あなたの血を飲み干したなら

佐久間 譲司

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転校

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 悲劇的な局面を迎えた人間というものは、思考を簡単に停止させるのだということを、広希は今回初めて知った。

 午後の授業が開始されてからも、広希の頭は、フリーズしたパソコンのように、全く動いていなかった。何も考えられないのだ。

 広希が、血を飲めず、吐き出した直後、チャイムが鳴った。午後の最初の授業は、英語だった。担当である初老の教師は、いつもチャイムと同時に教室へ入ってくる。

 教師が姿を見せると、それを契機に、広希への追求と注目は終了した。妙な余韻を残したまま、クラスメイト達は、自分の席へと戻った。

 広希は、吐き出した血を片付け、席に着く。教師が何事かと質問したが、零しただけだと説明した。

 それ以上、教師は質問を行わず、授業は始まった。教室中に、神妙な雰囲気を孕んだまま。

 自身が非感染者であることが発覚した事実は、広希の心に、ダイレクトに響いていた。授業内容が全く入って来ず、猛烈な不安が闇のように、胸中を覆っている。

 背後に並んでいるクラスメイト達の視線が、常に自分に向いているような気がした。うなじに、焼きつくような、チリチリとした感覚が生じている。これは、自意識過剰か。

 後ろを振り返って、それを確かめる勇気はなかった。もしも、全員の目が、こちらに注がれているとしたら、自分は卒倒してしまうかもしれない。

 少しも授業内容を学習しないまま、やがて五時限目は終了を迎えた。

 広希は、その場に居たたまれず、誰とも目を合わさないようにしながら、教室を出る。教室中の皆が、こちらを目で追っていることがはっきりとわかった。

 そして広希は、次の授業が始まるギリギリまで、教室の外で過ごし、開始寸前に教室へ戻った。

 その次の、SHRまでの短い休み時間ですら、それを行った。

 やがて、SHRが始まり、神谷の伝達が行われる。神谷は生徒達の挙動に敏感だ。現在、このクラスに流れている妙な雰囲気に、気が付いたようだ。怪訝な面持ちで、SHRを進行させている。

 しかし、最後まで問い質すような真似はしなかった。

 SHRが終わりを迎え、放課後に突入した。

 広希は、急いで荷物を纏めると、教室の出口に向かう。目を伏せ、誰の顔も見ないようにしながら。

 教室の皆が、刺すような視線を投げ掛けているのが、肌で感じ取れた。性欲と食欲が入り混じったような、粘りつくような視線。

 広希は、意識しないように、頭を空っぽにし、教室を後にした。




 帰宅時の記憶は、あまりなかった。

 家に戻った広希は、非感染者であることが発覚した旨を祖父母に伝えた。

 二人共に、狼狽し、ひどく心配した。特に梅子の動揺は強く、その場で広希にすがり付き、血を採られていないか、首筋や腕をチェックするほどだった。

 広希は、梅子を宥めつつ、自身の中にある不安が、次第に大きくなっていくのを実感していた。

 克己が、あやすように、広希の頭を撫でると、こう呟く。

 「転校を考えよう」

 克己の提案に、梅子もしきりに頷いている。

 広希は顔を伏せた。やはり、そうするしかないのかもしれない。非感染者だと発覚したまま、感染者と共に過ごすのは、あまりにも危険なのだ。

 あくまでテレビの情報だったが、身近な人間が非感染者だと発覚した場合の被害に合う確率は、発覚から一年間で、半分を超えているという。つまり、半数以上の非感染者が、発覚してから一年以内に、何らかの被害を受けている計算になる。

 もっとも、その被害は、セクハラ紛いなことから、無理矢理血を採られる大きな犯罪まで、多岐に渡ったケースが対象であるため、直接血を狙うパターンは、もっと少ないかもしれない。

 とは言え、危険であることに変わりはないので、やはり、非感染者だと発覚した場合は、その場を退くのが最良とされていた。

 克己が提案したように、広希の場合は、転校がベストだということになる。

 しかし、諸手を上げて、それに賛同することは、どうしても出来ない。

 広希は、その場では答えを出せずに、俯いたままだった。
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