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第5話 迫り来る闇とジョロの願い
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宿屋で永井家の一行が眠りにつこうかとしていた同じ頃。
コルテオ国境都市、夜。
その外れに広がる、通称「黒の森」。
本来なら深部にしか現れない魔物たちが、最近では城壁のすぐ近くまで姿を見せるようになっていた。
静寂の夜。
森の影から草を踏みしめる音と共に、ゴートス種と呼ばれるヤギに似た頭の魔物達がじわじわと門へ向かって進み出す。
その瞳は血走った様に赤く、闇憑きに変異した事が見る者全て容易に理解出来る。
興奮で涎を垂らしながらも、物音は立てまいと慎重な足取りだった。
その背後に、声が届く。
「せっかく助かった命なのに、何で懲りないのかなぁ・・・?」
驚いて振り返る3匹の闇憑き。
そこに立っていたのは。
巨大な鳥のような獲物をいくつも担いだ、耳と尻尾だけがが白毛の獣人。
そう。
子供たちに「でか兄さん」と慕われる存在だった。
「この前は子供たちが居たから、手加減して追い払ってやったけどさ。
今回は・・・さすがに、ダメだよなぁ。」
呟きながら、右手で指鉄砲の形を作る。
その指先に、小さな炎が灯った。
最初は赤。
だが、瞬く間に蒼白に変わる。
そして。
「バン。」
静かな声とともに、指先から放たれた青い閃光が、
右端の闇憑きの眉間を、正確に貫いた。
一歩も動けぬまま、闇憑きは崩れ落ちる。
怯える残り二匹を前に、でか兄さんは左手にも指鉄砲を作り・・・。
「バン! バン!」
二連射。
寸分違わぬ精度で、残る闇憑きも地に沈めた。
「・・・ったく、これで孤児院のみんなと晩ご飯食べ損なっちまったなぁ。
お前ら追ってる間に門閉まっちまったし・・・。」
肩を竦(すく)めながら、担いでいた獲物を背負い直す。
「ま、しゃーねぇか。
川まで行って血抜きでもして、朝までのんびりするかぁ。」
冗談めかして笑うと、でか兄さんは、また黒の森の奥へ・・・。
国境の川を目指して、静かに消えていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
朝日が昇る。
前夜、家族内で段取りを決めていた永井家一行は、それぞれの役割を胸に行動を開始していた。
クミコとジョロは、再び町中で買い物を兼ねた情報収集へ。
ミサオとムサシは、ギルドの訓練場へと向かう。
今日は、実戦を見据えた対人戦訓練だ。
「ムッちょん、慎重なのもいいけど、わざとスキを作って相手を誘うってのも有効だよ。」
ミサオがにやりと笑いながら助言する。
「パピのフェイント、前よりずっとうまくなってるよねぇ・・・。」
ムサシも、木剣を構えながら感心する。
互いに命を預け合う家族。だからこそ、動きの一つ一つに真剣だった。
「パピ、その構え、何?」
ミサオは無手で構えているのだが、ムサシがヘリオス山中で見たミサオの物とはまた違う。
「これか?相手が魔物だけとは限らないからな。人間相手でも、無力化できるように覚えてみた技なんだ。・・・まあ、同じ事を積み重ねる事も大事だけど、俺の場合は手広くやりたい性分なのさ。」
ミサオは、ニヤリと笑いながら、木剣を持ったムサシに向かって言う。
「ちょっと試してみよう。ムッちょん、遠慮せずに打ちかかってこい!」
「了解、いくよっ!」
軽快な足取りで、ムサシが突進し、両手で構えた剣を大上段に振り上げ・・・。
一撃、振り下ろす!
だが。
「痛い痛い、降参!」
気づけば、ムサシは右手を極められ、地面にうつぶせに押さえつけられていた。
「ここで軽く手刀を打てば、意識を刈り取れるって寸法さ。まあ、加減が難しいけどな。」
ミサオは苦笑しながら、ムサシを解放する。
ミサオの新しい隠し玉。
それは、力に頼らず制圧する技術だった。
永井家冒険者親子2人は地下での訓練を終え、残る2人との合流の為にギルドの受付を通りかかった時だった。
「おい!壁の外で闇憑きの死体が見つかったってよ!しかも3体!
