545 / 718
魂魄編:ピュトア泉
ひとかけらの実芭蕉
しおりを挟む
「あ、フィック! 体調はどう?」
シチュリアに叱られたモニカが小屋へ戻ると、フィックがダイニングテーブルで食事をとっていた。カットされたりんごをフォークに刺して口に運んでいる。
モニカは彼の隣に座り、まるごとりんごに齧りついた。
「少し眠ったおかげで良くなったよ。ありがとう」
「良くなってよかった!」
フィックがあまりに静かに食事をしているので、つられてモニカも黙っていたが、おしゃべり好きのモニカは長い沈黙に耐えられなかった。
「ねえフィック! フィックとシチュリアは最近初めて出会ったばっかりなのよね?」
「そうだよ」
「どうしてあんなに仲が良いの?」
フィックはしばらく応えずにりんごを咀嚼して、飲み込んでから口を開く。
「似ているからかな」
「どこが?」
「躓いた場所」
「似たようなところでこけたの?」
「そう」
「……?」
要領の得ない話にモニカは反応できずにいた。
なんとか理解しようと必死に頭を働かせているモニカに、今度はフィックが質問する。
「モニカは、どうしてアーサーとあんなに仲が良いの?」
「え? だってお兄ちゃんだから」
「兄妹だったら仲良くて当然?」
「そうだと思うけど」
「そうなんだ」
「……?」
「アーサーのどこが好き?」
この質問にモニカは目を輝かせて、自信満々に答える。
「聞きたい!? わたしがアーサーを好きな理由! えっとね、まずね! やさしいところでしょ、かっこいいところでしょ、強いところでしょ、寝顔がかわいいところでしょ、頭がいいところでしょ、私のこと大好きなところでしょ、ちょっぴり泣き虫なところでしょ、ダンスが上手なところ、ピアノもバイオリンも上手なところ……」
モニカは一時間に渡り、アーサーの好きなところを並べ続けた。それをフィックはにこにこしながら聞いている。
「あとはね、女の子の恰好も似合うところ! ……さすがにもう思いつかないなあ」
最後のひとつを言い終えたモニカは、満足げに伸びをした。
「んー! 初めて全部言いきれたわ! みんな最後まで聞いてくれないんだもん。ありがとうフィック! 眠くなっちゃったんじゃない?」
さすがに申し訳ないと思ったのか、モニカがバツが悪そうに笑ったが、フィックは小さく首を振る。
「いいや、楽しかったよ」
「ほんとー!? うれしい!」
「もっと聞かせてほしいくらい」
「じゃあ、明日までに考えとく!」
「お願い」
モニカとフィックは微笑み合った。
笑っているのに、フィックのやつれた顔を見ると心が痛む。モニカはおそるおそる尋ねた。
「えっと、いやだったら答えないでね。あの、フィックってどんな病気なの……?」
フィックは笑みを浮かべたまま固まった。モニカが聞くんじゃなかったと後悔していると、彼は小さく口を開く。
「心、かな」
「心……」
「体はどこも悪くないんだ。でも、いつからか食事を口にできなくなってね。それまでは僕、普通の男の子くらいの肉付きはしていたんだよ」
「そうだったんだ……」
「最近もっと調子が悪くなってきて、このままじゃ命が危ないから、ここで養生することになったんだ」
「少し良くなった?」
「ああ。良くなったよ。今もこうして、りんごを食べられているし」
フィックはそう言って、フォークに刺さったままだったりんごをぱくりと口に入れて見せた。しゃくしゃくと噛み、嚥下する。そして少しばかり得意げに、「ね?」と言って口角を上げた。
モニカは頷き、ナイフを手に取りバナナを切った。そして彼の皿へ載せて、バナナにフォークを刺して彼の口元へ運ぶ。
「フィック! あーん!」
「え?」
「食べて! もっと食べて!」
「えっと、僕はいいからモニカが食べるといいよ」
「ううん! フィックに食べて欲しいの!」
そう言ってフィックの頬にぐりぐりとバナナを押し付けるモニカ。はじめは困惑していたフィックだったが、彼女の強引さに思わず噴き出した。
「ぷっ……! やめてよモニカ。顔が汚れてしまうじゃないかぁ」
「だったら食べてよ! ひとかけらだけでいいから!」
「もう……」
フィックは仕方なく、押し付けられているバナナをぱくりと食べる。彼が飲みこんだのを見て、モニカは満面の笑みを浮かべた。
「わたしね! 人が食べてるところを見るのが好きなの! だからフィックが食べてるのを見るの、すごく嬉しい! 無理して食べなくてもいいけど、ときどきわたしのために、一口多めに食べてくれる?」
フィックの瞳にじわっと涙が滲んだ気がした。だがすぐにいつもの微笑に戻り、彼は「いいよ」と答えただけだった。
その日からモニカは毎食後、フィックの口にひとかけらの果物を放り込んだ。それを見ていたアーサーが、「僕も僕も!」と彼にもうひとかけらの果物を食べさせる。いつの間にかシチュリアまで、彼の口に果物を放り込むようになった。
いつもより三口も多く食べなければならなくなったフィックだが、その果物のかけらがどんな料理よりも美味しく感じていたのは、彼だけの秘密。
