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第一章 駆け出し冒険者は博物学者
#9
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とにもかくにも、孤児院改造の計画はセラ院長の承認を得ることが出来た。後は実行に移すのみ。もっとも、計画の概要を詳細に説明せよとの指令も受けたが。
そんなこんなで雑務に時間を取られながら冒険者ギルドの依頼をこなしていると、鉄札への昇格が認められた。
鉄札になると、単純に報酬が10倍近くに跳ね上がる。つまり、それだけ実力と責任を問われる仕事を請け負うことが出来るようになるということでもある。
特に大きいのは、魔獣討伐依頼を受けられる、ということだ。
魔獣と通常の野獣の違いは、実はよくわかっていない。一般的には「魔獣(魔物)は体内に魔石を持つ」といわれているが、スライムをはじめ魔石を持たない魔物も存在する(魔石を持つ野獣は存在しないが)。ただ魔獣(魔物)は、その身に魔力を帯び、常識(物理法則)ではありえないような力を持つ、ということだけは明らかであり、その為通常の野獣と大差ないと甘く考えた初級の冒険者が返り討ちにあう、ということが頻繁に起こっているのだ。
加えて魔獣や魔物は、総じて野獣より知能が高い。特に小鬼や犬鬼、豚鬼などの人型の魔物は、集落を作り、道具を使い、策を講じて襲撃するなど、決して侮れない実力を持つ。
そしてこの頃には、独特の投げナイフ(苦無)を使う俺のことも周知され、「“飛び剣”のアレク」などという恥ずかしい二つ名を頂戴することになった。二つ名は、一定の成果を上げた冒険者に対する勲章のようなものなのだから誇りにすべきかもしれない(実際木札で二つ名が与えられた冒険者は殆どいないという)が、どうしても前世の厨二病的なイメージが付きまとい、悶絶せざるを得ないのである。
◇◆◇ ◆◇◆
「“飛び剣”のアレクさん。ちょっと話があります」
ある日ギルドに赴くと、受付のお姉さんに声をかけられた。
そして、これまで入ったことのない個室(後で知ったのだが、機密性の高い依頼や指名依頼などを行う為の部屋なのだそうな)に案内されると、一目でギルドの幹部と思われる御仁がそこで待っていた。
「“飛び剣”のアレク君か。噂には聞いている。今日はキミに、指名依頼をしたいと思っている」
「指名依頼は銅札以上、と聞いていますが」
「原則はそうだ。しかし、鉄札以下に指名依頼してはいけないという規則はない。実際木札の冒険者に対し、定期的に指名依頼をする者もいるしな」
「わかりました。で、依頼の内容は?」
「街から東に歩いて2時間ほどのところに、廃坑となった坑道がある。かつては鉄鉱石を産出していたのだが、鉄が出ず黒くて脆い土だけになったので廃坑になった。ところがそこに、ゴブリンが棲み着いた」
「はあ。つまりそこが迷宮化した、ということですか?」
「そうではない。ただ棲み着いただけだ」
ダンジョンは、魔物が棲み、ダンジョンコアとダンジョンマスターがいて、初めてそう認定されるのだという。逆に言えば、その条件が満たされれば、(地下墳墓の語義とは異なるが)森や山それ自体がダンジョンと認定される場合もある。ちなみに世界最大のダンジョンと認知されているのは竜の山であり、山全体をそのダンジョンとされている。
そして今回問題となる廃坑は、ダンジョンコアもダンジョンマスターも確認されていないので、ダンジョンとは認定されていない。だからこそダンジョン探索が認められる銅札ではなく、そこに至らない鉄札の俺に依頼が来ている、という訳だ。そしてその依頼内容は、あくまで廃坑の調査だけ。しかし、それだけでは解決出来ない問題があった。
「実は、既に調査の為の冒険者を派遣した。しかし、その冒険者が廃坑に入り、しばらくすると轟音とともに耐えられない程の烈風が廃坑の中から噴き出したんだ。
どちらかというと、この現象の調査が依頼の本旨だ。ゴブリンたちと戦闘になった場合、攻撃魔法使い(属性魔法を戦闘に特化して使う者)では逆にその烈風を誘発することになるかもしれないし、弓術使いではどう考えてもその烈風に対抗出来ない。白兵戦を得意とする一般の冒険者ではその烈風の前になす術がないだろう。
そこで、“飛び剣”といわれるキミに白羽の矢が立ったという訳だ」