眉間に焼け焦げた穴が空いてたらしいぜ!」
一人の冒険者が飛び込んできた。
瞬く間に、周囲の冒険者や職員たちがざわめき始める。
「パピ、それって・・・。」
ムサシが声を潜める。
「間違いない、例の奴だろうな。」
ミサオも低く答える。
あの(でか兄さん)の存在が、またしても影で動いている。
「ヒヒィン!」
外から馬のいななき。
続いてもう一人、馬から降りたであろう別の男がギルドに飛び込んで来る。
「本部ギルドよりの緊急情報を伝達しに参りました!
至急ギルマスにお目通り願いたい!」
男は、王国ギルドの紋章入り羊皮紙を高く掲げ、受付へと急ぐ。
「パピ!」
「ああ、俺達も行こう。」
ミサオとムサシは顔を見合わせると、ギルマスとの緊急会談に向けて歩き出した。
運命の歯車が静かに回り始めていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
重苦しい空気が、ギルドの執務室を満たしてゆく。
この地のギルドマスター、テッドは、本部ギルドからの使者が差し出した羊皮紙を手に取る。
だが、読み進めるうちに、彼の表情はみるみる蒼ざめ、驚愕へと変わっていった。
「・・・いくら魔物や闇憑きの動きがおかしいとはいえこれは・・・!」
狼狽えるテッドが、羊皮紙をミサオへと差し出す。
ミサオも目を通し、眉をひそめた。
カチオ教国よりの親書。
国境を越えて、魔物たちが大挙してこちらに押し寄せようとしている。
向かう先は、城塞都市コルテオ・・・この街だ。
理由は不明。
だが、事態は急を要していた。
「ギルマス、魔物の到達時間の見積もりと、戦闘可能な人員を教えてもらえますか?」
冷静に問いかけるミサオ。
テッドは額に汗を浮かべながら答えた。
「早ければ三日、遅くとも五日以内には魔物の集団の先頭が到達するでしょう。戦闘に参加できる冒険者は三十名、サポートを含めても五十名が限界です。王国騎士団三百、領主の私兵五十を加えても……厳しい。」
重い沈黙が落ちる。
だが、ミサオは即座に言った。
「・・・ギルマス。拒否権無しでの特別依頼、私の専任S級冒険者としての特別権限発動をお願いします。C級以上の冒険者には前線での都市防衛を依頼、C級未満にはサポートと住民誘導。報酬は私がS級権限で保証します!」
「・・・助かります!」
ギルマス・テッドは、強くミサオの手を握った。
「事態は一刻を争います。当地のギルマスとして、私もすぐに動きましょう!」
テッドは弾かれたように席を立ち、指示を飛ばしに駆け出していった。
本部ギルドの使者に労いの言葉をかけ、ミサオとムサシもギルドを後にする。
「パピ。」
ムサシが呼びかける。
「・・・ああ。闇憑きだけの仕事なんて言ってられない。俺達も、戦闘準備だ。」
街のどこかで待っているクミコとジョロの元へ。
家族でこの危機に立ち向かうために、ミサオたちは走り出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
同じ頃。
ラウロ・ファルミニスは、誰もいない執務室で高級そうな椅子に座り、密やかに笑った。
「クックックッ・・・やっとヤツラが動いたか。」
王国への使者を送り出した後に、1人闇に向かって呟く。
「外からの攻撃はこれで良し。後は内から・・・。みんな、みんな根絶やしにしてくれるわ!これで、我らが御方様も喜んで・・・グッ!」
突然頭を押さえ、うずくまるラウロ。
苦しげな表情に、かすかに別の意識が浮かび上がる。
「や、やめろ・・・この街は・・・お前の、好きには、グワッ!」
必死の抵抗も束の間、顔を上げたラウロは、卑劣な笑みを浮かべていた。
「いい加減しつこい!お前の出る幕など、もうないわ!そのまま静かに、この街の行く末を見守っておれ!ハァ~ッハッハッハッ!」
