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決戦編:バンスティンダンジョン
トイレで出会った少年
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たっぷりとごはんを食べ、ひとねむりしたモニカは、なんとか体力を取り戻した。
双子がぐっすり眠っている間も、S級冒険者は交代で掃討をおこなっていたようだ。双子がもりもり朝食を食べているときに、返り血に濡れたマデリアとカトリナ、カミーユとブルギーが戻って来た。
「え! 私たちが寝てる間もダンジョン進めてたのぉ!?」
モニカが甲高い声を出すと、カミーユは葉巻に火を付けながら答えた。
「おー。暇だったしな」
「起こしてくれたらよかったのに!」
「起こすかよ! あんな気持ちよさそうに寝てたのに」
「もう~」
「気にすんな。俺らだけで進められるところは進めとく。お前に無駄な体力使わせたくないからな」
どうやら、S級冒険者だけで二十三階まで掃討を終えたようだ。
「この廃墟の高さから考えて、あと一、二階で廃墟は完了だ。ここを終えたら、洞窟に潜る」
「さっさと行こうぜー!」
元気いっぱいのリアーナが、ゲラゲラ笑いながら部屋を出る。続いて帰って来たばかりのカトリナたちや、それまでスープや酒を飲んでいたS級冒険者も、のろのろと上の階へ向かった。
アーサーとモニカも彼らについて行く。どの部屋も、壁や床が魔物の血まみれで、そこかしこに魔物の死体が散らばっていた。
ニ十階まで来たとき、アーサーはブルッと身震いをした。そして急に動きがのろくなり、内股でちょこちょこ歩く。それに気付いたモニカは首を傾げた。
「アーサー? どうしたの?」
「トイレ……。休憩部屋で行きそびれちゃって……」
「あちゃー。ちょっと待ってね。カミーユに言ってきてあげる」
モニカは先頭を歩くカミーユに話しかけ、すぐに戻って来た。
「この階にトイレがあるらしいよ。行っておいでって」
「助かるぅ……」
「カミーユたちは先に行って、残りの魔物を倒しとくって」
アーサーはトイレに駆け込んだ。
廃墟だというのに、トイレだけはなぜかピカピカだ。アーサーは用を足しながら「あー」とだらしない声を漏らした。
その時。
「セルジュ?」
背後から聞き慣れない声がした。
アーサーは慌ててズボンをあげ、剣の柄に手をかける。耳を澄ませると、コツ、コツと足音が近づいてくるのが聞こえた。
「やっぱりセルジュだ。セルジュの魔力の匂いがする」
アーサーは振り向くと同時に剣を振った。――が、それは軽々と指で掴まれる。
「!!」
「――ああ、君がアーサー……いや、アウスか」
そう言って目を細めたのは、アーサーとさほど背丈が変わらない少年だった。
血管が透き通って見えそうなほど青白い肌、白い髪、瞳孔が猫のように細い白い瞳。すべてが白く、今にも薄れて消えてしまいそうだ。
(瞳孔が細い……。ヒト型魔物だ。それに……僕より強い)
さきほどから剣に力を入れているのに、押すことも引くこともできない。ぴくりとも動かない。
冷や汗を流しているアーサーに、少年は首を傾ける。
「そんなに怖がらないで。君には手を出すなって、ヴィクスから言われてるから」
「ヴィクス……? それにその命令は……君は……裏S級冒険者……?」
「あたり! 僕はシルヴェストル。よろしく――」
彼の名前を聞いた瞬間、アーサーは少年に蹴りを入れた。そして剣から手を離し、短剣を彼の横腹に刺した。
「シルヴェストル……! シャナの故郷をむちゃくちゃにしたのはお前だな!! 許さない!」
「……」
シルヴェストルは短剣が刺さった自分の脇腹をちらりと見てから、アーサーの手を掴んだ。
「!」
やさしくそっと掴まれただけなのに、アーサーは手を引き抜くことができない。
歯をくいしばり暴れるアーサーを、シルヴェストルは感情を読み取れない表情で見つめていた。そして彼は、アーサーの体を引き寄せ、頬を手でなぞる。
「あれ、君……もしかして」
「くそっ……! 離せっ……!」
「君からミモレスの匂いもする」
その時、シルヴェストルがはじめて笑った。
恍惚とした表情はどこか狂気的で、おぞましい。アーサーは血の気が引いた顔で彼を見つめ返した。
「わあ。君は、僕の大好きなヒトの魂と魔力を持ってるんだね。どうりですごく良い匂いがすると思った」
「……」
「ねえ、アウス。友だちになろうよ。僕と友だちになろう? そして僕と契りを交わそう。僕を君の使い魔にしてよ。僕、君の言うことならなんでも聞くよ。ねえ。ねえ、アウス。君が望むなら、なんだってするよ。国王を殺そうか? いいよ。君のためなら、世界中のヒトを敵に回したってかまわない。だから、僕と友だちになろう?」
「……離せっ!!」
アーサーが突き放すと、シルヴェストルはパッと彼から手を離した。その隙にアーサーはトイレから飛び出し、外で待っていたモニカの手を引き、カミーユの元まで全力疾走した。
「ア……アーサー? どうしたの? そんなに急がなくたって……」
「トイレに、裏S級がいた」
「えっ!?」
