友だちは君の声だけ

山河 枝

文字の大きさ
25 / 47

25 例え話

しおりを挟む
「例え話……?」

 奪い取ったケータイを胸に、1歩下がる。神経をピリピリと尖らせる私へ、お父さんは静かに言った。

「うん。芽衣は今、水の入ったバケツと、携帯電話を持っている──ということにしよう。そして、ユウマくんの家が、火事になっているとする」
「……うん」
「芽衣は、ユウマくんとタクマくんを助けたいかい?」
「それは……もちろん」
「どうやって?」
「どうって……」

 ケータイで消防車を呼ぶ。そう答えると、お父さんは微笑んでうなずいた。

「そうだよ、わかってるじゃないか。自分の力でどうにもならないことは、人に頼ればいい」
「お父さんは……ジソウに通報するのは、消防車を呼ぶのと同じだって言いたいの? ユウマくんの家族が、離れ離れになるかもしれないのに?」
「まあまあ、例えばの話だよ」
 
 それでね、とお父さんは話を続ける。

「同じように考えるなら、お腹を空かせたユウマくんたちに、芽衣のごはんをちょっと分けてあげるってことは、バケツ1杯の水で火事を消そうとするようなものなんだ」

 そこで、お父さんの顔が厳しいものに変わった。

「残念だけど、その程度じゃ、全然足りないんだよ。バケツ1杯の水では、すべての火は消せない──いや、バケツ1杯の水さえ、芽衣は持っていないだろう。ユウマくんたちを助ける力は、今の芽衣にはない」

 そんなことはない。バケツ1杯でも、片手にひとすくいだとしても、かけないよりマシだ。そう言い返したかった。でも、できなかった。

 お父さんは、少しも視線を揺らさずに私を見つめている。対して私の目は、上へ下へ、右へ左へ、勝手に動き回っている。
 私の心は、本当はわかっているんだ。お父さんの言うことは正しいんだと。
 
 お父さんのケータイを握りしめて立ちすくんでいると、お父さんは、少し表情をやわらげた。

「芽衣。困っている人を助けたいって思うのは、いいことなんだよ。だけど、バケツで火に水をかけている間に、どんどん家が燃えて、手遅れになるかもしれない。今だって、ユウマくんが元気でいるとは限らないだろ? タクマくんの病気がユウマくんに移って、2人そろって苦しんでいたらどうする?」
「あ……!」

 電気みたいなものが背中を駆け、下から頭をなぐりつけた。お父さんの言う通りだ。
 ユウマくんの生活は、いつ壊れてもおかしくない、ギリギリの状態なんだ。能天気な私の頭は、ようやくそのことを理解した。
 
「ユウマくんとタクマくんを助けたいなら、早く『消防車』を呼ばなくちゃ。……何が言いたいか、わかるよね?」

 私は、うなずいた。あごが震えるほど強く唇を噛んで、お父さんにケータイを差し出した。
 やっと乾いた頬を、また涙が流れた。

 お父さんは私からケータイを受け取ると、お母さんに目配せをして、リビングから廊下に出た。

「芽衣、座りなさい。ごはん食べないと」

 お母さんが、テーブルの上を指さした。そこに並ぶ料理を、ぼうっと眺めていると。

「芽衣……食べなさい」

 2度目の催促は、低くうなるようだった。私はイスに腰を下ろし、お母さんに睨まれながら、冷たくなったお味噌汁を飲んだ。なんとなく怖くなって、そうするしかないと思った。

 お母さんに怒られるのが怖い。それはもちろんあるのだけれど、もっと怖い何かが、私のすぐそばまで近づいていた。その何かから逃げるように、私はごはんを食べ続けた。

 リビングは、しんと静まっている。
 8時を指す壁掛け時計の、カチコチという音。その音に紛れて、お父さんの話し声が、途切れ途切れに廊下から聞こえてくる。

「娘はカムギ駅だと言っていますが、もしかしたら……のほうかもしれません。……はい、そうです。隣の……」

 何を話しているんだろう。聞き耳を立てながらごはんを食べていると、食事に集中していないのが伝わったのか、お姉ちゃんがジロッと私を見た。

「ねえ、芽衣。ユウマくんたちは、そりゃかわいそうだけどさあ。あんた、人助けの前にやることがあるでしょ」

 そう言って、テーブルに置かれたままの、私の算数のテストを持ち上げた。点数の欄に書かれた「62」という大きな赤い字を、こっちへ見せつけてくる。

「もっと勉強しなよ。もう4年生でしょ? あっという間に中学生になって、そうしたら受験なんてすぐだよ。会ったこともない誰かに同情してる暇なんて、ないんだから」
「……舞衣。食べ終わったら、お皿、片づけて」
「はいはい」

