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「誰も自分を構ってくれなくて拗ねてるのよ。だから、立夏ちゃんと一緒の時は来なかったの。一人ではちょくちょく顔を出してたんだけどね」
「拗ねてる?」

 説明されても、理解が進まない。

「美香子ちゃんはね……大人になり切れない人だったのよ」

 おばさまの言葉に、ドキリとする。

「おい」

 おじさまが言いすぎだと言わんばかりに声を出す。

「ごめんなさいね。美香子ちゃんの……立夏ちゃんのお母さんのことを悪く言いたいわけではないのよ?」

 悪く。
 おばさまやおじさまは、母の一体何を知っていると言うのだろう。きっと二人が思うような人では、母はなかったように思うのだ。

「……おばさまは、母が私を嫌っていたのを知っていたんですか?」

 私は誰にも告げられずにいた。だからこそ、母の呪いをずっと解けずにいた。でも、どこかで断ち切りたかった。だから、母をよく知っている二人に、訴えてみようと思った。それが意味のあることなのか、もう亡くなってしまった母への冒涜だと叱られてしまうのか、それは分からなかったけど、私は終わらせてしまいたくて、墓参りにきたのだ。だから、二人に話を聞いて欲しかった。
 私の言葉に、おばさまは目を見開いた後、うつむいて首を横にふった。。

「立夏ちゃん……そんなことないわよ?」

 でも、今の反応から、おばさまの言葉を言葉通りには取れなかった。

「おばさま。本当の事教えてください。……私は母に嫌われていたって、知ってます。でも、どうしてあんな風に嫌われていたのかわからなくて」

 おばさまが小さくため息をついた。

「子供の方が敏感だって言うものね」
「おい」

 おじさまがおばさまに首を横にふる。きっとおじさまも気付いていたんだろう。

「おじさま。いいんです。もし、知っているなら教えてください。……私は母が亡くなってからもずっと、母からかけられた言葉に囚われたままなんです」

 私がぎゅっと握った手を、中森さんがそっと覆った。私は我慢していた涙が、ほろり、とこぼれた。
 おじさまとおばさまが顔を見合わせて、二人は頷いた。

「言っておきたいことは、私は美香子ちゃんのことが好きだったってことと、美香子ちゃんを貶めたいわけではないってこと。だから、私から見える真実を伝えようとすると、立夏ちゃんには理不尽に聞こえるかもしれないわ?、それは我慢してもらってもいい?」

 おばさまの慈しむような視線は、何も嘘がないように思える。

「はい」

 私の言葉におばさまが頷く。

「まずね、美香子ちゃんは、孝さんのことを愛してたのよ。知ってる?」

 孝は、私の父の名前だ。

「……嘘です」

 おばさまが発した言葉が受け入れられなくて、タイムラグができる。
 私が知っている母の様子に、その言葉に真実があるとは到底思えなかった。

「そう思っても当然だわ。私だって理解するのに時間がかかったんだから」
「だって母は……ずっと結婚なんかしなければって……」

 私がいたから仕方なく結婚したと言われていた言葉を口に出せなくて、咄嗟に他の事実を突きつける。

「あの子は、天邪鬼なの。素直に言えないのよ」
「……嘘、です」
「嫌っているように見せて、孝さんの関心を引きたかっただけなの。孝さんを試したかっただけなの」
「……父の関心を?」

 何のために? あんなに父は母に執着していたというのに。

「不思議でしょう? 孝さんはあんなに美香子ちゃんを好いているのに、それでも満足できなかったみたい。……立夏ちゃんがいたから」

 最後の言葉にヒヤリとする。
 私の背中に中森さんが触れる。その温かさが、冷たくなった心に熱を加える。

「立夏ちゃん。ごめんなさい。言い方が悪かったわね」

 慌てたおばさまは、私の変化に気付いたようだった。

「孝さん、立夏ちゃんを可愛がってたでしょう? だから、自分だけに孝さんの愛情が向かないことに嫉妬してたみたい」
「嫉妬……?」

 意味が分からない。

「そう、実の子供に嫉妬するとか、普通はあまりないと思うわ。……父親が妻を取られた気になって嫉妬する話は聞いたことがあるけどね?」
「父にとっての一番は、いつでも母でした」

 いつでも一番は母だった。私だったことはない。

「ほら、子どもの立夏ちゃんだってそう思ってたのに、美香子ちゃんは納得しなかったのよ。……孝さんの愛情を独り占めしたいと思っていたんだと思うわ。子供がいる時点でそれが難しいとは、美香子ちゃんには理解できなかったみたい」
「全然理解できません」

 母の思考回路が全く理解できない。
 私の顔を見て、おばさまが小さく頷く。

「私だって、美香子ちゃんの思考回路は理解できないわ。ただ、美香子ちゃんは大人になり切れない不器用な子だった。だから、家族としての関係をうまく作れなかったんじゃないか、って私は思ってる」
「母は社交的で、人間関係に不器用な人ではありませんでした」

 だからこそ、うちの家庭内の不和は知られることがなかったのだと思っている。

「確かに、まったくの他人に向ける対外的な姿だけは、本当にびっくりするぐらい大人だったわね。でもあれは、旧家である実家で学んだ人間関係の作り方だと思うわ。だけど、家族としての人間関係を作るのはものすごく下手だった。浮気するふりをする必要なんて、どこにもなかったのに。いくらやめなさいって言っても、あれが正しいんだって信じてるみたいに……」
「母は父にいつも冷たかった」

 それでもおばさまの言葉が信じられなくて、もう一つの事実を述べる。
 途端に、おばさまの眉が下がる。

「本当に、美香子ちゃんは不器用なのよ。好きなのに冷たくしかできないの。そんな自分にもイライラしてたみたいだけど」

 そのイライラが、私に向いていたってこと? 思い当たることに、いやでもと首を横に振る。

「突然言われて、信じろって言われても、困るわよね。……もう本当のことを言ってくれる美香子ちゃんもいないのに」

 おばさまが私を見る目は優しいままだ。
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