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……いや、騎士が二人つくとは聞いてたけどね? 鎖に繋がれて騎士に捕らえられた状況とは聞いてなかったよ?
……まあいいか。普通にしてても、鎖に繋がれてても、耳は聞こえるし。
「おい。害をなそうとなどするなよ」
二人のうちの一人が先程からうるさいくらいに忠告をしてくる。
まだ部屋には誰もいないみたいだからいいけど。
「声が聞こえてきてからは静かにしていただけますか。正しい判断ができなくなるので」
「なにを!」
ぐいっと鎖を引かれて、体が倒れそうになる。
「マシュー様のお母様を良くしたいと願うのなら、ご協力お願いいたします」
何とか体が倒れないように踏ん張りながら、うるさい方の騎士を見る。……睨みつけたいのはやまやまだけど、今後のことを考えると、気持ちは収めないといけないだろう。気持ちをニュートラルにして、まっすぐに見つめた。
「お前ごときに何ができると!」
「一応、マシュー様から許可は得ております」
その一言に、騎士がぐっと何かを飲み込んだ。
「マシュー様が何を考えておられるのか、わからん。」
私につながる鎖を持ち直すと、その騎士はそっぽを向いた。
「騒いだり動こうとしなければ何もしない」
もう一人、沈黙を保っていた騎士が口を開いた。
「ええ。マシュー様とそのお母様を守りたいだけですよね。わかっています」
わけのわからない人物がその2人に近づいているって言うだけでも、2人を守る騎士や侍女たちは我慢ならないだろう。……私が果たしてどういう説明をされているのか気にならないわけではないけど、まあ嫁認定はされていないだろうことは肌で感じる。
何せ鎖につながれているし。
誰かが部屋に入ってきた気配がして、意識をそこに集中させる。
「母上、こちらを声を出して読んではもらえませんか」
マシュー様の声の後になにやらもごもごとした声が聞こえた気がするけど、何かを判別するには十分な音量ではなかった。
たぶんマシュー様が渡したのは、私がお母様に読んでもらってほしいと伝えた内容を書いた紙だ。
『北風と太陽』の要約をした文章で、日本の言語聴覚士の世界ではたぶん一般的なもの。
“ある日北風と太陽は力比べをしました。旅人の外套を脱がせた方が勝ちということに決めて、まず風から始めました。”たぶんそれで間違ってなかったと思うけど(自分が読むわけでもないから正確に一言一句言えと言われると定かじゃないけど)その冒頭の文を、お母様に読んでほしいと伝えた。長いものは読めないと思ったから、それだけにした。
「あ……う……い……」
聞き取れたのは最初の音だけで、その声がものすごく苦しそうで、どれだけ無理をしてしゃべろうとしているのかがわかる。これじゃ、発話明瞭度は5(全然わからない)、なのかもしれない。
声量も小さく出にくい声を出すためにのどを詰めたように話している声は、それだけで聞きにくさを増強させてしまう。ガラガラと粗造性の強い声は、声帯の動きに問題があるだろうことを予測させる。舌尖音である“る”の音が出ていないし、その先の音も聞き取れなかったから、舌の動きは十分じゃない。
声門閉鎖不全(声帯が閉じ切らない)があるなら、誤嚥(気管に食べ物が入る)のリスクだって高まる。これだけ舌の動きが悪ければ食べ物を咽頭に送り込むのも大変だろう。口当たりの良いものしか口にできず、無理やり形のあるものを食べさせようとしたら熱が出てしまったために結局口当たりのいいものしか食べられていないせいでどんどん痩せているというのは、当然と言えば当然かもしれない。
えーっと、まず声帯を閉じさせるのと、ああ、努力性(喉に力が入っている)の声は修正できたらいいな。しゃべるのが苦しいのはつらいし、何より音が伝わりづらい原因になっているから。
えーっと、ハミング発声(ハミングしながら発声)と、チューブ発声(ストローを使って発声)と……あれ、チューブ発声に何を使ったらいいだろう? 元の世界ではストロー使ってたんだけど、この世界にはあるのかな?
「おい」
小さくとも鋭い声で声をかけられて、ハッと意識を浮上させる。
「もう出て行かれた。帰るぞ」
……しまった。サンプルを聞く時間が短すぎた。しかももう部屋にいないなら、いる意味もないか。
「はい」
えーっと、ストローってあるんだっけ?
