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魂魄編:ピュトア泉
初恋の相手
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俯くモニカに、ロイは微笑んで頭を撫でる。
「それしかアーサーを助ける方法はないんだ、モニカさん。僕たちはもう死んでる身。だから僕たちのことは考えなくていいんだよ」
「……」
黙り込むモニカをよそに、ロイアーサーが聖女に声をかける。
「かまいません。この体を清めてください」
聖女はロイアーサーを真っすぐと見た。先ほどの敵意のある表情ではなく、戸惑っているようだった。彼女はロイアーサーとモニカに交互に視線を送ったあと、小さく「分かりました」と応えた。
「では、早速儀式を執り行いましょう。私は準備をしてきますから、一時間ほどお待ちください」
そう言って、聖女と少年は小屋に入って行った。モニカとロイアーサーは取り残される。
あと一時間で、ロイの魂魄が消滅してしまう。
「ロイ……あの……」
「僕ね、学院にいるとき」
モニカが何かを言いかけたのを遮り、ロイアーサーが口を開いた。
「吸血鬼である自分がいやで、人間に戻りたくて、血を飲むのを拒んでいたんだ」
「……」
「人間に戻れないのなら、はやく死んでしまいたいって思ってた」
何と声をかけて良いのか分からず、モニカは何も応えられなかった。俯き、神妙な顔をしている彼女の手を取り、ロイアーサーは優しく撫でる。
「でも、薄汚い貴族の子たちにひどいことをされて、今度は人間がいやになって、吸血鬼である自分が誇らしくなった」
「うん……」
「アパンで遊ぶのは楽しかった。苦しんでいるところを見るのは気分が良かった。アパンの血を飲んで力が湧いてくるのが気持ち良かった。まるで自分が世界で一番偉い人になったみたいだった。アパンの屍の上が、僕の玉座だったんだ」
「……」
無邪気な声で恐ろしいことを言うロイの狂気に、モニカは内心ゾッとした。100年かけて狂わされたロイはもう、何が普通で何がおかしいのかが分からなくなっているようだった。だが、彼をそのように狂わせたのは、間違いなく人間の方なのだ。
「そんなときに、モニカさんに出会った。覚えてる? 君が学院に転校した初日に、魔法の授業のときのこと。君は火魔法を発動できなくて、居残りして練習していた時に僕が話しかけたんだ」
モニカはその時のことを思い出してクスっと笑った。
「もちろん覚えてるわ。先生やジュリアがとっても冷たくて、わたし、実は泣きそうだったの。そんなときにロイが話しかけてくれた。学院でできたはじめての友だちは、あなただったのよ」
「そうなの? うれしいなあ。僕はね、実はあのとき君に一目ぼれしたんだよ」
ロイアーサーモニカから少しだけ視線を外して、モジモジと打ち明けた。
「えーっ!?」
「えへへ。だって、君の声は小鳥がさえずるように可愛らしくて、笑顔なんて花が咲いたみたいだったんだもん。でもね、僕は恋をしたことがなかったから、鼓動が速くなって胸が苦しくなったのを、病気なんじゃないかと思っちゃった」
「あはは! そうだったの?」
「うん。僕より先に、マーサとグレンダが気付いてね。それは恋だよって教えてくれたんだ」
モニカはぽぽぽと頬を赤らめた。吸血鬼事件のとき、ロイはモニカに執着していたが、それは血が目当てだと思っていた。まさか恋をされていたとは、鈍感なモニカが気付くわけがない。
ロイアーサーも顔を赤らめている。タールと話しているときの余裕ぶった吸血鬼ではなく、今はまるで思春期の少年のようだ。
「だから、ウィルク王子にはすっごくヤキモチを妬いたりしちゃってた。モニカさんが嫌がってるのに、強引にグイグイ言い寄ってる彼を、何度殺してやろうと思ったか」
「あはは……」
「他にも、アーサーやチャド、ノアのことだって羨ましかった。僕は彼らみたいに美形でもないし、それ以前に魔物だから、モニカさんに釣り合う存在じゃないって言うのは分かってたんだ。でも、好きって気持ちは拭えなくて」
「ロイ……」
「僕、毎日ドキドキしてた。モニカさんと話すだけで、心臓がぶわあって逆立って、むずむずするんだ。君のことを考えている間だけは、アパンへの憎しみを忘れられた」
「そ、そんなにわたしのことを好きでいてくれてたのね。気付かなかった」
「うん。僕も気付かれたくなかったし」
二人は目を見合わせて、はにかみ笑いをする。ロイアーサーは遠慮がちにモニカの髪に触れた。モニカはピクっとほんの少し体をこわばらせたが、拒むことはしなかった。
「モニカさんは、きれいで、つよくて、とても素敵な人だよ。君がいるだけで空気が明るくなるし、自然とみんなが笑顔になるんだ。113年間も生きてきて恋を知らなかった吸血鬼に、はじめての恋をさせるくらいに魅力的だよ」
「ロ、ロイ。照れるわ。なんだか恥ずかしい」
