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第六章
1.終わりと始まり1
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暗くなってから、神社を出て東神家に向かった。
神社で百家くんが簡単な結界の張り方を教えてくれた。刀印と言って両手の中指と人差し指を立てる。じゃんけんのチョキを出した時に指を閉じた形のままの状態で、右を刀に左を鞘に見立てて向かい合わせにして左手の握った部分に右の指を差し込む。重なった両手を左の腰に当てて、右手を抜き五芒星を描くという手法だった。
それを使えば、悪いものが入って来れないし、取り憑いていたモノを祓うことができるのだそうだ。
両足を肩幅に開いて踏み締め、何度もその場で素早く出来るように練習した。
「えっと、私が百家くんの真似事でこれをやってもちゃんと効くのかな?」
半信半疑の気持ちを思わず口にする。
「大丈夫。自分の周りに天地のエネルギーが取り巻いて守ってくれるイメージでやってみるといい。それに白狐もお前を気に入っているから、手伝ってくれる。絶対大丈夫だ」
「うん、分かった。ありがとう」
こういうのは気持ちが大切だ。そう思うとなんだか身体がすっきりとして力が漲ってきたような感じがする。
百家くんの話だと、東神家の奥様に取りついた悪霊は、恐らく長年あの人に憑いていたのだろうという話だった。
魂が蝕まれすでに人の気持ちを失い、悪霊の入れ物へと変わっているかもしれない。悪霊は東神家を祟り血筋を途絶えさせるために戻ってくる。残っている東神家の直系はご当主とお兄さんだ。暗く歪んだ苦しい道へと引きずられれた彼らの人生がどうか元に帰りますようにと強く願う。
そんな強い想いを胸に、到着した東神家の地に降り立った。百家くんのお祖父さんとお母さんも神職の装束を身に着けていて、空気がぴんと張りつめている。
玄関で出迎えてくれたお二人は、私を見て驚いた顔をした。
「き、君は・・・なんてことだ・・・こんな事があるのか?」
ご当主は口元に震える手を当てて黙り込んだ。目には涙が浮かんでいる。
お兄さんを見ると、眼鏡の奥の瞳は懐かしい者でも見るような、そんなやさしくて悲しそうな眼差しだった。
「眼鏡を外したら、本当に亡くなった兄によく似ている・・・戻って来てくれたんだと・・・思ってしまうよ」
「・・・うん」
そうなんだな、と、不思議な話なのに驚かなかった。私はそうなるべくしてここに還って来たんだなと思ったのだ。
この顔は自分の父親に似ているのだと思い込んでいたけれど、似ているのは目が大きいということだけで、不思議なことに、時折垣間見る生まれる前の自分の顔に酷似していたのだ。それはこの世に同じ魂を抱えたまま再び還ったという一つの目印だったのだろうか。
今なら分かる。私へと生まれてくる前に、心を残してきた場所。だからここへ戻った。
幼くして亡くなった前世の少年の心の一部が流れ込んでくる。
「この気持ちが前世のものなら、二人に会えてとても嬉しいって感じてる。お兄さん、いや、春くん。そしてお父さんに・・・」
しらず自分の頬に涙が流れているのに気づき、手の甲で拭こうとしたら、お兄さんがハンカチを出して渡してくれた。
「・・・ありがとう」
「良かった。逢えて良かった・・・僕は今とても幸せだ・・・」
お兄さんはそう呟くように言った。
百家神社の人達は何も言わなかった。ただ黙って聞いているだけだった。
少し落ち着くと今からの準備が始まった。百家くんは不思議な歩き方で部屋を歩き『結界』を張ると、通る声で呪文のような不思議な長い言葉の羅列を発した。すると部屋の中に金色に輝く五芒星が浮き上がり暫くして消えた。
ご当主もお兄さんも息をのんで見ている。こんな不思議な体験は初めてなのだろう。
「お二人は私がいいと言うまでこの部屋から絶対に出ないで下さい。お願いしたように、今日この屋敷に使用人の人達は誰もいませんね?」
「ええ、皆家に帰って貰いました」
「分かりました。私達は今から東神家に憑いている怨霊を鎮める作業をして来ます。怨霊にとりつかれた夫人と、今からそちらに向かう私たちの安全を祈って頂けますか?そして、大昔、井戸の中に落とされた、貴方たちの先祖にも心からの供養をお願いします」
「「はい」」
黙ってお互い頷くと、二人を残し部屋の襖を閉じた。
「神火清明、神水清明、神風清明」
閉じた襖に向かい、五芒星の描かれた扇子を使って手首を返して扇ぎ、百家君はこの言葉を何度か繰り返した。
「よし、行こう」
百家君は私を振り返ってそう言った。
「斜陽、私とお父さんは手筈通り外の結界を開け閉めするから、そっちは任せたからね」
「ああ」
奄美さんは、最初から車の中で待機している。車には紫さんがお札を貼りつけていたので大丈夫なのだろう。
「外に集まって来ているよ、白狐が抑えてる。開けたら直ぐにあんた目指して来るから、ちゃんと麻美ちゃんを守りなさい」
「言われなくても分かってる」
ぷいっと百家くんが顎を上げたので、いつもの百家くんだなとなんだか安心した。