嗤いながら、ラウロは大声で叫ぶ。
「誰ぞある!誰か、騎士団長をここへ呼べ!」
重苦しい声が、領主館に響き渡った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その少し後、街の宿屋では。
無事に合流したムサシとミサオは、クミコとジョロに先ほどの出来事を伝えていた。
「・・・守り切れるの?」
クミコが不安げに問う。
「・・・10や20の魔物じゃないだろうからな。異世界ファンタジー小説のテンプレだと、万単位も珍しくない。」
ミサオは淡々と話す。
「さすがに王国からの応援云々言ってきてないからそこまでじゃないだろうが・・・魔物、闇憑き、森の生き物も合わせれば、1000や2000はいるかもな。これは、俗に言うスタンピード・・・魔物の暴走だ。」
部屋の空気が、ひやりと冷えた。
さらに、ミサオは言葉を続ける。
「この一連の流れ。魔物や闇憑きの活発化、まだ調べがついちゃいねぇ街中の不可解な事件、そしてスタンピード。全部、一本の糸で繋がってる気がする。裏で絵図(えず)描いてる奴がいるんだと思うんだがな。答えを見つけてぇのは山々なんだが、俺達に時間の余裕はねぇ。」
だが、それでも。
「全ての出来事に整然と答えが出せるんなら、それこそ神様だわな。俺達は慎ましく暮らしてる普通の家族。なら、目の前の問題を1個づつやっつけるしかねぇやな!」
ミサオはそう断言し、ふっと笑った。
そして突然、立ち上がる。
「ってなわけで、ちょっと出かけてくるわ!」
「えっ、いきなりどこへ?」
焦るクミコを軽くかわし、ミサオが言う。
「細工は流々、仕上げは・・・ってね!なに、すぐ戻るから、どこにも行くなよ!」
そして、スマホを手に。
「ポチッとな!」
光に包まれ、ミサオの姿はふっと消えた。
家族の為。街を守る為に。
ミサオは、また新たな策を求めて動き出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ミサオが戻ってきたのは、それから約一時間後だった。
異世界と現代世界を繋ぐミサオにとって、2つの世界の行き来はほんの一瞬。
しかもミサオの居なくなった世界の時間は、課長さん決裁で暫定的に停止する。
もしもミサオが家族を置いて現代世界へと転移したのなら、ミサオ自身の時刻だけは動き、何日も何年も過ごして異世界に戻ってきたとしても、待っている側からは消えたと思ったらすぐ現れる不思議となる。
つまり今回の転移は、同じ世界の中で行われた事となる。
「用事の後、国境の川沿いまでポチッとしてきた。見た感じ──向こうに見えてた先頭集団だけで二百はいるな。」
ミサオは、集まった家族に情報を共有した。
「俺たちは街の防衛隊とは別に、遊撃隊として動く。親玉らしきヤツを見つけたら、優先的に叩く作戦だ。それと・・・。」
ミサオは、クミコとジョロだけに向き直り、深く頭を下げた。
「普通なら安全な所に避難させるのが当たり前なんだろうが、悪いけど2人は今回も一緒に行動してくれ。非戦闘員扱いなのに悪いけど、危険な場面もあるだろうが目の届く所にいて欲しい。もう誰とも離れたくないんだ。わがままなのは十分分かってる。だけど傍にいる限り、命に代えて守り切るから。」
真剣なミサオに、クミコがぷいっと顔をそむける。
「なに言ってるの。永井家は、いつも一緒が家訓でしょ!」
頼もしい一言だった。
しかし、ジョロだけは俯いたまま、なかなか顔を上げなかった。
「やっぱり怖いかジョロ? どうした?」
ミサオが声をかける。
すると、ジョロはぽろぽろと涙をこぼしながら、小さな声で言った。