「僕よりずっと強くて……すっごく変なやつだった……! 気持ちわるかったー!!」
アーサーにとって、気持ち悪すぎて泣いたのは初めてのことだった。
双子がぐっすり眠っている間も、S級冒険者は交代で掃討をおこなっていたようだ。双子がもりもり朝食を食べているときに、返り血に濡れたマデリアとカトリナ、カミーユとブルギーが戻って来た。
「え! 私たちが寝てる間もダンジョン進めてたのぉ!?」
モニカが甲高い声を出すと、カミーユは葉巻に火を付けながら答えた。
「おー。暇だったしな」
「起こしてくれたらよかったのに!」
「起こすかよ! あんな気持ちよさそうに寝てたのに」
「もう~」
「気にすんな。俺らだけで進められるところは進めとく。お前に無駄な体力使わせたくないからな」
どうやら、S級冒険者だけで二十三階まで掃討を終えたようだ。
「この廃墟の高さから考えて、あと一、二階で廃墟は完了だ。ここを終えたら、洞窟に潜る」
「さっさと行こうぜー!」
元気いっぱいのリアーナが、ゲラゲラ笑いながら部屋を出る。続いて帰って来たばかりのカトリナたちや、それまでスープや酒を飲んでいたS級冒険者も、のろのろと上の階へ向かった。
アーサーとモニカも彼らについて行く。どの部屋も、壁や床が魔物の血まみれで、そこかしこに魔物の死体が散らばっていた。
ニ十階まで来たとき、アーサーはブルッと身震いをした。そして急に動きがのろくなり、内股でちょこちょこ歩く。それに気付いたモニカは首を傾げた。
「アーサー? どうしたの?」
「トイレ……。休憩部屋で行きそびれちゃって……」
「あちゃー。ちょっと待ってね。カミーユに言ってきてあげる」
モニカは先頭を歩くカミーユに話しかけ、すぐに戻って来た。
「この階にトイレがあるらしいよ。行っておいでって」
「助かるぅ……」
「カミーユたちは先に行って、残りの魔物を倒しとくって」
アーサーはトイレに駆け込んだ。
廃墟だというのに、トイレだけはなぜかピカピカだ。アーサーは用を足しながら「あー」とだらしない声を漏らした。
その時。
「セルジュ?」
背後から聞き慣れない声がした。
アーサーは慌ててズボンをあげ、剣の柄に手をかける。耳を澄ませると、コツ、コツと足音が近づいてくるのが聞こえた。
「やっぱりセルジュだ。セルジュの魔力の匂いがする」
アーサーは振り向くと同時に剣を振った。――が、それは軽々と指で掴まれる。
「!!」
「――ああ、君がアーサー……いや、アウスか」
そう言って目を細めたのは、アーサーとさほど背丈が変わらない少年だった。
血管が透き通って見えそうなほど青白い肌、白い髪、瞳孔が猫のように細い白い瞳。すべてが白く、今にも薄れて消えてしまいそうだ。
(瞳孔が細い……。ヒト型魔物だ。それに……僕より強い)
さきほどから剣に力を入れているのに、押すことも引くこともできない。ぴくりとも動かない。
冷や汗を流しているアーサーに、少年は首を傾ける。
「そんなに怖がらないで。君には手を出すなって、ヴィクスから言われてるから」
「ヴィクス……? それにその命令は……君は……裏S級冒険者……?」
「あたり! 僕はシルヴェストル。よろしく――」
彼の名前を聞いた瞬間、アーサーは少年に蹴りを入れた。そして剣から手を離し、短剣を彼の横腹に刺した。
「シルヴェストル……! シャナの故郷をむちゃくちゃにしたのはお前だな!! 許さない!」
「……」
シルヴェストルは短剣が刺さった自分の脇腹をちらりと見てから、アーサーの手を掴んだ。
「!」
やさしくそっと掴まれただけなのに、アーサーは手を引き抜くことができない。
歯をくいしばり暴れるアーサーを、シルヴェストルは感情を読み取れない表情で見つめていた。そして彼は、アーサーの体を引き寄せ、頬を手でなぞる。
「あれ、君……もしかして」
「くそっ……! 離せっ……!」
「君からミモレスの匂いもする」
その時、シルヴェストルがはじめて笑った。
恍惚とした表情はどこか狂気的で、おぞましい。アーサーは血の気が引いた顔で彼を見つめ返した。
「わあ。君は、僕の大好きなヒトの魂と魔力を持ってるんだね。どうりですごく良い匂いがすると思った」
「……」
「ねえ、アウス。友だちになろうよ。僕と友だちになろう? そして僕と契りを交わそう。僕を君の使い魔にしてよ。僕、君の言うことならなんでも聞くよ。ねえ。ねえ、アウス。君が望むなら、なんだってするよ。国王を殺そうか? いいよ。君のためなら、世界中のヒトを敵に回したってかまわない。だから、僕と友だちになろう?」
「……離せっ!!」
アーサーが突き放すと、シルヴェストルはパッと彼から手を離した。その隙にアーサーはトイレから飛び出し、外で待っていたモニカの手を引き、カミーユの元まで全力疾走した。
「ア……アーサー? どうしたの? そんなに急がなくたって……」
「トイレに、裏S級がいた」
「えっ!?」
「僕よりずっと強くて……すっごく変なやつだった……! 気持ちわるかったー!!」
アーサーにとって、気持ち悪すぎて泣いたのは初めてのことだった。
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