「あはは、ごめんね。でも、今くらいは好きに言わせて。君に言いたいこと、たくさんあるんだ」
「……うん」
「それしかアーサーを助ける方法はないんだ、モニカさん。僕たちはもう死んでる身。だから僕たちのことは考えなくていいんだよ」
「……」
黙り込むモニカをよそに、ロイアーサーが聖女に声をかける。
「かまいません。この体を清めてください」
聖女はロイアーサーを真っすぐと見た。先ほどの敵意のある表情ではなく、戸惑っているようだった。彼女はロイアーサーとモニカに交互に視線を送ったあと、小さく「分かりました」と応えた。
「では、早速儀式を執り行いましょう。私は準備をしてきますから、一時間ほどお待ちください」
そう言って、聖女と少年は小屋に入って行った。モニカとロイアーサーは取り残される。
あと一時間で、ロイの魂魄が消滅してしまう。
「ロイ……あの……」
「僕ね、学院にいるとき」
モニカが何かを言いかけたのを遮り、ロイアーサーが口を開いた。
「吸血鬼である自分がいやで、人間に戻りたくて、血を飲むのを拒んでいたんだ」
「……」
「人間に戻れないのなら、はやく死んでしまいたいって思ってた」
何と声をかけて良いのか分からず、モニカは何も応えられなかった。俯き、神妙な顔をしている彼女の手を取り、ロイアーサーは優しく撫でる。
「でも、薄汚い貴族の子たちにひどいことをされて、今度は人間がいやになって、吸血鬼である自分が誇らしくなった」
「うん……」
「アパンで遊ぶのは楽しかった。苦しんでいるところを見るのは気分が良かった。アパンの血を飲んで力が湧いてくるのが気持ち良かった。まるで自分が世界で一番偉い人になったみたいだった。アパンの屍の上が、僕の玉座だったんだ」
「……」
無邪気な声で恐ろしいことを言うロイの狂気に、モニカは内心ゾッとした。100年かけて狂わされたロイはもう、何が普通で何がおかしいのかが分からなくなっているようだった。だが、彼をそのように狂わせたのは、間違いなく人間の方なのだ。
「そんなときに、モニカさんに出会った。覚えてる? 君が学院に転校した初日に、魔法の授業のときのこと。君は火魔法を発動できなくて、居残りして練習していた時に僕が話しかけたんだ」
モニカはその時のことを思い出してクスっと笑った。
「もちろん覚えてるわ。先生やジュリアがとっても冷たくて、わたし、実は泣きそうだったの。そんなときにロイが話しかけてくれた。学院でできたはじめての友だちは、あなただったのよ」
「そうなの? うれしいなあ。僕はね、実はあのとき君に一目ぼれしたんだよ」
ロイアーサーモニカから少しだけ視線を外して、モジモジと打ち明けた。
「えーっ!?」
「えへへ。だって、君の声は小鳥がさえずるように可愛らしくて、笑顔なんて花が咲いたみたいだったんだもん。でもね、僕は恋をしたことがなかったから、鼓動が速くなって胸が苦しくなったのを、病気なんじゃないかと思っちゃった」
「あはは! そうだったの?」
「うん。僕より先に、マーサとグレンダが気付いてね。それは恋だよって教えてくれたんだ」
モニカはぽぽぽと頬を赤らめた。吸血鬼事件のとき、ロイはモニカに執着していたが、それは血が目当てだと思っていた。まさか恋をされていたとは、鈍感なモニカが気付くわけがない。
ロイアーサーも顔を赤らめている。タールと話しているときの余裕ぶった吸血鬼ではなく、今はまるで思春期の少年のようだ。
「だから、ウィルク王子にはすっごくヤキモチを妬いたりしちゃってた。モニカさんが嫌がってるのに、強引にグイグイ言い寄ってる彼を、何度殺してやろうと思ったか」
「あはは……」
「他にも、アーサーやチャド、ノアのことだって羨ましかった。僕は彼らみたいに美形でもないし、それ以前に魔物だから、モニカさんに釣り合う存在じゃないって言うのは分かってたんだ。でも、好きって気持ちは拭えなくて」
「ロイ……」
「僕、毎日ドキドキしてた。モニカさんと話すだけで、心臓がぶわあって逆立って、むずむずするんだ。君のことを考えている間だけは、アパンへの憎しみを忘れられた」
「そ、そんなにわたしのことを好きでいてくれてたのね。気付かなかった」
「うん。僕も気付かれたくなかったし」
二人は目を見合わせて、はにかみ笑いをする。ロイアーサーは遠慮がちにモニカの髪に触れた。モニカはピクっとほんの少し体をこわばらせたが、拒むことはしなかった。
「モニカさんは、きれいで、つよくて、とても素敵な人だよ。君がいるだけで空気が明るくなるし、自然とみんなが笑顔になるんだ。113年間も生きてきて恋を知らなかった吸血鬼に、はじめての恋をさせるくらいに魅力的だよ」
「ロ、ロイ。照れるわ。なんだか恥ずかしい」
「あはは、ごめんね。でも、今くらいは好きに言わせて。君に言いたいこと、たくさんあるんだ」
「……うん」
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