20 / 39
3章 待ちて焦がれる
2
しおりを挟む
「えらいことやで」
駅長はからからの口を大きく開けて笑った。わっはっは。一体どこから声が出ているのだろうか。
「あんたさ、そんで何買いに来たんだよ。ひやかしか?」
「そんな嫌そうな顔すんなや。冴えん顔しとったら、ほんまに人生上手くいかへんで」
「骸骨に言われたくねえよ」
駅長は、骨しかない手を頭蓋骨の額部分に当てた。あちゃー、というポーズ。死神のように骨と皮しかないのではなく、本当に骨しかない。理科室の骨格標本が、駅員の制服を着て帽子を被っている姿だ。動くエネルギーはどこから生じているのか、声帯がないのに何故声が出ているのか。考えれば考えるほどに馬鹿馬鹿しくなるので、彰はもはや何も考えない。かくりよ線、幽冥駅の駅長は、カウンターにもたれかかったまま振り向く。
「なあ、ハルちゃん。どうしたらええと思う。お客さんが来んなって廃線にでもなってしもたら、わしは困るで」
骸骨のくせに仕事熱心な駅長は、ため息をつきながら晴斗に言った。
「そう簡単には潰れないよ。大きな路線だし」
白黒の毛玉を抱いた晴斗は返事をする。短い手足と獣の顔がついた「すねこすり」の顎のあたりを指先でかく。白い毛皮に黒ぶち模様の、まるで猫のようなすねこすりは、気持ちよさげにじっとしている。温厚な彼は小さな妖怪にやけに好かれる。
「潰れはせんでもなあ。わしは退屈なんや」骸骨の駅長は大仰に肩をすくめてため息をついた。「前は迷い込む人間もおったんやが、最近はとんと減ってしもうた。退屈は骨をも殺すってなあ」
「言わないよ」
晴斗が呟き、駅長は手のひらで自分の額を叩いた。かん、と骨同士がぶつかる音がする。陽気な骸骨だ。
ギイイ、と軋む音を立ててドアが開いた。生きた人間は通れない、異形のみ通り抜けることのできる出入口。いらっしゃいと彰がやる気のない声をかける。晴斗の腕の中ですねこすりがちらりと片目を開けたが、何ごともなかったかのようにすぐに瞼を閉じた。
ドアをくぐって店に入ってきたのは、一人の若い女だった。彼女はきょろきょろと店内を見渡し、カウンター向こうの彰を見つけると足早に寄ってくる。
「あのあのあの、私、ついこの間死んじゃったんですけど」
白いワンピースに、ほっそりした身体。二十代中頃の彼女は、一見すると普通の女性だった。ただその胸元に大量の赤い血が散っていることを除けば。
「ここ、アイロン置いてませんか」
「アイロン?」
「ヘアアイロンです!」
オウム返しの彰に、彼女は詰め寄る。
「それって、あれか、こう、髪を挟んで伸ばす……」
「そう、それ!」
右手の指を二本立て、架空の長髪を挟んでみせる彰に、女性の幽霊は何度も深く頷いた。彼女は自分の髪を鬱陶しそうに指で梳く。肩につく黒髪はゆるくウェーブしていて、彼女が軽く引っ張ってもすぐにくるんと巻いてしまう。
「せっかくだから、人を脅かしてみようと思って。だって私が自殺したからって、近所の子どもたちが肝試しとかいって遊びに来るんですよ。こっちは静かにしていたいのに、頭にくるじゃないですか」頬を膨らませる。「でも、この髪じゃ幽霊らしくないっていうか。やっぱり、ストレートの黒髪がだらんと垂れてるのがベストですよね。せっかくこんな格好してるんだし」
ワンピースの真っ赤な胸元を摘まんで引っ張る。
「そのままでも十分じゃないか」
「じゃないです!」
彰の台詞に首を横に振った。その度に、柔らかな猫っ毛がふわふわと揺れる。
「私、こう見えて完璧主義なんですよ。まあだから死んじゃったっていうか……ともかく、アイロンで髪を直したいんです。幽霊用の美容室なんてないし、自分でなんとかするしかないと思って」
「なあ姉ちゃん」
カウンターに肘を置き、駅長がふっと息を漏らした。
「それより、列車に乗らないかい。折角のお客さんだ、グリーン車に……」
「ええー、ないのお」
駅長の誘いを無視し、首を振る彰に幽霊は口を尖らせた。だがどんなに不満な顔をされても、幽霊用のヘアアイロンなんて聞いたこともない。悲しそうな駅長の方を見ず、「ないな」と彰は両断した。
