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決戦編:来客

予期せぬ来客

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アーサーが統治者になる決心をしてから一カ月半が経った頃、冒険者に呼びかけるために全国を走り回っていた、カミーユ、クルド、ブルギー、リアーナ、ベニートもひとまずアジトに帰って来た。

アーサーとモニカは、カミーユとブルギーが他の大人たちに報告している話に聞き耳を立てる。

「S級の反応は半々ってところだったな。乗り気のやつもいれば、そうじゃねえやつもいる。ま、どいつも失敗するに違いないって思ってるようだったな」

「他の冒険者も同じ感じだったぜ。直接的に王族の被害に遭ったやつらはノリノリだが、他の奴らはそうでもなかった。そんなもんだろうなあ」

「ギルド本部にチクるやつもいるかもしんねえなあ……。そうしたら、本部のジジイらは国王にチクるぜ。そうなる前に、できるだけ早く行動に移さねえと……」

大人たちのピリピリとした空気に、アーサー、モニカ、ユーリは目を見合わせる。

「なんだか……あんまりうまくいってないみたいだね……?」

「やっぱり反乱を起こすって難しいのね。カミーユたちが声をかけても、ついてきてくれない人がいるんだね」

「そりゃそうだよ。だって失敗したら、家族ごと処刑されちゃうんだもん」

三人がそんな話をしていると、玄関のドアから小さなノックの音が聞こえてきた。大人たちが話し合いに夢中の中、子どもたちはそろそろと、来客の顔を見ようとドア近くの窓を覗き込む。

「えっ! うそ!」

アーサーはそう叫び、玄関のドアを勢いよく開けた。
そこには、ピュトア泉で出会った少年、フィックが立っていた。

「フィックー!」

「きゃ! ほんとだー! フィックじゃない!」

満面の笑顔で抱きついた双子を、フィックはニコニコしながら抱き留める。

「久しぶり、アーサー、モニカ。元気だった?」

「元気だよー! どうしたの、フィック! 遊びに来てくれたの!?」

「会いたかった―! フィックだフィックだー!」

大はしゃぎのアーサーとモニカの肩を、怪訝な顔をしているユーリがちょんちょんとつついた。

「アーサー、モニカ……知り合い?」

「うん! ピュトア泉ってところで知り合ったお友だちー!」

「ずっと連絡を取ってたの?」

「え? ううん! ピュトア泉でお別れした以来、会ってなかったよー」

「だから久しぶりの再会! ねー、フィック!」

「そうだね」

フィックはそう応え、チラッとユーリに目をやった。品定めするような目に、ユーリが身震いをして尋ねる。

「……どうしてそんな子が、君たちがクルドのアジトにいるって知ってるの……?」

「えっ」

確かに、顔を見上げた双子に、フィックが優しくお願いをする。

「アーサー、モニカ。中に入れてくれるかな」

「あ! そうだよね、寒いよね。どうぞ、入って?」

「ダメ!」

ユーリが大声を出したので、アーサーとモニカは体をビクつかせた。しかしフィックは眉一つ動かさず、ぼそりと「聡明な子だ」と呟いた。

「だったら、カミーユとクルドを呼んでくれるかな」

「……アーサー、モニカ。呼んできてくれる? 僕がここにいるから」

「……?」

上ずった声を出すユーリに、双子は首を傾げた。

「ユーリ? 大丈夫だよ、フィックは悪い人じゃない。僕たちのことを助けてくれた人なんだ」

「うん。それでもお願い」

「……わ、分かったけど、ユーリを一人にするのもなあ。モニカ、一緒にいてあげてくれる?」

「うん、分かった」

よく分からないまま、アーサーはリビングに戻りカミーユとクルドに呼びかける。

「カミーユ、クルド。お客さんなんだけど、ちょっと来てくれる?」

「ああ? 客だあ? 誰だ」

「僕の友だち」

「友だちぃ?」

「いいから、ちょっと来て? ユーリがビクビクしちゃって」

「よく分かんねえな。つーか勝手にドア開けんなよ……。おい、いくぞクルド」

「おう……?」

要領を得ないまま、アーサーに手を引かれたカミーユとクルドが玄関に向かう。そしてドアの前で立っている少年を見て、息を飲んだ。

「っ……」

「うそだろ……」

「? どうしたの、二人とも」

「……」

アーサーの問いかけにも応えられないほど、二人は動揺していた。
そんな二人に、フィックが声をかける。

「中に入れてくれるかな」

「……」

「一人、付き人も一緒に」

フィックが外に向かって合図をすると、庶民の恰好をしたダフがヒョコッと顔を出し、カミーユとクルドを見て満面の笑みを浮かべた。

「おー!! クルドさんとカミーユさんじゃないですか!! って、お! アーサーとモニカもいるじゃないか!! 殿下、この子たちですよ、アーサーとモニカって!」

「ああ、知っているよ」

「えー! 知っていたんですか!? もしかして知り合いだったんですかー!」

「……まあね」

ダフの登場にアーサーとモニカはこれまたおおはしゃぎだ。

「わあー! ダフじゃないか! どうしてこんなところに!?」

「あなた、ヴィクスの近衛兵になったんじゃなかったのー!? こんなところでいて大丈夫なのー?」

「アーサー、モニカ! 久しぶりだな! ああ、大丈夫だ! だって殿下はこちらにいらっしゃるじゃないか!」

「?」

「??」

「ダフ、静かにしてくれないかな。凍えそうなんだ。中に入れてもらいたい」

「あ! すみません! じゃ、お邪魔していいですか、クルドさん!」

クルドの返事も聞かず、ダフとフィックはアジトの中に足を踏み入れた。しかしそれを咎める人は誰ひとりいない。まるで自分の家のようにフィックが無遠慮に奥へ進んでも、カミーユとクルドでさえ、何も言わなかった。

そして、フィックがリビングに現れると、その場にいた全員が思わず跪いた。

跪く大人たちの心境は、内心穏やかではなかった。

(どうして彼がこんなところに)

(反乱を企んでいることがバレて止めに来たのか……?)

(止めにくるわけがない。だって彼が望んでいることなんだから)

(もしかして、私たちの推測は外れていた……?)

「顔を上げて。楽にしていいよ」

跪く大人たちに目もくれず、フィックはソファに腰かけた。そのうしろにダフが立ち、こっそりアデーレに(ねえさーん!)と手を振っている。

跪く大人たち、堂々と足を組むフィックに、アーサーとモニカはポカンと口を開けた。

「えーっと……?」

「フィックって……もしかしてすごく偉い人……?」

「っていうかさっきダフが〝殿下〟って言ってたけど……」

「???」

頭の上に積もるほどはてなマークを浮かべているアーサーとモニカに、フィックが微笑みながら挨拶をした。

「お久しぶりです。お兄さま、お姉さま」

「……え?」

「???」

「ふむ。呆けてしまっているね」

困ったように呟いたフィックに、ダフが耳打ちをする。

「いえ殿下。アーサーとモニカは普段からあんな感じです」

「おやおや」

じゃあ……と、フィックはアイテムボックスをまさぐる。

「これを見たら、分かってくれるかな」

「っ……!」

彼が取り出したのは、見覚えがありすぎる豪華な短剣。アーサーが十一歳の時まで愛用していた、第一王位継承権の証。

「……ってことはフィック、君は……」

「そう。僕の本当の名はヴィクス・ヴァルダ・リンツ・ウィリアムス・アルバート・バーンスタイン。……あなたたちの、弟です」
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