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北部編:イルネーヌ町
アーサーとジル
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「アーサー、ほんとに僕の血でいいの? まずいって評判なんだけど」
アーサーの部屋に呼ばれたジルが、怪訝な顔をして入ってきた。
「どうせならカミーユかカトリナにしといた方がいいと思うよ。あの二人の血は体に良いから。いや血を飲まれるのが嫌とかそういうのは一切思ってないよむしろ僕の血で良ければいくらでもあげるしあげたいしだけど君の体のことを考えたらやっぱり僕の体に悪い血より加護持ちの血のほうがいいんじゃないかなって思ってるだけで――」
洪水のように押し寄せるジルの弁解の言葉を、アーサーは口を半開きにして聞いていた。いつまで経っても終わらない彼の言葉に、耐え切れずにプッと噴き出す。
「な、なに。僕は真面目に言ってるんだよアーサー」
「ううん。違うんだ。吸血欲に駆られた僕に血を飲まれるために呼び出されたのに、はじめに言うのがそれなんだーって思って」
「? どこかおかしい?」
ジルは本気で分かっていないようで、首をかしげている。
一部でも魔物になってしまったアーサーを警戒するでもなく、飲まれる血液の量を気にするでもなく、彼の体を気遣うジル。むしろ指名されてどこか嬉しそうにさえ見える。
そしてアーサーには、カミーユたちならきっと血が必要になってしまった彼を受け入れてくれるし、今まで通り愛してくれるだろうという根拠のない確信があった。
(安心する。心地いい)
ジルがベッドに腰かける。
「で、えーっと、どうしたらいいの? いつもどこから飲んでる?」
「どこでも大丈夫なんだけど、ジルはどこがいいとかある?」
「えっ、選んでいいの?」
「う、うん」
仏頂面が、一瞬だけパァァと輝いた気がした。その反応にはさすがのアーサーも戸惑ったが、ジルは気付かずボソボソと希望を伝える。
「手首……アーサーが僕の血を啜ってるところが見れるけど、やっぱり吸血鬼と言ったら首から吸血ってイメージだよね。首から吸われてみたいけど手首からも吸われたい……。悩ましいけど、今日は首にしようかな……」
傍で立っていたリアーナが「きもっちわり」と顔をしわくちゃにしており、アーサーは「あー、いつものジルだ~」と頬を緩めている。
「じゃあ、首から飲ませてもらうね。ごめんね、ジル」
「ううん謝らないでむしろありがとう」
「お礼を言われるようなことはしないんだけどなあ……」
「あの……できたら僕が抱っこするから前から飲んでくれない?」
「え、あ、うん」
「おいジルお前さっきからずっとまじで気持ち悪いんだけど!?」
「リアーナうるさい。あっち行っててよ」
「行くかよ心配すぎて一時も目を離せねーよ!!!」
「何を心配することがあるんだか……」
「僕が血を飲みすぎてジルが倒れちゃわないか心配なんじゃない?」
「ああ、そういうこと。気にしなくていいからあっち行ってて、リアーナ」
「ちげえええええ!!」
リアーナに見張られている中、ジルに抱っこされたアーサーが傷を付けた首に唇を当てる。ちう、と一口血を含み、アーサーは目を見開いた。
「ん! おいしい!! わああああ! ほんのり毒が香る濃厚な味!!」
「さすが強い毒耐性持ちだね。普通の人なら一口飲んだだけで吐き気をもよおすらしいよ」
「他にも独特の風味があるね! すごいー! おいしいよジルの血」
「嬉しいな。血を褒められるってこんな嬉しいことなんだ。知らなかった」
「も、もうちょっと飲んでもいい?」
「好きなだけ飲んでいいよ。血を抜くのは慣れてるし。遠慮しないで」
「ぼ、僕ほんとに今すごい量飲んじゃうよ……?」
「いいよ。いっぱい飲んで」
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えちゃうね……?」
ちうちうと血を吸うアーサーを抱きかかえながら、ジルが「あー……」と言葉にならない声を漏らす。急激に血が減っているのか、ふらっと体がよろけたのでリアーナが支えた。
「おい、ジル大丈夫か?」
「大丈夫。それより見て、リアーナ。アーサーの喉がごくごく動いてる。これ、僕の血を飲んでるからだよ」
「うん、すげー気持ちわりい」
「そんな嫉妬に狂った目で僕を見ないでよ」
「ドン引きした目だよ!!」
アーサーの喉が潤ったときには、ジルの顔色は真っ青になっていた。アーサーの口元に付いている血を指で拭い、彼は目尻を下げる。
