逆転の娼婦姫

ほか

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第2章 あじさい革命

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 シェンデルフェールはトープの瞳を細め、じっとりと微笑む。

 商品の娼婦たちや、顧客ですら。

 相手の弱みを決して逃しはしない、館では美貌と湛えられていた瞳で。





「おや、侮辱に値するのは女だけではないのでは? 初々しいカップルの出会いの場がこともあろうに娼館とは」

 涼し気に。

 いかなる激情とも無縁だという顔をして、無傷の内に相手を殴打する。

「王族に関わる真実を明らかにすることは平等国の実現において必須ですからなぁ」





 これがこいつのいつものやり方。

 一打を受けた者はしなるしか選択肢はない。

 だが。

 とっさにパエリエが席を立っていた。

 向かったのは憎たらしい元上司ではなくリカルドのほうだった。

 シェンデルフェールの視線を受け止めたまま微動だにしない彼の袖を引く。





「ねぇ、もういいから」

 娼館で働いていたことは真実だ。動かしようがない。だが。

 このままでは潔白なリカルドまで下卑た視線にさらされる。

「このままだとあんた」

 その腕に、優しく制される。

 顔を上げ、パエリエははっと身体を止める。

 さりげなく下がっているように言う仕草と対照的に眼鏡の奥、エクリュの瞳は見たこともない怜悧な視線だった。





「では、もう一つ、明らかにしますか。その娼館で、行き場のない少女たちを手ごろな値段で買い取り稼がせていた、シェンデルフェール家の収入源を」





 相手が投じたスキャンダルの硝煙にも臆することなく、リカルドは身を引くどころか、一歩、その足を踏み出す。

「ついでにその娼館の非人道的な労働、衛生環境も」

 ぐっと、シェンデルフェールが奥歯を噛む。

 再びどよめき出した人々を視線で威圧するも、疑念の声はやまない。

「娼館はあの貴族が経営するものだったのか」

「なんと破廉恥な」





 ――非難の矛先が、変わった?

 あっけに取られ、開きかけた口元を、パエリエは引き締める。

 これに乗じて言っておかなくては。

 ヒールを響かせ、リカルドの隣に居並ぶ。

 頭の中で息を思い切り吸って、吐く。

 演技は得意だ。だいじょうぶ。

 思い切り清廉な女性ぶって。

 煙を弾くのよ。

 パエリエはそっと、リカルドの腕に手をかけた。

 蚊の鳴くような細い声で、しかし一同に聞こえるように計算し、呟く。





「その通りです。わたしはそういった下賤の職業の者でした。……ですが殿下は、そんな劣悪な環境で働いていたわたしを救ってくださったのです」

 人々の視線の集約には成功したようだ。よし。別段怖くもないが震えるように彼にすがるアクションもつけよう。

「断じて、そのような……汚らわしいなれそめではないのです……」

 さざ波のように会場をかけぬけていく、令嬢たちの吐息。

「まぁすてき、まるで小説の恋物語だわ」

「さすがは殿下」





 パエリエは心の中でぐっと拳を握りしめる。

 ビバ、女の猫被りだ。

 効果抜群。

 ただ、一番感動しているのは腕に手を添えたこの男だが。

 レンズ越しのエクリュの先程の怜悧さはどこへやら、今やまるで極限の空腹時にたっぷりと高級フード の袋を抱えたご主人様を目にしたポメラニアンだ。





「パエリエ……。庇ってくれたのかい?」

 はしっと人から見えない位置で腕の内側を叩く。

 耳元で睦言を囁く態で、周囲のはやし立てる声の中、リカルドにだけ聴こえる声で言う。

「ばかね。あの手のけんか正面切って買うなんて。王子なら保身のことも考えなさいよ」

「いやぁそういうわけにはいかないよ。愛する人を悪く言われて黙っていてはそれこそ王子失格じゃないかな」

 照れたように頭をかくリカルドを見ては誰もが、かよわき婚約者に感謝の意を伝えられたのだと信じて疑わない。

 正攻過ぎる手法には呆れるが。まぁともかく収まってよかった。

 ほっと豪奢なレースで模られた胸を上下させる。

 そんなパエリエを王が暖かな目で、そして王妃が鋭い視線でじっと見つめていた。
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