 お姉ちゃんは、空になったお皿を積み重ねて、シンクに運んだ。それから、こっちを振り返りもせずにリビングを出て行ってしまった。
 また、静けさが降りた。

 ──ユウマくんたちは、そりゃかわいそうだけどさ──

 お姉ちゃんの言葉が、胸の中で回っている。それを心で見つめていると、さっき「怖い」と感じたものの正体が、少しずつ見えてきた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

9日間

柏木みのり
児童書・童話
 サマーキャンプから友達の健太と一緒に隣の世界に迷い込んだ竜(リョウ)は文武両道の11歳。魔法との出会い。人々との出会い。初めて経験する様々な気持ち。そして究極の選択——夢か友情か。   (also @ なろう)

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

トウシューズにはキャラメルひとつぶ

白妙スイ@1/9新刊発売
児童書・童話
白鳥 莉瀬(しらとり りぜ)はバレエが大好きな中学一年生。 小学四年生からバレエを習いはじめたのでほかの子よりずいぶん遅いスタートであったが、持ち前の前向きさと努力で同い年の子たちより下のクラスであるものの、着実に実力をつけていっている。 あるとき、ひょんなことからバレエ教室の先生である、乙津(おつ)先生の息子で中学二年生の乙津 隼斗(おつ はやと)と知り合いになる。 隼斗は陸上部に所属しており、一位を取ることより自分の実力を磨くことのほうが好きな性格。 莉瀬は自分と似ている部分を見いだして、隼斗と仲良くなると共に、だんだん惹かれていく。 バレエと陸上、打ちこむことは違っても、頑張る姿が好きだから。

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

ノースキャンプの見張り台

こいちろう
児童書・童話
 時代劇で見かけるような、古めかしい木づくりの橋。それを渡ると、向こう岸にノースキャンプがある。アーミーグリーンの北門と、その傍の監視塔。まるで映画村のセットだ。 進駐軍のキャンプ跡。周りを鉄さびた有刺鉄線に囲まれた、まるで要塞みたいな町だった。進駐軍が去ってからは住宅地になって、たくさんの子どもが暮らしていた。  赤茶色にさび付いた監視塔。その下に広がる広っぱは、子どもたちの最高の遊び場だ。見張っているのか、見守っているのか、鉄塔の、あのてっぺんから、いつも誰かに見られているんじゃないか?ユーイチはいつもそんな風に感じていた。

お月様とオオカミのぼく

いもり〜ぬ(いもいもぶーにゃん)
絵本
ある日の雲一つない澄みわたった夜空にぽっかり浮かぶ大きな満月。その下に広がる草原に一匹の…まだ子供の真っ黒なオオカミがちょこんと座っていた。 「今日は、すごい大きくて、すごい丸くて、立派なお月様…こんなお月様の夜は、人間になれるって森の図書室の本で読んだけど…ええっと…えーっと…どうするんやっけ…?」 と、うーんと考え込む子供のオオカミ。 「えーっと、まずは、立つんやったっけ?」 うーん…と言いながら、その場で立ち上がってみた。 「えーっと、次は、確か…えーっと…お月様を見上げる?…」 もしよろしければ、続きは本文へ…🌝🐺

【完結】夫に穢された純愛が兄に止めを刺されるまで

猫都299
児童書・童話
タイムリープしたかもしれない。中学生に戻っている? 夫に愛されなかった惨めな人生をやり直せそうだ。彼を振り向かせたい。しかしタイムリープ前の夫には多くの愛人がいた。純愛信者で奥手で恋愛経験もほぼない喪女にはハードルが高過ぎる。まずは同じ土俵で向き合えるように修行しよう。この際、己の理想もかなぐり捨てる。逆ハーレムを作ってメンバーが集まったら告白する! 兄(血は繋がっていない)にも色々教えてもらおう。…………メンバーが夫しか集まらなかった。 ※小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、Nolaノベル、Tales、ツギクルの6サイトに投稿しています。 ※ノベルアップ+にて不定期に進捗状況を報告しています。 ※文字数を調整した【応募版】は2026年1月3日より、Nolaノベル、ツギクル、ベリーズカフェ、野いちごに投稿中です。 ※2026.1.5に完結しました! 修正中です。

処理中です...