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決戦編:裏S級との戦い
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一夜明け、侯爵と冒険者たちは再び集まった。侯爵がソファに腰かけるとカトリナが話を切り出す。
「お父様。ご相談が」
「ああ、聞こう」
「私たちは王族に反乱を起こそうと思っております。もちろん私も」
「そうか」
反応が薄い侯爵に、カトリナが念を押した。
「……侯爵令嬢の私が反乱を起こすことが、なにを意味しているか分かりますか?」
「もちろん分かっている」
カトリナが反乱軍に参加することは、オーヴェルニュ家が王族に反旗を翻すことと同義である。
「カトリナが反乱しなくとも、近いうちに私が同じことをしていたさ」
「お父様……」
「町を焼かれ、愛娘の目を奪われ、息子を殺された私が、反対するとでも思ったか?」
「……いいえ」
「反対するどころか協力しよう。何か必要なものは?」
あっさりと承諾を得たカトリナは、侯爵と共に他のS級も交えて今後の計画を話し合った。
それを傍で見ていたダフは、誰にも気づかれないようこっそりため息を吐いた。気を抜けば涙が溢れてきそうだ。
(そうか……。殿下がイルネーヌ町を焼いたのは、オーヴェルニュ侯爵を焚きつけるためでもあったのか……。アーサーとモニカの味方を増やすために……。万が一にも王族が勝たないように……)
「ダフ、大丈夫……?」
ダフが思いつめた表情をしていることに気付いたアーサーが、そっと彼の手を握った。我に返ったダフは、慌てて作り笑顔をはりつけた。
「ん? あ、いや。なんでもないぞ」
「……ごめんね」
「どうしてアーサーが謝る?」
「いつも明るいダフがそんな顔するときは、だいたいヴィクスのことを考えてるときだから。ごめんね」
「……それはアーサーが謝ることじゃないだろう?」
ダフはアーサーの手を握り返し、目尻を下げる。
「たとえ兄弟だったとしても、俺と殿下の間のことはお前には関係ない」
「……」
「俺は俺の意志で動いているし考えている。それで苦しい思いをしたとしても、それは俺の責任だ。誰に謝られることもない。分かったか?」
「……うん」
子どもたちがコソコソ話しているのに気が散ったカミーユは、風呂に入って寝ろと言ってサロンから追い出した。
アーサー、モニカ、ダフがいなくなると、侯爵がためらいがちにカミーユに尋ねる。
「カミーユ……。本当にダフの前でこんな話をして大丈夫なのか……? 今はそうでないとしても、元はヴィクス王子の近衛兵……。しかも表情を見ていたら、ダフはまだヴィクス王子を慕っているようじゃないか」
「ああ。最後にあいつがどっちに転ぶかは俺らでも分かってねえ。……ま、どっちに転んだって問題ねえよ」
◇◇◇
冒険者たちは一週間オーヴェルニュ家に滞在した。その間に侯爵と反乱の計画をじっくり練った。
「王族が管理している領地を攻めるのも手だが、私はこれ以上国民を失いたくない。つまり……」
「王城を直接攻めるってことだな。ま、侯爵の兵隊が来るって分かったら、王族はそれまでの町で迎え撃つだろうが」
「仕方ないな……。できるだけ国民に被害がでないよう、最短で終わらせるしかない」
「……だな」
彼らの話に参加していないのは、難しい話を聞くとすぐ居眠りしてしまうモニカと、侯爵が警戒しているダフ。暇を持て余したモニカは、ダフを誘って町に買い物に出かけた。
「わぁぁぁ……! 久しぶりの外は気持ちいいねえ、ダフ!」
「ああ、そうだろうな。半年以上も洞窟に籠ってたんだから」
「それまでも、クルドのアジトで籠りっぱなしだったもん。でも裏S級もいなくなったし、前よりは気軽に外に出られるようになったからよかった!」
ダフの目にはモニカの明るさが空元気にしか見えなかったが、それでも沈んだ顔を見ているよりはマシだった。
モニカとダフは屋台でりんごジュースを買い、飲みながら散歩した。
洞窟に潜っている間に季節が変わり、バンスティン北部にも青空が広がっている。モニカは気持ちよさそうに空気を吸い、頬をゆるめた。
「緑の匂い。きれいな空気の匂い。しあわせの匂い」
「あっちの屋台から肉の匂い。そっちからは揚げ物の匂い」
「もー! おしゃれな雰囲気が台無しじゃない! ダフのバカッ」
「あはは! どうしてだ? 美味い雰囲気になって良いだろう?」
「良いけどぉ!」
