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白蛇山神社の暇な一日
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私はきりと山神様をつれて八十七社神社へ戻った。もちろん全員がツマミと酒を携えて。
「かぁぁぁあああっ、昼間っから酒が飲めるってのはいいねぇぇえ」
私の荒魂は早速ウカ様と山神に酒を注いでも乾杯の音頭と共にコップ酒を飲み干した。
「ゆかりよ、これはおまえの本性だからな」
山神は本当に楽しそうだ。
「ぐぬぬ。反論出来ない」
昼間から酒を呑んで気持ちよくなっちゃうのは私だ。人間の頃は一度も出来なかったことだけれど、心の奥底では更に温泉地だったらサイコーとか思っている私もいる。
「たしかにどっちもゆかりさんですっ。時々こっちにも来ていいですか」
「おー、きりたんきりたん、おまえはいいやつだなぁ、かわいいなぁ、なぁゆかり、きりはこっちに住まわせるってのはどうだ」
ゆかり’は人姿のきりの頭を抱いてもみくちゃにしている。乱暴に見えてきりがそう嫌がっていないのはやっぱり私がかわいがっていると感じるのか。
「だめっだって! きりはうちの神使もやってるんだから。」
外の参道にはまた人が並び始めている。本殿には強力な神々が酒盛りをしているとあって、お参りをした後の人々の表情は明るい。
「ここは完全にゆかりちゃんの神域になったよ。お参りに来た人の中にまだ穢れを背負って病気になりかけている人が何人かいるけど、どんどん消えてゆくわ」
「それって今ウカ様がここにいるからじゃないんですか?」
「わたしは力を出してないよ。山神比売もね」
「そうじゃぞ。こっちのゆかりがいるだけでかなり強い祓いの場になっておる。ウカ様もうまいこと考えたもんじゃ」
「でしょー」
八十七社神社には氏子会もあって結構しっかりと神社は守られていた。神が居なくなっても誰も気づかずに建物の維持管理をおこなっていたようだ。
「意外と白蛇山神社よりお賽銭収入は多いかもな。神界部屋が豪華になるぞ、わははは」
「私ってば……」
私達は双子の姉妹のような感じになるかと思っていたが、実は相手も自分だということがすぐにわかる。鏡に向かって会話しているような感じなのだ。
相手の考えも話すことも自分が発していると実感出来る。なんとも不思議な感じだ。
「分霊ってちょっと不安でしたけど、どちらも私なんですね。ウカ様、ありがとうございました。この神社、使わせて頂きます」
「あのさゆかり、寂しくなったらいつでも来いよ。こっちでも酒用意して待ってるからさ」
「あんたが寂しがってるんじゃない」
「そんなこたぁないさ。私だってここを盛り上げてみせるさ。忙しくなったら手伝いにきてもいいんだからな」
「ゆかりさん達、ちょっといいですかぁ」
さみしがって強がりを言っている私達の間に酔っ払ったきりが入ってくる。
「あのですね、お願いなのです。時々、わたしと美織さんで交代してみたら面白いかなぁって相談したのですよ」
「ほほー、きり、美織さんと仲良くなったのね。確かにこっちのゆかりもきりが遊びに来たら嬉しいでしょうね。私も仕事が出来る美織さんが来てくれるとは助かるかもー」
「なにそれー、わたし仕事出来るもん」
きりはかわいく怒っているが、やはり人間の仕事は難しく、任せられないことも多々あったりする。
「はいはい。大丈夫よ。時々交代するのも気分転換になるでしょ」
脇で美織さんがハラハラした顔をして私ときりのやりとりを見ていた。
私は平和なこの時間がとても楽しくて嬉しくて、神になって良かったなぁと思うのであった。
宴会は夕方に終わり、私達は私’と分かれて白蛇山神社に戻った。
「ただいまぁ」
白蛇山神社の本殿に入ると、葉介が夕拝の最中だった。
「はいはい、帰ったよー、お疲れさん」
「祝詞の途中じゃ無いですか。あ、もしかして荒魂のゆかりさんですか」
「失礼な! 私は和魂のほうだよっ」
「荒ぶる神よ静まりたまえ」
「ちがうってば!」
私は和魂だけではなく、オリジナルだから和と荒の両方持っているのだ。と思う。
「おぬしはあんまり変わらんなぁ。どっちも同じに見えるわ」
「そ、そうですかね」
だからオリジナルは両方あるんだもの。仕方ない。
