シャドラ ~Shadow in the light~

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第1章:Blue Blood Panic

13.吸血鬼事件 前編

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≪前回のあらすじ≫

ストランドにて作戦会議を行った。

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 ぽつぽつと点在する街頭の明かりだけがぼんやりと浮かぶ真っ暗な夜道を、メリー・クラインは歩いていた。

 「もう真っ暗ね。早く帰らないと」

 いつものピアノのお稽古帰りなのだが、今日はレッスンが長引きいつもより遅くなってしまった。

 不意に背後から視線を感じた・・・ような気がした。
 振り返ってもそこには誰もいない。

 「最近は物騒な事件が増えている」そうお父様が言っていた。

 新聞にはそんなことこれっぽっちも書いてなかったが、お父様が言うのだから正しいのであろう。
 そんな話を聞かされていたからかちょっとしたことにも過敏に反応してしまう。

 「どうかされましたか?お嬢様」

 メリーの傍らに控えている屈強な男が彼女の不安を敏感に感じ取って声をかけた。
 彼らは、お稽古場には自分で行くと頑なに譲らないメリーのために、彼女の父が用意したボディガードである。

 「なんでもないわ。早く帰りましょう」

 そうよ、護衛がついてるんだもの何も怖がることなんてないわ。
 そう自分に言い聞かせ、メリーは再び家路を急ぎはじめた。

 1ブロック程歩いた頃、表通りに面する大きな公園の傍までやってきた。
 屋敷に帰るには、この公園を通るのが一番の近道である。

 「気味が悪いわね」

 思わずメリーは呟いた。

 通り慣れた道であるが、今日はなんだか気味が悪い。
 この公園は、昼間は憩いを求める人達で賑わうが、周りを囲うように多くの木々が生い茂っている造りになっている。
 そのため、人目につきにくい場所もあり、夜は人通りが極端に少ない。
 過去には不審者や迷い混んだ魔獣が潜んでいたなんて話も聞いたことがある。

 そして何より、例の貴族子弟連続殺害事件の六人目の被害者「アイリーン・フォルセット」の死体が遺棄されていた場所でもある。

 (アイリーン……)

 友人であった彼女はもういない。
 わかってはいるが受け入れられない悲しみがメリーの中に湧き上がる。

 その時だった。

 先ほどまで誰もいなかった前方にはっきりと彼女の瞳は人影を捉えた。

 「今晩は、いい夜ですね」

 整った顔立ちに柔らかな笑み。
 月光に照らされた美しいその人物は、貴族ミシュラン家の現当主デイズ・ミシュランであった。

 「・・・今晩は、ミシュラン様」

 本来ならば誰もが親しみを覚えるはずのデイズに対し、メリーは何故か恐ろしいものを感じていた。
 そう、それはまるで美女の仮面を身に着けた何か恐ろしいものが舞踏会にまぎれこんでいるかのような違和感。

 「これはこれは、ミシュラン様。こんな夜更けに供も連れず一体どうなさいました?」

 「近頃はいろいろと物騒ですから、ミシュラン様のような御方がお一人でお出かけになられるのは危険です。差支えありませんでしたら、私がお家の方に連絡をとり、お召し使えの方をお呼びいたしましょうか?」

 予想もしていなかった人物の突然の登場に多少違和感を覚えながらも、非礼が無いように丁寧な対応を行うメリーのボディーガード達。

 「フフフッ。いえ、その必要はありません」

 何か自分たちはおかしなことを言っただろうか?
 ボディーガード達はデイズの反応に思わず互いに顔を見合わせる。
 そんな彼らの反応にデイズの口元が、目元がニヤリと歪にゆがむ。

 「ヒッ・・・」

 「おさがり下さい、お嬢様」

 本能的な恐怖を呼び覚まさせるその薄く冷酷な笑みに、思わず声を漏らすメリー。

 全身の毛が逆立つ様なその気配に危険を感じ取った男たちは、
 主人を守るために恐怖を押し殺し一歩前へ踏み出す。

 「だって、せっかく苦労して人払いをしたんですよ。それなのに人を呼んでしまっては元も子もありませんわ。それに・・・」

 「今日はせっかくの満月なのですから」


 一瞬、メリーには何が起きたのかわからなかった。

 気がつくと自分を庇ったボディガードが深々と胸を貫かれ、その血が眼前を真っ赤に染めていた。

 「ぅ………ぁ………」

 分厚いボディガードの胸板を易々と貫いたのは、槍のように伸びた深紅の爪である。

 「・・・美味しくないわ。やっぱり男の血は口に合わないわね」

 デイズは、指先にべったりついたボディーガードの血を一舐めした後、顔をしかめ。
 今度はその爪をゆっくり照準を合わすようにメリーへと向ける。

 「い、いやぁぁぁぁっ!!」

 ようやく自分の置かれた状況を理解したメリーは、震える足に鞭打って必死に走り出す。

 「うふふ、何度見ても堪らないわね。今まで自分たちが全ての中心だと信じて疑わず、周囲を虐げてきた者が自分を上回る者と初めて出会ったときの表情は」

 もはやデイズの表情からは完全に温かみは消え去り、そこにあるのはただただ冷酷に逃げ惑う獲物を見る目であった。


 メリーは息を切らして必死に走った。

 途中で靴が片方脱げてしまったが、もはや足の痛みすら気にならない。
 胸が苦しい、息もできない・・・。
 普段走るという行為自体しないメリーの体は早くも悲鳴を上げている。