「楽になった?」
「うん……。ごめんね、ジル。顔が真っ青だ……」
「いいんだ。嬉しかった」
「喜ばれるようなことなんてしてないんだけどなぁ」
「ううん。してくれた。アーサー、君は僕のことを怖がらずに頼ってくれた。つまり、僕を信じてくれてたってことだよね」
「うん。僕はジルに似た人を見てないし、ジルがそんなことするはずないって思ってるから。だってジルじゃないでしょ?」
「僕じゃないよ」
「やっぱり。そうだと思った」
アーサーがにぱっと笑うと、ジルは唇をきつく締めて彼を抱きしめた。
「……ありがとう」
「僕の方こそ、ありがとうジル。僕のこと、好きなままでいてくれて」
「例え君が完全な魔物になっても、君のことを嫌いにならない自信があるよ。例え君が僕を殺したって、僕は君のことを大切に想い続ける」
「……うん。そんなこと、絶対にしたくないけどね。でもありがとう」
アーサーは背中に腕を回し、ジルの肩に顔をうずめた。
「……ジル」
「ん?」
「モニカもね、ほんとはジルじゃないって分かってるよ」
「……」
「でも怖いんだよ。信じてて違った方が辛いから、最悪のことを考えて自分を守ろうとしてるだけ」
「……うん。ありがとう、アーサー。モニカが目覚めたら二人っきりで話すよ。彼女が納得できるまで、何でも、何度でも話すつもり」
「そうしてあげて。きっとモニカもそれを望んでる。ごめんね、辛い思いをさせちゃって」
「こちらこそごめん。僕の兄がひどいことをして」
「……え? お兄さん……?」
「うん、実は――」
モニカとジルが和解する三時間前、ジルはアーサーに過去を語っていた。
ジルの家族の話を聞いて、ぷんぷんと怒ったり、しくしく泣いたりとアーサーは始終騒がしかった。そして最後に彼をぎゅーっと強く抱きしめる。
「どんな過去を持ってたって、僕はジルのことが大好きだよ! 例えジルが僕を殺したって、僕はジルのことが大好きなままだからね!」
「え。絶対そんなことしないんだけど」
「あははー! 知ってるー! だってジルは、僕たちのことが大好きだもんね!」
「……うん。大好きだよ」
ふいと顔を背け、ボソッと呟いたジルの顔は真っ赤だった。そんな彼にアーサーもリアーナもケタケタ笑う。いつまで経っても笑いがおさまらないので、恥ずかしさに耐えられなくなったジルは布団に潜りこんでしばらくの間出てこなくなった。
アーサーの部屋に呼ばれたジルが、怪訝な顔をして入ってきた。
「どうせならカミーユかカトリナにしといた方がいいと思うよ。あの二人の血は体に良いから。いや血を飲まれるのが嫌とかそういうのは一切思ってないよむしろ僕の血で良ければいくらでもあげるしあげたいしだけど君の体のことを考えたらやっぱり僕の体に悪い血より加護持ちの血のほうがいいんじゃないかなって思ってるだけで――」
洪水のように押し寄せるジルの弁解の言葉を、アーサーは口を半開きにして聞いていた。いつまで経っても終わらない彼の言葉に、耐え切れずにプッと噴き出す。
「な、なに。僕は真面目に言ってるんだよアーサー」
「ううん。違うんだ。吸血欲に駆られた僕に血を飲まれるために呼び出されたのに、はじめに言うのがそれなんだーって思って」
「? どこかおかしい?」
ジルは本気で分かっていないようで、首をかしげている。
一部でも魔物になってしまったアーサーを警戒するでもなく、飲まれる血液の量を気にするでもなく、彼の体を気遣うジル。むしろ指名されてどこか嬉しそうにさえ見える。
そしてアーサーには、カミーユたちならきっと血が必要になってしまった彼を受け入れてくれるし、今まで通り愛してくれるだろうという根拠のない確信があった。
(安心する。心地いい)
ジルがベッドに腰かける。
「で、えーっと、どうしたらいいの? いつもどこから飲んでる?」
「どこでも大丈夫なんだけど、ジルはどこがいいとかある?」
「えっ、選んでいいの?」
「う、うん」
仏頂面が、一瞬だけパァァと輝いた気がした。その反応にはさすがのアーサーも戸惑ったが、ジルは気付かずボソボソと希望を伝える。
「手首……アーサーが僕の血を啜ってるところが見れるけど、やっぱり吸血鬼と言ったら首から吸血ってイメージだよね。首から吸われてみたいけど手首からも吸われたい……。悩ましいけど、今日は首にしようかな……」
傍で立っていたリアーナが「きもっちわり」と顔をしわくちゃにしており、アーサーは「あー、いつものジルだ~」と頬を緩めている。
「じゃあ、首から飲ませてもらうね。ごめんね、ジル」
「ううん謝らないでむしろありがとう」
