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北部編:イルネーヌ町
アーサーとリアーナ
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アーサーの意識が戻ったのは、クルドのアジトに戻って一時間経った頃だった。
体が重い。彼は顔をしかめながらうっすらと目を開け、大声で叫んだ。
「うわぁぁぁぁ!?」
「うるせぇっ! 静かにしろっ!」
「リ、リリリ、リアーナ!? 何してるのぉ!?」
目の前にでかでかとあらわれた、リアーナの顔。しかも馬乗りされている。その上アーサーは上半身をはだかにされていた。
慌てふためく彼の頭をはたき、リアーナはアーサーの瞳を覗き込んだ。
「うーん。瞳孔は変わってねえな……」
その一言で、アーサーはリアーナが彼の変化に気付いていることを覚る。彼女はアーサーの体に変化がないかを診てくれているのだ。それからは何をされても、アーサーは抵抗しなかった。
彼の左腕をじっと観察したまま、リアーナが口を開く。
「クルドから聞いたぞ。三体の魂魄に憑依されたって?」
「うん……」
「で、ピュトア泉の聖女に清めてもらって一件落着?」
「……」
応えない彼に、リアーナは小さく笑う。
「クルドたちには言えなかっただろうけど、あたしには言えるな?」
「……うん」
「おう。じゃあ教えてくれ。お前の核にこびりついてる魔物は何種か分かるか?」
「吸血鬼……あの、学院で出会った吸血鬼のひと」
「ああ。フィール侯爵か。お前はあいつと縁があるなあ」
「うん。……前世は恋人だったから」
「だはは! ……え、まじで言ってる?」
「うん。ほんと」
「あー……。なるほどなあ。そうか、だからか……」
「……」
「お前、そいつと離れたくないって思ったな?」
「……うん」
「だから余計にこびりついちまったんだな。ちなみにこの左腕のやつの魂魄は綺麗に消えてる。もう一体の残滓はほんのり残ってるな。皮膚に沁み込んでる。んでフィール侯爵の残滓が核に完全に馴染んじまってる。あたしよりもずっと薄いけど、お前もちょびっと魔女になっちまったな」
アーサーはポロッと涙を零した。一度涙が流れると、ずっと我慢していた気持ちが抑えきれなくなってしまった。彼は顔をしわくちゃにして、リアーナにしがみつく。
「リアーナァァァ……ッ、僕、僕っ、魔物になっちゃったよぉぉぉ……っ、うわぁぁん……っ、どうしよう……どうしようぅぅぅ……っ。えぐっ、えぐっ」
「おー、怖かったな。よく今まで我慢したなアーサー! えらいぞ。今はいくらでも泣け。弱音だっていくらでも聞いてやる」
リアーナは、いつものような喧しい声ではなく、優しく力強い声でアーサーを励ました。彼の頭を、いつものベシベシ叩くような触り方ではなく、そっと撫でる。
「アーサー、お前ここのところ体調が良くないらしいな? サンプソンが言ってた。それも魂魄の残滓のせいか?」
「……実は――」
アーサーは吸血欲のことを包み隠さず打ち明けた。一日に必要な血液量や、飲まなかったらどのように体調に支障をきたすかなどを事細かく話す。
それを聞いたリアーナは「やっぱりか……」と呟いた。
「吸血鬼の魂魄が沁み込んでるんだったら、十中八九それだと思ったぜ。何日飲んでないんだ?」
「一週間くらい……」
「まじか。ちょっと待ってろよ。あたしの血じゃ、お前の魔物の血が濃くなっちまうかもしれねえから、他のやつ呼んでくる」
「あ、あの、リアーナ。このこと、クルドパーティには……」
「言わねーよ。呼ぶのはカミーユかジルかカトリナだ。誰が良いとかあるかー?」
「えっと、うーん」
困惑するアーサーに、リアーナがガハハと笑う。
「んなこと言われたって困るよなー! そうだな、あたしもあいつらの血を飲んだことあるんだけど……」
「何してんのさリアーナ……」
「ちげーよ! ダンジョンの奥で失血状態になったときに、応急処置として血を渡し合ってんの! 別にあたしの趣味趣向じゃねえ!」
「そ、そうなんだ」
「カミーユの血はうめえぞー! あいつ、武神の加護持ちだからなー。精力剤と同じ感じだ。回復力上がるし、なんか元気出る。カトリナの血はやべえ。あいつも加護持ちだろ? 美神だっけか。だから飲んだら肌がツルツルになる。あとなんか花の味がする。うめえ」
「……ほんとにリアーナの趣味趣向で飲んでるんじゃないの?」
「ちげえって! あいつらの血が異様にうますぎるんだよ! あたしは悪くねえ!」
そうですか、とアーサーが渋い顔をして頷くと、頬を膨らせたリアーナが話を続ける。
「ジルの血はまずい。あいつ、状態異常耐性つけるためにやべえもんばっか食ってるからか知らねえけど、めちゃくちゃまずいんだ。普通のやつが飲んだら翌日下痢だろうな。なんせあいつの血自体が毒みたいなもん……」
そこまで言ってリアーナがハッと口に手を当てた。アーサーを盗み見ると、顔がほころんでいる。
「ジルの血が飲みたいな!!」
