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北部編:イルネーヌ町
魔物よりちょっと怖い
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クルドパーティは全員、アーサーとモニカのことを丁寧にもてなした。南部育ちの彼らが寒さを感じないよう、いつもより室内を暖かく保ち、空腹を感じないよう、テーブルの上には果物と焼き菓子が用意されていた。不安を和らげようと、明るい口調で話しかけてくれることもあった。
アーサーとモニカにとって、彼らの優しさは身に沁みるようだった。それでも普段通りに笑えないのは、心の底からは彼らを信頼できず、怖がっていたからなのかもしれない。
「ねえ、クルドさん」
その日の昼、モニカが食事を取っていたクルドに声をかけた。顔が隠れるほど大きな骨付き肉にかじりついていたクルドは、もごもごと肉を噛みながら返事をする。
「ん? なんだ?」
「あのね、わたしたち、お金が必要で……」
「おお、いくらいるんだ?」
詳しいことを聞こうともせず、クルドは見るからに高級そうな財布を取り出し、モニカに渡そうとした。モニカは慌てて彼の手を押し戻す。
「ちがうの! ちょうだいって意味じゃなくて! お金を稼ぎたいから、今日はアーサーとダンジョンに行く予定だったの」
「おお、そうだったのか。別にこの金使っていいぜ?」
「ううん! 自分たちで稼ぎたいの。だから行ってきてもいい?」
「もちろんいいぞ。どこのダンジョンに行くんだ?」
「ここから一番近いEランクダンジョン!」
「ネヴェルーダンジョンだな。……っつーか、お前らもしかして、ダンジョン掃討の依頼を受けたのか?」
クルドは不安げに眉をひそめた。モニカはかぶりを振り、得意げに応える。
「ううん! 身元を知られちゃいけないから、クエストは受けてないよ! 今回は、素材を集めてお金を稼ぐの!」
「そうか。なら安心した」
「それなら、もっと高いランクのダンジョンに行った方が稼げるんじゃない?」
話を聞いていたマデリアが首を傾げた。
「あなたたちなら、Cランクでも余裕でしょう。実力はA級なんだから」
「アーサーが、危ないから低いダンジョンにしろってうるさいの」
モニカはマデリアの耳元で不満げに囁いた。
マデリアはクスクス笑い、「なんて過保護なお兄ちゃんなんでしょうね」とモニカの文句に乗っかる。
「それなら、私がついて行ってあげる。それなら心配ないでしょう?」
「えー! いいの?」
「もちろん。こんな、アジトでのんびり過ごすなんて性に合わないもの」
「だったら僕も行くよ。退屈で仕方ない」
サンプソンはそう言って伸びをした。
どうやらS級冒険者というものは、血気盛んな人ばかりのようだとモニカは内心思った。
「じゃあ早速、今からCランクダンジョンに行くわよ」
「僕たちがいるなら、BでもAでも余裕だと思うけど?」
「そうね。じゃあBにでも行きましょうか。Aはさすがに危険だわ」
「じゃあBにしよう」
「決まりね。というわけでアーサー、Bランクダンジョンに行くわよ」
「うん……」
マデリアの呼びかけに、アーサーは上の空で返事をした。
退屈な日常から抜け出せて上機嫌のマデリアとサンプソンは、早々と武装して双子を急かす。しかし、彼らが防具どころか武器も失ったと聞き、ダンジョンへ行く前に武器屋と防具屋で必要なものをしっかりと揃えた。
◇◇◇
「え……?」
ダンジョンへ到着して初めて、アーサーは行く予定とは違うダンジョンへ潜ろうとしていることに気付いた。
「モ、モニカ!? ここどこ!?」
「分からない!」
「ええ!?」
「あら、アーサー。あなた、私たちの話を聞いてなかったの? ここはBランクダンジョン。ゴブリンの代わりにオーガが、オークの代わりにトロールがうじゃうじゃと棲息しているわ。そしてこのダンジョンで一番厄介な魔物はキマイラ。キマイラのたてがみや爪は高く売れるわよ。いつもよりも大変だけど、あなたたちなら余裕でしょ?」
「……」
早く行きましょう、と先にダンジョンの中へ入って行くマデリアとサンプソン。彼らの後ろをワクワクしながらついて行くモニカ。
アーサーは小さくため息をつき、重い体を引きずり彼らの後ろを歩いた。
このダンジョンも入り口は氷の洞窟だった。昨日双子が潜ったG級ダンジョンと同じように、入り口にはアイススライムやアイスカチッカがぴょんぴょんと飛び跳ねている。アーサーとモニカが地道にそれらの素材を回収している間は、マデリアとサンプソンは強い酒を飲んで談笑していた。
「見て、サンプソン。A級レベルの冒険者がアイススライムの相手をしてるわ」
「シュールだね。そして可愛らしい。あんな二束三文の魔物素材まで回収するなんて、余程お金に困っているのかな?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないわね。あんなに楽しそうにスライムを触る子たちが他にいるかしら」
「ふふ。見てみなよ、アーサーの幸せそうな顔」
「可愛いわ。とても可愛い」
「分かるよ。男の僕でもうっかり惚れそうになるほど可愛いね。でも僕はやっぱりモニカがいいな」
「モニカもいいわよね。女の私でもうっかり手を出したくなるくらい可愛いわ」
スライムの液体を革袋に流し込んでいた双子は、背後からの熱い視線にブルッと震えた。