「お礼を言われるようなことはしないんだけどなあ……」
「あの……できたら僕が抱っこするから前から飲んでくれない?」
「え、あ、うん」
「おいジルお前さっきからずっとまじで気持ち悪いんだけど!?」
「リアーナうるさい。あっち行っててよ」
「行くかよ心配すぎて一時も目を離せねーよ!!!」
「何を心配することがあるんだか……」
「僕が血を飲みすぎてジルが倒れちゃわないか心配なんじゃない?」
「ああ、そういうこと。気にしなくていいからあっち行ってて、リアーナ」
「ちげえええええ!!」
リアーナに見張られている中、ジルに抱っこされたアーサーが傷を付けた首に唇を当てる。ちう、と一口血を含み、アーサーは目を見開いた。
「ん! おいしい!! わああああ! ほんのり毒が香る濃厚な味!!」
「さすが強い毒耐性持ちだね。普通の人なら一口飲んだだけで吐き気をもよおすらしいよ」
「他にも独特の風味があるね! すごいー! おいしいよジルの血」
「嬉しいな。血を褒められるってこんな嬉しいことなんだ。知らなかった」
「も、もうちょっと飲んでもいい?」
「好きなだけ飲んでいいよ。血を抜くのは慣れてるし。遠慮しないで」
「ぼ、僕ほんとに今すごい量飲んじゃうよ……?」
「いいよ。いっぱい飲んで」
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えちゃうね……?」
ちうちうと血を吸うアーサーを抱きかかえながら、ジルが「あー……」と言葉にならない声を漏らす。急激に血が減っているのか、ふらっと体がよろけたのでリアーナが支えた。
「おい、ジル大丈夫か?」
「大丈夫。それより見て、リアーナ。アーサーの喉がごくごく動いてる。これ、僕の血を飲んでるからだよ」
「うん、すげー気持ちわりい」
「そんな嫉妬に狂った目で僕を見ないでよ」
「ドン引きした目だよ!!」
アーサーの喉が潤ったときには、ジルの顔色は真っ青になっていた。アーサーの口元に付いている血を指で拭い、彼は目尻を下げる。
「楽になった?」
「うん……。ごめんね、ジル。顔が真っ青だ……」
「いいんだ。嬉しかった」
「喜ばれるようなことなんてしてないんだけどなぁ」
「ううん。してくれた。アーサー、君は僕のことを怖がらずに頼ってくれた。つまり、僕を信じてくれてたってことだよね」
「うん。僕はジルに似た人を見てないし、ジルがそんなことするはずないって思ってるから。だってジルじゃないでしょ?」
「僕じゃないよ」
「やっぱり。そうだと思った」
アーサーがにぱっと笑うと、ジルは唇をきつく締めて彼を抱きしめた。
「……ありがとう」
「僕の方こそ、ありがとうジル。僕のこと、好きなままでいてくれて」
「例え君が完全な魔物になっても、君のことを嫌いにならない自信があるよ。例え君が僕を殺したって、僕は君のことを大切に想い続ける」
「……うん。そんなこと、絶対にしたくないけどね。でもありがとう」
アーサーは背中に腕を回し、ジルの肩に顔をうずめた。
「……ジル」
「ん?」
「モニカもね、ほんとはジルじゃないって分かってるよ」
「……」
「でも怖いんだよ。信じてて違った方が辛いから、最悪のことを考えて自分を守ろうとしてるだけ」
「……うん。ありがとう、アーサー。モニカが目覚めたら二人っきりで話すよ。彼女が納得できるまで、何でも、何度でも話すつもり」
「そうしてあげて。きっとモニカもそれを望んでる。ごめんね、辛い思いをさせちゃって」
「こちらこそごめん。僕の兄がひどいことをして」
「……え? お兄さん……?」
「うん、実は――」
モニカとジルが和解する三時間前、ジルはアーサーに過去を語っていた。
ジルの家族の話を聞いて、ぷんぷんと怒ったり、しくしく泣いたりとアーサーは始終騒がしかった。そして最後に彼をぎゅーっと強く抱きしめる。
「どんな過去を持ってたって、僕はジルのことが大好きだよ! 例えジルが僕を殺したって、僕はジルのことが大好きなままだからね!」
「え。絶対そんなことしないんだけど」
「あははー! 知ってるー! だってジルは、僕たちのことが大好きだもんね!」
「……うん。大好きだよ」
ふいと顔を背け、ボソッと呟いたジルの顔は真っ赤だった。そんな彼にアーサーもリアーナもケタケタ笑う。いつまで経っても笑いがおさまらないので、恥ずかしさに耐えられなくなったジルは布団に潜りこんでしばらくの間出てこなくなった。
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