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最終編:反乱編:侯爵家にて
宣戦布告
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アウスとモリアの暗殺に関わっていた七人の臣下が謁見の間に呼び出された。怒っている国王と王妃を見て、臣下はガタガタ震えている。
臣下が集まったとき、ヴィクスが口を開いた。
「お父様。虚偽の報告書を書いたのはホルンです。他の者に罪はありません」
「ほう、しかし関わっていた者全て処刑してよいのだぞ」
「いいえ、ホルンだけを」
「ヴィクスがそう言うのなら……」
目の前で交わされている恐ろしい会話に、臣下のホルンが顔を真っ青にした。
「へ、陛下……! ど、どういうことでしょうか!?」
「黙れ! お前がアウスとモリアの暗殺について虚偽の報告をしたのだな? 我々を騙そうなどと……一体何を企んでおるのだ!!」
「ち、違います!! 私はヴィクス殿下に命令されて虚偽の報告書を書いたまでで……」
「なにぃ!? ヴィクスに罪をなすりつけようというのか!? 衛兵! こやつの手足を切り落としてから首を撥ねろ!」
今度はヴィクスに反対されなかったので、衛兵は国王の命令に従った。むごい殺され方をされたホルンから目を背ける臣下は、唇を噛んで怒りを抑える。
(ホルンの言っていたことは真実なのに……! ホルンはヴィクス王子に無理矢理虚偽の報告書を書かされただけなのに……!)
(自分のミスをなすりつけた臣下がむごい殺され方をしたのに、ヴィクス王子は表情一つ変えない……)
(ヴィクス王子は本当に人なのか……? このようなこと、まともな人間ならできるわけがない……!)
(国王も王妃も、真実を言う臣下よりも騙しているヴィクス王子を信じる……。私たちだっていつ殺されるか分からない……)
ヴィクスとダフには、臣下の恨みと不信にまみれた心の声がはっきりと聞き取れた。
(そう、それでいい。怒りを、恨みを、恐怖を……さらに募らせていくといい)
(ああ、この臣下たちも殿下の思う通りに動くのだろう。殿下は自身を餌として……)
一方、上澄みしか読み取れない愚かな国王と王妃は、最愛の息子の悩みの種を消し去って満足しているようだった。
「ヴィクス、これでお前が自分を責めることもなくなった」
「ええ、あの臣下さえいなければこんなことにはならなかったのよ。あなたはなにも悪くない」
二人の言葉に、ヴィクスはほうっと肩の力を抜き、目に涙を浮かべて微笑んだ。
「ありがとうございます……。お父様、お母様」
臣下の死体と血だまりの前で、優しい微笑みを浮かべて息子を抱きしめる国王と王妃。
愛を確かめ合う王族に、国王と王妃を除いた全ての人が反吐が出そうになった。
◇◇◇
しばらくして、「そういえば」とヴィクスが顔を上げた。
「お父様。オーヴェルニュ侯爵からの書簡についてすっかり忘れていました。書簡の内容の続きを」
「ああ……そうだったな」
気が進まないようで、国王はのろのろと椅子に腰かけた。
「あー、なんだったか。そうだ、侯爵がわしと王妃に退位しろと言い、アウスに譲位しろなどと言ってきたんだったな……」
「ええ。それで……続きはなにか?」
「ちょ、ちょっとお待ちなさいあなたたち! こんな話を臣下に聞かせるべきじゃないわ」
王妃は慌てて臣下を謁見の間から追い出した。しかしもう遅い。国王とヴィクスの話を聞いていた彼らは、興奮気味に囁き合った。
「聞いたか?」
「ああ、聞いた……! オーヴェルニュ侯爵がアウス様とモリア様と手を組んだと……!」
「ああ、これで我々の苦しみの日々も終わる……!」
謁見の間に残った、国王、王妃、ヴィクス王子、そしてダフ。
国王はダフを睨みつけながら王妃とヴィクスに書簡の内容の続きを伝えた。
「アウスへの譲位を飲めないのなら、しかるべき手段を用いると書いてあった」