今日は珍しいものが見られたし、美織さんも神使になって働いてくれる事になったし、酒が飲めた。
「でもなんだかゆっくりしてない気がするんだよなぁ」
あこがれのスローライフを始めた定年退職サラリーマンが、思ったより田舎での生活は忙しいことに気がつくような感じだろうか。
農作物を作れば食べきれないほどできるわ、近所づきあいは大変だわ、食べ物だって下ごしらえに半日かかるようなものは多い。
時々白蛇山神社にも道の駅に置いたものの売れ残ってしまった白菜やレンコンなど奉納してくださる事があるが、私らだれも料理なんかしない。
みんな葉介に持ち帰らせている。気持ちだけは受け取っているのだよ。
いつぞやの夏に貰ったトウモロコシとスイカは嬉しかった。
トウモロコシは葉介実家で茹でて貰ったやつを食べたが、あれだけ新しいやつはうまさが違う。すいかは意外ときりがザクザク食べていたのは驚いた。
この村で出来る野菜はちょっと調べておいた方が良いかもしれない。奉納のリクエストしてみよっかな。
翌朝、私は村を隅々まで見て歩くことにした。
「あ、これってスローライフ満喫中って感じだよね」
村は初夏の美しい緑に囲まれて朝日に照らされキラキラと輝いて見えた。
「んーっ、気持ちいいねぇ」
田んぼの稲はしっかりと根付き、育ち盛りだ。引き込まれている綺麗な水の溜まりにはオタマジャクシが蠢いていて面白い。ミジンコやカブトエビの姿も見えて、私は田んぼのあぜ道にしゃがんで小一時間水中世界を眺めていた。
「おはよーございます!」
「あー、どうもどうもいい塩梅で」
あぜ道を歩くお年寄り夫婦に挨拶をすれば、みんな満面の笑顔で挨拶を返してくれる。ここはいい村だ。
村中を歩き回り、白蛇山神社に戻ってまだお昼だ。
「ゆかりさぁん、どこ行ってたんですか。ゆかりさんが神社にいないとなんでか参拝者の方が全然こないんですよ。お賽銭のためにもなるべく居てください」
猫姿で社殿入り口の縁側みたいな場所でお腹出して眠っていたきりはのっそり起き上がってそんなこと言っている。
「私が居るとやっぱり神の力を感じるのかね。霊験あらたかな神社にはやっぱり私が鎮座しないとならんのじゃな、わはははは」
山神の口調をまねて一人笑ってしまう。
「さっき一人来ましたけど、途中で引き返しちゃったんですよ。なんか変なこと言ってたような」
「なにそれ、失礼なやっちゃ」
「あ、そうだ、言ってたのは、”そうだ神様は散歩中だった、午後にすんべぇ”とか」
「へぇぇ、粋な事言う村人もいたもんだねぇ。実際散歩中だったけど。たぶん用事かなんか思い出して引き返したんでしょ」
私はきりのお腹を撫でながら適当に会話を続ける。猫のきりが小さな可愛らしい口で話をしてくれるのは本当に至高の時間。
「あぁ、そういうことかぁ。じゃ今日はヒマな日なんですかねぇ」
「あぁ、ヒマでもいいよ、私も今日はダラダラ過ごしちゃおう」
きりを胸の上に乗せて境内に寝転がる。以前はこんな固い床で背筋を伸ばして寝たら背中がバキバキ音をたてたものだが、神になってから疲れやコリには無縁の身体になった。まぁ、身体はとっくに死んでいるのだからそうなるわな。
「そういえば、あのアパート、どうなっちゃったんだろう。私は無縁仏になってどっかに埋葬されてるのかな。アパートにはきりの身体もあったんだ。だれかに発見されたら可哀想な猫だと思うだろうなぁ」
そんなことを考えたらじんわり涙が溢れてしまった。
「しかたないですよ。でもきりはちゃんとここにいます……」
目をつぶってまた眠ってしまったきりを見ながら私も目を閉じる。
「あ、もう夕方だ。葉介君は声掛けてくれなかったのかな、あれっ、なんじゃこりゃ」
私の周りには日本酒やせんべい、ジュースにあんパン、何故か剥き出しのキャラメル一個と色々な食べ物が取り巻いていた。
「いつのまに置かれてたんだろ。あ、お腹にタオルケットが掛けてある。いったいどういうことなんだ」
そのとき拝殿の扉が開き、葉介が出てきた。
「あれっ、まだ寝てたんですか。またこんなにお供え物が置かれてるっ」
「お供え物? 私に? 私って今は普段着だよ」
「さ、さぁ。白蛇山神社の客人とでも思われたんじゃないですか。とりあえずそれ神界部屋に入れておいてくださいね」
