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決戦編:裏S級との戦い

やさしい匂い

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 冒険者たちはオーヴェルニュ邸で一泊させてもらうこととなった。
 同じ部屋をあてがわれたアーサーとモニカは、お風呂上がりにベッドに腰かけて話していた。

 バンスティンダンジョンから帰ってから、モニカは変な感じがしていた。というのも、モニカがアーサーに触れようとする度に、アーサーが体を強張らせるのだ。今までそんなことは一度もなかったので、モニカは内心嫌われてしまったのではないかと気にしていた。

「そろそろ寝ようか、モニカ」
「あ、うん……」

 掛け時計に目をやったアーサーは、座っていたベッドから立ち上がった。モニカはそのままベッドに潜り込んだが、アーサーはもうひとつのベッドで横になる。

「え……?」
「……」

 同じ部屋で寝るとき、アーサーとモニカはベッドがふたつある部屋でもひとつのベッドでくっついて眠っていた。ポントワーブでの生活を始めてから七年間、双子にとってそれは当たり前のことであり、他の選択肢なんてなかった。
 学院での生活やイルネーヌ町でのテント生活では別々に寝ていたものの、こうして落ち着く個室を与えられた上で、アーサーがモニカと別のベッドを選んだことははじめてのことだった。

(やっぱりきらわれちゃったんだ……)

 もうひとつのベッドで背中を向けて横になるアーサーに、モニカは心の中でお願いした。

(こっちに来てよアーサー……。寂しいよぉ……。私のこときらいにならないで……ダメなところ、治すから……)

 言葉にしないとアーサーの耳には届かない。そんなことは分かっているのに、モニカは声に出せなかった。真っ向から拒絶されるのが怖かった。

「ひぐっ……うぅ~……」

 いつしかモニカは泣いていた。こんなことで泣いていたらまたアーサーに嫌われるかもしれない。そう思い、モニカは布団の中に潜り、必死に声をおさえて泣いた。

「モニカ?」

 すると、心配したアーサーがモニカの布団をめくった。

「泣いてるの?」

 アーサーは首を横に振るモニカの頬に手を添え、顔を上げさせる。

「やっぱり泣いてる。ジルがいなくなって寂しい?」

 モニカはこくりと頷き、ぽろぽろと涙を流した。彼女の頭を撫でるアーサーは、それでもベッドの中に入ろうとしない。

「一緒に寝てくれないの……?」

 モニカの言葉にアーサーはぴくっと反応した。しかしすぐにまた頭を撫で、困ったように目尻を下げる。

「ごめんね。こわくて……」
「こわい……? 私と寝ることが?」
「うん……。僕、ほとんど魔物になっちゃったから」
「……」
「僕と一緒に寝たら、モニカが穢れちゃいそうな気がして」
「……だから、最近私に触られるたびにビクビクしてたの?」
「……うん。だってモニカはすごく綺麗だから。体も、心も、流れている血も――」

 アーサーが最後まで言い終えるまでに、モニカの平手打ちが飛んできた。久しぶりにモニカの全力ビンタをくらい、アーサーの目から星が飛び散った。

「モ、モニカッ……?」
「アーサーのぉぉぉ……バカァァァァァッ!!」
「ぶばぁ……っ!」

 モニカのアッパーがアーサーのみぞおちにクリティカルヒット。アーサーの口から少量の血がこぼれたが、モニカの攻撃は止まない。ドス、ドス、と重い音を立てながら、モニカの拳が何度もアーサーの腹にのめりこんだ。
 なぜモニカがこんなにご乱心なのかが分からないアーサーは、頭の上にはてなマークをいくつも浮かべながらただただ殴られるしかなかった。

 モニカが拳から手を抜いた頃には、アーサーの体はボッコボコになっていた。
 見下ろすモニカに、アーサーが震えた声を出す。

「あ……あのぉ……モニカさん……。どうして僕は……こんなにボコボコにされたんでしょうか……」
「なんで分かんないのかなあ! 私、アーサーのそういうところ大っ嫌い!!」
「ひぅぅっ……」
「だってアーサーはいっつもそうだもん! 私の大好きなアーサーをそんなふうに言わないで!!」
「なんのことだよぉ……わかんないよ……フグゥァッ!!」

 モニカに腹を勢いよく踏みつけられ、アーサーがまた血を吐いた。

「なに!? 私がアーサーといたら穢れる!? バカなの!?」
「だってそうじゃないか……っ! モニカはとっても綺麗なんだから……僕みたいなのと触れ合ってたら……グゥゥゥァッ!!」
「アーサーと触れ合えなくなるくらいなら、私だって魔物になったっていいのよ!!」
「なっ……」
「こんな体、いくらだって穢してやるわ!! それでアーサーが一緒に寝てくれるようになるなら!!」
「モニカ……」

 モニカはふくれっ面のまま、怪我だらけのアーサーをベッドに引きずり込み腕にしがみつく。

「私のことがきらいでどこかに行っちゃうのは仕方ないけど、私のことが好きだから離れようとするのだけはやめて、アーサー」
「……僕がモニカのことをきらいになるわけないじゃないか」
「じゃあ、ずっと私から離れないでよ……」
「……」
「これ以上寂しくなりたくないよ……」

 アーサーの胸に頭をこすりつけて泣くモニカを、アーサーはためらいながらも抱きしめる。

(あたたかい……。やさしいモニカの匂いがする……。心地いい)

 耐えきれないほどの辛さと不安に毎晩かられていたアーサーは、バンスティンダンジョンから戻ってからまともに眠れていなかった。
 しかしモニカとぴったりくっついていると、ふわふわと体が軽くなり、自然と瞼が落ちた。

(ああ、やっぱり僕はモニカがいないとダメなんだなあ……。モニカがいないと、まともに眠ることもできないなんて)

 そう感じたのは、モニカも同じだった。

「モニカ、ごめんね」
「アーサーのバカ」
「ごめん。もうこんなことしない」
「約束してね」
「約束する」
「……いつもと同じ匂いがするよ、アーサー」
「ほんと?」
「うん。ずっと同じ、やさしいアーサーの匂いがする」
「そっか。よかった」
「えへへ。今日はちゃんと眠れそう」
「僕も」

 話しているうちに、アーサーとモニカは眠りに落ちていった。
 朝、目が覚めた時も二人はぴったりとくっついていた。先に起きたアーサーは、モニカの肩に顔をうずめてグスグス泣いた。
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