「・・・あのね・・・孤児院のお友達、だいじょうぶかなぁって。こわくて、泣いたりしてないかなぁって。ジョロには、マミもムッちょんにーにーも、パピもいるけど。お友達には、いないから・・・。ジョロ、もっと強かったら、守れるのにって思ったの。」
その一言に、ミサオたち大人も、思わず目頭が熱くなる。
(自分の事より友達の事か・・・育て方、間違っちゃいなかったかな。)
クミコも顔を手で覆い隠して、肩を震わせている。
ヒックヒックとしているジョロの前にスッとムサシが立つ。
そしてすぐさまムサシがしゃがみこみ、ジョロに目線を合わせて優しく語りかけた。
「いいか、ジョロ。まずお前は、弱くなんかない。人の気持ちに寄り添える。それだけでもう、誰よりも強いんだ。だから自信持てよ!」
そして、にかっと笑って続けた。
「それに、多分な。うちら兄弟の中でも、ジョロが一番戦闘力高くなる気がするぞ? 下手すりゃパピにだって勝っちまうかもな!」
ムサシの優しい言葉に、ミサオもクミコも同意を示す。
「・・・ただし。」
ムサシは声を潜め、真顔で続けた。
「・・・マミには誰も勝てねぇ。忘れるな。俺も怒られたら泣いちまう。」
「うん!マミがいちばん強いっ!」
何故か力強くうなずくジョロに、家族みんなで吹き出してしまった。
「感涙の場面が台無しだよっ!」
「まぁ、いいじゃないの。」
ミサオとクミコも笑い合う。
そして、改めてミサオは言った。
「大丈夫だよ、ジョロ。孤児院にはもう、俺の秘策を仕掛けてる。それに、あの「でか兄さん」も絶対にみんなを見捨てたりしないさ。俺が約束する。」
ジョロの顔に、ふわっと笑顔が戻った。
こうして、永井家は心に迷いなく、これから始まる戦いへと歩み出していく。
守るために。
笑顔のために。
コルテオ国境都市、夜。
その外れに広がる、通称「黒の森」。
本来なら深部にしか現れない魔物たちが、最近では城壁のすぐ近くまで姿を見せるようになっていた。
静寂の夜。
森の影から草を踏みしめる音と共に、ゴートス種と呼ばれるヤギに似た頭の魔物達がじわじわと門へ向かって進み出す。
その瞳は血走った様に赤く、闇憑きに変異した事が見る者全て容易に理解出来る。
興奮で涎を垂らしながらも、物音は立てまいと慎重な足取りだった。
その背後に、声が届く。
「せっかく助かった命なのに、何で懲りないのかなぁ・・・?」
驚いて振り返る3匹の闇憑き。
そこに立っていたのは。
巨大な鳥のような獲物をいくつも担いだ、耳と尻尾だけがが白毛の獣人。
そう。
子供たちに「でか兄さん」と慕われる存在だった。
「この前は子供たちが居たから、手加減して追い払ってやったけどさ。
今回は・・・さすがに、ダメだよなぁ。」
呟きながら、右手で指鉄砲の形を作る。
その指先に、小さな炎が灯った。
最初は赤。
だが、瞬く間に蒼白に変わる。
そして。
「バン。」
静かな声とともに、指先から放たれた青い閃光が、
右端の闇憑きの眉間を、正確に貫いた。
一歩も動けぬまま、闇憑きは崩れ落ちる。
怯える残り二匹を前に、でか兄さんは左手にも指鉄砲を作り・・・。
「バン! バン!」
二連射。
寸分違わぬ精度で、残る闇憑きも地に沈めた。
「・・・ったく、これで孤児院のみんなと晩ご飯食べ損なっちまったなぁ。
お前ら追ってる間に門閉まっちまったし・・・。」
肩を竦(すく)めながら、担いでいた獲物を背負い直す。
「ま、しゃーねぇか。
川まで行って血抜きでもして、朝までのんびりするかぁ。」
冗談めかして笑うと、でか兄さんは、また黒の森の奥へ・・・。
国境の川を目指して、静かに消えていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
朝日が昇る。
前夜、家族内で段取りを決めていた永井家一行は、それぞれの役割を胸に行動を開始していた。
