダント

アーサーの核

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◆◆◆

《ウガァァァッ……!アァッ……ングッ……アアアアア!!》

抗えない闇。激痛。侵されていく、心。

魔物の魂魄に憑依されたアーサーは、全身で悲鳴をあげていた。
体内が穢されていくのが分かる。指の先の血管にまで、どす黒いなにかが浸食していく。

《やめろっ……! やめろぉっ……!》

アーサーは抵抗した。だが、聖魔法を使えない彼には魂魄に対抗する術はない。
暴れる彼を嘲笑うかのように、魂魄は彼の体を蝕んでいく。

《いやだっ……! 魔物になんかなりたくない!! ……うあぁぁああっ!!》

手足、胴体、頭。魂魄はアーサーの隅々まで根を張った。
残るは核、ただひとつとなった。
核を支配されてしまうと、アーサーは魔物となり、もう戻ることはできない。

魂魄の手が核に伸びる。
逃げようとしても、逃げられない。

《これ以上モニカにひどいことしたくないんだ……っ。 お願い……。魔物にするくらいなら、殺して……》

魔物の嗤い声が聞こえた気がした。苦しむ彼を見て、愉しんでいるかのような。

その時。

アーサーの光が赤い光に包まれた。

《私の愛しい者に手を出すな》

《……?》

どこかから聞き覚えのある声が聞こえた気がした。
視界を閉ざしていたアーサーの核が、おそるおそる目を開く。

核の前に立ちはだかる背中。
アーサーには見覚えがあった。

黒髪で白衣を纏っている、長身の男性。
何度も目の記憶を遡っては懐かしんでいた、前世の双子が心から愛した人。

《あなたは……》

男性は振り返り、申し訳なさそうに微笑んだ。

《助けが遅くなってすまない、アーサー》

《セルジュ……先生……》

アーサーの核を助けに来たもの、それはセルジュの魂魄だった。

《ふふ。君を殺そうとしたアパンは見くびっていたようだね。ペンダントを盗もうとも、私とアーサーは加護の糸で繋がている。引き離すことなんて、できないのだよ》

セルジュは魔物の魂魄に向けて余裕の笑みを浮かべた。

《先生が、助けに来てくれた……》

《ペンダントが今や遠い場所にあるから、助けに来るのに時間がかかってしまったが。もう大丈夫だ、アーサー。私がいる。それに……ロイも》

《うん……》

《悪いが時間がない。君は核以外すべてこの魔物に支配されてしまっている。私は君の核を守る。そして君の体は、ロイが守るよ》

◆◆◆

カッとアーサーの目が開いた。その目に映ったのは、彼にしがみついて泣き崩れている、モニカの姿。
アーサーは突き刺さっているナイフごと手を地面から離して、泣いているモニカの頬に手を添えた。指で涙を拭ってから、体に刺さっている刃物を引き抜いていく。

モニカはハッとして兄の顔を見た。
彼の顔を這っていた痣が徐々に薄れている。

「アーサー……?」

モニカが呟くと、アーサーは小さく微笑んだ。
モニカは顔をしわくちゃにして、兄にしがみつき、泣きじゃくる。

「アーサー! よかった! よかった!!」

「モニカ……さん……」

「……」

モニカは眉をひそめた。
モニカさん? アーサーは彼女のことをそう呼んだことはない。

モニカはゆっくり顔を上げ、もう一度兄の顔を見た。彼の黒くなっていた瞳は、なぜか黄色い瞳に変わっている。そして、瞳孔は猫のように細いままだ。
兄の体から離れ、あとずさる。彼女は震える声を絞り出した。

「あなた……だれ……」

「ごめんね。今の僕はアーサーじゃないんだ。……ロイだよ」

「ロイ……? ロイ!?」

「僕たちの魂魄が入ったペンダントが、昨晩盗まれた。盗んだアパンは遠くへ逃げた。僕たちがアーサーに力を貸さないようにか知らないけれど、僕たちとアーサーは加護の糸で繋がってる。だから、助けに来たんだ。……あまりに距離が離れすぎてて、助けに来るのに時間がかかったけど」

「じゃ……じゃあ、セルジュ先生も、アーサーの中に……?」

ロイは頷いた。

「うん。今、お父さまと僕はアーサーに憑依してる状態だ。彼の核を守るため、お父さまが中で魔物の魂魄と戦ってる。その間、僕はアーサーの体を守るために体を支配してる。……どちらにせよ、アーサーの体にも心にも負担がかかってしまう力業だけど……、あんな穢れ切った魔物に憑依されるよりはマシだからね。しばらくの間、我慢してね」

ロイはそう言って調合室へ向かった。慣れた手つきで薬の調合を始める。完成した薬を飲み、モニカに笑いかける。

「アーサーの調合をずっと間近で見てたから覚えちゃった。これでもう大丈夫。血も止まるだろうし、傷も塞がる。増血薬も飲んだから、安心して。モニカさん」

茫然としているモニカに、ロイは淡々と指示を出した。

「そうは言っても時間がない。アーサーの中に入った魔物の魂魄を倒すには、僕たちの魂魄の元が遠すぎる。アーサーを救うためにはペンダントが必要だ」

「で……でも、ペンダントがどこにあるか分からないわ……」

「僕には分かるし、取り返す方法も考えがついてる。……モニカさん。お金はある?」

「お金?」

「盗まれたペンダントは、今はある屋敷の倉庫に眠っている。……一週間後には、闇オークションに出品される予定らしい」

「闇オークション……」

「お父さまの魂魄。高値で売れないわけがない。だから警備も厳しいよ。買い戻すしか、方法がないんだ」

「や、闇オークションって、どうやって参加するの……?」

「本来闇オークションは、特定の貴族しか参加できない」

「じゃあ、わたしなんかじゃ無理じゃ……」

うなだれるモニカの肩をそっと掴み、ロイは首を横に振った。

「ううん。ひとつだけ手があるよ。ある人の力を借りることで」

「ある人……?」

「タール。彼の家系は、闇と名のつく裏イベントに古くから関りが深いんだ。闇鑑賞会、闇オークションが大きなイベントかな。だから、彼に力を貸してもらえば参加できるはず。彼は……きっと力を貸してくれる。君と……僕のためにね」
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