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魂魄編:ピュトア泉
ロイの生まれてきた意味
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「アパンを殺すことでしか喜びを見出せなかった僕に、恋を教えてくれたモニカさん。お父さましかいなかった血みどろの世界に、綺麗な銀色の花を咲かせてくれたモニカさん」
兄以外の人に、こんなに真っすぐ、じっくり好意を伝えられたのは初めての事だった。
モニカは自分の体温がどんどんと上がっていくのを感じた。体中が熱くなり、手のひらは汗で湿っている。照れくさくて恥ずかしいが、ロイの好意は爽やかで心地よかった。
「そして、僕が本当は死にたくないと思ってるんだと気付かせてくれたのは、君だよ」
「……」
彼の一言で、ヒュンと心臓が縮こまった。
そうだ、私はこの手でロイを殺したんだと思い出す。
冷や汗を流すモニカに、ロイアーサーは目尻を下げる。
「君に聖魔法をかけられた僕は、お父さまに会いに行った。僕はもう助からなかった。そのときにね、死にたくないって思ったんだ。もっとお父さまと一緒に過ごしたい。もっとタールと遊びたい。もっとモニカさんに恋をしたいって気持ちでいっぱいになった」
「……」
「僕は死にたくなかったけど、嬉しかった。早く死にたいと思ってた僕が、いつの間にかこんなに生きたいと思っていたなんてって」
ありがとう、とロイアーサーは言った。殺した相手にそんなこと言わないで、とモニカは小さく首を振る。
悲しかった。悪者のままだったほうがよほど良かった。
殺した相手なのに、生きていてほしかったと感じてしまう。
その気持ちが抑えられず、モニカは思わず呟いた。
「……どうしてもっと早く出会えなかったんだろう。どうしてロイの苦しみに気付いてあげられなかったんだろう。そしたらロイは、あんなことをしなかったかもしれないのに。わたしはロイを殺さずに済んだかもしれないのに」
ううん、とロイアーサーが首を振る。
「モニカさん。僕はね、これで良かったと思っているんだよ。タールに出会っていなければ、僕は今でもお父さまを憎んでいた。君に殺されていなければ、僕は自分が生に執着していることに気付けなかった」
「そんなこと言わないで、ロイ……」
モニカがぽろぽろと涙を流す。
モニカはロイを、人を脅かす魔物だったから殺した。その時迷いはしなかった。誘拐された生徒を、瀕死のライラを、命を狙われているジュリアを助けるために、彼に聖魔法を放った。
モニカが殺したその魔物は、彼女が窮地に立たされた時に再び現れ、支えてくれた。アーサーを助けてくれた。
命の恩人となった彼の口から、「死んで良かった」なんて言葉は聞きたくなかった。
だが過去に彼を殺したのは、まぎれもなくモニカ自身なのだ。
モニカは自身の感情の渦を持て余す。殺した相手に対して、死んでほしくなかったなんて思うのはおかしいということも分かっていた。
ぐるぐると出口のないことを頭の中で考えている彼女に、ロイアーサーは困ったように微笑む。
「モニカさん。実はね、僕は生きていた時よりも、魂魄になって君たちを見守っていたときのほうが楽しかったんだ。生前、僕はお父さまのお城と学院しか知らなかったけど、君たちは異国やいろんな町に連れて行ってくれた。だから本当に楽しかったんだよ」
そう言って、モニカの手を握る。
「だからね、やっぱりありがとうなんだ。君に伝えたい言葉は」
「ロイ……」
「ペンダントの中で、僕たちはずっと君とアーサーのことを見てたよ。そして、もっと君たちのことが好きになった。こんなに心がきれいな人間がいるんだって、はじめは信じられなかったよ。悪意の欠片もないもんね」
モニカはぶんぶんと首を振った。
「ロイが思ってるほど、わたしは良い人じゃないよ」
「そうなの?」
「うん。だってすぐにヤキモチやいちゃうもん」
モニカの言葉を聞いて声を出して笑うロイアーサーに、彼女はむっと頬を膨らませた。何がおかしいのよと肘でつつくと、ロイアーサーが笑いながら謝った。
「最期にモニカさんと話せてよかった」
「……わたしもよ、ロイ」
「死んだはずなのにこうして君と話せるのも、アーサーを守れたのも、僕が吸血鬼になったからだね。もしかしたら僕はこの時のために吸血鬼になったのかもしれない。そう考えると誇らしい。……僕、吸血鬼になってよかった。君たちの力になれて、本当に良かった」