クミコとジョロは、再び町中で買い物を兼ねた情報収集へ。
ミサオとムサシは、ギルドの訓練場へと向かう。
今日は、実戦を見据えた対人戦訓練だ。
「ムッちょん、慎重なのもいいけど、わざとスキを作って相手を誘うってのも有効だよ。」
ミサオがにやりと笑いながら助言する。
「パピのフェイント、前よりずっとうまくなってるよねぇ・・・。」
ムサシも、木剣を構えながら感心する。
互いに命を預け合う家族。だからこそ、動きの一つ一つに真剣だった。
「パピ、その構え、何?」
ミサオは無手で構えているのだが、ムサシがヘリオス山中で見たミサオの物とはまた違う。
「これか?相手が魔物だけとは限らないからな。人間相手でも、無力化できるように覚えてみた技なんだ。・・・まあ、同じ事を積み重ねる事も大事だけど、俺の場合は手広くやりたい性分なのさ。」
ミサオは、ニヤリと笑いながら、木剣を持ったムサシに向かって言う。
「ちょっと試してみよう。ムッちょん、遠慮せずに打ちかかってこい!」
「了解、いくよっ!」
軽快な足取りで、ムサシが突進し、両手で構えた剣を大上段に振り上げ・・・。
一撃、振り下ろす!
だが。
「痛い痛い、降参!」
気づけば、ムサシは右手を極められ、地面にうつぶせに押さえつけられていた。
「ここで軽く手刀を打てば、意識を刈り取れるって寸法さ。まあ、加減が難しいけどな。」
ミサオは苦笑しながら、ムサシを解放する。
ミサオの新しい隠し玉。
それは、力に頼らず制圧する技術だった。
永井家冒険者親子2人は地下での訓練を終え、残る2人との合流の為にギルドの受付を通りかかった時だった。
「おい!壁の外で闇憑きの死体が見つかったってよ!しかも3体!
眉間に焼け焦げた穴が空いてたらしいぜ!」
一人の冒険者が飛び込んできた。
瞬く間に、周囲の冒険者や職員たちがざわめき始める。
「パピ、それって・・・。」
ムサシが声を潜める。
「間違いない、例の奴だろうな。」
ミサオも低く答える。
あの(でか兄さん)の存在が、またしても影で動いている。
「ヒヒィン!」
外から馬のいななき。
続いてもう一人、馬から降りたであろう別の男がギルドに飛び込んで来る。
「本部ギルドよりの緊急情報を伝達しに参りました!
至急ギルマスにお目通り願いたい!」
男は、王国ギルドの紋章入り羊皮紙を高く掲げ、受付へと急ぐ。
「パピ!」
「ああ、俺達も行こう。」
ミサオとムサシは顔を見合わせると、ギルマスとの緊急会談に向けて歩き出した。
運命の歯車が静かに回り始めていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
重苦しい空気が、ギルドの執務室を満たしてゆく。
この地のギルドマスター、テッドは、本部ギルドからの使者が差し出した羊皮紙を手に取る。
だが、読み進めるうちに、彼の表情はみるみる蒼ざめ、驚愕へと変わっていった。
「・・・いくら魔物や闇憑きの動きがおかしいとはいえこれは・・・!」
狼狽えるテッドが、羊皮紙をミサオへと差し出す。
ミサオも目を通し、眉をひそめた。
カチオ教国よりの親書。
国境を越えて、魔物たちが大挙してこちらに押し寄せようとしている。
向かう先は、城塞都市コルテオ・・・この街だ。
理由は不明。
だが、事態は急を要していた。
「ギルマス、魔物の到達時間の見積もりと、戦闘可能な人員を教えてもらえますか?」
冷静に問いかけるミサオ。
テッドは額に汗を浮かべながら答えた。
「早ければ三日、遅くとも五日以内には魔物の集団の先頭が到達するでしょう。戦闘に参加できる冒険者は三十名、サポートを含めても五十名が限界です。王国騎士団三百、領主の私兵五十を加えても……厳しい。」
重い沈黙が落ちる。
だが、ミサオは即座に言った。
