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北部編:イルネーヌ町

喉の渇き

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 そしてその夜、双子が寝静まってから、クルドはカミーユに伝書インコを飛ばした。

空へ放たれたインコを目で追いながら、マデリアがワインをこくりと飲む。

「カミーユたちは血相を変えてここに来るでしょうね」

「そうだな。全く。守りてぇならちゃんと守れってんだ」

「守らせないように指定依頼で忙殺させてたんでしょ、王族は」

「あいつらの指定依頼の嵐も、ヴィクス王子の差し金か。ぬかりねえな」

「そんなところにばかり頭を使ってないで、少しは国民のためになることに使ってしてほしいわ」

 そんなことよりさ、とサンプソンが話を遮る。

「アーサーとモニカ、大変だったんだね。アーサーなんて三体も魔物の魂魄が憑依してたっていうじゃないか。よく生きてたよね」

「ほんとだよ~。普通死んじゃうよ、そんなの」

 ミントの言葉に、ブルギーが頷いた。

「逆に生きてることが恐ろしいくらいだ。俺も一度魔物の魂魄に憑依されたことあるが、一体だけでも死ぬかと思ったぞ? さすが、驚異的な基礎能力値を持ってるだけあるよな」

「それに、三体の魔物の魂魄を浄化した、ピュトア泉の聖女もすごいよね。さすがヴァルタニア家の血を引く聖女だよ。ああ、一度会いたいな。きっと驚くほど美人なんだよ」

 うっとりと呟くサンプソンに、他の大人たちが呆れたようにため息をついた。

「まあとにかく。カミーユが来るまではアーサーとモニカの面倒を見るとするか」

「そうね~。マデリア、サンプソン、あの子たちにイタズラしたらダメだよ~? カミーユに殺されちゃう」

「分かってるわよ」

「もちろん分かってるよ」

 ミントの忠告に、マデリアとサンプソンが同時に応えた。
 ミントがホッしたのも束の間、二人は「ところで」と言葉を続ける。

「「どこからがイタズラって言うの?」」

 クルドは無言で彼らの首根っこを掴み、アジトから追い出した。

◇◇◇

「……」

 翌朝、アーサーは激しいのどの渇きで目が覚めた。ゆっくりと起き上がり、隣で眠っているモニカをぼうっと見つめる。手の甲に雫が落ちて初めて、自分が涎を垂らしていることに気付いた。彼は慌てて口元を拭い、頬をペチペチと叩いて無理矢理モニカから視線を逸らした。

 マデリアが用意した服を身に付けたアーサーがリビングへ行くと、サンプソンとミントが紅茶を飲んでいた。アーサーに気付いたミントが、にっこり笑って手を振る。

「アーサーおはよう~。よく眠れた~?」

「おはようミントさん。うん。宿のベッドよりもフカフカで、あったかかったよ」

「良かった良かった~」

「アーサー、朝食を用意するから、座って」

「ありがとう、サンプソンさん」

「あれ、モニカは~?」

「モニカはまだ寝てるよ。僕よりもちょっとお寝ぼうさんだから」

「そっかそっか~。ゆっくり寝たらいいよ~」

 ミントとサンプソンが、アーサーのためにホットミルクとトースト、オムレツを出してくれた。甘めの味付けがおいしい。おいしいのに、満たされない。

「……」

 ミントとサンプソンは目を見合わせた。合宿の時はあれほど明るくて賑やかだったアーサーが、眉間に皺を寄せて黙々と料理を口に運んでいることに違和感を抱く。

「……アーサー?」

「ん? どうしたの、ミントさん」

「もしかして体調が良くないの? よく見たら顔色が悪いよ~」

 ミントはアーサーの頬を両手で包み、こちらを向かせた。彼の顔は、昨晩よりも血の気がない。
 アーサーはビクつき、ふいと彼女から目を背ける。

「大丈夫だよ? なんともないよ」

「そうかなあ。念のために、回復魔法をかけておくね」

「う、うん……。ありがとう」

 もちろん、ミントの回復魔法で喉の渇きは癒えなかった。

 モニカが起きて来ても、アーサーはそのことを相談できなかった。吸血行為をしているところをクルドパーティが見たら、一部が魔物になったアーサーを敵とみなして追い出されるかもしれないと考えてしまい、怖くて行為に及べない。その上、今はモニカの精神があまり安定していないので、言い出しづらかったというのもあった。

 モニカも今は不安でいっぱいで、アーサーが吸血行為を求めていることに気付くことができなかった。

「モニカ、気分はどうだい? 少しは落ち着いた?」

 サンプソンが優しい声色で尋ねると、モニカは小さく何度か頷いた。

「うん、ありがとう。少しだけ落ち着いたよ」

「そう。良かった。待ってて、朝食を用意するから」
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