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「これ……何ですか?」
この石には見覚えがある。
たどり着いた答えに、まさか、と思う。
呆然と顔を上げると、中森さんがニコリと笑った。
いや、まさか。
……マシュー様の笑顔が重なるなんて。
「八重様も無事にこちらの世界に戻れたんだな」
先ほどとの口調とは違った話し方に、信じられなくて首を振る。
「そんなこと、あるわけない」
こんな自分に都合のいい話が、あるわけがない。
「その石が、この世界に導いてくれた」
「導いてって……」
何もかもが信じられなくて、中森さんの顔をじっと見つめる。
「リッカの耳に着けてるその石が、私の魂をこの世界に呼んだんだと思っている」
魂。
それは……。
「マシュー様は、亡くなってしまわれたんですね」
これが事実だと、受け入れる必要があるんだろうか。
「ああ」
「どうして」
「王妃様が亡くなった後、天変地異が起こり、死者が出て、飢饉が起こった。そして、一部の民衆が蜂起し、それを鎮めた際に、な」
「……どうして王であるマシュー様が、一部の人間が蜂起しただけで、矢面に立つ必要があったんですか」
佐江様が亡くなった後、王になるのはマシュー様に違いないはずだった。
マシュー様が困ったように笑う。
「誰も他に戦を指揮できる人間がいなかったのだ」
「……後進を育てることができなかったんですか」
そうして欲しいと、伝えたつもりでいたけど。それは私の願いだっただけになったのか。
「育てていたんだがな……」
その言葉に、つきりと胸が痛む。
マシュー様には伴侶が必要だと、自分で言ったはずなのに。
首を振って、雑念を追い払う。
「どうして亡くなったんですか」
「シュルツが差し向けたらしい」
あり得ないことに、ショックを受ける。
私のかけた呪いは、まったく効いてなかったのか。
あれほど脅しておいたのに。ぼんくらは全く反省がなかったようだ。
「元皇太子はその後?」
「……苦しみ亡くなった。……あれは、本当に立夏のかけた呪いなのか」
それを聞いて、ほっとする。変な話だけど。
「私の呪いは、何とか効いたのですね」
佐江様が生きていたら悲しんだだろう。…だけど、あのぼんくらの王妃の血のみに集結する人々がいるとすれば、あの世界はろくでもない世界にしかならないと思うから。それでいいのだと、思いたい。
「お母様はどうなりましたか」
ある意味一番気になっていたことを問う。
私に気遣う権利はないけれど。
だけどマシュー様……いや中森さんは柔らかく微笑んだ。
「寿命を全うしたよ。ご飯が食べられるようになったのも良かったみたいだ。お前のお陰だ」
ほっと息をつく。
……これで私の罪が許される訳ではないけれど。
「後宮の皆は?」
私の言葉に、中森さんは陰りのある表情になり、首を横に振った。
「分からぬ。私と共に立ち命を無くしたものも居るだろう。後宮に残った騎士や侍女たちについては……私亡きあとどうなったかすら分からぬ」
マシュー様は王となり、子をなくし、共に戦う人たちも無くし、そして後宮に残されたリリア様たち侍女や……その妻さえ失ったのかもしれない。
私の存在が、マシュー様に間違いなく災いを呼んだと言えるだろう。
再会できたことを喜びたい気持ちなど、後悔の気持ちに押し潰される。
私とマシュー様が過ごした期間などほんの少しだ。愛していると思っていた気持ちさえ、十年も経てば新たな愛に塗り替えられているだろう。
そう。私にはまだ今日の出来事だ。
だけどマシュー様にとっては、もう何十年も前の出来事なのだ。私との出来事など、思い出でしかないだろう。
……じゃあ、マシュー様はどうしてわざわざ私の元へ?
