あなたの血を飲み干したなら

佐久間 譲司

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登校

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 秋に入ったとはいえ、まだまだ日差しは強かった。制服も、まだ半袖姿が続きそうだ。

 家を出た広希は、住宅街の中を通学路に沿って、ゆったりとしたペースで歩いていた。余裕を持って出てきたので、急ぐ必要はない。同じく登校途中の小学生の一団が、はしゃぎながら真横を通過して行く。

 広希が住んでいる祖父母の家は、千葉県木更津にある祇園地区の住宅街に建っていた。バブル崩壊からの一連の流れで、値崩れを起こしたところを買ったのだと、以前克己は自慢げに語っていた。

 その頃から存在する古参の住宅街なので、やや古めかしさが感じられるのだが、広希は素晴らしい街だと思っている。コンビニやスーパーマーケットも近場にあり、綺麗に整備された公園もある。広希が祖父母の家に引き取られた当初は、よくその公園に行き、遊んでいた。それで友達を作ることも出来た。

 広希は、歩きながら、この土地に引き取られた時の事を思い出していた。世界的に好血病が蔓延し始めたのも同時期だった。感染源及び原因は不明。感染者との接触の有無に関わらず、ある日突然、何かに取り憑かれたかのように、好血病に感染してしまうのだ。

 昨日まで何でもなかった知り合いが、翌日には感染者となり、血を飲むようになる――。

 それが頻発していき、やがて、感染者であることが当たり前になってしまった。最初の感染者が現れてから、そうなるまで、三年はかからなかったと広希は記憶している。そして、それからは、法整備や、市場経済の調整などが行われて行き、感染者が生活できるよう社会が変化したのだ。パラダイムシフトが起きたような形である。

 多くの医者や科学者が研究を行ったが、ワクチン開発には至らなかった。原因は、好血病のウィルスが、容易に変異するためであるらしい。その点は、HIVウィルスに非常に酷似しているようだ。そして、いくら変異しようとも、症状に変化はなく、依然変わらず、血を求める欲求は存続していた。

 摩訶不思議なウィルスに、医者や科学者達は、頭を抱えた。先の見えない暗闇の中を歩いているようだという。しかし、それでも諦めず、今でも研究を続けている。自らも感染し、血を飲みながら。

 広希は祇園小学校の横を抜け、木更津高専がある通りに出る。私服姿の専門生徒に混ざりながら歩く。

 広希は、手持ち無沙汰にズボンのポケットからスマートフォンを取り出した。ロックを解除し、SNSのメッセージや、メールの確認をする。それらが終わってから、スマートフォンをポケットに戻した時だった。

 「よお、おはよう」

 すぐ後ろから力強い声が掛かった。振り向くと、部活用の黒いショルダーバッグを肩に掛けた長身の男が背後に接近していた。

 クラスメイトの木橋達夫きばし たつおだった。いつの間にか肉薄していたようだ。

 「おはよう」

 広希は、笑顔で返す。

 達夫は広希の隣に並び、一緒に歩き出す。こうして達夫と並ぶと、達夫の長身が浮き彫りになる。

 達夫は広希が通う高校のクラスメイトだ。家も近所であり、広希が千葉に越してきてから、初めて仲良くなった友人だった。腐れ縁と言うのか、中学高校と、一緒であり、また同じクラスになることも多く、交流は深い。

 達夫は色白で、整った綺麗な顔立ちである。その上、長身なことも相まって、女子に人気があった。また、その長身を生かして、センターのポジションを任せられている。二年でありながら、主力のようだ。

 「今日は朝練なかったの?」

 最近はほぼ毎日、早朝練習に出ているのだと、前に達夫が語っていた事を思い出し、広希は訊く。

 達夫は、ショルダーバッグを掛け直しながら、首を振った。

 「今日はバスケ部とバトミントン部が使う予定でさ。次に回されたよ。その二つ、試合が近いからさ」

 達夫は、整った顔を残念そうに歪め、そう言った。

 「そうなんだ」

 「まあ、俺らも試合が近いっちゃ近いけど」

 「試合あるんだ。頑張ってね」

 広希の言葉に、達夫は小さく笑った。

 「そういうお前も何か部活に入れよ。楽しいぞ」

 達夫は部活動の催促を行う。現在、広希は部活に入っていなかった。興味がある部活動はあるのだが、入れない理由があった。

 広希は、別の言い訳を伝える。

 「おばあちゃん達の手伝いで忙しから無理だよ」

 「ああ、そうだったな」

 達夫はバツが悪そうに頭を掻く。

 「大変だな。そりゃ部活動どころじゃないもんな」

 達夫は気遣うように言う。達夫は、祖父母とも面識があり、広希の親がもう他界していることも知っている。気遣いも見せ掛けではないのだろう。

 「うん」

 広希は頷く。実際は、別に理由があるので、嘘をついていることになる。少しだけ、悪い気がした。それでも、本当のことを教えるわけにはいかないので、目を瞑るしかなかった。

 その後、二人は、人通りが増え始めた中、他愛もない話をしながら、学校へと向かった。
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