母が田舎の実家に戻りますので、私もついて行くことになりました―鎮魂歌(レクイエム)は誰の為に―

吉野屋

文字の大きさ
6 / 46
第一章

6.道の駅

しおりを挟む
 学校から家に帰る時には、歩いて15分のJRのM駅に行き、そこからK温泉行きのバスに乗る。マイクロバスに毛が生えた様なバスだけど、あるだけマシだとお祖父ちゃんが言っていた。但し、2時間に一本しかない。

 私はいつも村の近くにあるK温泉までそのバスに乗って帰る。そこは道の駅と一緒になっていて、温泉と並びの物産館でパンや地元の野菜を売っているのだ。

 物産館は森の木小屋みたいなイメージで、特にパンの販売所は別の三角屋根の小さい建物が造られていて、物産館の前に建てられている。

 三角屋根のパン屋さんの中は狭く人が1人通り抜ける幅の通路の左右がパンを置く棚になっている。出口でお金を払う様になっている。

 黒豚肉の旨辛カレーパンや、超長くてお得感あるロングツイストパン、今流行りの塩バターパンなんかもある。塩バターパンもよそで見るより大きいんだけど、やっぱり食べると中が空洞で損した気分になる。やはり中身は詰まっているパンが好きだ。ロングツイストパンは、きな粉とシュガーの二種類あった。

 私の月々のお小遣いはこのパンを食べる事に使われる事が多かった。

 物産館の中にパンを焼く工房があるので、運が良ければ焼き立てが食べられる。焼き立てパンってホントに美味しい。フカフカで、カリッとしていて、調理パンなんかも、チーズや玉ねぎが使ってあるパンの焼き立ての美味しさはたまらない。

 そして、そのパン売り場に最近新しくお兄さんが配属された様だ。私が言うのもアレだが、表情筋の死んでいるお兄さんだ。

 ごつい黒ぶち眼鏡に、すごく糸目で、髪は脱色された変な色をしていて、天然パーマなのかパーマをちゃんとかけているのか分からないけど、どうでもいい感じのモサッとした頭に、黄色いバンタナを三角巾の代わりに巻いている。マスクはアレだ。黒マスク・・・。そんで、背が高くてめっちゃ痩せている。猫背だ。

 最初見た時は、ちょっと引いたけど、トングでパンを入れてくれる時、意外に指先の爪の形が綺麗で、爪が短く整っていた事や、手際が良かったので、別に悪くないかもと思った。人は見た目だけじゃないからね。

 お祖父ちゃんが軽トラで迎えに来てくれるまで、私は物産館の建物とパン屋さんの間に置いてあるベンチに座っていつも待っている。だいたい学校の図書館で借りて来た本を読んで待っていた。

 今日はきな粉のロングツイストパンを二つ買い、店先でたまらず袋からはみ出ているツイストパンに『はむん』と食いついた所で、例の黒マスクのお兄さんと目が合った気がした。ロングツイストパンは、お値打ち価格、一個120円だ。

 お兄さんは糸目なので、眼鏡で良く見えなかったので、気がしただけで本当はどうなのか分からない。でもお兄さんは私に言った。

「・・・旨い?」

「うん」

「俺は、きな粉のが好き」

「どっひも好き」

 私は、はむはむもきゅもきゅしながら答えた。なんかこう、不思議と居ても空気みたいに気にならない人だ。

 お兄さんは、それだけ言うとお客さんが来たので仕事をしはじめた。

「おーい、麻美、迎えに来たぞ」

 今日は人が多く駐車場がいっぱいなので、少し離れた所からお祖父ちゃんが軽トラに乗って声を掛けて来た。

「お祖父ちゃんありがとう」

 私は軽トラの方に走って行く。ちょっと気になって振り返ると、あのお兄さんはお客さんの買ったパンを袋に詰めていた。灰色と青を混ぜたようなサバの切り身の何処かの色に似た髪色が目に残った。