「……」
趣味趣向で血を飲もうとしてるのはどっちだと、リアーナは本気でアーサーを殴りたくなった。
体が重い。彼は顔をしかめながらうっすらと目を開け、大声で叫んだ。
「うわぁぁぁぁ!?」
「うるせぇっ! 静かにしろっ!」
「リ、リリリ、リアーナ!? 何してるのぉ!?」
目の前にでかでかとあらわれた、リアーナの顔。しかも馬乗りされている。その上アーサーは上半身をはだかにされていた。
慌てふためく彼の頭をはたき、リアーナはアーサーの瞳を覗き込んだ。
「うーん。瞳孔は変わってねえな……」
その一言で、アーサーはリアーナが彼の変化に気付いていることを覚る。彼女はアーサーの体に変化がないかを診てくれているのだ。それからは何をされても、アーサーは抵抗しなかった。
彼の左腕をじっと観察したまま、リアーナが口を開く。
「クルドから聞いたぞ。三体の魂魄に憑依されたって?」
「うん……」
「で、ピュトア泉の聖女に清めてもらって一件落着?」
「……」
応えない彼に、リアーナは小さく笑う。
「クルドたちには言えなかっただろうけど、あたしには言えるな?」
「……うん」
「おう。じゃあ教えてくれ。お前の核にこびりついてる魔物は何種か分かるか?」
「吸血鬼……あの、学院で出会った吸血鬼のひと」
「ああ。フィール侯爵か。お前はあいつと縁があるなあ」
「うん。……前世は恋人だったから」
「だはは! ……え、まじで言ってる?」
「うん。ほんと」
「あー……。なるほどなあ。そうか、だからか……」
「……」
「お前、そいつと離れたくないって思ったな?」
「……うん」
「だから余計にこびりついちまったんだな。ちなみにこの左腕のやつの魂魄は綺麗に消えてる。もう一体の残滓はほんのり残ってるな。皮膚に沁み込んでる。んでフィール侯爵の残滓が核に完全に馴染んじまってる。あたしよりもずっと薄いけど、お前もちょびっと魔女になっちまったな」
アーサーはポロッと涙を零した。一度涙が流れると、ずっと我慢していた気持ちが抑えきれなくなってしまった。彼は顔をしわくちゃにして、リアーナにしがみつく。
「リアーナァァァ……ッ、僕、僕っ、魔物になっちゃったよぉぉぉ……っ、うわぁぁん……っ、どうしよう……どうしようぅぅぅ……っ。えぐっ、えぐっ」
「おー、怖かったな。よく今まで我慢したなアーサー! えらいぞ。今はいくらでも泣け。弱音だっていくらでも聞いてやる」
リアーナは、いつものような喧しい声ではなく、優しく力強い声でアーサーを励ました。彼の頭を、いつものベシベシ叩くような触り方ではなく、そっと撫でる。
「アーサー、お前ここのところ体調が良くないらしいな? サンプソンが言ってた。それも魂魄の残滓のせいか?」
「……実は――」
アーサーは吸血欲のことを包み隠さず打ち明けた。一日に必要な血液量や、飲まなかったらどのように体調に支障をきたすかなどを事細かく話す。
それを聞いたリアーナは「やっぱりか……」と呟いた。
「吸血鬼の魂魄が沁み込んでるんだったら、十中八九それだと思ったぜ。何日飲んでないんだ?」
「一週間くらい……」
「まじか。ちょっと待ってろよ。あたしの血じゃ、お前の魔物の血が濃くなっちまうかもしれねえから、他のやつ呼んでくる」
「あ、あの、リアーナ。このこと、クルドパーティには……」
「言わねーよ。呼ぶのはカミーユかジルかカトリナだ。誰が良いとかあるかー?」
「えっと、うーん」
困惑するアーサーに、リアーナがガハハと笑う。
「んなこと言われたって困るよなー! そうだな、あたしもあいつらの血を飲んだことあるんだけど……」
「何してんのさリアーナ……」
「ちげーよ! ダンジョンの奥で失血状態になったときに、応急処置として血を渡し合ってんの! 別にあたしの趣味趣向じゃねえ!」
「そ、そうなんだ」
「カミーユの血はうめえぞー! あいつ、武神の加護持ちだからなー。精力剤と同じ感じだ。回復力上がるし、なんか元気出る。カトリナの血はやべえ。あいつも加護持ちだろ? 美神だっけか。だから飲んだら肌がツルツルになる。あとなんか花の味がする。うめえ」
「……ほんとにリアーナの趣味趣向で飲んでるんじゃないの?」
「ちげえって! あいつらの血が異様にうますぎるんだよ! あたしは悪くねえ!」
そうですか、とアーサーが渋い顔をして頷くと、頬を膨らせたリアーナが話を続ける。
「ジルの血はまずい。あいつ、状態異常耐性つけるためにやべえもんばっか食ってるからか知らねえけど、めちゃくちゃまずいんだ。普通のやつが飲んだら翌日下痢だろうな。なんせあいつの血自体が毒みたいなもん……」
そこまで言ってリアーナがハッと口に手を当てた。アーサーを盗み見ると、顔がほころんでいる。
「ジルの血が飲みたいな!!」
「……」
趣味趣向で血を飲もうとしてるのはどっちだと、リアーナは本気でアーサーを殴りたくなった。
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