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絵のモデル
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その日から、千夏による広希をモデルにした人物画が描かれ始めた。そのため、ほぼ毎日、放課後に美術室へ向かわなければならなくなった。
やることは単純であり、絵を描く千夏の前で、ただ、座ってじっとしておけばいいだけだった。
基本的に、二十分毎に十分ほどの休憩を挟んでいた。これは、プロのモデルでも同じ手法が取られているらしい。
最初、それを聞いた時は、やけに休憩が多いと思ったが、経験して初めてわかった。十分でも、その場で身じろぎせず、彫像のように固まり続けるのは、相当な労力が必要なのだ。
五分も経つと、ついつい、貧乏揺すりや、足踏みへの衝動に駆られてしまう。不思議に千夏は、その兆候を察しているらしく、身じろぎしそうになると、ピシャリと注意を飛ばしてきた。
無報酬の仕事ではあるが、了解した手前、大人しく従う他ない。
引き受けたことを若干後悔しつつ、広希は慣れないモデルに徹していた。
広希は、静まり返った美術室で、固定ポーズのまま、正面でキャンバスに筆を走らせている千夏へ、目を向ける。
正確には、面接時のように、姿勢を整えたまま千夏の方を向いているだけなので、視界に入っているだけと言ってもよかった。
広希は、視界内の千夏を観察する。
他の美術部員にも言えることだったが、千夏は真剣な面持ちだ。標的を狙うスナイパーのように、鋭い目でこちらを射抜いている。始めは、その眼光に晒されているだけで、頭の中まで見透かされているようなおかしな錯覚を受けた。
千夏はいつも、こんな眼光炯々な目で描絵しているのかと、驚きの気持ちがあった。やはりそこは美術部員である証なのだろう。
「ありがとう。今日はもう終わりだよ」
千夏が筆を置きながら、そう宣言した。
広希はホッと息を吐き、姿勢を崩す。正座を限界一杯のところで解除した時のような、放出された気分が体を包む。
広希は体のコリをほぐすように、腕を回しながら、立ち上がった。そして、小さく伸びをする。
「けっこう進んだよ」
千夏は絵具を片付けながら、キャンバスを指差した。
広希は、横から、千夏の絵を覗き込む。
そこには椅子に座り、こちらを真っ直ぐ見据えている自分の姿があった。下塗りの途中ではあるが、さすが美術部員と言うべきか、非常に上手い。はっきりと人物の特徴が描き出されている。
「上手だね」
広希は褒めた。千夏は、照れたように笑う。
「ありがとう。人物画は得意だから」
千夏は若干誇らしげに言った。
しかし、絵をよくよく見てみると、どこか美化されたような部分が見受けられた。実際の自分よりも、鼻筋が通っているような気がする。また、表情が、少女マンガみたいにドラマチックだ。
背景は、実際のものとは違い、グラデーションが掛かったような描写がされていた。そこにはまだ色は入っていない。
全体的にどこかおぼろげなイメージがあるのは、それが絵画の技法だからなのだろうか。美術の知識が皆無な自分には、よくわからなかった。
道具を片付けている千夏に、広希は帰る旨を告げる。千夏は一緒に帰ろうと申し出てきたが、広希は断った。学校のアイドルと頻繁に行動するのは荷が重たいのだ。ここ連日、同じように断っている。
広希は寂しそうにしている千夏をその場に残し、美術室の扉に向かう。他の美術部員の視線を強く感じた。チラリと様子を伺うと、加奈子や美樹、小夜もこちらを見ていた。
視線には、欲望が入り混じった感触がある。これもすでに、お馴染みのものだった。
広希は、意識をしないようにしながら、美術室を後にした。
やることは単純であり、絵を描く千夏の前で、ただ、座ってじっとしておけばいいだけだった。
基本的に、二十分毎に十分ほどの休憩を挟んでいた。これは、プロのモデルでも同じ手法が取られているらしい。
最初、それを聞いた時は、やけに休憩が多いと思ったが、経験して初めてわかった。十分でも、その場で身じろぎせず、彫像のように固まり続けるのは、相当な労力が必要なのだ。
五分も経つと、ついつい、貧乏揺すりや、足踏みへの衝動に駆られてしまう。不思議に千夏は、その兆候を察しているらしく、身じろぎしそうになると、ピシャリと注意を飛ばしてきた。
無報酬の仕事ではあるが、了解した手前、大人しく従う他ない。
引き受けたことを若干後悔しつつ、広希は慣れないモデルに徹していた。
広希は、静まり返った美術室で、固定ポーズのまま、正面でキャンバスに筆を走らせている千夏へ、目を向ける。
正確には、面接時のように、姿勢を整えたまま千夏の方を向いているだけなので、視界に入っているだけと言ってもよかった。
広希は、視界内の千夏を観察する。
他の美術部員にも言えることだったが、千夏は真剣な面持ちだ。標的を狙うスナイパーのように、鋭い目でこちらを射抜いている。始めは、その眼光に晒されているだけで、頭の中まで見透かされているようなおかしな錯覚を受けた。
千夏はいつも、こんな眼光炯々な目で描絵しているのかと、驚きの気持ちがあった。やはりそこは美術部員である証なのだろう。
「ありがとう。今日はもう終わりだよ」
千夏が筆を置きながら、そう宣言した。
広希はホッと息を吐き、姿勢を崩す。正座を限界一杯のところで解除した時のような、放出された気分が体を包む。
広希は体のコリをほぐすように、腕を回しながら、立ち上がった。そして、小さく伸びをする。
「けっこう進んだよ」
千夏は絵具を片付けながら、キャンバスを指差した。
広希は、横から、千夏の絵を覗き込む。
そこには椅子に座り、こちらを真っ直ぐ見据えている自分の姿があった。下塗りの途中ではあるが、さすが美術部員と言うべきか、非常に上手い。はっきりと人物の特徴が描き出されている。
「上手だね」
広希は褒めた。千夏は、照れたように笑う。
「ありがとう。人物画は得意だから」
千夏は若干誇らしげに言った。
しかし、絵をよくよく見てみると、どこか美化されたような部分が見受けられた。実際の自分よりも、鼻筋が通っているような気がする。また、表情が、少女マンガみたいにドラマチックだ。
背景は、実際のものとは違い、グラデーションが掛かったような描写がされていた。そこにはまだ色は入っていない。
全体的にどこかおぼろげなイメージがあるのは、それが絵画の技法だからなのだろうか。美術の知識が皆無な自分には、よくわからなかった。
道具を片付けている千夏に、広希は帰る旨を告げる。千夏は一緒に帰ろうと申し出てきたが、広希は断った。学校のアイドルと頻繁に行動するのは荷が重たいのだ。ここ連日、同じように断っている。
広希は寂しそうにしている千夏をその場に残し、美術室の扉に向かう。他の美術部員の視線を強く感じた。チラリと様子を伺うと、加奈子や美樹、小夜もこちらを見ていた。
視線には、欲望が入り混じった感触がある。これもすでに、お馴染みのものだった。
広希は、意識をしないようにしながら、美術室を後にした。
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