状況はわかった。加えてその「烈風」の正体も、大体想像がついた。その通りなら、この先の「孤児院改造計画」で導入予定の異世界チートにも適用出来る。むしろ美味しい話だろう。
「わかりました。お受けします。で、報酬の話ですが……」
「実際銅札相当の依頼だからな。相応に考えて、金貨10枚でどうだろう?」
鉄札の報酬は大体金貨1~2枚程度。銅札の標準が5~10枚と考えると、悪くない額である。が。
「いえ、金貨はいりません。代わりに、その廃坑の所有権が欲しいです」
「……廃坑だぞ。価値のある鉱石類は既に採り尽くしてある。それで良いのか?」
「はい。ちょっと考えがありまして。その廃坑が丁度良いんです」
「わかった。では廃坑の権利を“飛び剣”のアレクに委譲することを、この依頼の報酬としよう」
「有難うございます」
◇◆◇ ◆◇◆
そんなこんなで依頼を受け、廃坑に赴いた。
その烈風、おそらくは「粉塵爆発」だろう。だとするなら、調査に赴いた冒険者とそこに棲み着いたゴブリンどもは、一匹(一人)残らず死滅している筈。つまり危険は全くない、簡単な依頼ということになる。むしろ、依頼料を受け取ることが詐欺みたいな内容である。
ただ、粉塵爆発は可燃性の粒子が密閉空間に充満したときに起こる。その元凶となった“可燃性の粒子”。“黒くて脆い土”。ここから導き出される答えは。
現地に着き、廃坑の中を調査する。
あちらこちらに、ゴブリンの焼死体と魔石。中途で人間の焼死体。壁面は焦げ、ガラス状になっている。
最奥まで行った後その壁面を崩すと、話に聞いた、「黒くて脆い土」。
間違いなく、「石炭」であった。
☆★☆ ★☆★
実をいうと、今回の「孤児院改造計画」で導入する予定の異世界チートの中核は、手押しポンプと炭焼きであった。
炭焼きは、製鉄技術が確立している以上何処かで行われている筈である。しかし、前世地球の日本でも、備長炭は、紀州藩がその製法を留め置きとし専売品にしたという記録があった筈だから、それは伏せられているのかもしれない。だとしたら、炭焼きの技術の扱いには細心の注意が必要になる。
ところが今回、近場で石炭の採掘抗が発見出来た。なら、別のチートを実現出来るかもしれない。
★☆★ ☆★☆
ギルドには、廃坑内で拾ったゴブリンの魔石の全てと冒険者たちの遺品を提出したうえで、ゴブリンどもは全滅していることと、調査に赴いた冒険者たちは全員死亡したこと、爆発は“火の精霊の悪戯いたずら”であり、問題はなかったことを報告した。
そんなこんなで雑務に時間を取られながら冒険者ギルドの依頼をこなしていると、鉄札への昇格が認められた。
鉄札になると、単純に報酬が10倍近くに跳ね上がる。つまり、それだけ実力と責任を問われる仕事を請け負うことが出来るようになるということでもある。
特に大きいのは、魔獣討伐依頼を受けられる、ということだ。
魔獣と通常の野獣の違いは、実はよくわかっていない。一般的には「魔獣(魔物)は体内に魔石を持つ」といわれているが、スライムをはじめ魔石を持たない魔物も存在する(魔石を持つ野獣は存在しないが)。ただ魔獣(魔物)は、その身に魔力を帯び、常識(物理法則)ではありえないような力を持つ、ということだけは明らかであり、その為通常の野獣と大差ないと甘く考えた初級の冒険者が返り討ちにあう、ということが頻繁に起こっているのだ。
加えて魔獣や魔物は、総じて野獣より知能が高い。特に小鬼や犬鬼、豚鬼などの人型の魔物は、集落を作り、道具を使い、策を講じて襲撃するなど、決して侮れない実力を持つ。
そしてこの頃には、独特の投げナイフ(苦無)を使う俺のことも周知され、「“飛び剣”のアレク」などという恥ずかしい二つ名を頂戴することになった。二つ名は、一定の成果を上げた冒険者に対する勲章のようなものなのだから誇りにすべきかもしれない(実際木札で二つ名が与えられた冒険者は殆どいないという)が、どうしても前世の厨二病的なイメージが付きまとい、悶絶せざるを得ないのである。
◇◆◇ ◆◇◆
「“飛び剣”のアレクさん。ちょっと話があります」
ある日ギルドに赴くと、受付のお姉さんに声をかけられた。
そして、これまで入ったことのない個室(後で知ったのだが、機密性の高い依頼や指名依頼などを行う為の部屋なのだそうな)に案内されると、一目でギルドの幹部と思われる御仁がそこで待っていた。
「“飛び剣”のアレク君か。噂には聞いている。今日はキミに、指名依頼をしたいと思っている」
「指名依頼は銅札以上、と聞いていますが」
