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決戦編:バンスティンダンジョン
赤い町
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「……?」
イルネーヌ町に戻ったダフは、町の入り口で馬車を降りた。
町のまわりに、王族直属の衛兵が等間隔で並んでいる。
町の門は閉じられていたので何が起こっているのか分からない。ダフが門に近づくと、奥から人々の悲鳴や泣き叫ぶ声が聞こえた。
「一体何が……」
その時、町の中から爆発音が聞こえ、さらに人々の悲鳴が大きくなった。
「開けて! 開けてぇぇぇ!」
門を叩く音が聞こえる。
「お、おい。中で何が起こっている? 門を開けてやらないと……」
「なりません」
衛兵はそう応えるだけだった。
「いや! 住民が助けを求めているだろう! 開けてくれ!」
「なりません」
「いいから開けるんだ!」
しかし衛兵は動かない。ダフは舌打ちをして、止めようとする衛兵たちの手を振り払い、門を開ける仕掛けを作動した。
開けられた門から住民たちが我先にと飛び出した。人だかりが捌けたあと、ダフは目の前に広がっている光景に茫然と立ち尽くした。
炎。
真っ赤な夕焼け空よりさらに赤々と燃え盛る、北国に佇む小さな町。逃げまどう人。瓦礫の下敷きになっている人。焼けただれた人。
「な……にが……」
何が起こっている。数日前まで、ただの平和な町だったはずなのに。
ダフが炎の中に飛び込もうとすると、衛兵五人がかりで止められる。
「離せ!! 助けないと!!」
「なりません」
「ふざけるな! 離せ!! くそっ……! 誰がこんなことを……!!」
「ヴィクス王子です」
衛兵の言葉にダフの動きが止まる。彼はゆっくりと振り返り、唇から血を流すほど歯ぎしりをした。
「貴様、今なんと言った?」
「ヴィクス王子の命令です」
「殿下がこのようなことをするわけがないだろう!」
「そうですか?」
呆れたように鼻で笑う衛兵をダフが殴りつける。
「侮辱するのもたいがいに……!!」
「おや、ダフ。戻って来たのかい」
「!!」
背後からの声に、ダフの表情がとたんにパッと明るくなる。ダフはマントを羽織ったヴィクス王子に駆け寄り、怪我がないか確かめた。
「ああ、よかった! ご無事だったんですね殿下!」
「もちろん無事だよ」
「殿下、ここは危険ですので早く馬車へ。もしかしたら殿下を暗殺しようと誰かがこの町に……」
早口で話すダフに、ヴィクスはそっと目尻を下げた。
「その心配はないよ」
「いえいえ、殿下、油断しすぎですよ。それにここにいる衛兵はてんでだめです。信用できません」
「そうかい? 優秀な衛兵ばかりを選ったつもりだったんだけど」
「……」
ダフの額からだらだらと汗が流れる。心臓に蛇が入りこんだような感覚がして、気持ちが悪い。
「……あ、あはは。殿下は意外と人を信じやすいですからね」
「そんなことはないと思うけれど」
「で、でも、あの衛兵なんて、さっきとんでもない冗談を言っていましたし」
「どんな冗談だい?」
「さすがにご本人には言えません」
「当ててみようか? 僕がこの町を焼いたと言ったんだろう」
「……」
ダフは応えず、縋るようにヴィクスを見た。
「……そんなこと、していませんよね?」
ヴィクスは何も言わず、ゆっくりと瞬きをする。
「……う、嘘ですよね……?」
ヴィクスはぎゅっと目を瞑り、深く息を吸ってダフを見つめ返した。口角を上げた唇が震えている。
「……どうして……」
「恨みを買いたかった」
「……」
地面に崩れ落ち嗚咽を漏らすダフを、ヴィクスは無表情で見つめた。
「この計画は、前から……?」
「ああ。初めてクルドのアジトへ足を運んだあの日から動き始めた」
「どうして俺には何も言ってくれなかったんですか……」
「君に言ったら止められることくらい、僕にも分かっていた」
ダフはうなだれ、拳を地面に叩きつけた。
「……どうして……罪を贖うために、罪を重ねるのですか、殿下……。あなたはこんなこと、するべきじゃなかった……」
「……」
「処刑されるために町を焼いたと……? 自分が死ぬために、何人の人を殺すのですか……」
「……」
「あなたは間違っている……。間違っています、殿下……!」
「知っている」
「みんながみんな、あなたのように死にたい人ばかりではないのですよ、殿下……! この世には生きたい人もたくさんいるんです!! 貧しくても……苦しくても……それでも必死に生きようとしている人たちがいるんです……!! それなのに……あなたは罪もない庶民を……平穏だった町を……。こんなことだけは……してはいけない……!」
ヴィクスは踵を返し、ダフを置いて別の衛兵が待っている馬車に乗り込んだ。
「……第一王位継承権を持っている僕になんてことを言うんだ。もう君の顔は見たくない。ダフ、君から近衛兵の役職を剥奪する。もう……二度と、僕の前に姿を現さないでくれ」
震えた声で、そう言い残して。
イルネーヌ町に戻ったダフは、町の入り口で馬車を降りた。
町のまわりに、王族直属の衛兵が等間隔で並んでいる。
町の門は閉じられていたので何が起こっているのか分からない。ダフが門に近づくと、奥から人々の悲鳴や泣き叫ぶ声が聞こえた。
「一体何が……」
その時、町の中から爆発音が聞こえ、さらに人々の悲鳴が大きくなった。
「開けて! 開けてぇぇぇ!」
門を叩く音が聞こえる。
「お、おい。中で何が起こっている? 門を開けてやらないと……」
「なりません」
衛兵はそう応えるだけだった。
「いや! 住民が助けを求めているだろう! 開けてくれ!」
「なりません」
「いいから開けるんだ!」
しかし衛兵は動かない。ダフは舌打ちをして、止めようとする衛兵たちの手を振り払い、門を開ける仕掛けを作動した。
開けられた門から住民たちが我先にと飛び出した。人だかりが捌けたあと、ダフは目の前に広がっている光景に茫然と立ち尽くした。
炎。
真っ赤な夕焼け空よりさらに赤々と燃え盛る、北国に佇む小さな町。逃げまどう人。瓦礫の下敷きになっている人。焼けただれた人。
「な……にが……」
何が起こっている。数日前まで、ただの平和な町だったはずなのに。
ダフが炎の中に飛び込もうとすると、衛兵五人がかりで止められる。
「離せ!! 助けないと!!」
「なりません」
「ふざけるな! 離せ!! くそっ……! 誰がこんなことを……!!」
「ヴィクス王子です」
衛兵の言葉にダフの動きが止まる。彼はゆっくりと振り返り、唇から血を流すほど歯ぎしりをした。
「貴様、今なんと言った?」
「ヴィクス王子の命令です」
「殿下がこのようなことをするわけがないだろう!」
「そうですか?」
呆れたように鼻で笑う衛兵をダフが殴りつける。
「侮辱するのもたいがいに……!!」
「おや、ダフ。戻って来たのかい」
「!!」
背後からの声に、ダフの表情がとたんにパッと明るくなる。ダフはマントを羽織ったヴィクス王子に駆け寄り、怪我がないか確かめた。
「ああ、よかった! ご無事だったんですね殿下!」
「もちろん無事だよ」
「殿下、ここは危険ですので早く馬車へ。もしかしたら殿下を暗殺しようと誰かがこの町に……」
早口で話すダフに、ヴィクスはそっと目尻を下げた。
「その心配はないよ」
「いえいえ、殿下、油断しすぎですよ。それにここにいる衛兵はてんでだめです。信用できません」
「そうかい? 優秀な衛兵ばかりを選ったつもりだったんだけど」
「……」
ダフの額からだらだらと汗が流れる。心臓に蛇が入りこんだような感覚がして、気持ちが悪い。
「……あ、あはは。殿下は意外と人を信じやすいですからね」
「そんなことはないと思うけれど」
「で、でも、あの衛兵なんて、さっきとんでもない冗談を言っていましたし」
「どんな冗談だい?」
「さすがにご本人には言えません」
「当ててみようか? 僕がこの町を焼いたと言ったんだろう」
「……」
ダフは応えず、縋るようにヴィクスを見た。
「……そんなこと、していませんよね?」
ヴィクスは何も言わず、ゆっくりと瞬きをする。
「……う、嘘ですよね……?」
ヴィクスはぎゅっと目を瞑り、深く息を吸ってダフを見つめ返した。口角を上げた唇が震えている。
「……どうして……」
「恨みを買いたかった」
「……」
地面に崩れ落ち嗚咽を漏らすダフを、ヴィクスは無表情で見つめた。
「この計画は、前から……?」
「ああ。初めてクルドのアジトへ足を運んだあの日から動き始めた」
「どうして俺には何も言ってくれなかったんですか……」
「君に言ったら止められることくらい、僕にも分かっていた」
ダフはうなだれ、拳を地面に叩きつけた。
「……どうして……罪を贖うために、罪を重ねるのですか、殿下……。あなたはこんなこと、するべきじゃなかった……」
「……」
「処刑されるために町を焼いたと……? 自分が死ぬために、何人の人を殺すのですか……」
「……」
「あなたは間違っている……。間違っています、殿下……!」
「知っている」
「みんながみんな、あなたのように死にたい人ばかりではないのですよ、殿下……! この世には生きたい人もたくさんいるんです!! 貧しくても……苦しくても……それでも必死に生きようとしている人たちがいるんです……!! それなのに……あなたは罪もない庶民を……平穏だった町を……。こんなことだけは……してはいけない……!」
ヴィクスは踵を返し、ダフを置いて別の衛兵が待っている馬車に乗り込んだ。
「……第一王位継承権を持っている僕になんてことを言うんだ。もう君の顔は見たくない。ダフ、君から近衛兵の役職を剥奪する。もう……二度と、僕の前に姿を現さないでくれ」
震えた声で、そう言い残して。
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