「・・・ギルマス。拒否権無しでの特別依頼、私の専任S級冒険者としての特別権限発動をお願いします。C級以上の冒険者には前線での都市防衛を依頼、C級未満にはサポートと住民誘導。報酬は私がS級権限で保証します!」
「・・・助かります!」
ギルマス・テッドは、強くミサオの手を握った。
「事態は一刻を争います。当地のギルマスとして、私もすぐに動きましょう!」
テッドは弾かれたように席を立ち、指示を飛ばしに駆け出していった。
本部ギルドの使者に労いの言葉をかけ、ミサオとムサシもギルドを後にする。
「パピ。」
ムサシが呼びかける。
「・・・ああ。闇憑きだけの仕事なんて言ってられない。俺達も、戦闘準備だ。」
街のどこかで待っているクミコとジョロの元へ。
家族でこの危機に立ち向かうために、ミサオたちは走り出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
同じ頃。
ラウロ・ファルミニスは、誰もいない執務室で高級そうな椅子に座り、密やかに笑った。
「クックックッ・・・やっとヤツラが動いたか。」
王国への使者を送り出した後に、1人闇に向かって呟く。
「外からの攻撃はこれで良し。後は内から・・・。みんな、みんな根絶やしにしてくれるわ!これで、我らが御方様も喜んで・・・グッ!」
突然頭を押さえ、うずくまるラウロ。
苦しげな表情に、かすかに別の意識が浮かび上がる。
「や、やめろ・・・この街は・・・お前の、好きには、グワッ!」
必死の抵抗も束の間、顔を上げたラウロは、卑劣な笑みを浮かべていた。
「いい加減しつこい!お前の出る幕など、もうないわ!そのまま静かに、この街の行く末を見守っておれ!ハァ~ッハッハッハッ!」
嗤いながら、ラウロは大声で叫ぶ。
「誰ぞある!誰か、騎士団長をここへ呼べ!」
重苦しい声が、領主館に響き渡った。
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その少し後、街の宿屋では。
無事に合流したムサシとミサオは、クミコとジョロに先ほどの出来事を伝えていた。
「・・・守り切れるの?」
クミコが不安げに問う。
「・・・10や20の魔物じゃないだろうからな。異世界ファンタジー小説のテンプレだと、万単位も珍しくない。」
ミサオは淡々と話す。
「さすがに王国からの応援云々言ってきてないからそこまでじゃないだろうが・・・魔物、闇憑き、森の生き物も合わせれば、1000や2000はいるかもな。これは、俗に言うスタンピード・・・魔物の暴走だ。」
部屋の空気が、ひやりと冷えた。
さらに、ミサオは言葉を続ける。
「この一連の流れ。魔物や闇憑きの活発化、まだ調べがついちゃいねぇ街中の不可解な事件、そしてスタンピード。全部、一本の糸で繋がってる気がする。裏で絵図(えず)描いてる奴がいるんだと思うんだがな。答えを見つけてぇのは山々なんだが、俺達に時間の余裕はねぇ。」
だが、それでも。
「全ての出来事に整然と答えが出せるんなら、それこそ神様だわな。俺達は慎ましく暮らしてる普通の家族。なら、目の前の問題を1個づつやっつけるしかねぇやな!」
ミサオはそう断言し、ふっと笑った。
そして突然、立ち上がる。
「ってなわけで、ちょっと出かけてくるわ!」
「えっ、いきなりどこへ?」
焦るクミコを軽くかわし、ミサオが言う。
「細工は流々、仕上げは・・・ってね!なに、すぐ戻るから、どこにも行くなよ!」
そして、スマホを手に。
「ポチッとな!」
光に包まれ、ミサオの姿はふっと消えた。
家族の為。街を守る為に。
ミサオは、また新たな策を求めて動き出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ミサオが戻ってきたのは、それから約一時間後だった。