「行くよ!」
紫さんの声と共に、一瞬で空気が変わった。
神社で百家くんが簡単な結界の張り方を教えてくれた。刀印と言って両手の中指と人差し指を立てる。じゃんけんのチョキを出した時に指を閉じた形のままの状態で、右を刀に左を鞘に見立てて向かい合わせにして左手の握った部分に右の指を差し込む。重なった両手を左の腰に当てて、右手を抜き五芒星を描くという手法だった。
それを使えば、悪いものが入って来れないし、取り憑いていたモノを祓うことができるのだそうだ。
両足を肩幅に開いて踏み締め、何度もその場で素早く出来るように練習した。
「えっと、私が百家くんの真似事でこれをやってもちゃんと効くのかな?」
半信半疑の気持ちを思わず口にする。
「大丈夫。自分の周りに天地のエネルギーが取り巻いて守ってくれるイメージでやってみるといい。それに白狐もお前を気に入っているから、手伝ってくれる。絶対大丈夫だ」
「うん、分かった。ありがとう」
こういうのは気持ちが大切だ。そう思うとなんだか身体がすっきりとして力が漲ってきたような感じがする。
百家くんの話だと、東神家の奥様に取りついた悪霊は、恐らく長年あの人に憑いていたのだろうという話だった。
魂が蝕まれすでに人の気持ちを失い、悪霊の入れ物へと変わっているかもしれない。悪霊は東神家を祟り血筋を途絶えさせるために戻ってくる。残っている東神家の直系はご当主とお兄さんだ。暗く歪んだ苦しい道へと引きずられれた彼らの人生がどうか元に帰りますようにと強く願う。
そんな強い想いを胸に、到着した東神家の地に降り立った。百家くんのお祖父さんとお母さんも神職の装束を身に着けていて、空気がぴんと張りつめている。
玄関で出迎えてくれたお二人は、私を見て驚いた顔をした。
「き、君は・・・なんてことだ・・・こんな事があるのか?」
ご当主は口元に震える手を当てて黙り込んだ。目には涙が浮かんでいる。
お兄さんを見ると、眼鏡の奥の瞳は懐かしい者でも見るような、そんなやさしくて悲しそうな眼差しだった。
「眼鏡を外したら、本当に亡くなった兄によく似ている・・・戻って来てくれたんだと・・・思ってしまうよ」
「・・・うん」
そうなんだな、と、不思議な話なのに驚かなかった。私はそうなるべくしてここに還って来たんだなと思ったのだ。
この顔は自分の父親に似ているのだと思い込んでいたけれど、似ているのは目が大きいということだけで、不思議なことに、時折垣間見る生まれる前の自分の顔に酷似していたのだ。それはこの世に同じ魂を抱えたまま再び還ったという一つの目印だったのだろうか。
今なら分かる。私へと生まれてくる前に、心を残してきた場所。だからここへ戻った。
幼くして亡くなった前世の少年の心の一部が流れ込んでくる。
「この気持ちが前世のものなら、二人に会えてとても嬉しいって感じてる。お兄さん、いや、春くん。そしてお父さんに・・・」
しらず自分の頬に涙が流れているのに気づき、手の甲で拭こうとしたら、お兄さんがハンカチを出して渡してくれた。
「・・・ありがとう」
「良かった。逢えて良かった・・・僕は今とても幸せだ・・・」
お兄さんはそう呟くように言った。
百家神社の人達は何も言わなかった。ただ黙って聞いているだけだった。
少し落ち着くと今からの準備が始まった。百家くんは不思議な歩き方で部屋を歩き『結界』を張ると、通る声で呪文のような不思議な長い言葉の羅列を発した。すると部屋の中に金色に輝く五芒星が浮き上がり暫くして消えた。
ご当主もお兄さんも息をのんで見ている。こんな不思議な体験は初めてなのだろう。
「お二人は私がいいと言うまでこの部屋から絶対に出ないで下さい。お願いしたように、今日この屋敷に使用人の人達は誰もいませんね?」
「ええ、皆家に帰って貰いました」
「分かりました。私達は今から東神家に憑いている怨霊を鎮める作業をして来ます。怨霊にとりつかれた夫人と、今からそちらに向かう私たちの安全を祈って頂けますか?そして、大昔、井戸の中に落とされた、貴方たちの先祖にも心からの供養をお願いします」
「「はい」」
黙ってお互い頷くと、二人を残し部屋の襖を閉じた。
「神火清明、神水清明、神風清明」
閉じた襖に向かい、五芒星の描かれた扇子を使って手首を返して扇ぎ、百家君はこの言葉を何度か繰り返した。
「よし、行こう」
百家君は私を振り返ってそう言った。
「斜陽、私とお父さんは手筈通り外の結界を開け閉めするから、そっちは任せたからね」
「ああ」
奄美さんは、最初から車の中で待機している。車には紫さんがお札を貼りつけていたので大丈夫なのだろう。
「外に集まって来ているよ、白狐が抑えてる。開けたら直ぐにあんた目指して来るから、ちゃんと麻美ちゃんを守りなさい」
「言われなくても分かってる」
ぷいっと百家くんが顎を上げたので、いつもの百家くんだなとなんだか安心した。
「行くよ!」
紫さんの声と共に、一瞬で空気が変わった。
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