神様になった私、神社をもらいました。 ~田舎の神社で神様スローライフ~

きばあおき

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不吉な手紙

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 鈍い私でも流石にわかる。
この村には神と呼ばれるなにかがいる。おそらく山神様だろう。村の歴史上もっとも長く居たし。

まぁ、そんなことはどうでもいいんだけれども。

私の神社から広がる神域にある村は、豊穣の神威が働いている。
作物はいつでも豊作だ。心配事と言えば台風ぐらいだろう。実際作物を育てる事に関しては彼らの方がプロだから私がなにもしなくたって育つ物は育つ。

 神が人間にしてやれることなんて実はなんにも無い。
神社の神というのは土地を守るのが役目だ。たぶん自然を司る神はその自然を、力の源であるパワースポットを守るのが本能なのだろう。

代わりに仏教の神は人を守る。日々を生きる人間と、その死後を見守っている。

役目が違うから過去、神と仏はひとつになってもうまく機能していたのだ。

自然神ではない私は自分の居場所と、調和を守りたい。

そんなわけで、今日は村の豊穣を手助けすることにした。

 村の畑を見て回ると、ちょうどハウス栽培のトマトを収穫しようとしている山田さんちのおばちゃんが籠を持ってビニールハウスに入るところだ。

「おはようございます、今日は収穫ですか? お手伝いさせてくださーい」

「ゆかりちゃん、おはよう。また手伝ってくれるのかい。たすかるわぁ」

昼まで手伝って、おにぎりと美味しい漬物をご馳走になり、トマトのお裾分けを頂いて帰る。
なんか放置子みたいだけど村のみんなは私のことをすごく歓迎してくれる。
まぁ、win-winな関係でいいじゃないの。
季節ごとの野菜、お米、果物には事欠かないし、美味しいと褒めた漬物や梅干しなどは後で何故か神社に奉納される。

ご飯ぐらいは炊飯器買ったから葉介君が炊いてくれるけど、基本的に調理しないで食べちゃう。すごく美味しいんだもの。

 そんなある日、私の頭の中に声が届いた。
「ゆかり、私だよ、変な奴が来た」
「誰よ?」
「私だって、ゆかりだっての! いいからちょっと来て」

荒魂のゆかりだった。八十七社神社でなにかあったのか、私はすぐに空を飛んだ。

「ゆかり、来たね。さっき黒い影みたいな奴が本殿の前に立っててさ、私の事を見ていたんだ」

「見てた? 私らのことがわかるってこと?」

「私は奥で昼寝してたんだけど、舐めるようないやぁな感じの視線でさ、ぶん殴ってやろうかと飛び出してったら一瞬黒い姿が見えたんだけど消えちまったんさ」

荒魂のゆかりがすごく嫌そうな顔をして話す。

黒い影、新しい祭神を見に来た者。絶対以前に棲み着いていたものに関係ありそうだ。

「ここには狛犬と獅子みたいなガーディアンはいないのか。鳥居の近くにあったけど、飾りなのね」

「それでも鳥居より内側に入れたやつはいなかったんだ。あいつは近くまで来やがった。おまえも気をつけた方がいいぞ」

荒魂に分けられて祓いの力が強いゆかりの神域結界は結構強い。ガーディアンがいなくても鳥居の内側に入れる穢れは無いはずだった。

「うん。わかった。しかし何者だろねそいつ」

「わからんね。嫌な奴ってのはわかるけど」

「それより、本殿に白蛇山大神が祀ってあるね、どうしたのこれ」

本殿奥、丸い鏡の後ろに御簾が下がっていて、その向こうにご神体が置かれている。私はそのご神体が白蛇山大神を示す物だとわかった。

「私が夢見で氏子会の全員に伝えたんさ。白蛇山大神降臨!ってね。そんで前の神は消えてなくなったって言ったよ」

「よく納得したねぇ」

「信じなかったから祟るって脅したからな」

「やるなぁ!」

黒い人影は外で掃き掃除をしていた美織も気づいていなかったという。私の分身にも嫌な者だと断言できるようなものの不気味さに不安を感じていた。



 夕方、白蛇山神社に戻って葉介と挨拶をすると、彼が気になる事を言った。

「さっき賽銭箱開けたら手紙のような白い紙が入ってたんです。でもこれ、普通の人には見えないものなんです」

「え? なにそれこわい、紙? どういうこと見えないって?」

「僕が感じられる世界の物だと思います」

葉介が手渡してきたのは便せんサイズの白い紙で二つ折りになっている。開いてみると文字が見える。
文字は細筆で書かれた達筆のくずし字だ。所々読めるが七割はわからない。