「なんだか寒気がしたけど、気のせいかな……」
「わたしも今ブルッと来た……」
「魔物よりも怖いかもしれない」
「アーサーはわたしが守るよ……」
「僕も頑張ってモニカを守るね……」
アーサーとモニカにとって、彼らの優しさは身に沁みるようだった。それでも普段通りに笑えないのは、心の底からは彼らを信頼できず、怖がっていたからなのかもしれない。
「ねえ、クルドさん」
その日の昼、モニカが食事を取っていたクルドに声をかけた。顔が隠れるほど大きな骨付き肉にかじりついていたクルドは、もごもごと肉を噛みながら返事をする。
「ん? なんだ?」
「あのね、わたしたち、お金が必要で……」
「おお、いくらいるんだ?」
詳しいことを聞こうともせず、クルドは見るからに高級そうな財布を取り出し、モニカに渡そうとした。モニカは慌てて彼の手を押し戻す。
「ちがうの! ちょうだいって意味じゃなくて! お金を稼ぎたいから、今日はアーサーとダンジョンに行く予定だったの」
「おお、そうだったのか。別にこの金使っていいぜ?」
「ううん! 自分たちで稼ぎたいの。だから行ってきてもいい?」
「もちろんいいぞ。どこのダンジョンに行くんだ?」
「ここから一番近いEランクダンジョン!」
「ネヴェルーダンジョンだな。……っつーか、お前らもしかして、ダンジョン掃討の依頼を受けたのか?」
クルドは不安げに眉をひそめた。モニカはかぶりを振り、得意げに応える。
「ううん! 身元を知られちゃいけないから、クエストは受けてないよ! 今回は、素材を集めてお金を稼ぐの!」
「そうか。なら安心した」
「それなら、もっと高いランクのダンジョンに行った方が稼げるんじゃない?」
話を聞いていたマデリアが首を傾げた。
「あなたたちなら、Cランクでも余裕でしょう。実力はA級なんだから」
「アーサーが、危ないから低いダンジョンにしろってうるさいの」
モニカはマデリアの耳元で不満げに囁いた。
マデリアはクスクス笑い、「なんて過保護なお兄ちゃんなんでしょうね」とモニカの文句に乗っかる。
「それなら、私がついて行ってあげる。それなら心配ないでしょう?」
「えー! いいの?」
「もちろん。こんな、アジトでのんびり過ごすなんて性に合わないもの」
「だったら僕も行くよ。退屈で仕方ない」
サンプソンはそう言って伸びをした。
どうやらS級冒険者というものは、血気盛んな人ばかりのようだとモニカは内心思った。
「じゃあ早速、今からCランクダンジョンに行くわよ」
「僕たちがいるなら、BでもAでも余裕だと思うけど?」
「そうね。じゃあBにでも行きましょうか。Aはさすがに危険だわ」
「じゃあBにしよう」
「決まりね。というわけでアーサー、Bランクダンジョンに行くわよ」
「うん……」
マデリアの呼びかけに、アーサーは上の空で返事をした。
退屈な日常から抜け出せて上機嫌のマデリアとサンプソンは、早々と武装して双子を急かす。しかし、彼らが防具どころか武器も失ったと聞き、ダンジョンへ行く前に武器屋と防具屋で必要なものをしっかりと揃えた。
◇◇◇
「え……?」
ダンジョンへ到着して初めて、アーサーは行く予定とは違うダンジョンへ潜ろうとしていることに気付いた。
「モ、モニカ!? ここどこ!?」
「分からない!」
「ええ!?」
「あら、アーサー。あなた、私たちの話を聞いてなかったの? ここはBランクダンジョン。ゴブリンの代わりにオーガが、オークの代わりにトロールがうじゃうじゃと棲息しているわ。そしてこのダンジョンで一番厄介な魔物はキマイラ。キマイラのたてがみや爪は高く売れるわよ。いつもよりも大変だけど、あなたたちなら余裕でしょ?」
「……」
早く行きましょう、と先にダンジョンの中へ入って行くマデリアとサンプソン。彼らの後ろをワクワクしながらついて行くモニカ。
アーサーは小さくため息をつき、重い体を引きずり彼らの後ろを歩いた。
このダンジョンも入り口は氷の洞窟だった。昨日双子が潜ったG級ダンジョンと同じように、入り口にはアイススライムやアイスカチッカがぴょんぴょんと飛び跳ねている。アーサーとモニカが地道にそれらの素材を回収している間は、マデリアとサンプソンは強い酒を飲んで談笑していた。
「見て、サンプソン。A級レベルの冒険者がアイススライムの相手をしてるわ」
「シュールだね。そして可愛らしい。あんな二束三文の魔物素材まで回収するなんて、余程お金に困っているのかな?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないわね。あんなに楽しそうにスライムを触る子たちが他にいるかしら」
「ふふ。見てみなよ、アーサーの幸せそうな顔」
「可愛いわ。とても可愛い」
「分かるよ。男の僕でもうっかり惚れそうになるほど可愛いね。でも僕はやっぱりモニカがいいな」
「モニカもいいわよね。女の私でもうっかり手を出したくなるくらい可愛いわ」
スライムの液体を革袋に流し込んでいた双子は、背後からの熱い視線にブルッと震えた。
「なんだか寒気がしたけど、気のせいかな……」
「わたしも今ブルッと来た……」
「魔物よりも怖いかもしれない」
「アーサーはわたしが守るよ……」
「僕も頑張ってモニカを守るね……」
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