「あー恥ずかしぃなぁもう。若い娘がこんなところで昼寝なんかしてたら怒られるところだったよ」
(神様が拝殿の入り口で昼寝してたらみんなびっくりしますってば)
葉介は村の秘密を守るため、自らが仕える神を謀った。
(不敬すぎて神職でいられなくなりそうですよ)
「あとさ、このタオルケットって誰の?」
「村の吉村さんでさぁ。一度戻ってから持ってきてくれましたぜ」
獅子がジト目で私に教えてくれる。
「なんだぁ、獅子も気づいてたなら起こしてよ~」
「人前で起こせますかいっ。あまり無防備なのは感心しませんぜ」
「はぁい。いま五時過ぎか、ちょっとこれ返してくる」
「えっ、あ、俺らが行くわけにもいかねぇか。それではお気を付けて」
私は神界部屋に置いてある供え物のお菓子ギフトセットの箱を風呂敷に包んで吉村さんちへ走って行った。
「こんばんわぁ、お食事時にすみません」
「はい、どなたですか、あっ」
ふくよかな奥さんは私の顔を見て一瞬驚いていたようだった。
「今日はすみませんでした。私あんなところで寝ちゃってて。タオルケットありがとうございます。お返しに来ました」
「あぁ、わざわざすみません。そのままお使い頂いてよかったのに。ほんと返って気を遣わせてしまいまして……」
こちらが恐縮しないとならないのに、吉村さんの方がなんかすごい謝っている。
「ままー、だれがきたの。あ、かみさまのおねえちゃんだ」
食事中だったのか、前掛けを付けて走ってきた女児は幼稚園児だろうか。
「っ! ち、違うでしょ、神社のお姉さんでしょ」
「きゃらめるたべてくれた?」
「あぁ、あれくれたのあなたなの。ありがとうね。お姉ちゃん甘い物大好き。
それと、これ、家にあったつまんないものですが、どうぞ」
私は風呂敷を開けて中のお菓子詰め合わせを手渡した。
(あら、これうちが奉納したお菓子だわ)
「まー、そんな気を遣わなくても良かったんですよ、ほんとすみませんねぇ。ゆかりさんでしたっけ、隣町から遊びにいらしてるんですよね。またこの村に遊びに来てくださいねぇ」
「それじゃ、今日はありがとうございました。それじゃ帰りますねー」
「かみさまのおねぇちゃんばいばーい」
吉村さんは娘の口を手でふさいでぎこちなく笑って見送ってくれた。
(んっ? んんーーっ?)
「かぁぁぁあああっ、昼間っから酒が飲めるってのはいいねぇぇえ」
私の荒魂は早速ウカ様と山神に酒を注いでも乾杯の音頭と共にコップ酒を飲み干した。
「ゆかりよ、これはおまえの本性だからな」
山神は本当に楽しそうだ。
「ぐぬぬ。反論出来ない」
昼間から酒を呑んで気持ちよくなっちゃうのは私だ。人間の頃は一度も出来なかったことだけれど、心の奥底では更に温泉地だったらサイコーとか思っている私もいる。
「たしかにどっちもゆかりさんですっ。時々こっちにも来ていいですか」
「おー、きりたんきりたん、おまえはいいやつだなぁ、かわいいなぁ、なぁゆかり、きりはこっちに住まわせるってのはどうだ」
ゆかり’は人姿のきりの頭を抱いてもみくちゃにしている。乱暴に見えてきりがそう嫌がっていないのはやっぱり私がかわいがっていると感じるのか。
「だめっだって! きりはうちの神使もやってるんだから。」
外の参道にはまた人が並び始めている。本殿には強力な神々が酒盛りをしているとあって、お参りをした後の人々の表情は明るい。
「ここは完全にゆかりちゃんの神域になったよ。お参りに来た人の中にまだ穢れを背負って病気になりかけている人が何人かいるけど、どんどん消えてゆくわ」
「それって今ウカ様がここにいるからじゃないんですか?」
「わたしは力を出してないよ。山神比売もね」
「そうじゃぞ。こっちのゆかりがいるだけでかなり強い祓いの場になっておる。ウカ様もうまいこと考えたもんじゃ」
「でしょー」
八十七社神社には氏子会もあって結構しっかりと神社は守られていた。神が居なくなっても誰も気づかずに建物の維持管理をおこなっていたようだ。
「意外と白蛇山神社よりお賽銭収入は多いかもな。神界部屋が豪華になるぞ、わははは」
「私ってば……」
私達は双子の姉妹のような感じになるかと思っていたが、実は相手も自分だということがすぐにわかる。鏡に向かって会話しているような感じなのだ。
相手の考えも話すことも自分が発していると実感出来る。なんとも不思議な感じだ。
