友だちは君の声だけ

山河千枝

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26 無力

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 お腹を空かせたユウマくんに申し訳ないから、私もごはんを食べない──そんなことをしても無駄だ。ユウマくんのお腹はふくれない。
 無駄だとわかっているのに意地を張り続けるなんて、幼稚な子どものすることだ。

 そんな子どもになるのが怖いから、私はお母さんに言われるまま、ごはんを食べているんだ。

 だけど、もうわかってしまった。私は子どもだ。力がない。お姉ちゃんたちの言う「かわいそう」という壁を崩す力を持っていない。
 壁の向こう側にいる「かわいそうな子」たち──ユウマくんたちに、何もしてあげられない。
 お父さんやお母さんみたいに、仕事をして手に入れたお金は1円もない。半額シールの貼られたお弁当1つさえ、買えない。

 そのことを認めたくなかった。友だちの力になれていると信じたかった。いざという時は友だちを助けられると思いたかった。
 弱い自分を受け入れることを、無意識に体が拒否していた。

 だからいつも、うっすらとした吐き気を覚えていたのだ。お母さんたちが美咲のことを、「かわいそうな子」あつかいするたびに。

 しばらくして、廊下にいるお父さんが、「よろしくお願いします」と言うのが聞こえた。
 リビングのドアが開く。お母さんが顔を上げる。

「ありがと。どうだった?」

 お父さんは自分の席につくと、お箸を手に取って、

「大丈夫、すぐに動いてくれるらしい。一刻も早く住所を特定して、48時間以内には、ユウマくんの家を訪問するように努めるって」

 と、言った。

 ✳︎

「あー、もう! 月曜から雨なんて、最悪!」

 校舎の昇降口を出た美咲が、青いカサをパッと広げた。私の花柄のカサも、パラパラ、タタン、と雨に打たれ始める。

「最悪といえば、新しいお父さんのことなんだけど」

 私の隣でぶすくれる美咲は、こっちをチラチラと見ながら話を続ける。

「『お父さん』って呼んでみたら、ものすごく恥ずかしそうにするんだよ。何なの? いい大人が。こっちまで恥ずかしくなるじゃん。せっかく呼んであげたのに、もうちょっとこう、芽衣みたいにさ。ふつうにしててくれないと、気まずくてしょうがないよ」
「ふうん……」

 私は、ぼんやりと応えた。

 体の中を重苦しい空気が支配していて、音も光も、美咲の話も、まともに頭へ入ってこない。昨日の夜からずっとだ。

「芽衣、どうかした?」

 ハッとして美咲を見ると、立ち止まって私を見ていた。少し首を傾けて、探るように目を細めている。

「今日、ずーっと落ちこんでるね。朝からずっと」
「そう……かな」
「うん。おばさんに怒られた? それとも、ほかの友だちとケンカした?」

 友だち、と言われて、ユウマくんのことが頭をよぎった。ケンカじゃないけれど、ケンカのほうがマシだったかもしれない。

 考えていたことが顔に出たのか、美咲は細めていた目をパチッと開いた。

「あ、友だち関係の悩みなんだ。誰とケンカしたの? ナッちゃん? ミーちゃん?」
「……美咲の知らない子」
「え! 誰? 誰?」
「最近知り合った子で……あと、ケンカじゃない」

 その友だちとの約束を破ってしまった。謝りたいけれど、もう会えない。
 そう言って、私は目を伏せた。

(家に行くって、ユウマくんに言ったのに。それに、勝手にジソウへ通報しちゃった)

 通報したのはお父さんだけど、きっかけをつくったのは私だ。

(いきなり知らない人が家へ来るなんて、ショックだろうな……)

 せめて、人が来ることだけでも伝えられたら。閉じた目に、ぎゅっと力を入れると、美咲の不思議そうな声が降ってきた。

「会えないなら電話すれば? その子の番号、知らないの?」

 私が目を開けると、美咲はひょいと片眉を上げた。

「電話番号は、ケータイに入れてたから……あ、ケータイはね、お母さんに没収されちゃったんだ。だから電話もできなくて……」
「没収⁉︎ 早くない? 芽衣、何かやばいことしたの?」
「やばいことっていうか……『芽衣にはまだ早かった』って言われた」

 肝心なところは隠して、私はお母さんの言葉を美咲に伝えた。
 
 ──ケータイ、渡すのは早かったわね。使い方は少しずつ学べばいいと思ってたけど、しっかり教えてからにすればよかったわ。まさか、買ってすぐにこんなことになるなんて──

 昨晩、お母さんはそう言って、桜色のケータイも、算数のテストも、ぜんぶ持って行ってしまった。
 私とユウマくんをつないでいた、ぜんぶを。

 長い息を吐き出すと、美咲もつられたようにため息をついて、しみじみと言った。

「そっか……そうなんだ。いろいろあったんだねえ。今日、あんなにいいことがあったのに、全然うれしくなさそうだから変だと思った」
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