友だちは君の声だけ

山河千枝

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13 私から電話しようと思っていたのに

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 電話は──かかってきていなかった。

 ✳︎

「芽衣。食べ終わったら、一緒に来てくれない?」

 朝ごはんの目玉焼きをお箸でつついていると、お母さんが言った。

「どこに?」
「ムツバスーパー。毎月恒例の特別セールなのよ」
「お母さん1人じゃダメなの?」
「いろいろ買うからね。荷物も多いし、手があると助かるの」
「んー……」

 うなりながら、私は無意識にお箸の先を噛んでいた。
 
 困った。どうしよう。ユウマくんからの電話が待ちきれなくて、朝ごはんを食べたらすぐ、私からかけようと思っていたのに。タクマくんの具合も気になるし。

 だけど、お母さんにそんなことは言えない。代わりに、お姉ちゃんとお父さんへ目をやった。
 どっちかに頼めばいいのに、と文句を言いかけたけれど、

「あのね、芽衣」

 と、お母さんに先回りをされてしまった。

「お父さんは、お仕事で使う資料をつくらないといけないんだって」
「そうなんだよ。だからぼくは、母さんが買い物をしてる間、車の中でパソコン作業」

 お箸で自分を指して、お父さんはすまなさそうに笑った。

「普段なら、電話してお父さんを呼ぶんだけどね。今日は、お店の中もも外も人だらけでしょ。大荷物かかえて立ってたら邪魔になっちゃうのよ」
「ふうん……じゃあ、お姉ちゃんは?」
「友だちと勉強会……って、本人は言ってるわね」
「えー、本当?」

 ちょっと意地悪な声で言うと、お姉ちゃんはフンッと鼻息を吹かした。

「ホント、ホント! 最近、英語が楽しくなってきて、やる気が出たの!」

 そういえば昨日、テストの点数がよかったって言ってたっけ。それで気をよくして、勉強しようと思ったらしい。

 それなら、お父さんたちはお姉ちゃんの肩を持つ。ここで「家にいたい」と言ってごねても、お母さんをイライラさせるだけだ。
 それに……お母さんは、私を1人にしておきたくないんだろう。

(みんなが留守の間に、ケータイでおしゃべりすると思ってるんだろうな)

 お母さんがお姉ちゃんにあれこれしゃべってしまうのと同じで、お姉ちゃんもお母さんに言ったんだろう。私が、夜に電話していることを。
 
 想像はたぶん当たっている。お母さんは、どこか疑わしげな顔つきで、私をじっと見ているから。
 だったら、素直について行ったほうがよさそうだ。ユウマくんと電話する時、お母さんにまで聞き耳を立てられるのは困る。

「……わかった。一緒に行くよ、ムツバスーパー」
「ありがと、助かるわ」

 ころりとご機嫌になったお母さんとは反対に、私は顔をしかめたい気分だった。

(ユウマくんに電話できるのは、帰ってきてからかあ……)

 ケータイを持って行くわけにはいかない。
 もし、車に乗っている時に電話がかかってきたら、バイブの音がお父さんたちに聞こえてしまう。ユウマくんのことがバレるかもしれない。
 
(うう……せめて、買い物が早く終わりますように。お母さんがモタモタしてたら、『ボーッとしないで!』って言っちゃおう)

 チラッとお母さんを見ると、慌ただしくお皿を片づけている。買い物もそのぐらい早くしてね、と祈りながら、残った目玉焼きを、つるんと頬ばった。

 ✳︎

 家からムツバスーパーまでは、車で10分もかからない。スムーズに行けば、の話だけれど。

「あぁっ!」

 お父さんの叫び声で、私はビクッと飛び上がった。続いて、車がガクンと止まる。
 うしろの座席からちょっとお尻を浮かせて、「何? どうしたの?」と、前のほうへ身を乗り出す。

 運転席のお父さんが、広いおでこをポリポリとかいた。

「信号が赤になっちゃった。あー……あとちょっとだったのに。ここで捕まりたくなかったなあ」
「ここの信号、3分以上待たなきゃいけないものね」
 
 と、助手席のお母さんが眉をひそめる。お父さんはうなずく代わりに小さくため息をついて、サイドブレーキを引いた。

 これで、ムツバスーパーまで10分以上かかることが決まってしまった。

「この信号、本当に困るのよねえ」

 今度はお母さんがため息をつく。まったくだ。同意しながら、私は顔を前へ突き出したまま、横目に助手席を見た。

「そんなに言うならさ。お母さんがスーパーのパートに行く時、この信号に引っかかったら、思いっきり自転車こいでも遅刻しちゃうんじゃない?」
「そういう時は、南の道に移るの。あそこ、あんまり通りたくないんだけど……」
「だよなあ……母さん、気をつけてくれよ。あの道、けっこう細いだろ? なのに車がよく通るし」

 信号機と助手席を交互に見ながら、お父さんは心配そうに言った。するとお母さんは、さっきとは比べものにならないほど、深い深いため息をついた。

「車も怖いけど、最近はもっと怖いものがいるの……」
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