「分霊ってちょっと不安でしたけど、どちらも私なんですね。ウカ様、ありがとうございました。この神社、使わせて頂きます」
「あのさゆかり、寂しくなったらいつでも来いよ。こっちでも酒用意して待ってるからさ」
「あんたが寂しがってるんじゃない」
「そんなこたぁないさ。私だってここを盛り上げてみせるさ。忙しくなったら手伝いにきてもいいんだからな」
「ゆかりさん達、ちょっといいですかぁ」
さみしがって強がりを言っている私達の間に酔っ払ったきりが入ってくる。
「あのですね、お願いなのです。時々、わたしと美織さんで交代してみたら面白いかなぁって相談したのですよ」
「ほほー、きり、美織さんと仲良くなったのね。確かにこっちのゆかりもきりが遊びに来たら嬉しいでしょうね。私も仕事が出来る美織さんが来てくれるとは助かるかもー」
「なにそれー、わたし仕事出来るもん」
きりはかわいく怒っているが、やはり人間の仕事は難しく、任せられないことも多々あったりする。
「はいはい。大丈夫よ。時々交代するのも気分転換になるでしょ」
脇で美織さんがハラハラした顔をして私ときりのやりとりを見ていた。
私は平和なこの時間がとても楽しくて嬉しくて、神になって良かったなぁと思うのであった。
宴会は夕方に終わり、私達は私’と分かれて白蛇山神社に戻った。
「ただいまぁ」
白蛇山神社の本殿に入ると、葉介が夕拝の最中だった。
「はいはい、帰ったよー、お疲れさん」
「祝詞の途中じゃ無いですか。あ、もしかして荒魂のゆかりさんですか」
「失礼な! 私は和魂のほうだよっ」
「荒ぶる神よ静まりたまえ」
「ちがうってば!」
私は和魂だけではなく、オリジナルだから和と荒の両方持っているのだ。と思う。
「おぬしはあんまり変わらんなぁ。どっちも同じに見えるわ」
「そ、そうですかね」
だからオリジナルは両方あるんだもの。仕方ない。
今日は珍しいものが見られたし、美織さんも神使になって働いてくれる事になったし、酒が飲めた。
「でもなんだかゆっくりしてない気がするんだよなぁ」
あこがれのスローライフを始めた定年退職サラリーマンが、思ったより田舎での生活は忙しいことに気がつくような感じだろうか。
農作物を作れば食べきれないほどできるわ、近所づきあいは大変だわ、食べ物だって下ごしらえに半日かかるようなものは多い。
時々白蛇山神社にも道の駅に置いたものの売れ残ってしまった白菜やレンコンなど奉納してくださる事があるが、私らだれも料理なんかしない。
みんな葉介に持ち帰らせている。気持ちだけは受け取っているのだよ。
いつぞやの夏に貰ったトウモロコシとスイカは嬉しかった。
トウモロコシは葉介実家で茹でて貰ったやつを食べたが、あれだけ新しいやつはうまさが違う。すいかは意外ときりがザクザク食べていたのは驚いた。
この村で出来る野菜はちょっと調べておいた方が良いかもしれない。奉納のリクエストしてみよっかな。
翌朝、私は村を隅々まで見て歩くことにした。
「あ、これってスローライフ満喫中って感じだよね」
村は初夏の美しい緑に囲まれて朝日に照らされキラキラと輝いて見えた。
「んーっ、気持ちいいねぇ」
田んぼの稲はしっかりと根付き、育ち盛りだ。引き込まれている綺麗な水の溜まりにはオタマジャクシが蠢いていて面白い。ミジンコやカブトエビの姿も見えて、私は田んぼのあぜ道にしゃがんで小一時間水中世界を眺めていた。
「おはよーございます!」
「あー、どうもどうもいい塩梅で」
あぜ道を歩くお年寄り夫婦に挨拶をすれば、みんな満面の笑顔で挨拶を返してくれる。ここはいい村だ。
村中を歩き回り、白蛇山神社に戻ってまだお昼だ。
「ゆかりさぁん、どこ行ってたんですか。ゆかりさんが神社にいないとなんでか参拝者の方が全然こないんですよ。お賽銭のためにもなるべく居てください」
猫姿で社殿入り口の縁側みたいな場所でお腹出して眠っていたきりはのっそり起き上がってそんなこと言っている。
「私が居るとやっぱり神の力を感じるのかね。霊験あらたかな神社にはやっぱり私が鎮座しないとならんのじゃな、わはははは」
山神の口調をまねて一人笑ってしまう。
「さっき一人来ましたけど、途中で引き返しちゃったんですよ。なんか変なこと言ってたような」
「なにそれ、失礼なやっちゃ」
