あなたの血を飲み干したなら

佐久間 譲司

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美術部

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 放課後になった。生徒達は各々の用事を行うため、三々五々、散っていく。

 これまで広希は、非感染者であることの発覚を避けるため、早々に学校から撤退をしていた。今では、その必要がなくなったので、学校に居座り続けることが可能だ。とは言え、部活動をやっているわけではないので、その必要性もなく、発覚後も、これまで同様、すぐに下校を行っていた。

 しかし、今日は、そうするわけにはいかない。広希は、SHRが終わってからも、席に着いたままだった。

 やがて、すぐに千夏がやって来た。背後に、二人、同じ美術部の取り巻きがいる。

 「広希君、答えは決まった? 私としては、是非とも見学に来て欲しいんだけど」

 千夏は、広希へ身を寄せるようにして訊く。近い。

 「えーと……」

 広希は恥ずかしさを紛らわすために、自身の頬を掻いた。

 「他の美術部員も、広希君が入ってくれることを期待しているよ」

 千夏は、背後にいる女子生徒に目配せした。二人は同時に頷く。そして、その内の一人が口を開いた。

 「先輩達も架柴君に会いたいんだって。千夏に勧誘してくるように言ってるから、断ったら、千夏が困っちゃうよ」

 援護射撃を受けた千夏が、さらにプッシュしてくる。

 「ね、これから一緒に行こう?」

 千夏は、媚びるような表情でそう言った。懇願とも取れた。

 広希は戸惑う。始めは断るつもりだったが、これでは、切り出しにくい。

 「わ、わかったよ。とりあえず、見学だけ」

 広希は、渋々了解した。あまり気が進まないが、無理に断るのも気が引ける。それに、頑なに拒否する理由もない。ここは、見学だけでも行っておいた方が良さそうだ。

 「ありがとう」

 千夏は、向日葵のような笑顔で、礼を言った。

 その後、四人は教室を出て、美術室へと向かった。美術室は、北校舎の一階にあり、広希達の教室がある南校舎からは、随分と遠い。

 千夏達と廊下を歩いている間、周囲の生徒は、何度もこちらを見てきた。学校のアイドルと、学校で唯一の非感染者が並んで歩いているのだ。普段より、注目度は高かった。

 その注目には、違いがあることに、広希は気付く。千夏へと注がれる視線は、憧れの色があることに対し、広希に向けられるのは、非感染者への欲望が混じった視線だ。

 お馴染みのものだが、こうして比較対象がいると、さらにそれが浮き彫りになった気がした。

 北校舎に着き、一階へと降りる。そして、美術室へと到着した。

 千夏を先頭に、中へと入る。

 美術室へ入ると同時に、石油に似た独特の臭いが鼻をついた。油絵の臭いだ。嫌う者もいるが、個人的には、さほど、不快には感じない。

 美術室の中は、すでに複数の美術部員がいた。キャンバスを前に、絵を書いたり、準備を行っている。ほとんどが、女子だった。

 千夏に気が付いた部員達は、口々に挨拶を行う。ここでも、千夏は、強く慕われていることがははっきりと見て取れた。

 そして、千夏の背後に広希がいることを知り、部員達は目を丸くする。

 「千夏さんの後ろにいる人って、もしかして例の非感染者の人ですか?」

 そう聞いたのは、大人しそうな雰囲気をした、お下げ髪の女子だ。幼げな顔付きと、言葉遣いから、一年生だろうと広希は推測する。

 「ええ。今日、見学に来て貰ったの」

 千夏が答えると、美術部員達は、お互い、顔を見合わせた。やはりこの美術部にも、自身のことが知れ渡っているようだ。今更驚くに値しないが。

 「紹介するわね。架柴広希君。私のクラスメイト」

 自身を紹介され、広希は頭を下げた。少しだけ、気恥ずかしさがある。

 こちらに視線を向けている美術部員の中から、明るい声が発せられた。

 「架柴先輩、美術部入るんですか!?」

 小柄で快活そうな女子生徒だった。右手を挙げながら、そう訊く。こちらも一年生だろう。

 広希は答えた。

 「まだ悩んでいる最中だから、これから決めようかなって思ってるよ」

 「これから、なんですね」

 質問した一年生は、納得したように、頷いた。そして、広希の頭から足先までを、舐めるようにして見やる。

 それは、この快活な女子生徒に限らず、先ほどのお下げ髪の一年生も、同様だった。こっそりと、広希の姿を上から下へと何度も目を上下させていることに気が付いていた。この二人だけではない。他の美術部員も同じようにじっとりとした目線をこちらに投げかけている。

 広希は、手で全身を撫で回されているような気分に陥った。掻痒感がうなじから、背中にかけて走る。

 「あなたが、架柴広希君ね」

 横から声がかかった。

 そちらに顔を向けると、スラリとした長身の女子生徒が、笑顔で立っていた。ポニーテールが似合う、のような雰囲気を纏った美しい女子だ。

 「えっと、あなたは?」

 広希の質問に、長身の女子生徒は答える。

 「私は冴島加奈子さえじま かなこ。三年で美術部の部長よ。今日は見学に来てくれてありがとう」

 加奈子は、にっこりと微笑むと、広希の目の前まで歩み寄った。そして、突然、広希の手を握り、胸元まで持っていく。

 「あ、あの……」

 困惑した広希は、加奈子の顔を見つめた。切れ長の気の強そうな目と合う。その目に光が渦巻いていた。

 「広君って呼んでいい?」

 「は、はい」

 「今回あなたを千夏に勧誘して貰ったのは、私のお願い。私、あなたに入部して欲しいの」

 加奈子は、広希の手を握ったまま、そう告白した。握られた手が、熱を持っている。

 「だから、後で入部届けにサインして?」

 加奈子は、手に力を込めた。痛いくらいだ。離してと、伝えようとした時、千夏の手が、握り合っている二人の手を覆った。

 「部長。先走り過ぎですよ。落ち着いて接するようにと、予め言いましたよね?」

 千夏の咎める言葉に、加奈子が、弾かれたように、広希の手を離した。

 「そ、そうだったね。ごめんね。広君」

 加奈子は手を合わせて謝った。目の奥に、少しだけ、怯えのような感情があるような気がした。

 美術室にいる者全ての視線が、こちらに注がれている。バツの悪そうな雰囲気を誤魔化すように、加奈子は手を叩く。

 「さあ、皆、作業に戻って!」

 加奈子の声が、響き渡った。
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