シチュリアに叱られたモニカが小屋へ戻ると、フィックがダイニングテーブルで食事をとっていた。カットされたりんごをフォークに刺して口に運んでいる。
モニカは彼の隣に座り、まるごとりんごに齧りついた。
「少し眠ったおかげで良くなったよ。ありがとう」
「良くなってよかった!」
フィックがあまりに静かに食事をしているので、つられてモニカも黙っていたが、おしゃべり好きのモニカは長い沈黙に耐えられなかった。
「ねえフィック! フィックとシチュリアは最近初めて出会ったばっかりなのよね?」
「そうだよ」
「どうしてあんなに仲が良いの?」
フィックはしばらく応えずにりんごを咀嚼して、飲み込んでから口を開く。
「似ているからかな」
「どこが?」
「躓いた場所」
「似たようなところでこけたの?」
「そう」
「……?」
要領の得ない話にモニカは反応できずにいた。
なんとか理解しようと必死に頭を働かせているモニカに、今度はフィックが質問する。
「モニカは、どうしてアーサーとあんなに仲が良いの?」
「え? だってお兄ちゃんだから」
「兄妹だったら仲良くて当然?」
「そうだと思うけど」
「そうなんだ」
「……?」
「アーサーのどこが好き?」
この質問にモニカは目を輝かせて、自信満々に答える。
「聞きたい!? わたしがアーサーを好きな理由! えっとね、まずね! やさしいところでしょ、かっこいいところでしょ、強いところでしょ、寝顔がかわいいところでしょ、頭がいいところでしょ、私のこと大好きなところでしょ、ちょっぴり泣き虫なところでしょ、ダンスが上手なところ、ピアノもバイオリンも上手なところ……」
モニカは一時間に渡り、アーサーの好きなところを並べ続けた。それをフィックはにこにこしながら聞いている。
「あとはね、女の子の恰好も似合うところ! ……さすがにもう思いつかないなあ」
最後のひとつを言い終えたモニカは、満足げに伸びをした。
「んー! 初めて全部言いきれたわ! みんな最後まで聞いてくれないんだもん。ありがとうフィック! 眠くなっちゃったんじゃない?」
さすがに申し訳ないと思ったのか、モニカがバツが悪そうに笑ったが、フィックは小さく首を振る。
「いいや、楽しかったよ」
「ほんとー!? うれしい!」
「もっと聞かせてほしいくらい」
「じゃあ、明日までに考えとく!」
「お願い」
モニカとフィックは微笑み合った。
笑っているのに、フィックのやつれた顔を見ると心が痛む。モニカはおそるおそる尋ねた。
「えっと、いやだったら答えないでね。あの、フィックってどんな病気なの……?」
フィックは笑みを浮かべたまま固まった。モニカが聞くんじゃなかったと後悔していると、彼は小さく口を開く。
「心、かな」
「心……」
「体はどこも悪くないんだ。でも、いつからか食事を口にできなくなってね。それまでは僕、普通の男の子くらいの肉付きはしていたんだよ」
「そうだったんだ……」
「最近もっと調子が悪くなってきて、このままじゃ命が危ないから、ここで養生することになったんだ」
「少し良くなった?」
「ああ。良くなったよ。今もこうして、りんごを食べられているし」
フィックはそう言って、フォークに刺さったままだったりんごをぱくりと口に入れて見せた。しゃくしゃくと噛み、嚥下する。そして少しばかり得意げに、「ね?」と言って口角を上げた。
モニカは頷き、ナイフを手に取りバナナを切った。そして彼の皿へ載せて、バナナにフォークを刺して彼の口元へ運ぶ。
「フィック! あーん!」
「え?」
「食べて! もっと食べて!」
「えっと、僕はいいからモニカが食べるといいよ」
「ううん! フィックに食べて欲しいの!」
そう言ってフィックの頬にぐりぐりとバナナを押し付けるモニカ。はじめは困惑していたフィックだったが、彼女の強引さに思わず噴き出した。
「ぷっ……! やめてよモニカ。顔が汚れてしまうじゃないかぁ」
「だったら食べてよ! ひとかけらだけでいいから!」
「もう……」
フィックは仕方なく、押し付けられているバナナをぱくりと食べる。彼が飲みこんだのを見て、モニカは満面の笑みを浮かべた。
「わたしね! 人が食べてるところを見るのが好きなの! だからフィックが食べてるのを見るの、すごく嬉しい! 無理して食べなくてもいいけど、ときどきわたしのために、一口多めに食べてくれる?」
フィックの瞳にじわっと涙が滲んだ気がした。だがすぐにいつもの微笑に戻り、彼は「いいよ」と答えただけだった。
その日からモニカは毎食後、フィックの口にひとかけらの果物を放り込んだ。それを見ていたアーサーが、「僕も僕も!」と彼にもうひとかけらの果物を食べさせる。いつの間にかシチュリアまで、彼の口に果物を放り込むようになった。
いつもより三口も多く食べなければならなくなったフィックだが、その果物のかけらがどんな料理よりも美味しく感じていたのは、彼だけの秘密。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
4,348
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。