はっ、と、マシュー様の目的に思い至る。
「魔法で元の世界に戻りたいのですか」
私の問いに、マシュー様……いや中森さんが目を見開いた後、ゆるりと首を振る。
「そんなつもりはない」
その答えに、少し安心する。
今の私じゃ、全く役には立たないから。
「すいません。あいにくこの通り、もう魔法は使えなくて」
私の体の中の魔力は、完全に枯渇してしまった。小さな花を咲かすような簡単な魔法すら紡ぎ出すことはできない。
「元の世界に戻りたくてこの世界に来たいと願った訳じゃない」
中森さんの視線に私の中に湧き出る期待を、そんなはずはないと首を振って否定する。
「じゃあ、文句を言いに、ですか」
中森さんがじっと私を見る。
それは肯定の意味だろう。
「……マシュー様の妻も子も、……会えなくなってしまったのは、私のせいじゃないですか」
中森さんの言葉を黙って待てなくて、自らそう口にする。
ただ私が死なせてしまった、という事実を口にはしたくなくてそう表現した。
「そうだな」
すぐに肯定された言葉に、想像できていたはずなのに、衝撃を受ける。
マシュー様が私以外を愛したという事実が。マシュー様に愛する子供がいたという事実が。私の心を抉る。
……諦めると、隣にいなくてもマシュー様が幸せならいいと願ったのに。
「確かに文句を言いには来たのかもしれん」
中森さんはおもむろに立ち上がると窓に近づく。
あの世界とは趣は違うけれど、あの世界のように緑を感じられる空間。
そこに中森さんは手をついて、外を見る。
生まれ変わって過ごした30年近くで、マシュー様の感情は昇華されていったのかもしれない。
だけど、きっと、なかったことにはできないのだ。
これが、私が受ける罰なのかもしれない。
愛した人に、今朝愛を確かめた相手に、もう今は他に愛する人がいるのだと言われることが。
確かに間違いなく、私にとっては罰になる。
マシュー様の愛にすがった私にとっては。 中森さんのその視線の先には何が見えているんだろうか。
「私の妻は、ひどい女だ」
私に背を向けたまま始まった独白に、ぎょっとする。
……愛しているとかの話ではなかった?
……マシュー様は意に添わぬ結婚をすることになったのだろうか?
「……どのように、ひどいんですか」
まさか愛人がいたとか?
「嘘ばかりつく」
……それは……確かに……。
「でも、必要な嘘だったのでは?」
「嘘をつかれて喜ぶ人間がいるのか」
「……どうしても嘘をつかなければいけなかったのでは?」
「愛するものにつかれる嘘は辛い」
愛するものという言葉に、衝撃を受ける。
どこかで、マシュー様が意に添わぬ結婚をしたのかもしれないと思い込みたかったせいだ。
なんて能天気で利己的な頭をしてるんだろう。
「……そうですね」
にじんだ涙を飲み込んで、気持ちを建て直すためにぎゅっと目をつぶる。
この石には見覚えがある。
たどり着いた答えに、まさか、と思う。
呆然と顔を上げると、中森さんがニコリと笑った。
いや、まさか。
……マシュー様の笑顔が重なるなんて。
「八重様も無事にこちらの世界に戻れたんだな」
先ほどとの口調とは違った話し方に、信じられなくて首を振る。
「そんなこと、あるわけない」
こんな自分に都合のいい話が、あるわけがない。
「その石が、この世界に導いてくれた」
「導いてって……」
何もかもが信じられなくて、中森さんの顔をじっと見つめる。
「リッカの耳に着けてるその石が、私の魂をこの世界に呼んだんだと思っている」
魂。
それは……。
「マシュー様は、亡くなってしまわれたんですね」
これが事実だと、受け入れる必要があるんだろうか。
「ああ」
「どうして」
「王妃様が亡くなった後、天変地異が起こり、死者が出て、飢饉が起こった。そして、一部の民衆が蜂起し、それを鎮めた際に、な」
「……どうして王であるマシュー様が、一部の人間が蜂起しただけで、矢面に立つ必要があったんですか」
佐江様が亡くなった後、王になるのはマシュー様に違いないはずだった。
マシュー様が困ったように笑う。
「誰も他に戦を指揮できる人間がいなかったのだ」
「……後進を育てることができなかったんですか」
そうして欲しいと、伝えたつもりでいたけど。それは私の願いだっただけになったのか。
「育てていたんだがな……」
その言葉に、つきりと胸が痛む。
マシュー様には伴侶が必要だと、自分で言ったはずなのに。
首を振って、雑念を追い払う。
「どうして亡くなったんですか」
「シュルツが差し向けたらしい」
あり得ないことに、ショックを受ける。
私のかけた呪いは、まったく効いてなかったのか。
あれほど脅しておいたのに。ぼんくらは全く反省がなかったようだ。