「あの、ストローってご存知ですか」
私にずっと小言を言っていた騎士が、鎖を握ったままぎろっと私を振り向く。
「そんなわけのわからないものなど知るか」
なるほどないのか。
どうしようかな、とぶつぶつ言っているのを、おかしな人を見る目で見ないでほしい。一応まともなつもりです。
……そうだ、紙を丸めてストローみたいにすればいいか。
ナイスアイデア! これでチューブ発声はできる、と。
あと何した方がいいのかな。
口の体操は教えてるし、発声練習はハミング発声とチューブ発声に代えよう。あの声のまま発声しているとすれば、努力性がさらに強くなってしまうだけかもしれないし。
……というか、直接見たいな。
そうすれば、きちっとリハビリもできるのに。
……うーん。声がきっちりと変われば、マシュー様にも信じてもらえるかな? ハミング発声とチューブ発声は、うまくいけば2週間くらいで声質変わるから、それが効果が出るのを待つしかないか。
……効果が出なかったら……立つ瀬なしだな。
……まあ、私がマシュー様の居住区域に移動した本当の目的はそれじゃないからなぁ……。
ああ、そうだ。高野さんに会えないのをどうにかしないといけないんだった。
……そうだ、この世界から脱出もしないといけないんだった。
でも、どうにかできるならどうにかしたいと思うのは、きっと職業病ってやつかもしれない。
……まあいいか。普通にしてても、鎖に繋がれてても、耳は聞こえるし。
「おい。害をなそうとなどするなよ」
二人のうちの一人が先程からうるさいくらいに忠告をしてくる。
まだ部屋には誰もいないみたいだからいいけど。
「声が聞こえてきてからは静かにしていただけますか。正しい判断ができなくなるので」
「なにを!」
ぐいっと鎖を引かれて、体が倒れそうになる。
「マシュー様のお母様を良くしたいと願うのなら、ご協力お願いいたします」
何とか体が倒れないように踏ん張りながら、うるさい方の騎士を見る。……睨みつけたいのはやまやまだけど、今後のことを考えると、気持ちは収めないといけないだろう。気持ちをニュートラルにして、まっすぐに見つめた。
「お前ごときに何ができると!」
「一応、マシュー様から許可は得ております」
その一言に、騎士がぐっと何かを飲み込んだ。
「マシュー様が何を考えておられるのか、わからん。」
私につながる鎖を持ち直すと、その騎士はそっぽを向いた。
「騒いだり動こうとしなければ何もしない」
もう一人、沈黙を保っていた騎士が口を開いた。
「ええ。マシュー様とそのお母様を守りたいだけですよね。わかっています」
わけのわからない人物がその2人に近づいているって言うだけでも、2人を守る騎士や侍女たちは我慢ならないだろう。……私が果たしてどういう説明をされているのか気にならないわけではないけど、まあ嫁認定はされていないだろうことは肌で感じる。
何せ鎖につながれているし。
誰かが部屋に入ってきた気配がして、意識をそこに集中させる。
「母上、こちらを声を出して読んではもらえませんか」
マシュー様の声の後になにやらもごもごとした声が聞こえた気がするけど、何かを判別するには十分な音量ではなかった。
たぶんマシュー様が渡したのは、私がお母様に読んでもらってほしいと伝えた内容を書いた紙だ。
『北風と太陽』の要約をした文章で、日本の言語聴覚士の世界ではたぶん一般的なもの。
“ある日北風と太陽は力比べをしました。旅人の外套を脱がせた方が勝ちということに決めて、まず風から始めました。”たぶんそれで間違ってなかったと思うけど(自分が読むわけでもないから正確に一言一句言えと言われると定かじゃないけど)その冒頭の文を、お母様に読んでほしいと伝えた。長いものは読めないと思ったから、それだけにした。
「あ……う……い……」
聞き取れたのは最初の音だけで、その声がものすごく苦しそうで、どれだけ無理をしてしゃべろうとしているのかがわかる。これじゃ、発話明瞭度は5(全然わからない)、なのかもしれない。
声量も小さく出にくい声を出すためにのどを詰めたように話している声は、それだけで聞きにくさを増強させてしまう。ガラガラと粗造性の強い声は、声帯の動きに問題があるだろうことを予測させる。舌尖音である“る”の音が出ていないし、その先の音も聞き取れなかったから、舌の動きは十分じゃない。
声門閉鎖不全(声帯が閉じ切らない)があるなら、誤嚥(気管に食べ物が入る)のリスクだって高まる。これだけ舌の動きが悪ければ食べ物を咽頭に送り込むのも大変だろう。口当たりの良いものしか口にできず、無理やり形のあるものを食べさせようとしたら熱が出てしまったために結局口当たりのいいものしか食べられていないせいでどんどん痩せているというのは、当然と言えば当然かもしれない。
えーっと、まず声帯を閉じさせるのと、ああ、努力性(喉に力が入っている)の声は修正できたらいいな。しゃべるのが苦しいのはつらいし、何より音が伝わりづらい原因になっているから。
えーっと、ハミング発声(ハミングしながら発声)と、チューブ発声(ストローを使って発声)と……あれ、チューブ発声に何を使ったらいいだろう? 元の世界ではストロー使ってたんだけど、この世界にはあるのかな?
「おい」
小さくとも鋭い声で声をかけられて、ハッと意識を浮上させる。
「もう出て行かれた。帰るぞ」
……しまった。サンプルを聞く時間が短すぎた。しかももう部屋にいないなら、いる意味もないか。
「はい」
えーっと、ストローってあるんだっけ?
「あの、ストローってご存知ですか」
私にずっと小言を言っていた騎士が、鎖を握ったままぎろっと私を振り向く。
「そんなわけのわからないものなど知るか」
なるほどないのか。
どうしようかな、とぶつぶつ言っているのを、おかしな人を見る目で見ないでほしい。一応まともなつもりです。
……そうだ、紙を丸めてストローみたいにすればいいか。
ナイスアイデア! これでチューブ発声はできる、と。
あと何した方がいいのかな。
口の体操は教えてるし、発声練習はハミング発声とチューブ発声に代えよう。あの声のまま発声しているとすれば、努力性がさらに強くなってしまうだけかもしれないし。
……というか、直接見たいな。
そうすれば、きちっとリハビリもできるのに。
……うーん。声がきっちりと変われば、マシュー様にも信じてもらえるかな? ハミング発声とチューブ発声は、うまくいけば2週間くらいで声質変わるから、それが効果が出るのを待つしかないか。
……効果が出なかったら……立つ瀬なしだな。
……まあ、私がマシュー様の居住区域に移動した本当の目的はそれじゃないからなぁ……。
ああ、そうだ。高野さんに会えないのをどうにかしないといけないんだった。
……そうだ、この世界から脱出もしないといけないんだった。
でも、どうにかできるならどうにかしたいと思うのは、きっと職業病ってやつかもしれない。
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