「葉介君、これ読める?」

「だから文字までは見えないんですって」

私達の後ろから山神が紙をひょいと手に取った。

「どれ、わしが読んでやろう」

紙を広げ文字に目を向けた金色の瞳から一瞬、黒目が猫の目のように細くなったのを私と葉介は見逃さなかった。

「ふむ、わしにも読めんかったわ。へったクソな文字じゃなぁ」

ヘタなのは山神の嘘だ。嘘なんか言うキャラじゃない。山神は目を泳がせていた。

「山神様、いったいなんて書かれていたんですか。読めたんでしょう? 教えてくださいよ」

私はただならぬ山神の様子になにか不吉な予感がしていた。

「おぬしが感じているとおりじゃ。忌々しい」

山神は吐き捨てるように言う。

「お願いです。驚きませんから話してください」

私は山神の手を握り、じっと山神の目を見てもう一度問い返す。

「いいか、取り乱すな。書いてあったのはな、”おまえも両親とおなじく消してやる”と」

私は一気に頭に血が上った。荒神を切り離して丸くなったと思っていたがまったくそんなことはなく、あの日、警察から掛かってきた一本の電話から数ヶ月味わった地獄を思い出していた。

「……。ごめん、ちょっと休むね」

私は神界部屋のベッドにもぐり込み山神が言った言葉と、両親について考えていた。

 私は両親のことをなにも知らなかった。

昼間は小さな畑で少しだけ仕事をして、夜には夫婦で出かけることが多かった。
私も学校のことで手一杯で、親の仕事を聞いたりするような会話も少なかったと思う。
時々二人が呑んでいるときにおつまみに手を出して酔った二人に学校の話を聞かせると、嬉しそうに微笑んでくれた。家族旅行など特別なイベントは無かったけれど充分、三人は仲の良い家族だった。

 あまり稼いでいないことは判っていたが、食事に困ったことは無い。本当になんにも知らない。聞けば良かった。二人はどんな子供時代を送ったのか。いつ二人は知り合ったのか。二人でどこかに旅行に行ったことはあるのか。いまさらだが色々知りたくなった。
あの時、二人が帰ってこなかった夜、私を残していなくなるなんて身勝手だと、怒りと悲しみが同時に押し寄せて、親の人となりなど考えることも出来なかった。
両親は誰かに恨まれるようなことをしていたのだろうか。その相手は私の事も恨んでいる。
この文面は、事故だと思っていた両親の死は、手紙の主によって引き起こされたことに間違いないのだが。今は人の世から一線を引いた私に手紙を届けられるなんて。しかも両親と同じように殺めようとしている。

「いやまて、私はいま縁もゆかりも無い場所で神様やってるのになんで、ここがわかるのよっ⁉」

本当に意味がわからなかった。

 両親の死に関しては私の中でとうの昔に整理を付けていた。
でもあの手紙を書いた人物は放っておけない。
私に向かって消してやるとわざわざ予告殺神みたいなマネをするとは。

「嫌な気持ちにさせられたままでいらんないよ! 調べよう」

 翌朝、私は両親の交友関係を思い出そうとしたが、そういえば実家にだれか来たという記憶は数少ない。
両親に親類縁者は全くいないと聞いていたのでそちらの線からは調べようが無いだろう。

 記憶を手繰ると、実家へ最期に訪れた人は、確か地元の神主と言っていた。父と酒を呑んで楽しそうにしていた神主は、両親と同年代に見えた。

私は大学受験で忙しく、挨拶だけして隣の部屋に引っ込んでしまったので父との関係や何を話していたのかはわからない。神主は徒歩で来ていたので実家の近所なのは間違いないだろう。
その頃に短期間に二、三回家に来たので覚えていた。
今のところ、その神主にすがるしかなさそうだ。

 ネットの地図で実家近くにある神社の連絡先を見つけた私は村の公衆電話から社務所に電話を掛けた。wifi環境はあるのだけれど、スマホ持ってないんだよね。

「はい、赤岩神社でございます」
十回ほどのコールのあと、雑音混じりの相手の声が聞こえた。

「もしもし、あのぅ、神主さんはいらっしゃいますか?」

「はい、私がそうです。どちらさまですかな」

「あの、私、亡くなった佐藤茂の娘で、ゆかりと言います。父のことでなにかご存じではないかと思い電話しました」

「え? 娘さん? 生きていたんですかっ、ちょっと電話では詳しく話せないのですが、社務所に来られますか?」

相手の男性は、戸惑っていた。それはそうだろう。しかし、(生きていた)とは、なにか重要なことを知っているに違いない。
すぐに飛んで行って話を聞きたいが、クルマで八時間の距離だ。

摂社がある地域は超高速で飛んでゆけるが、関係の無い土地には自転車ぐらいのスピードでしか飛べないのだ。
大国主の国譲り神話で、天津神のタケミカヅチが大国主の息子、タケミナカタを追って出雲から諏訪へ飛ぶときに使った天鳥船あめのとりふねという乗り物がある。
そいつがあれば恐らく国内はどこでも簡単に移動出来るだろう。とはいえ天津神じゃなきゃ借してはもらえないだろうな。

「すみません、私、関東にいるので行けないんです。でも両親の事で色々知りたい事がございまして」

「あ、もし良かったら、再来週、二週間ほど関東に出かけますので、そちらの神社にお伺いしてもいいですよ」

「えっ、そうですか。それは助かります。それじゃあ住所言いますので……」

相手の神主はこちらに出向いてくれるそうだ。日取りを決めて私は電話を切った。
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