「どうした?」

「ううん、なんでもない。実はお祖父ちゃんにロングツイストきな粉パンを一個買ったんだよ。いつも迎えありがとね」

「ほおっ!そりゃー楽しみじゃわい。麻美が美味しい言いよった奴じゃの?帰ったら喉に詰まらせんようにほうじ茶淹れて食べるわ」

「私が淹れるよ。お漬物も切って出すね」

「うんうん、楽しみじゃなあ」

 お祖父ちゃんはニコニコしながら運転している。

 私は思う。友達って言うのはお祖父ちゃんみたいに心のキャッチボールの出来る相手の事じゃないかな。でもお祖父ちゃんは人生経験が私なんかよりずっと多いし、何て言ってもお祖父ちゃんだから、私みたいな子供の面倒を嫌な顔をせずに見てくれる。色んな面でお祖父ちゃんの負担が多くて、それを友達なんて言うのはだめなのは分かってるけどね。

 でも、お母さんと田舎に帰って良かったなと思う。

 11月に入ると寒くなった。お母さんは電気ストーブを二つ買って来て、自分の部屋と私の部屋に一つずつ置いてくれた。大体毎年、12月に入ると一度は積もる程ではないけど雪が降って、年末から一月にかけて本格的に雪が降り始めるそうだ。だけど昨年辺りから暖冬らしく、今年もあまり降らないかも知れないとお母さんが言っていた。

 それに雪が降り積もると、家から道路まで雪をかかなくてはならないので大変らしい。道路はs市の管轄道路なので雪が降ると除雪車が朝早くから出るそうだ。雪が降り続けば融雪剤を撒く車も出動するんだって。一度も見た事無いのでどういう車なのか見てみたい気持ちはある。
 

 どの程度の人が知っているのかは分からないけど、この辺りでは雪や雨で夜に気温が下がり道路が凍る時は、市から請け負っている地元の人が、カーブや坂道に置いてある塩の入った袋を撒くのだ。おじいちゃんの知り合いのおじさんが、その仕事をしていて、家にお茶を飲みに来た時にその話をしていた。

「明日の朝は凍結するけ、夜から袋を撒きに行かんといけんわ」

「おお、大変じゃのお。まあ、あんたあワシらよりだいぶ若いけ、頼むの」

「おし、頑張るわ」

 私の淹れたほうじ茶と、お母さんの漬けているいろんな漬物をつまようじで口に入れながら、おじさんとお祖父ちゃんは話していた。最近お母さんは、仕事仲間から漬物の漬け方を習い、ハマっているのだ。

 浅漬けだけじゃなくて、ぬか漬けの美味しい漬け方も習っては、家で試している。ぬか床を混ぜるのが面白くて私も一緒に習って漬けている。美味しいけど、お祖父ちゃんには塩分に気を付けてもらわないといけないと思っている。私は人参の漬物がとても好きになった。

 帰りにそのおじさんの乗って来たワゴンの傍を何かがうろついているのが視えた。おじさんのワゴンにぶつかって行っては通り過ぎ、それを繰り返している。それは、私にしか視えていない。

「そおいやあ、こないだシシを撥ねてしもうたんよ。車軸も歪んで買い替えた方がええくらい全部やり替えた様になったんじゃが、新しいの買うんは馬鹿らしいけ、保険で直したんよ」

「そりゃあ大変じゃったのお」

「まあ、撥ねとうて撥ねたわけじゃないけえの。でもありゃあ逃げて行ったが死んどるじゃろうな」

 そうみたいだよおじさん。

「わりかったの、死んどったら成仏してくれとしか言いようがないがの。そういうもんじゃけ」

 おじいちゃんのその言葉に、そうだよなと思った。早くこの猪が成仏出来る様に祈る位しか出来ない。

「そうなんよの。しょうがない思うとっても気になるけ言うて、バアさんが時々線香焚いてくれとる」

「それじゃあ直ぐに彼方さんに行くよの」

 それを聞いて、私も、猪は天に逝く道をすぐに見つけられるだろうとほっとしたのだった。

 こういうふうに道路で動物を撥ねて殺してしまう事を『ロードキル』と言うそうだ。

 道路での一瞬の判断で大事故に繋がる話だ。田舎では起こる事が多いので、大人になって車に乗る様になったら色々気を付けなくてはならないと、お祖父ちゃんにはその後いろいろ教えてもらった。

 



 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...