それでも諦めきれずに店内をあちこち見渡す幽霊。すねこすりを抱いたまま、「これは」と晴斗が棚の品を手にしてみせた。赤い実がついたパッチンどめ。
「千年のほおずきがついてて、夜になると光るから。怖いかも」
「えー、でも髪飾りでしょ。ちょっとちがーう」
違うといいながら彼女は晴斗のそばに近づいた。その目はきらきらと輝いている。棚の上で、大きな貝を皿にした入れ物には、細々とした装飾品が乗っている。
「すっごく綺麗、なにこれ!」
「人魚のうろこ」
「こっちは?」
「一角獣の尻尾の毛」
甲高い声に、すねこすりがペタンと寝かせた三角耳を動かして身じろぎした。その頭を晴斗は撫でてやり、幽霊は活き活きと店の中を歩き回る。「あれは?」壁にかけられた一本の竹筒を指さした。
「私、部活でフルートやってたんだ。でも、ちょっと違うみたい」
「せや、わしも気になってたんや」
駅長も彼女の指先に視線をやる。等間隔に穴の空いた筒は綺麗に磨かれ、ぴかぴかと光を反射している。
「篠笛だ。水仙って名前がついてるらしい。この前手に入れたんだよ」
「なんや、雑に扱っとるが、随分立派なもんやろ」
「なんでも、付喪神が憑いてるらしくてな。そいつが閉じ込められると怒るんだと。そんでうちに持ってこられたんだ」
「さぞええ音なんやろなあ」
うっとりした口調の駅長。「吹いてみたい!」と幽霊が嬉々として言う。
「だめだめ。その付喪神ってのが、他人には音を出させないらしい。それもオーディエンスが大勢いないとやる気にならないそうだ」
「プライド高あ」
唇を尖らせる女幽霊。
彼女は諦めきれない様子でぐるぐると店内を周っていたが、しばらくするとカウンターの彰に詰め寄った。
「私、また来ますから。その時には、入荷しておいてくださいね!」
「無理だって言ってんだろ。どこにもねえと思うぞ」
そんな言葉を彰は口にしたが、幽霊はくるりと背を向け、ずんずん大股に店を去っていった。
駅長はからからの口を大きく開けて笑った。わっはっは。一体どこから声が出ているのだろうか。
「あんたさ、そんで何買いに来たんだよ。ひやかしか?」
「そんな嫌そうな顔すんなや。冴えん顔しとったら、ほんまに人生上手くいかへんで」
「骸骨に言われたくねえよ」
駅長は、骨しかない手を頭蓋骨の額部分に当てた。あちゃー、というポーズ。死神のように骨と皮しかないのではなく、本当に骨しかない。理科室の骨格標本が、駅員の制服を着て帽子を被っている姿だ。動くエネルギーはどこから生じているのか、声帯がないのに何故声が出ているのか。考えれば考えるほどに馬鹿馬鹿しくなるので、彰はもはや何も考えない。かくりよ線、幽冥駅の駅長は、カウンターにもたれかかったまま振り向く。
「なあ、ハルちゃん。どうしたらええと思う。お客さんが来んなって廃線にでもなってしもたら、わしは困るで」
骸骨のくせに仕事熱心な駅長は、ため息をつきながら晴斗に言った。
「そう簡単には潰れないよ。大きな路線だし」
白黒の毛玉を抱いた晴斗は返事をする。短い手足と獣の顔がついた「すねこすり」の顎のあたりを指先でかく。白い毛皮に黒ぶち模様の、まるで猫のようなすねこすりは、気持ちよさげにじっとしている。温厚な彼は小さな妖怪にやけに好かれる。
「潰れはせんでもなあ。わしは退屈なんや」骸骨の駅長は大仰に肩をすくめてため息をついた。「前は迷い込む人間もおったんやが、最近はとんと減ってしもうた。退屈は骨をも殺すってなあ」
「言わないよ」
晴斗が呟き、駅長は手のひらで自分の額を叩いた。かん、と骨同士がぶつかる音がする。陽気な骸骨だ。
ギイイ、と軋む音を立ててドアが開いた。生きた人間は通れない、異形のみ通り抜けることのできる出入口。いらっしゃいと彰がやる気のない声をかける。晴斗の腕の中ですねこすりがちらりと片目を開けたが、何ごともなかったかのようにすぐに瞼を閉じた。
ドアをくぐって店に入ってきたのは、一人の若い女だった。彼女はきょろきょろと店内を見渡し、カウンター向こうの彰を見つけると足早に寄ってくる。
「あのあのあの、私、ついこの間死んじゃったんですけど」
白いワンピースに、ほっそりした身体。二十代中頃の彼女は、一見すると普通の女性だった。ただその胸元に大量の赤い血が散っていることを除けば。
