友だちは君の声だけ

山河千枝

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11 もう少し話したかったけど、また明日

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『ぼくの苗字、東と海と林って書いて、ショウジって読むから』
「そうなの?」

 びっくりして、思わず背筋をピンと伸ばした。
 大声も出しそうになったけれど、そっちは何とかこらえて、「珍しいね」とヒソヒソ返す。
 
 ユウマくんはまた笑った。初めて聞く、得意げな笑い方だった。

「なんか、珍しい苗字ってかっこいい」
『えぇっ! そ、そう?』

 得意げな声が一転して、ひっくり返った。すごく恥ずかしがっているみたい。
 今度は私が笑いそうになって、慌てて口を手でふさいだ。

 そうしたら、また会話がなくなった。だけど沈黙もなかった。私の抑えた笑いと、ユウマくんのクスクス笑いが、ケータイを挟んで重なった。
 私の中にあるおかしさを、ユウマくんも持っている。そのことに、心がじんわりと温かくなった。

 ユウマくんが笑っている向こうで、踏み切りの音と駅のアナウンスが、小さく鳴っている。妙に楽しげな発着音も。
 それから──。

『にいちゃーん……』

 タクマくんの、かすかな声がした。さっきより弱々しくなった気がする。

『何? テレビつけようか?』

 顔から電話を離したのか、ユウマくんの声も小さくなる。

『ううん、お腹痛い……よしよししてー、頭も……』
『え? うーん……しょうがないなあ、わかったよ。メイさん』
「……あっ、何?」

 2人の会話を聞こうとして、耳をそばだてていたのがバレないように、できるだけ平坦な声を出す。

『ごめん、今日はもう切るよ。また明日、電話してもいい?』
「あ、うん。明日は土曜日だから、何時にかけてもらっても大丈夫だよ。でも、トイレに行ったりもするから……」
『もしメイさんが出なかったら、前みたいに、時間を空けてまたかけたらいいかな?』
『うん、お願い。それじゃあ、また明日ね。タクマくん、お大事に」
『ありがとう、またね』

 プツ、という音がして、電話が切れた。夜の静けさがまとわりついてくる。
 枕元の時計を見ると、8時5分。電話がかかってきてから、10分も経っていない。

(もう少し、しゃべりたかったな)

 やりどころのない気持ちを噛みしめて、黙ってしまったケータイを見ていると、どこかへ置き去りにされたような寂しさが湧いてくる。

 寂しさから逃げられずにいると、ガチャッという音が静けさの中へ割りこんだ。

「芽衣ー、お風呂上がったよ」

 ドアが開いて、お姉ちゃんが顔を覗かせる。

「あれ? もしかして、また電話してた? 仲いいねえ、あんたたち」

 よかった、電話の相手は美咲だと思っているらしい。

「別にいいじゃん、ちょっとだけなんだから」
「ちょっと? どれくらいよ」
「1日15分」
「あらまあ、健全だこと!」

 ほっぺたに両手を当てたお姉ちゃんは、ニヤニヤとバカにするように笑っている。
 ムッとしたけどガマン、ガマン。ケンカしちゃダメだ。勢いあまって、ユウマくんのことをポロッと漏らしたら大変だ。

 私の反応が悪くてつまらなかったのか、お姉ちゃんは口を尖らせて、突き出していた頭を引っこめた。

「まあいいや。お風呂、早く入ってよ~」

 ドアが閉まって、パタパタとスリッパの音が離れていく。

(ケータイ、片づけとこ)

 手の中に目を落とす。今度は、置き去りにされたような気持ちは湧いてこなかった。
 ちょっとシャクだけど、お姉ちゃんとしゃべっているうちに、寂しさはどこかへ行ってしまったみたいだ。……ちょっとシャクだけど。

 だけど、ユウマくんは今、具合の悪いタクマくんと2人っきり。電話を切ったあと、私と同じ気持ちになったなら、ずっと寂しいままなんだろうか。

(それに、私がもし、風邪で寝こんだお姉ちゃんと2人っきりになったら……不安になっちゃうだろうな。『私からも電話するよ』って、ユウマくんに言えばよかった)

 誰かとの電話を、本当に楽しみにしているんだから。私からかかってくるってわかったら、喜んでくれたかもしれない。少しは不安も薄れたかもしれないのに。

(明日、電話の時に『日曜は私から電話するよ』って言おう)

 忘れないように心の中でくり返して、私はお風呂の準備をした。
 ユウマくんは、タクマくんを1人でお風呂に入れてるんだろうか、と考えながら。
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