母が田舎の実家に戻りますので、私もついて行くことになりました―鎮魂歌(レクイエム)は誰の為に―

吉野屋

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第六章

2.終わりと始まり2

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 紫さんとお祖父さんとは別れて、百家くんと私は井戸のある庭へと移動した。

 私の中で懐かしいという気持ちが沸き起こる。小さな弟と二人で遊んだ情景が頭に浮かぶ不思議な感覚だった。

「大丈夫か?」

 百家くんが声をかけてくる。しんと静まり返った庭には虫の鳴く声すら聞こえない。不思議な事だった。

 真っ黒な暗渠あんきょから何かが湧き出てくるのではないかという気持ちがよぎる。

「う、うん」

「「「「きょんきょ~ん、くるヨ、くるヨ、キヲつけて!」」」」

 白狐の声が響いた。

――――――――ゴゴゴゴゴゴォゴゴゴオオオオオオオオオォォォォォォ――――――――

 物凄い地鳴りと共に、屋敷が崩れるのではないかと思うような揺れが来た。

 ドォン!という音がしていきなり突き上げられるような感覚がして、井戸の跡の土がボコリと盛り上がる。

 そこから無数の腕が伸びてきた。すると白狐達が私達を中心に四方に飛び四角を描くように四隅を作る。

 まるで透明なガラスの箱の中に守られたようになり、地中から伸びてきた手は見えないガラスに弾き飛ばされた。

 こんな状況の中、私は百家くんが私に言っていた事を思い出していた。


「強い悪意を持って憑いている霊を払う事は難しい。本当に除霊のできる霊能者などは、それをする為に自分の寿命を短くするほどの力を使うそうだ。やり方は人によって違うが、例えばだけど自分の中に霊を取り込み説得をして霊に納得をさせて離れさせるという作業だそうだ。そうでなければ一時身体から離す事が出来たとしても、また憑りつくからだ。でも俺はそういう作業はしない。依頼される案件が大抵の場合、もう話の通じる人間の心ではなくなって悪意ある念となっているからという事もある。だけど、いちいち霊に諭して離れてもらうなんて面倒だから消し飛ばすんだ」

 面倒ときたもんだ。しかも消し飛ばす。でも、話をしても無駄なら仕方がないとも思う。

 こういう状況の中で、綺麗ごとは言っていられない。だってもし自分が悪霊になってしまったとして、永遠に悪霊のままどこかに張り付いているなんてすごく嫌な事だ。それならいっそ無くなってしまった方が良い。絶対そうだ。

 だから消し去る方向でいいと思う。私は百家くんの邪魔だけはしないでいたい。それと、今まで生きてきて、ずーっとこの大切な心の奥まった所に残った・・・前世での大切な人への心配でしょうがない思いというものが解放させてほしい。誰かのためではなく、自分のためだ。前世に縛られるような自分ではいたくないから。

 そういうことで、私はこの悪霊の調伏には進んで臨んでいる。白狐、私頑張るから!

「「「「きょんきょ~ん」」」」

 私の心の声が聞こえたのか、まるで応えるかのように白狐が鳴いた。

 最初は、土の中で蠢き、苦しみ藻掻いて外に出たがった彼女の執念だったのだろう。どす黒く立ち昇り家ごと包んで滅ぼそうとするのは自分をそんな目に合わせた者への恨みつらみの凝り固まった呪いだ。それらは低級霊らをも引き寄せてどんどん膨れ上がる。そして東神家への羨望による生きた邪念。様々なものが縒り合されどんどん膨らんでいく。長年蓄積された膿んで腐ったような負の感情の塊を消してしまいたい。

 百家くんが私の方を向いて両掌を私に向けた。彼の瞳が金色に見える。

 自然に向き合い、私が彼と手を合わせた瞬間私達の間から白い光が放たれて巨大な五芒星となり頭上に輝いた。

 向き合った彼の口からつらつらとながい言葉が紡がれて流れでる。それを私は心地よいと感じながら眺め聞く。もっと強く、もっと広がれ、そう思う心は広がり、やがて視界が真っ白になっていった。

「―――終わったぞ・・・」

 百家くんの声にはっと我に返った。

 目の前にはあのまま手を合わせて見つめあう状態の百家くん。急に気恥ずかしくなった。

「お、終わった?ほんとに?」

「ああ。塙宝のおかげだ。残滓すらもない」

 真っ暗だった空にはいつの間にか星が瞬き、虫の鳴き声が戻っている。

「暑い、暑さも戻って来た!」

 私が叫ぶと白狐が跳ね回って去っていった。そして、紫さんとお祖父さんが襤褸布を纏ったような東神家の奥様を連れて戻って来た。裏山の入り口で座り込んでいたそうだ。








 後日のこと、私はお兄さんと二人で東神家の縁側で何故かアフタヌーンティーのような段飾りのスイーツをつついていた。

 縁側の敷石に足を下ろし、置いてあった木のサンダルをひっかけている。

「縁側でアフタヌーンティーって面白いね」

 暖かい紅茶をすすりながらサンドイッチを頬張る。

「女の子の友達が来るって言ったら、なんだかすごいの用意してくれたみたい」

 そう言って、困ったようにお兄さんが笑う。お手伝いさんが張り切ってくれたらしい。

 お兄さんは鯖色だったボサボサの髪の毛をスッキリと短くして元々の黒い色に戻していた。

 悪かった顔色もなんか良くなったように見える。

 道の駅のアルバイトは辞めて、一人暮らしも止め、家に戻ったのだ。


 今は大工さんやら色んな人が裏庭に出入りしている。謂れのあった井戸跡には社が建てられ、周囲も風がとおるような庭にされて綺麗に整えられていた。

 そういえばお兄さんのお母さん、東神家の奥様はM市にある心療内科や精神科のあるクリニックに入院している。

 人の分別がついていなくて、子供の頃に戻ってしまった様子らしい。また山の中に入ったり徘徊などがあると大変なのでそちらでケアしてもらっているそうだ。

 お兄さんも週に何回かは様子を見に行っているのだそう。

「それと、来年は、関東の大学に通う予定なんだ。・・・こっちに帰って来るときには連絡したら、また会ってくれる?」

「うん、受験勉強頑張ってね。いつでもまた携帯でメールして」

「そうする。麻美ちゃんは大学はやっぱりこっちで?」

「そのつもり。日本文学とか興味あるし、それなら丁度いい女子大とかもあるから」

「そうか、がんばって。応援してる」

「ありがと」

 また冬が近づきつつある。空気も冷たくなってきた。季節は巡るし新しい生活も待っている。

 






 
 

 

 
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