 何だアレは、恐ろしい、恐ろしい。

 ただ恐怖に対する生存本能だけが、限界を超えて彼女の体を突き動かしていた。

 ようやく複雑に絡んだ木の陰へと身を隠し、恐怖で叫び出しそうになる己の口を両手で抑え、必死に呼吸を整える。

 なんだアレは?

 なんだアレは?なんだアレは?

 アレは確かにデイズ・ミシュランで、メリーも社交界で何度か顔を合わせたことがある貴族の奥方。
 どうして私は彼女に命を狙われている?

 「あら?もう追いかけっこは終わりかしら」

 頭上から下りてきた声。
 そこにはコウモリのように木にぶら下がったデイズの姿が。
 不気味に光る紅い瞳で、餌を目の前にした獣の様にメリーを舐めるように眺めている。

 「い、や、いやぁ・・・」

 木から降りたデイズは膝を下り、キスをするほどメリーに顔を近づけ裂けたような笑みを浮かべながら彼女の眼を凝視する。

 白く細い指先に似合わぬ鋭い爪が恐怖で硬直し、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったメリーの頬をゆっくりとなぞる。
 温室育ちの愛らしい少女の柔らかい皮膚はたやすく裂け、一筋の赤い血が流れ落ちた。

 そして、少女の頬に赤い線を刻んだ爪はゆっくりと彼女の首筋へと・・・・

 「その辺にしとけ」

 ズドォオオッ!!

 ふいに投げかけられた男の声と低い風切り音とともに何か大きな塊がデイズのいた深々と地面に突き刺さった。

 凶器が自分のすぐ傍を掠めていったという事実に気づいたメリーは声にならない叫びを上げている。

 「キサマ、何者だ!!」

 食事の時間を邪魔されたことに腹を立てたのか、敵意をむき出しにするデイズ。
 その声は先ほどまでの美しいものはなく、やや低く濁ったようなものへと変化していた。

 「あぁ?何者だと?俺は、無駄に何時間もお前の後を追って街中走りまわされて、今にもキレそうなただの男だ。本当なら今頃ゆっくり酒でも飲んでたはずなのによぉ、一体どうしてくれんだ!」

 「ちょっとリューガ、吸血鬼相手に逆切れしてどうすんのさ。もっとスマートにいこうぜ?スマートに」

 何故か登場早々逆上している黒い服を着た男をなだめるように、もう一人白い服を着た男が木陰から出てきた。

 リューガと呼ばれた大きな方の男はそのもう一人の男を信じられないものを見たというような目で見ている。

 「お・・・おい、どうしてお前が俺より先にここにいるんだよ。獲物がここにくるってわかってんなら、なぜわざわざ街中走り回って吸血鬼の後をつける必要があったんだ?」

 「んー、それはまぁもし吸血鬼が他の場所へ行っちゃったときのための保険かな?」

 「お、お前ぇ・・・、いや、もういい」

 う~ん、と首をかしげている白い服の男に対し、黒い服の男は心底疲れたと言った様子で眉間を抑えている。

 当の白い服の男はそんな事はまったく眼中に入ってない様で「あれ?にんにくも十字架も効かないぞ!!吸血鬼はにんにくと十字架を怖がるって信じてたのにぃ!!」などと意味不明な事を悔しそうに叫んでいる。

 「あ、あの。あなたたちは一体………?」

 自分の置かれている状況にまったくついていけていないメリーに対し、カイルは膝を折り目線を合わせ、やさしい笑みを浮かべ語りかけた。

 「大変失礼いたしました。私はカイル・ブルーフォードと申します。あちらの真っ黒でどうみても暗黒面側ダークサイドっぽい男がナギリ・リュウガ。我々は、困っている人の頼みを何でも解決することができる「何でも屋」です。メリーお嬢様、何かお困りでしょうか?」

 「あなたが自分の想い、望みを言葉にして私たちに伝えてくだされば、それがどんな願いであっても私たちがたちどころに叶えてみせますよ」

 少しの葛藤の後、意を決した少女は拳を握りしめ、叫ぶ!

 「私を・・・・助けてっ!!」

 「毎度ありっ!!」

 メリーの言葉を合図にカイルとリュウガは鎖を解き放たれた猟犬の様に吸血鬼に襲い掛かる。

 「キサマらぁ!!私の邪魔をしたことを後悔させてやるっ!!」

 「やってみな!」

 息の合った完璧なタイミングでの挟撃。
 しかし、デイズはレンガ積みの塀を易々崩す威力を誇るリュウガの蹴りを細腕で難なく受けとめ、左側面から斬りかかったカイルの剣の軌道を爪を使って流し、二人をまるで羽虫でも払うかのように振り払った。

 「お前たちの血はいらぬ。死ぬがいい」

 地面を滑りながら態勢を立て直しす二人に、間伐入れず無数の血色の結晶が襲い掛かる。
 飛来する結晶を、躱し、砕き、再び攻撃を仕掛け様とするカイルとリュウガの足元から、飛来する結晶と同様血色をした杭が無秩序に天に向かいそびえ立つ。

 あっけなく決着がついた。
 誰の目にもそう見えたかもしれない。

 だが、デイズの目が捕らえたのは、杭の林の中で不敵な笑みを浮かべるカイルとまるで見えない壁に阻まれたかのように砕け散り散乱した血色の飛刃と杭だった。

 「いやぁ、さすがは「夜の帝王」と称される吸血鬼。物理攻撃も魔術も大したもんだ」

 「あぁ、こいつは二対一が卑怯だとか言ってられる相手じゃなさそうだ」

 そう言い放つや否やリュウガは「屠龍」を脇に構えデイズへと突貫する。

 ガスパロ戦の時とはうって変わり、最初から勢いよく振るわれる「屠龍」が、太い風切り音を纏い飛来する血刃をまとめて打ち砕き、迎え打つデイズ爪さえもまとめて粉砕してゆく。

 リュウガの接近を嫌がり、大きく後ろへ跳躍しようと大地を蹴ったデイズの足元の地面が突如黒い光とともに炸裂した。

 「キサマぁ!!!」

 爆発により左脚を吹き飛ばされ咆哮するデイズ。
 だが、その傷も映像を逆再生するかの様にあっという間に再生してしまう。

 「あちゃー、思った以上の再生力だね。こりゃ手強い。・・・・ってあれ、リューガ?」

 つい今の今までデイズと切り結んでいた黒いヤツが見当たらない。
 カイルがキョロキョロと辺りを見渡すと少し離れた大きな木に叩き付けられている大きな影が一つ。

 「カーイールゥうううぅううううううう!!!!」

 「ちょっ、ちょっと待てっよ、ワザとじゃあ、いやちょっとコントロールがさ・・・・お、おい馬鹿やめろ、来るなぁ!!」

 吸血鬼ごとカイルを真っ二つに切断せんばかりの剣筋に流石のカイルも肝を冷す。
 先ほどまでの緊張感をぶち壊すかのように、ギャーギャーという絶叫が夜の公園に響き渡った。

 「こいつら一体何なんだ・・・。」

 ついにはデイズを他所に本格的に争い始めたカイルとリュウガを見て、逃走をこころみるデイズ。

 「おっとぉ、そうはさせないよ!」

 怒り狂うリュウガから絶賛逃走中のカイルが叫ぶ。

 「構えろ!!」

 カイルの声に応じたのはスーツ姿のアドルフであった。
 その背後には無事に保護されたメリーがぴったり張り付いているのが見える。

 「さぁ、観念しろ化け物。もはや逃げ場は無いぞ」

 アドルフが引き連れてきたのであろう、いつの間にか軍服を着た屈強な男達が銃を構え周囲を囲んでいる。
 勝負は決したかの様に見えた。

 「ふふふふ、可笑しいわ。それで私の動きを封じたつもりなの?」

 アドルフの行動を児戯だと見下したかのようにデイズは低く笑う。

 異様な光景だった。
 突如デイズの身体から黒い霧が吹き出し始めたのだ。

 「撃て!」

 アドルフの指示により軍人達が一斉に銃撃を開始するが、放たれた銃弾は一発たりともデイズをとらえることはなかった。

 「うふふ、無駄よ」

 やがて辺りを覆い尽くした霧は、虚空に木霊するデイズの笑い声と共に天に舞い上がり消えた。

 「おい、カイル!包囲を突破されたぞ!!どうするんだ?」

 アドルフの顔に珍しく焦りが浮かぶ。

 「えぇ、何とかしますよ。とりあえず目の前の怪物を片付けたらね!アドルフは先に後を追って!!俺もすぐ合流するか・・・あっぶねっ!!」

 デイズが去った後も、カイルとリュウガの死闘はしばらく続いていた。

================================================================
~登場人物紹介~

・メリー・クライン(new):貴族メリー家の子息。目の前でボディーガードが殺されトラウマとなる。

・デイズ・ミシュラン(new):貴族ミシュラン家の現当主。シェリルの母。
               吸血鬼であり、連続貴族子殺傷事件の犯人の様だ。

・カイル・ブルーフォード:「なんでも屋 BLITZ」を営む。リュウガを吹き飛ばしたのは半分確信犯。
             
・リュウガ・ナギリ(百鬼 龍牙):「なんでも屋 BLITZ」のメンバー。
                 カイルが自分を巻き込んで攻撃したことがワザとだと確信していた。
                
・アドルフ・ヴァルト:つながりの深い軍属の協力を得て今回は現場指揮を執る。
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