こうして町を歩いていると、今までの辛かった記憶も、これから待ち受ける苦難の道への不安も少し薄れる。隣で歩いているのがダフやモニカというところも良かった。学生だったときの、なにも知らなかった自分に戻れる。
「そういえばモニカ、背が伸びたな」
「そうなのー。アーサーの背をずいぶん抜かしちゃって……。うぅぅ~……」
「こうして見るともう立派な令嬢だな」
「そ、そうかな!? か、髪短いけど……」
「いや、半年前よりずっと伸びたし、もう短くないだろう」
「うぅ~。もっと長くなりたいよぉ……」
「今のままでも充分綺麗だがなあ」
「えへへ、ダフはいつもそうやって褒めてくれるから好き!」
子ども……いや、もう立派な男性と女性の笑い声が町を賑わせる。
「俺はもう十八歳、アーサーとモニカは十七歳か。出会ってから三年も経ったんだな」
「早いねえ」
「あの時はアーサーもモニカもこーんなに小さかったのに」
そう言ってダフが自分の腰あたりの高さに手を置いたので、モニカは頬をぷぅっと膨らませる。
「そ、そこまで小さくなかったわよぉ!」
「そうかあ? 初めて会った時は二人とも十二歳くらいだと思った……」
「私だってダフのことは先生だと思ったわ!」
「俺は昔から背が高かったからなあ」
それが今は……とダフはクスクス笑う。
「モニカは顔立ちも随分はっきりしたな。大人びて、本当に綺麗だ」
「ちょ……そ、それ以上言われると恥ずかしいわ……!」
「アーサーもやっと声変わりが来たし、これから背もぐんぐん伸びるんだろうな」
「最近アーサーの声がガラガラなのよね……。それにちょっとずつ低くなってきて……いやだぁぁ……アーサーはずっとあのままがいいぃぃっ」
「そう言ってやるなよ。ずっと気にしてたんだから」
とりとめのない話の中、モニカがふと足を止めた。
「こうして大人になっていくのね」
「どうした突然?」
「何も知らないまま大人にはなれないのね」
「それだと大人のかたちをした子どもだ。それも素敵なことだが、俺はそれを望まない。辛いことも、苦しいこともたくさん経験して……心も大人になる」
モニカはクスッと笑い、ダフの腕に抱きついた。
「でも、大人になっても楽しいことは忘れずにね! 私はリアーナみたいな大人になりたいわ。辛いことだって楽しんで、前を向いて歩き続けたい」
「俺もだ。そしてできるのなら……人に楽しみと喜びを与えられる大人になりたい」
「ダフならなれるわ! 私もなりたい!」
「ああ、なろう。いつだって、前向きに」
「お父様。ご相談が」
「ああ、聞こう」
「私たちは王族に反乱を起こそうと思っております。もちろん私も」
「そうか」
反応が薄い侯爵に、カトリナが念を押した。
「……侯爵令嬢の私が反乱を起こすことが、なにを意味しているか分かりますか?」
「もちろん分かっている」
カトリナが反乱軍に参加することは、オーヴェルニュ家が王族に反旗を翻すことと同義である。
「カトリナが反乱しなくとも、近いうちに私が同じことをしていたさ」
「お父様……」
「町を焼かれ、愛娘の目を奪われ、息子を殺された私が、反対するとでも思ったか?」
「……いいえ」
「反対するどころか協力しよう。何か必要なものは?」
あっさりと承諾を得たカトリナは、侯爵と共に他のS級も交えて今後の計画を話し合った。
それを傍で見ていたダフは、誰にも気づかれないようこっそりため息を吐いた。気を抜けば涙が溢れてきそうだ。
(そうか……。殿下がイルネーヌ町を焼いたのは、オーヴェルニュ侯爵を焚きつけるためでもあったのか……。アーサーとモニカの味方を増やすために……。万が一にも王族が勝たないように……)
「ダフ、大丈夫……?」
ダフが思いつめた表情をしていることに気付いたアーサーが、そっと彼の手を握った。我に返ったダフは、慌てて作り笑顔をはりつけた。
「ん? あ、いや。なんでもないぞ」
「……ごめんね」
「どうしてアーサーが謝る?」
「いつも明るいダフがそんな顔するときは、だいたいヴィクスのことを考えてるときだから。ごめんね」
「……それはアーサーが謝ることじゃないだろう?」
ダフはアーサーの手を握り返し、目尻を下げる。
「たとえ兄弟だったとしても、俺と殿下の間のことはお前には関係ない」
「……」
「俺は俺の意志で動いているし考えている。それで苦しい思いをしたとしても、それは俺の責任だ。誰に謝られることもない。分かったか?」
「……うん」
子どもたちがコソコソ話しているのに気が散ったカミーユは、風呂に入って寝ろと言ってサロンから追い出した。
アーサー、モニカ、ダフがいなくなると、侯爵がためらいがちにカミーユに尋ねる。
