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41 ユウマくんからの手紙
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東海林じゃない。でも、名前は優真。
私は、引き出しからハサミを取り出した。封筒の端を、糸のように細く切っていく。
中には便箋が入っている。というより、詰まっている。
折りたたまれて封筒に詰めこまれた、分厚い便箋の束を、そろそろと抜き出していく。
学習机の上に広げてみると、便箋は6枚もあった。少し大きめの字は、ボールペンで書かれている。その文字の下には、無数の細かい溝。鉛筆で下書きをした跡だ。
この上なく丁寧に書かれた文字たちを、ひとつひとつ、目で追っていく。
けれど、読み始めてすぐに、「これは本当にユウマくんが書いたんだろうか」と疑ってしまった。
『坂本芽衣さん、おひさしぶりです。東海林優真です。覚えていらっしゃいますか。ぼくは今、母方の祖父母の家でやっかいになっています。そのため、名前が東海林から神山に変わりました』
こんなにきちんした言葉は、先生と話す時でさえ使わない。私と同じ歳の子が書いたものだと、すぐには信じられなかった。
けれど、昔の苗字は東海林。たしかに、あのユウマくんなんだろう。
『母とは、別れてからずっと会っていません。父の居場所もわかりません。ただ、ぼくと拓真のふたりとも、祖父母とくらすことをゆるしてもらえました。
祖父母には初めて会いますから、どんな人たちなのかとドキドキしていましたが、とても大きな家に住んでいたので、本当におどろきました。
祖父母の家には、たたみの部屋がたくさんあります。ここではごはんが、おなかいっぱい食べられます。毎日、おふろに入れます。
たんじょう日にはマンガを1さつ買ってもらえました。テレビも、1日30分見せてもらえます。でも、祖父の選んだ番組しか見られないので、拓真はときどき泣いています。
ゲーム機はありません。ほしいと言うと、祖父にものすごくおこられたので、カルタやトランプ、オセロで遊んでいます。学校の子に話すと、みんなおどろきます』
読みながら、私も少し驚いていた。ずいぶんと厳しいおじいちゃんだ。うちなんて比べ物にならない。
お姉ちゃんは、1日かかっても読みきれないほどマンガを持っているし、私は夏休み中、ソファに寝そべって何時間もテレビを見ていた。
『祖母の料理はおいしいです。ですが、足がいたくて味がわからなくなることがあります。なぜ足がいたくなるかというと、正座をして食事をするからです。
なれていないので、食事のとちゅうで足をのばしたくなります。だけど、ぎょうぎが悪い、と祖父にどなられるので、足をのばせません。食べ終わってすぐは、ひざから下がジンジンしてすばやく歩けません。
ほかにも、祖父がいろんなルールを決めました。
家の中で大声を出してはいけない。
せなかを丸めてはいけない。
休みの日でも、朝は6時半までに起きること。
学校のテストは90点以上取ること。
ルールをやぶると祖父がおこります。上から何回もかみなりを落とされているようで、頭が痛くなります。拓真はすっかり祖父をこわがって、近づこうとしません。祖父に用がある時は、ぼくが話します。
祖父母の家には、祖父のつくったルールがたくさんあるので、やぶってしまわないかと、いつもきんちょうします。ただ、ぼくと拓真がいちばんこまっているのは、祖母が決めたルールなのです』
ここで、3枚目の便箋を読み終えた。深呼吸をすると、新鮮な空気に驚いたのか、体がブルッと震えた。そこで初めて、息を詰めていたことに気づいた。
ユウマくんの気持ちを感じ取ろうと、無意識に体をこわばらせていたらしい。
それにしても、ユウマくんはなんて窮屈なところで暮らしているんだろう。
せまい場所へ押しこめられたみたいに、私まで息苦しくなる。
便箋にずらずらと並ぶ、「一瞬たりとも気が抜けない」と言わんばかりの文字が、息苦しさに拍車をかける。
残る便箋は3枚。続きを読むのが少し怖い。
けれど、ユウマくんはいつも、「また明日」と言って電話を切った。タクマが面白いことをしてたから、明日話すよ。給食ですごいおかずが出たから、また聞いてよ。そんなふうに、次が楽しみになるような話で締めくくってくれた。
この手紙も、おしまいにはきっと、明日が待ち遠しくなるようなことが書かれているはずだ。そう自分に言い聞かせて、かしこまった文字をまた追いかけ始めた。
『祖母の決め事は1つだけ。祖父の前では、ぼくと拓真は顔を上げてはいけない、というルールです。せなかを丸めてはいけないのに、下を向かないといけないので、首がいたくなるのです。
なぜ顔を上げてはいけないかというと、ぼくたちの顔を見ると、祖父のきげんが悪くなるのです。それは、ぼくたちが父ににているからだそうです。
祖父は父がきらいです。理由はわかりません。ただ、ぼくたちがルールをやぶったり失敗したりすると、あのチュウソツのクズ男の血だな、と祖父は言います。それを聞くと、悲しい気持ちになります。
それに、祖父をおこらせると、祖母をこまらせてしまいます。
あの人のきげんが悪いと私までおこられてしまうから、たのむからいい子にして、と言われます。
祖母はごはんを作ってくれるし、具合が悪い時は病院へ連れて行ってくれるし、ぼくたちをおこったりしないので、ぼくは祖父より祖母が好きです。祖母をこまらせたくありません。
だからいつも、失敗しないように、それから拓真を失敗させないように、気をつけています』
5枚目の便箋は、ここまでだった。
(どうしてなんだろう)
つい、ため息がもれてしまう。どうしてユウマくんは、どこへ行っても頑張らないといけないんだろう。
便箋は、残り1枚。重苦しい気持ちで、最後の便箋を読み始めて──私はドキッとした。
私の名前が書いてある。それも、たくさん。
私は、引き出しからハサミを取り出した。封筒の端を、糸のように細く切っていく。
中には便箋が入っている。というより、詰まっている。
折りたたまれて封筒に詰めこまれた、分厚い便箋の束を、そろそろと抜き出していく。
学習机の上に広げてみると、便箋は6枚もあった。少し大きめの字は、ボールペンで書かれている。その文字の下には、無数の細かい溝。鉛筆で下書きをした跡だ。
この上なく丁寧に書かれた文字たちを、ひとつひとつ、目で追っていく。
けれど、読み始めてすぐに、「これは本当にユウマくんが書いたんだろうか」と疑ってしまった。
『坂本芽衣さん、おひさしぶりです。東海林優真です。覚えていらっしゃいますか。ぼくは今、母方の祖父母の家でやっかいになっています。そのため、名前が東海林から神山に変わりました』
こんなにきちんした言葉は、先生と話す時でさえ使わない。私と同じ歳の子が書いたものだと、すぐには信じられなかった。
けれど、昔の苗字は東海林。たしかに、あのユウマくんなんだろう。
『母とは、別れてからずっと会っていません。父の居場所もわかりません。ただ、ぼくと拓真のふたりとも、祖父母とくらすことをゆるしてもらえました。
祖父母には初めて会いますから、どんな人たちなのかとドキドキしていましたが、とても大きな家に住んでいたので、本当におどろきました。
祖父母の家には、たたみの部屋がたくさんあります。ここではごはんが、おなかいっぱい食べられます。毎日、おふろに入れます。
たんじょう日にはマンガを1さつ買ってもらえました。テレビも、1日30分見せてもらえます。でも、祖父の選んだ番組しか見られないので、拓真はときどき泣いています。
ゲーム機はありません。ほしいと言うと、祖父にものすごくおこられたので、カルタやトランプ、オセロで遊んでいます。学校の子に話すと、みんなおどろきます』
読みながら、私も少し驚いていた。ずいぶんと厳しいおじいちゃんだ。うちなんて比べ物にならない。
お姉ちゃんは、1日かかっても読みきれないほどマンガを持っているし、私は夏休み中、ソファに寝そべって何時間もテレビを見ていた。
『祖母の料理はおいしいです。ですが、足がいたくて味がわからなくなることがあります。なぜ足がいたくなるかというと、正座をして食事をするからです。
なれていないので、食事のとちゅうで足をのばしたくなります。だけど、ぎょうぎが悪い、と祖父にどなられるので、足をのばせません。食べ終わってすぐは、ひざから下がジンジンしてすばやく歩けません。
ほかにも、祖父がいろんなルールを決めました。
家の中で大声を出してはいけない。
せなかを丸めてはいけない。
休みの日でも、朝は6時半までに起きること。
学校のテストは90点以上取ること。
ルールをやぶると祖父がおこります。上から何回もかみなりを落とされているようで、頭が痛くなります。拓真はすっかり祖父をこわがって、近づこうとしません。祖父に用がある時は、ぼくが話します。
祖父母の家には、祖父のつくったルールがたくさんあるので、やぶってしまわないかと、いつもきんちょうします。ただ、ぼくと拓真がいちばんこまっているのは、祖母が決めたルールなのです』
ここで、3枚目の便箋を読み終えた。深呼吸をすると、新鮮な空気に驚いたのか、体がブルッと震えた。そこで初めて、息を詰めていたことに気づいた。
ユウマくんの気持ちを感じ取ろうと、無意識に体をこわばらせていたらしい。
それにしても、ユウマくんはなんて窮屈なところで暮らしているんだろう。
せまい場所へ押しこめられたみたいに、私まで息苦しくなる。
便箋にずらずらと並ぶ、「一瞬たりとも気が抜けない」と言わんばかりの文字が、息苦しさに拍車をかける。
残る便箋は3枚。続きを読むのが少し怖い。
けれど、ユウマくんはいつも、「また明日」と言って電話を切った。タクマが面白いことをしてたから、明日話すよ。給食ですごいおかずが出たから、また聞いてよ。そんなふうに、次が楽しみになるような話で締めくくってくれた。
この手紙も、おしまいにはきっと、明日が待ち遠しくなるようなことが書かれているはずだ。そう自分に言い聞かせて、かしこまった文字をまた追いかけ始めた。
『祖母の決め事は1つだけ。祖父の前では、ぼくと拓真は顔を上げてはいけない、というルールです。せなかを丸めてはいけないのに、下を向かないといけないので、首がいたくなるのです。
なぜ顔を上げてはいけないかというと、ぼくたちの顔を見ると、祖父のきげんが悪くなるのです。それは、ぼくたちが父ににているからだそうです。
祖父は父がきらいです。理由はわかりません。ただ、ぼくたちがルールをやぶったり失敗したりすると、あのチュウソツのクズ男の血だな、と祖父は言います。それを聞くと、悲しい気持ちになります。
それに、祖父をおこらせると、祖母をこまらせてしまいます。
あの人のきげんが悪いと私までおこられてしまうから、たのむからいい子にして、と言われます。
祖母はごはんを作ってくれるし、具合が悪い時は病院へ連れて行ってくれるし、ぼくたちをおこったりしないので、ぼくは祖父より祖母が好きです。祖母をこまらせたくありません。
だからいつも、失敗しないように、それから拓真を失敗させないように、気をつけています』
5枚目の便箋は、ここまでだった。
(どうしてなんだろう)
つい、ため息がもれてしまう。どうしてユウマくんは、どこへ行っても頑張らないといけないんだろう。
便箋は、残り1枚。重苦しい気持ちで、最後の便箋を読み始めて──私はドキッとした。
私の名前が書いてある。それも、たくさん。
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