「つまり宣戦布告ですね。お父様はどのようにお考えでしょうか」
「飲めるわけがなかろう! 王位はわしのものであり、わしのあとはヴィクスのものだ!! アウスなんぞに渡すか!!」
「もちろんよ!! あんなものに渡すくらいなら、家畜に譲ったほうがまだましだわ!!」
声を荒らげる国王と王妃に、ヴィクスが念を押す。
「譲位しなければ戦争ですよ。それを分かった上で?」
「もちろんだ! 王家の兵力にはたとえオーヴェルニュ侯爵であっても敵わんだろう!」
(王族相手に侯爵のみで攻めるわけがないだろうに……。だが、これで整ったね)
ヴィクスは頷き、国王の腰に手を回した。
「分かりました。お父様がそうおっしゃるのであれば……僕も力を尽くしましょう」
「おお、ヴィクス……!」
「王位は国王とあなたのものよ! 絶対に誰にも渡さないわ!」
と、いうことで、と国王はダフに向き直る。
「わしらは譲位なんぞせん。おい衛兵! 見せしめに使者の首をはねて侯爵家に送り返せ!!」
「お待ちください、お父様。使者の首をはねるなんて、こちらの度量が知れますよ。生きて帰しましょう」
「うぐぬぅぅぅ……」
「それに、彼は先ほどの処刑を目の当たりにしました。王族を怒らせたときの恐ろしさを、その口で伝えさせましょう」
「ふむ……。そうだな……。では、ヴィクスの言う通りにしよう」
国王を説得でき、ヴィクスはこっそり安堵のため息を漏らした。そしてダフに視線を送り、冷たい声を出した。
「そういうことだ。侯爵の使者、さっさとここから去れ」
「……はっ」
謁見の前を出る前に、ダフは足を止めた。
「では、次は戦場でお会いしましょう」
「……っ」
怒り狂う国王に目もくれず、真っすぐとヴィクスを見据えるダフ。
彼と目が合ったヴィクスの顔は、先ほどまでの完璧な仮面が剥がれかけていた。今にもダフに縋り付きたい。大声で泣きたい。弱音を吐きたい。そんな気持ちを押し殺すために必死に唇を噛んでいるが、瞳が全てを物語っている。
ヴィクスの苦しみを全て抱き留めたいとダフも思った。無意識に足がヴィクスの方向を向く。それを敏感に感じ取ったヴィクスは、キッとダフを睨みつけ拒絶の意を示すために背を向けた。
オーヴェルニュ家に戻る道中、馬車に揺られながらダフはぼうっとヴィクスのことを考えていた。
(殿下……。より一層おやつれになっていたな……。俺がいるときは少しマシになっていた目の下のクマも……またひどくなっていた。ああして城の中でずっと悪役を演じているのだろうか。ああ、また殿下とくだらない話をして笑い合いたい)
臣下が集まったとき、ヴィクスが口を開いた。
「お父様。虚偽の報告書を書いたのはホルンです。他の者に罪はありません」
「ほう、しかし関わっていた者全て処刑してよいのだぞ」
「いいえ、ホルンだけを」
「ヴィクスがそう言うのなら……」
目の前で交わされている恐ろしい会話に、臣下のホルンが顔を真っ青にした。
「へ、陛下……! ど、どういうことでしょうか!?」
「黙れ! お前がアウスとモリアの暗殺について虚偽の報告をしたのだな? 我々を騙そうなどと……一体何を企んでおるのだ!!」
「ち、違います!! 私はヴィクス殿下に命令されて虚偽の報告書を書いたまでで……」
「なにぃ!? ヴィクスに罪をなすりつけようというのか!? 衛兵! こやつの手足を切り落としてから首を撥ねろ!」
今度はヴィクスに反対されなかったので、衛兵は国王の命令に従った。むごい殺され方をされたホルンから目を背ける臣下は、唇を噛んで怒りを抑える。
(ホルンの言っていたことは真実なのに……! ホルンはヴィクス王子に無理矢理虚偽の報告書を書かされただけなのに……!)
(自分のミスをなすりつけた臣下がむごい殺され方をしたのに、ヴィクス王子は表情一つ変えない……)
(ヴィクス王子は本当に人なのか……? このようなこと、まともな人間ならできるわけがない……!)