「原則はそうだ。しかし、鉄札以下に指名依頼してはいけないという規則はない。実際木札の冒険者に対し、定期的に指名依頼をする者もいるしな」
「わかりました。で、依頼の内容は?」
「街から東に歩いて2時間ほどのところに、廃坑となった坑道がある。かつては鉄鉱石を産出していたのだが、鉄が出ず黒くて脆い土だけになったので廃坑になった。ところがそこに、ゴブリンが棲み着いた」
「はあ。つまりそこが迷宮化した、ということですか?」
「そうではない。ただ棲み着いただけだ」
ダンジョンは、魔物が棲み、ダンジョンコアとダンジョンマスターがいて、初めてそう認定されるのだという。逆に言えば、その条件が満たされれば、(地下墳墓の語義とは異なるが)森や山それ自体がダンジョンと認定される場合もある。ちなみに世界最大のダンジョンと認知されているのは竜の山であり、山全体をそのダンジョンとされている。
そして今回問題となる廃坑は、ダンジョンコアもダンジョンマスターも確認されていないので、ダンジョンとは認定されていない。だからこそダンジョン探索が認められる銅札ではなく、そこに至らない鉄札の俺に依頼が来ている、という訳だ。そしてその依頼内容は、あくまで廃坑の調査だけ。しかし、それだけでは解決出来ない問題があった。
「実は、既に調査の為の冒険者を派遣した。しかし、その冒険者が廃坑に入り、しばらくすると轟音とともに耐えられない程の烈風が廃坑の中から噴き出したんだ。
どちらかというと、この現象の調査が依頼の本旨だ。ゴブリンたちと戦闘になった場合、攻撃魔法使い(属性魔法を戦闘に特化して使う者)では逆にその烈風を誘発することになるかもしれないし、弓術使いではどう考えてもその烈風に対抗出来ない。白兵戦を得意とする一般の冒険者ではその烈風の前になす術がないだろう。
そこで、“飛び剣”といわれるキミに白羽の矢が立ったという訳だ」
状況はわかった。加えてその「烈風」の正体も、大体想像がついた。その通りなら、この先の「孤児院改造計画」で導入予定の異世界チートにも適用出来る。むしろ美味しい話だろう。
「わかりました。お受けします。で、報酬の話ですが……」
「実際銅札相当の依頼だからな。相応に考えて、金貨10枚でどうだろう?」
鉄札の報酬は大体金貨1~2枚程度。銅札の標準が5~10枚と考えると、悪くない額である。が。
「いえ、金貨はいりません。代わりに、その廃坑の所有権が欲しいです」
「……廃坑だぞ。価値のある鉱石類は既に採り尽くしてある。それで良いのか?」
「はい。ちょっと考えがありまして。その廃坑が丁度良いんです」
「わかった。では廃坑の権利を“飛び剣”のアレクに委譲することを、この依頼の報酬としよう」
「有難うございます」
◇◆◇ ◆◇◆
そんなこんなで依頼を受け、廃坑に赴いた。
その烈風、おそらくは「粉塵爆発」だろう。だとするなら、調査に赴いた冒険者とそこに棲み着いたゴブリンどもは、一匹(一人)残らず死滅している筈。つまり危険は全くない、簡単な依頼ということになる。むしろ、依頼料を受け取ることが詐欺みたいな内容である。
ただ、粉塵爆発は可燃性の粒子が密閉空間に充満したときに起こる。その元凶となった“可燃性の粒子”。“黒くて脆い土”。ここから導き出される答えは。
現地に着き、廃坑の中を調査する。
あちらこちらに、ゴブリンの焼死体と魔石。中途で人間の焼死体。壁面は焦げ、ガラス状になっている。
最奥まで行った後その壁面を崩すと、話に聞いた、「黒くて脆い土」。
間違いなく、「石炭」であった。
☆★☆ ★☆★
実をいうと、今回の「孤児院改造計画」で導入する予定の異世界チートの中核は、手押しポンプと炭焼きであった。
炭焼きは、製鉄技術が確立している以上何処かで行われている筈である。しかし、前世地球の日本でも、備長炭は、紀州藩がその製法を留め置きとし専売品にしたという記録があった筈だから、それは伏せられているのかもしれない。だとしたら、炭焼きの技術の扱いには細心の注意が必要になる。
ところが今回、近場で石炭の採掘抗が発見出来た。なら、別のチートを実現出来るかもしれない。
★☆★ ☆★☆
ギルドには、廃坑内で拾ったゴブリンの魔石の全てと冒険者たちの遺品を提出したうえで、ゴブリンどもは全滅していることと、調査に赴いた冒険者たちは全員死亡したこと、爆発は“火の精霊の悪戯いたずら”であり、問題はなかったことを報告した。
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