友だちは君の声だけ

山河千枝

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24 通報しないで

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「通報って……警察に⁉︎」

 お姉ちゃんの声がひっくり返った。

 通報する。警察に。手錠をかけられたユウマくんの姿が頭に浮かんで、次の瞬間、私は床を蹴ってイスから立ち上がっていた。

 ヘトヘトになった体のどこに、こんな力が残っていたのだろう。手が、お父さんのケータイを奪い取ろうとすばやく動いた。

「め、芽衣、何するんだ⁉︎」
「お父さん、やめて! なんで警察なんか……ユウマくん、何も悪いことしてないのに!」
「違う、違う! 警察には言わないよ」

 ケータイをかばうお父さんは、イスからずり落ちそうになりながら叫んだ。

「でも、通報するんでしょ?」
「そうだけど、警察じゃない。ジソウだよ」
「ジソウ?」
「児童相談所。芽衣が聞いた話が本当なら、すぐにでも児相に伝えて、ユウマくんたちを保護してもらわないと」

 よくわからないけれど、保護ということは、ユウマくんたちを助けてくれるんだろうか。でも……。

「そのジソウっていうところに保護されたら、どうなるの?」
「それは……」

 お父さんは眉を八の字に下げて、困ったように目を泳がせた。

「ねえ、ユウマくんとタクマくんはどうなるの?」

 もう一度聞くと、お母さんが答えた。

「今の状況だと、ご親戚に引き取られるかもしれないわ」
「ユウマくん、親戚はいないって言ってたよ」
「それじゃ、施設かしら。どうなるにしても、不憫ねえ……」

 お母さんは目を伏せて、悲しそうにつぶやいた。

「フビンって、どういう意味?」
「かわいそうってこと」

 そう言ったお姉ちゃんは、親子丼を口に入れて、「冷めちゃった」と顔をしかめた。

「なんで、ユウマくんたちがかわいそうなの?」
「そりゃそうだよ。たとえば、うちの家に誰かを住まわせるとしても、1人が限界でしょ?」

 何が言いたいの? と私が首をかしげると、お姉ちゃんは、親子丼をモグモグしながら半目でこっちを見た。

「つまりさあ、ユウマくんの親戚が見つかっても、兄弟一緒に引き取られるとは限らないんだってば。施設も、家族だけどバラバラになることがあるって、何かのニュースで聞いたよ」
「えっ!」

 体をめぐる血が、ぜんぶ氷になったみたいに、頭から足の先までが冷たくなった。

「ジソウっていうところに通報したら、ユウマくんとタクマくん、一緒に暮らせなくなるの? 離れ離れってこと?」

 お父さんを見ると、私とは目を合わせずに「どうかな」と言った。

「それじゃ……ユウマくんのお母さんも? ユウマくんたちと一緒に暮らせなくなるの?」
「……ちょっと、むずかしいだろうね」

 それを聞いて、私は今度こそお父さんの手からケータイをひったくった。

「ちょっ……芽衣! 返しなさい!」
「やだ!」

 アワアワと腕を振り回すお父さんから、飛びすさって離れる。

「だってユウマくん、お母さんに帰ってきてほしいと思ってるのに! お母さんに会えなくなったらかわいそうじゃない!」
「何言ってるの、今のほうがかわいそうでしょ?」

 眉を寄せるお母さんの目の中へ、次第にいら立ちが生まれていく。

「勉強についていけなくて、弟さんの面倒も見て……そんなに古いアパートなら、お風呂にもまともに入れてないと思うわ。何より、きちんとごはんを食べられないのよ?」
「じゃあ、私のごはん、ユウマくんたちにあげる!」

 勢いに任せて叫ぶと、お父さんたちは変な顔になった。さっきまでの、気まずそうな感じじゃなくて、「ほとほと呆れた」と言いたげだ。

「芽衣……それじゃ、根本的な解決にならないわよ」

 お母さんが、おでこを押さえてため息をついた。お姉ちゃんは「バカじゃないの」と言い捨てて、バクバクとごはんを食べている。
 そして、お父さんは。

「芽衣、例え話をしようか」
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