(国王も王妃も、真実を言う臣下よりも騙しているヴィクス王子を信じる……。私たちだっていつ殺されるか分からない……)
ヴィクスとダフには、臣下の恨みと不信にまみれた心の声がはっきりと聞き取れた。
(そう、それでいい。怒りを、恨みを、恐怖を……さらに募らせていくといい)
(ああ、この臣下たちも殿下の思う通りに動くのだろう。殿下は自身を餌として……)
一方、上澄みしか読み取れない愚かな国王と王妃は、最愛の息子の悩みの種を消し去って満足しているようだった。
「ヴィクス、これでお前が自分を責めることもなくなった」
「ええ、あの臣下さえいなければこんなことにはならなかったのよ。あなたはなにも悪くない」
二人の言葉に、ヴィクスはほうっと肩の力を抜き、目に涙を浮かべて微笑んだ。
「ありがとうございます……。お父様、お母様」
臣下の死体と血だまりの前で、優しい微笑みを浮かべて息子を抱きしめる国王と王妃。
愛を確かめ合う王族に、国王と王妃を除いた全ての人が反吐が出そうになった。
◇◇◇
しばらくして、「そういえば」とヴィクスが顔を上げた。
「お父様。オーヴェルニュ侯爵からの書簡についてすっかり忘れていました。書簡の内容の続きを」
「ああ……そうだったな」
気が進まないようで、国王はのろのろと椅子に腰かけた。
「あー、なんだったか。そうだ、侯爵がわしと王妃に退位しろと言い、アウスに譲位しろなどと言ってきたんだったな……」
「ええ。それで……続きはなにか?」
「ちょ、ちょっとお待ちなさいあなたたち! こんな話を臣下に聞かせるべきじゃないわ」
王妃は慌てて臣下を謁見の間から追い出した。しかしもう遅い。国王とヴィクスの話を聞いていた彼らは、興奮気味に囁き合った。
「聞いたか?」
「ああ、聞いた……! オーヴェルニュ侯爵がアウス様とモリア様と手を組んだと……!」
「ああ、これで我々の苦しみの日々も終わる……!」
謁見の間に残った、国王、王妃、ヴィクス王子、そしてダフ。
国王はダフを睨みつけながら王妃とヴィクスに書簡の内容の続きを伝えた。
「アウスへの譲位を飲めないのなら、しかるべき手段を用いると書いてあった」
「つまり宣戦布告ですね。お父様はどのようにお考えでしょうか」
「飲めるわけがなかろう! 王位はわしのものであり、わしのあとはヴィクスのものだ!! アウスなんぞに渡すか!!」
「もちろんよ!! あんなものに渡すくらいなら、家畜に譲ったほうがまだましだわ!!」
声を荒らげる国王と王妃に、ヴィクスが念を押す。
「譲位しなければ戦争ですよ。それを分かった上で?」
「もちろんだ! 王家の兵力にはたとえオーヴェルニュ侯爵であっても敵わんだろう!」
(王族相手に侯爵のみで攻めるわけがないだろうに……。だが、これで整ったね)
ヴィクスは頷き、国王の腰に手を回した。
「分かりました。お父様がそうおっしゃるのであれば……僕も力を尽くしましょう」
「おお、ヴィクス……!」
「王位は国王とあなたのものよ! 絶対に誰にも渡さないわ!」
と、いうことで、と国王はダフに向き直る。
「わしらは譲位なんぞせん。おい衛兵! 見せしめに使者の首をはねて侯爵家に送り返せ!!」
「お待ちください、お父様。使者の首をはねるなんて、こちらの度量が知れますよ。生きて帰しましょう」
「うぐぬぅぅぅ……」
「それに、彼は先ほどの処刑を目の当たりにしました。王族を怒らせたときの恐ろしさを、その口で伝えさせましょう」
「ふむ……。そうだな……。では、ヴィクスの言う通りにしよう」
国王を説得でき、ヴィクスはこっそり安堵のため息を漏らした。そしてダフに視線を送り、冷たい声を出した。
「そういうことだ。侯爵の使者、さっさとここから去れ」
「……はっ」
謁見の前を出る前に、ダフは足を止めた。
「では、次は戦場でお会いしましょう」
「……っ」
怒り狂う国王に目もくれず、真っすぐとヴィクスを見据えるダフ。
彼と目が合ったヴィクスの顔は、先ほどまでの完璧な仮面が剥がれかけていた。今にもダフに縋り付きたい。大声で泣きたい。弱音を吐きたい。そんな気持ちを押し殺すために必死に唇を噛んでいるが、瞳が全てを物語っている。
ヴィクスの苦しみを全て抱き留めたいとダフも思った。無意識に足がヴィクスの方向を向く。それを敏感に感じ取ったヴィクスは、キッとダフを睨みつけ拒絶の意を示すために背を向けた。
オーヴェルニュ家に戻る道中、馬車に揺られながらダフはぼうっとヴィクスのことを考えていた。
(殿下……。より一層おやつれになっていたな……。俺がいるときは少しマシになっていた目の下のクマも……またひどくなっていた。ああして城の中でずっと悪役を演じているのだろうか。ああ、また殿下とくだらない話をして笑い合いたい)
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