「カミーユ……。本当にダフの前でこんな話をして大丈夫なのか……? 今はそうでないとしても、元はヴィクス王子の近衛兵……。しかも表情を見ていたら、ダフはまだヴィクス王子を慕っているようじゃないか」
「ああ。最後にあいつがどっちに転ぶかは俺らでも分かってねえ。……ま、どっちに転んだって問題ねえよ」
◇◇◇
冒険者たちは一週間オーヴェルニュ家に滞在した。その間に侯爵と反乱の計画をじっくり練った。
「王族が管理している領地を攻めるのも手だが、私はこれ以上国民を失いたくない。つまり……」
「王城を直接攻めるってことだな。ま、侯爵の兵隊が来るって分かったら、王族はそれまでの町で迎え撃つだろうが」
「仕方ないな……。できるだけ国民に被害がでないよう、最短で終わらせるしかない」
「……だな」
彼らの話に参加していないのは、難しい話を聞くとすぐ居眠りしてしまうモニカと、侯爵が警戒しているダフ。暇を持て余したモニカは、ダフを誘って町に買い物に出かけた。
「わぁぁぁ……! 久しぶりの外は気持ちいいねえ、ダフ!」
「ああ、そうだろうな。半年以上も洞窟に籠ってたんだから」
「それまでも、クルドのアジトで籠りっぱなしだったもん。でも裏S級もいなくなったし、前よりは気軽に外に出られるようになったからよかった!」
ダフの目にはモニカの明るさが空元気にしか見えなかったが、それでも沈んだ顔を見ているよりはマシだった。
モニカとダフは屋台でりんごジュースを買い、飲みながら散歩した。
洞窟に潜っている間に季節が変わり、バンスティン北部にも青空が広がっている。モニカは気持ちよさそうに空気を吸い、頬をゆるめた。
「緑の匂い。きれいな空気の匂い。しあわせの匂い」
「あっちの屋台から肉の匂い。そっちからは揚げ物の匂い」
「もー! おしゃれな雰囲気が台無しじゃない! ダフのバカッ」
「あはは! どうしてだ? 美味い雰囲気になって良いだろう?」
「良いけどぉ!」
こうして町を歩いていると、今までの辛かった記憶も、これから待ち受ける苦難の道への不安も少し薄れる。隣で歩いているのがダフやモニカというところも良かった。学生だったときの、なにも知らなかった自分に戻れる。
「そういえばモニカ、背が伸びたな」
「そうなのー。アーサーの背をずいぶん抜かしちゃって……。うぅぅ~……」
「こうして見るともう立派な令嬢だな」
「そ、そうかな!? か、髪短いけど……」
「いや、半年前よりずっと伸びたし、もう短くないだろう」
「うぅ~。もっと長くなりたいよぉ……」
「今のままでも充分綺麗だがなあ」
「えへへ、ダフはいつもそうやって褒めてくれるから好き!」
子ども……いや、もう立派な男性と女性の笑い声が町を賑わせる。
「俺はもう十八歳、アーサーとモニカは十七歳か。出会ってから三年も経ったんだな」
「早いねえ」
「あの時はアーサーもモニカもこーんなに小さかったのに」
そう言ってダフが自分の腰あたりの高さに手を置いたので、モニカは頬をぷぅっと膨らませる。
「そ、そこまで小さくなかったわよぉ!」
「そうかあ? 初めて会った時は二人とも十二歳くらいだと思った……」
「私だってダフのことは先生だと思ったわ!」
「俺は昔から背が高かったからなあ」
それが今は……とダフはクスクス笑う。
「モニカは顔立ちも随分はっきりしたな。大人びて、本当に綺麗だ」
「ちょ……そ、それ以上言われると恥ずかしいわ……!」
「アーサーもやっと声変わりが来たし、これから背もぐんぐん伸びるんだろうな」
「最近アーサーの声がガラガラなのよね……。それにちょっとずつ低くなってきて……いやだぁぁ……アーサーはずっとあのままがいいぃぃっ」
「そう言ってやるなよ。ずっと気にしてたんだから」
とりとめのない話の中、モニカがふと足を止めた。
「こうして大人になっていくのね」
「どうした突然?」
「何も知らないまま大人にはなれないのね」
「それだと大人のかたちをした子どもだ。それも素敵なことだが、俺はそれを望まない。辛いことも、苦しいこともたくさん経験して……心も大人になる」
モニカはクスッと笑い、ダフの腕に抱きついた。
「でも、大人になっても楽しいことは忘れずにね! 私はリアーナみたいな大人になりたいわ。辛いことだって楽しんで、前を向いて歩き続けたい」
「俺もだ。そしてできるのなら……人に楽しみと喜びを与えられる大人になりたい」
「ダフならなれるわ! 私もなりたい!」
「ああ、なろう。いつだって、前向きに」
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