「あ、そうだ、言ってたのは、”そうだ神様は散歩中だった、午後にすんべぇ”とか」
「へぇぇ、粋な事言う村人もいたもんだねぇ。実際散歩中だったけど。たぶん用事かなんか思い出して引き返したんでしょ」
私はきりのお腹を撫でながら適当に会話を続ける。猫のきりが小さな可愛らしい口で話をしてくれるのは本当に至高の時間。
「あぁ、そういうことかぁ。じゃ今日はヒマな日なんですかねぇ」
「あぁ、ヒマでもいいよ、私も今日はダラダラ過ごしちゃおう」
きりを胸の上に乗せて境内に寝転がる。以前はこんな固い床で背筋を伸ばして寝たら背中がバキバキ音をたてたものだが、神になってから疲れやコリには無縁の身体になった。まぁ、身体はとっくに死んでいるのだからそうなるわな。
「そういえば、あのアパート、どうなっちゃったんだろう。私は無縁仏になってどっかに埋葬されてるのかな。アパートにはきりの身体もあったんだ。だれかに発見されたら可哀想な猫だと思うだろうなぁ」
そんなことを考えたらじんわり涙が溢れてしまった。
「しかたないですよ。でもきりはちゃんとここにいます……」
目をつぶってまた眠ってしまったきりを見ながら私も目を閉じる。
「あ、もう夕方だ。葉介君は声掛けてくれなかったのかな、あれっ、なんじゃこりゃ」
私の周りには日本酒やせんべい、ジュースにあんパン、何故か剥き出しのキャラメル一個と色々な食べ物が取り巻いていた。
「いつのまに置かれてたんだろ。あ、お腹にタオルケットが掛けてある。いったいどういうことなんだ」
そのとき拝殿の扉が開き、葉介が出てきた。
「あれっ、まだ寝てたんですか。またこんなにお供え物が置かれてるっ」
「お供え物? 私に? 私って今は普段着だよ」
「さ、さぁ。白蛇山神社の客人とでも思われたんじゃないですか。とりあえずそれ神界部屋に入れておいてくださいね」
「あー恥ずかしぃなぁもう。若い娘がこんなところで昼寝なんかしてたら怒られるところだったよ」
(神様が拝殿の入り口で昼寝してたらみんなびっくりしますってば)
葉介は村の秘密を守るため、自らが仕える神を謀った。
(不敬すぎて神職でいられなくなりそうですよ)
「あとさ、このタオルケットって誰の?」
「村の吉村さんでさぁ。一度戻ってから持ってきてくれましたぜ」
獅子がジト目で私に教えてくれる。
「なんだぁ、獅子も気づいてたなら起こしてよ~」
「人前で起こせますかいっ。あまり無防備なのは感心しませんぜ」
「はぁい。いま五時過ぎか、ちょっとこれ返してくる」
「えっ、あ、俺らが行くわけにもいかねぇか。それではお気を付けて」
私は神界部屋に置いてある供え物のお菓子ギフトセットの箱を風呂敷に包んで吉村さんちへ走って行った。
「こんばんわぁ、お食事時にすみません」
「はい、どなたですか、あっ」
ふくよかな奥さんは私の顔を見て一瞬驚いていたようだった。
「今日はすみませんでした。私あんなところで寝ちゃってて。タオルケットありがとうございます。お返しに来ました」
「あぁ、わざわざすみません。そのままお使い頂いてよかったのに。ほんと返って気を遣わせてしまいまして……」
こちらが恐縮しないとならないのに、吉村さんの方がなんかすごい謝っている。
「ままー、だれがきたの。あ、かみさまのおねえちゃんだ」
食事中だったのか、前掛けを付けて走ってきた女児は幼稚園児だろうか。
「っ! ち、違うでしょ、神社のお姉さんでしょ」
「きゃらめるたべてくれた?」
「あぁ、あれくれたのあなたなの。ありがとうね。お姉ちゃん甘い物大好き。
それと、これ、家にあったつまんないものですが、どうぞ」
私は風呂敷を開けて中のお菓子詰め合わせを手渡した。
(あら、これうちが奉納したお菓子だわ)
「まー、そんな気を遣わなくても良かったんですよ、ほんとすみませんねぇ。ゆかりさんでしたっけ、隣町から遊びにいらしてるんですよね。またこの村に遊びに来てくださいねぇ」
「それじゃ、今日はありがとうございました。それじゃ帰りますねー」
「かみさまのおねぇちゃんばいばーい」
吉村さんは娘の口を手でふさいでぎこちなく笑って見送ってくれた。
(んっ? んんーーっ?)
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