そしてロイアーサーは晴れやかな表情を浮かべた。今まで悩み続けていた、自分の生まれてきた意味をやっと見つけられたようだった。
兄以外の人に、こんなに真っすぐ、じっくり好意を伝えられたのは初めての事だった。
モニカは自分の体温がどんどんと上がっていくのを感じた。体中が熱くなり、手のひらは汗で湿っている。照れくさくて恥ずかしいが、ロイの好意は爽やかで心地よかった。
「そして、僕が本当は死にたくないと思ってるんだと気付かせてくれたのは、君だよ」
「……」
彼の一言で、ヒュンと心臓が縮こまった。
そうだ、私はこの手でロイを殺したんだと思い出す。
冷や汗を流すモニカに、ロイアーサーは目尻を下げる。
「君に聖魔法をかけられた僕は、お父さまに会いに行った。僕はもう助からなかった。そのときにね、死にたくないって思ったんだ。もっとお父さまと一緒に過ごしたい。もっとタールと遊びたい。もっとモニカさんに恋をしたいって気持ちでいっぱいになった」
「……」
「僕は死にたくなかったけど、嬉しかった。早く死にたいと思ってた僕が、いつの間にかこんなに生きたいと思っていたなんてって」
ありがとう、とロイアーサーは言った。殺した相手にそんなこと言わないで、とモニカは小さく首を振る。
悲しかった。悪者のままだったほうがよほど良かった。
殺した相手なのに、生きていてほしかったと感じてしまう。
その気持ちが抑えられず、モニカは思わず呟いた。
「……どうしてもっと早く出会えなかったんだろう。どうしてロイの苦しみに気付いてあげられなかったんだろう。そしたらロイは、あんなことをしなかったかもしれないのに。わたしはロイを殺さずに済んだかもしれないのに」
ううん、とロイアーサーが首を振る。
「モニカさん。僕はね、これで良かったと思っているんだよ。タールに出会っていなければ、僕は今でもお父さまを憎んでいた。君に殺されていなければ、僕は自分が生に執着していることに気付けなかった」
「そんなこと言わないで、ロイ……」
モニカがぽろぽろと涙を流す。
モニカはロイを、人を脅かす魔物だったから殺した。その時迷いはしなかった。誘拐された生徒を、瀕死のライラを、命を狙われているジュリアを助けるために、彼に聖魔法を放った。
モニカが殺したその魔物は、彼女が窮地に立たされた時に再び現れ、支えてくれた。アーサーを助けてくれた。
命の恩人となった彼の口から、「死んで良かった」なんて言葉は聞きたくなかった。
だが過去に彼を殺したのは、まぎれもなくモニカ自身なのだ。
モニカは自身の感情の渦を持て余す。殺した相手に対して、死んでほしくなかったなんて思うのはおかしいということも分かっていた。
ぐるぐると出口のないことを頭の中で考えている彼女に、ロイアーサーは困ったように微笑む。
「モニカさん。実はね、僕は生きていた時よりも、魂魄になって君たちを見守っていたときのほうが楽しかったんだ。生前、僕はお父さまのお城と学院しか知らなかったけど、君たちは異国やいろんな町に連れて行ってくれた。だから本当に楽しかったんだよ」
そう言って、モニカの手を握る。
「だからね、やっぱりありがとうなんだ。君に伝えたい言葉は」
「ロイ……」
「ペンダントの中で、僕たちはずっと君とアーサーのことを見てたよ。そして、もっと君たちのことが好きになった。こんなに心がきれいな人間がいるんだって、はじめは信じられなかったよ。悪意の欠片もないもんね」
モニカはぶんぶんと首を振った。
「ロイが思ってるほど、わたしは良い人じゃないよ」
「そうなの?」
「うん。だってすぐにヤキモチやいちゃうもん」
モニカの言葉を聞いて声を出して笑うロイアーサーに、彼女はむっと頬を膨らませた。何がおかしいのよと肘でつつくと、ロイアーサーが笑いながら謝った。
「最期にモニカさんと話せてよかった」
「……わたしもよ、ロイ」
「死んだはずなのにこうして君と話せるのも、アーサーを守れたのも、僕が吸血鬼になったからだね。もしかしたら僕はこの時のために吸血鬼になったのかもしれない。そう考えると誇らしい。……僕、吸血鬼になってよかった。君たちの力になれて、本当に良かった」
そしてロイアーサーは晴れやかな表情を浮かべた。今まで悩み続けていた、自分の生まれてきた意味をやっと見つけられたようだった。
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