異世界と現代世界を繋ぐミサオにとって、2つの世界の行き来はほんの一瞬。
しかもミサオの居なくなった世界の時間は、課長さん決裁で暫定的に停止する。
もしもミサオが家族を置いて現代世界へと転移したのなら、ミサオ自身の時刻だけは動き、何日も何年も過ごして異世界に戻ってきたとしても、待っている側からは消えたと思ったらすぐ現れる不思議となる。
つまり今回の転移は、同じ世界の中で行われた事となる。
「用事の後、国境の川沿いまでポチッとしてきた。見た感じ──向こうに見えてた先頭集団だけで二百はいるな。」
ミサオは、集まった家族に情報を共有した。
「俺たちは街の防衛隊とは別に、遊撃隊として動く。親玉らしきヤツを見つけたら、優先的に叩く作戦だ。それと・・・。」
ミサオは、クミコとジョロだけに向き直り、深く頭を下げた。
「普通なら安全な所に避難させるのが当たり前なんだろうが、悪いけど2人は今回も一緒に行動してくれ。非戦闘員扱いなのに悪いけど、危険な場面もあるだろうが目の届く所にいて欲しい。もう誰とも離れたくないんだ。わがままなのは十分分かってる。だけど傍にいる限り、命に代えて守り切るから。」
真剣なミサオに、クミコがぷいっと顔をそむける。
「なに言ってるの。永井家は、いつも一緒が家訓でしょ!」
頼もしい一言だった。
しかし、ジョロだけは俯いたまま、なかなか顔を上げなかった。
「やっぱり怖いかジョロ? どうした?」
ミサオが声をかける。
すると、ジョロはぽろぽろと涙をこぼしながら、小さな声で言った。
「・・・あのね・・・孤児院のお友達、だいじょうぶかなぁって。こわくて、泣いたりしてないかなぁって。ジョロには、マミもムッちょんにーにーも、パピもいるけど。お友達には、いないから・・・。ジョロ、もっと強かったら、守れるのにって思ったの。」
その一言に、ミサオたち大人も、思わず目頭が熱くなる。
(自分の事より友達の事か・・・育て方、間違っちゃいなかったかな。)
クミコも顔を手で覆い隠して、肩を震わせている。
ヒックヒックとしているジョロの前にスッとムサシが立つ。
そしてすぐさまムサシがしゃがみこみ、ジョロに目線を合わせて優しく語りかけた。
「いいか、ジョロ。まずお前は、弱くなんかない。人の気持ちに寄り添える。それだけでもう、誰よりも強いんだ。だから自信持てよ!」
そして、にかっと笑って続けた。
「それに、多分な。うちら兄弟の中でも、ジョロが一番戦闘力高くなる気がするぞ? 下手すりゃパピにだって勝っちまうかもな!」
ムサシの優しい言葉に、ミサオもクミコも同意を示す。
「・・・ただし。」
ムサシは声を潜め、真顔で続けた。
「・・・マミには誰も勝てねぇ。忘れるな。俺も怒られたら泣いちまう。」
「うん!マミがいちばん強いっ!」
何故か力強くうなずくジョロに、家族みんなで吹き出してしまった。
「感涙の場面が台無しだよっ!」
「まぁ、いいじゃないの。」
ミサオとクミコも笑い合う。
そして、改めてミサオは言った。
「大丈夫だよ、ジョロ。孤児院にはもう、俺の秘策を仕掛けてる。それに、あの「でか兄さん」も絶対にみんなを見捨てたりしないさ。俺が約束する。」
ジョロの顔に、ふわっと笑顔が戻った。
こうして、永井家は心に迷いなく、これから始まる戦いへと歩み出していく。
守るために。
笑顔のために。
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――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談)
*AIと一緒に書いています*
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