「元皇太子はその後?」
「……苦しみ亡くなった。……あれは、本当に立夏のかけた呪いなのか」
それを聞いて、ほっとする。変な話だけど。
「私の呪いは、何とか効いたのですね」
佐江様が生きていたら悲しんだだろう。…だけど、あのぼんくらの王妃の血のみに集結する人々がいるとすれば、あの世界はろくでもない世界にしかならないと思うから。それでいいのだと、思いたい。
「お母様はどうなりましたか」
ある意味一番気になっていたことを問う。
私に気遣う権利はないけれど。
だけどマシュー様……いや中森さんは柔らかく微笑んだ。
「寿命を全うしたよ。ご飯が食べられるようになったのも良かったみたいだ。お前のお陰だ」
ほっと息をつく。
……これで私の罪が許される訳ではないけれど。
「後宮の皆は?」
私の言葉に、中森さんは陰りのある表情になり、首を横に振った。
「分からぬ。私と共に立ち命を無くしたものも居るだろう。後宮に残った騎士や侍女たちについては……私亡きあとどうなったかすら分からぬ」
マシュー様は王となり、子をなくし、共に戦う人たちも無くし、そして後宮に残されたリリア様たち侍女や……その妻さえ失ったのかもしれない。
私の存在が、マシュー様に間違いなく災いを呼んだと言えるだろう。
再会できたことを喜びたい気持ちなど、後悔の気持ちに押し潰される。
私とマシュー様が過ごした期間などほんの少しだ。愛していると思っていた気持ちさえ、十年も経てば新たな愛に塗り替えられているだろう。
そう。私にはまだ今日の出来事だ。
だけどマシュー様にとっては、もう何十年も前の出来事なのだ。私との出来事など、思い出でしかないだろう。
……じゃあ、マシュー様はどうしてわざわざ私の元へ?
はっ、と、マシュー様の目的に思い至る。
「魔法で元の世界に戻りたいのですか」
私の問いに、マシュー様……いや中森さんが目を見開いた後、ゆるりと首を振る。
「そんなつもりはない」
その答えに、少し安心する。
今の私じゃ、全く役には立たないから。
「すいません。あいにくこの通り、もう魔法は使えなくて」
私の体の中の魔力は、完全に枯渇してしまった。小さな花を咲かすような簡単な魔法すら紡ぎ出すことはできない。
「元の世界に戻りたくてこの世界に来たいと願った訳じゃない」
中森さんの視線に私の中に湧き出る期待を、そんなはずはないと首を振って否定する。
「じゃあ、文句を言いに、ですか」
中森さんがじっと私を見る。
それは肯定の意味だろう。
「……マシュー様の妻も子も、……会えなくなってしまったのは、私のせいじゃないですか」
中森さんの言葉を黙って待てなくて、自らそう口にする。
ただ私が死なせてしまった、という事実を口にはしたくなくてそう表現した。
「そうだな」
すぐに肯定された言葉に、想像できていたはずなのに、衝撃を受ける。
マシュー様が私以外を愛したという事実が。マシュー様に愛する子供がいたという事実が。私の心を抉る。
……諦めると、隣にいなくてもマシュー様が幸せならいいと願ったのに。
「確かに文句を言いには来たのかもしれん」
中森さんはおもむろに立ち上がると窓に近づく。
あの世界とは趣は違うけれど、あの世界のように緑を感じられる空間。
そこに中森さんは手をついて、外を見る。
生まれ変わって過ごした30年近くで、マシュー様の感情は昇華されていったのかもしれない。
だけど、きっと、なかったことにはできないのだ。
これが、私が受ける罰なのかもしれない。
愛した人に、今朝愛を確かめた相手に、もう今は他に愛する人がいるのだと言われることが。
確かに間違いなく、私にとっては罰になる。
マシュー様の愛にすがった私にとっては。 中森さんのその視線の先には何が見えているんだろうか。
「私の妻は、ひどい女だ」
私に背を向けたまま始まった独白に、ぎょっとする。
……愛しているとかの話ではなかった?
……マシュー様は意に添わぬ結婚をすることになったのだろうか?
「……どのように、ひどいんですか」
まさか愛人がいたとか?
「嘘ばかりつく」
……それは……確かに……。
「でも、必要な嘘だったのでは?」
「嘘をつかれて喜ぶ人間がいるのか」
「……どうしても嘘をつかなければいけなかったのでは?」
「愛するものにつかれる嘘は辛い」
愛するものという言葉に、衝撃を受ける。
どこかで、マシュー様が意に添わぬ結婚をしたのかもしれないと思い込みたかったせいだ。
なんて能天気で利己的な頭をしてるんだろう。
「……そうですね」
にじんだ涙を飲み込んで、気持ちを建て直すためにぎゅっと目をつぶる。
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