「ここ、アイロン置いてませんか」
「アイロン?」
「ヘアアイロンです!」
オウム返しの彰に、彼女は詰め寄る。
「それって、あれか、こう、髪を挟んで伸ばす……」
「そう、それ!」
右手の指を二本立て、架空の長髪を挟んでみせる彰に、女性の幽霊は何度も深く頷いた。彼女は自分の髪を鬱陶しそうに指で梳く。肩につく黒髪はゆるくウェーブしていて、彼女が軽く引っ張ってもすぐにくるんと巻いてしまう。
「せっかくだから、人を脅かしてみようと思って。だって私が自殺したからって、近所の子どもたちが肝試しとかいって遊びに来るんですよ。こっちは静かにしていたいのに、頭にくるじゃないですか」頬を膨らませる。「でも、この髪じゃ幽霊らしくないっていうか。やっぱり、ストレートの黒髪がだらんと垂れてるのがベストですよね。せっかくこんな格好してるんだし」
ワンピースの真っ赤な胸元を摘まんで引っ張る。
「そのままでも十分じゃないか」
「じゃないです!」
彰の台詞に首を横に振った。その度に、柔らかな猫っ毛がふわふわと揺れる。
「私、こう見えて完璧主義なんですよ。まあだから死んじゃったっていうか……ともかく、アイロンで髪を直したいんです。幽霊用の美容室なんてないし、自分でなんとかするしかないと思って」
「なあ姉ちゃん」
カウンターに肘を置き、駅長がふっと息を漏らした。
「それより、列車に乗らないかい。折角のお客さんだ、グリーン車に……」
「ええー、ないのお」
駅長の誘いを無視し、首を振る彰に幽霊は口を尖らせた。だがどんなに不満な顔をされても、幽霊用のヘアアイロンなんて聞いたこともない。悲しそうな駅長の方を見ず、「ないな」と彰は両断した。
それでも諦めきれずに店内をあちこち見渡す幽霊。すねこすりを抱いたまま、「これは」と晴斗が棚の品を手にしてみせた。赤い実がついたパッチンどめ。
「千年のほおずきがついてて、夜になると光るから。怖いかも」
「えー、でも髪飾りでしょ。ちょっとちがーう」
違うといいながら彼女は晴斗のそばに近づいた。その目はきらきらと輝いている。棚の上で、大きな貝を皿にした入れ物には、細々とした装飾品が乗っている。
「すっごく綺麗、なにこれ!」
「人魚のうろこ」
「こっちは?」
「一角獣の尻尾の毛」
甲高い声に、すねこすりがペタンと寝かせた三角耳を動かして身じろぎした。その頭を晴斗は撫でてやり、幽霊は活き活きと店の中を歩き回る。「あれは?」壁にかけられた一本の竹筒を指さした。
「私、部活でフルートやってたんだ。でも、ちょっと違うみたい」
「せや、わしも気になってたんや」
駅長も彼女の指先に視線をやる。等間隔に穴の空いた筒は綺麗に磨かれ、ぴかぴかと光を反射している。
「篠笛だ。水仙って名前がついてるらしい。この前手に入れたんだよ」
「なんや、雑に扱っとるが、随分立派なもんやろ」
「なんでも、付喪神が憑いてるらしくてな。そいつが閉じ込められると怒るんだと。そんでうちに持ってこられたんだ」
「さぞええ音なんやろなあ」
うっとりした口調の駅長。「吹いてみたい!」と幽霊が嬉々として言う。
「だめだめ。その付喪神ってのが、他人には音を出させないらしい。それもオーディエンスが大勢いないとやる気にならないそうだ」
「プライド高あ」
唇を尖らせる女幽霊。
彼女は諦めきれない様子でぐるぐると店内を周っていたが、しばらくするとカウンターの彰に詰め寄った。
「私、また来ますから。その時には、入荷しておいてくださいね!」
「無理だって言ってんだろ。どこにもねえと思うぞ」
そんな言葉を彰は口にしたが、幽霊はくるりと背を向け、ずんずん大股に店を去っていった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
せんせいとおばさん
悠生ゆう
恋愛
創作百合
樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。
※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる