友だちは君の声だけ

山河千枝

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42 声だけじゃなくて

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『祖父をおこらせないように気をつける理由は、もう1つあります。芽衣さんへ手紙を出したいからです。祖父にきらわれたら、芽衣さんに手紙を出せなくなるかもしれません。
 どうしてそう考えたかというと、祖父はぼくと拓真に、女の子とはしゃべるな、と言うのです。京子のようなまちがいがあるといけないから、と』

 京子というのは、ユウマくんたちのお母さんの名前らしい。そういえば1年前、パトカーに乗っている姿がテレビに映っていた。
 痩せていて、髪がボサボサだった。私の、42歳のお母さんより歳上に見えたのに、20代だと書いてあったから、びっくりしたのを覚えている。

『母が何をまちがったのかは教えてもらえませんでした。それはいいのですが、芽衣さんへ手紙を送ることを禁止されるのはこまります。
 だから、祖父のルールを守りました。失敗しておこられた時は、必死に頭を下げました。
 芽衣さんのことも話しました。友だちのことをあれこれしゃべるのは、よくないと思ったのですが、祖父にしつこく聞かれたのでしかたありませんでした。

 芽衣さんは、たくさん勉強をしていること。いっしょに拓真を助けてくれたこと。あとは、お母さんが厳しそうだとか、宿題をきちんとしているみたいだとか。
 そうしたら祖父が、手紙を出すだけならいい、と言ってくれました』

 ユウマくんの字は、だんだんと丸くなっていく。文字が崩れて、最後の方は下書きの跡もない。
 便箋の向こうに、微笑むユウマくんの姿が見えるようだった。「絶対に間違えてはいけないんだ」と肩ひじ張っていた彼が、体の力を抜いて、思うままにボールペンを動かす姿が。

『芽衣さん。大きくなったら会いに行く、と約束してくれたこと、覚えていますか。あの約束を、少し変えさせてください。
 ぼくが住んでいるところは、芽衣さんの家からすごく遠いらしいので、ぼくが芽衣さんに会いに行きます。だいぶ先になりそうだけど、どうか待っていてください。
 それまでは、今度は文字だけの友だちでいてほしいです。電話はできそうにないから。
 また手紙を送ります。芽衣さんの手紙もほしいです。できれば、でいいです』

 字も言葉遣いも、私のことを書き始めてから、どんどん崩れていく。
 緊張をゆるめられない毎日の中で、ユウマくんにとって、私だけがホッとできる相手なのかもしれない。

 ユウマくんには、私だけ──そう思うと、肩がずしりと重くなった。

 少し、苦しい。だけど同時に、心のどこかで、うれしいと思っている自分がいる。
 算数が苦手な私でも、ランドセルを忘れてしまった私でも、友だちに必要としてもらえる。私にもできることがある。

 手紙の最後の一文は、少し汚いけれど、ひときわ力強く書かれていた。声を張り上げるようなその文字に向かって、「私もだよ」とつぶやいた。
 
『いつか、声だけじゃなくて、文字だけでもなくて、君と本当の友だちになりたい』








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 お読みいただき、ありがとうございました。お疲れさまでした。

 読んでくださる方はもちろん、書いている自分も、「楽しい!」「幸せ!」とはならないと承知しつつも、テレビから、ネットから、人の口から、胸が痛くなるような話を取りこんでいるうちに、頭の中へ強烈に物語が浮かんできて、衝動で書いてしまいました。
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