あなたの血を飲み干したなら

佐久間 譲司

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呼び出し

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 休み明け、神谷から呼び出しを受けた。昼休みのことである。

 呼び出された先は職員室ではなく、生徒指導室だった。広希は、不安になった。呼び出される理由は皆目検討が付かず、知らない内に何か悪いことでもしたのだろうかと、指導室の白い扉の前で、少しだけ躊躇っていた。

 しかし、いざ中で待っていた神谷に話を聞くと、そうではないことが判り、ホッとする。そして、長机を挟んで対面にいる神谷に、呼び出しの理由を尋ねた。尋ねながら、広希は、違和感に襲われた。

 神谷の雰囲気が、いつもと違う気がした。朝のSHRの時とどこか変わっている。何か妙だ。いや、妙というより……。

 広希が違和感の正体に気が付いた時、神谷が口を開いた。

 「ちょっと小耳に挟んでね」

 神谷の澄んだようなハスキーボイスが、鼓膜を震わせる。

 「小耳?」

 「そう」

 神谷は頷いた。そして、後ろで束ねた髪をかき上げと、射るような目で広希を直視する。シャープな顔立ちが、どこか憂いを帯びているようだ。

 神谷は広希から視線を外さず、続けて言う。

 「架柴、お前、非感染者なんだって?」

 微かに広希の心臓が波打つ。広希が非感染者だということは、すでに周知の事実になっており、教師の耳に入るのも当然の結果である。むしろタイミングとしては遅いぐらいだ。しかし、こうやって改めて、面と向かい尋ねられると、少しだけ心がさざ波立つのを自覚する。

 「はい、そうですね……」

 嘘を付いても仕方がないので、広希は正直に答えた。神谷の整った眉毛が、ピクリと動く。

 「発覚した後、何かトラブルは?」

 「今のところはないです」

 「そうか。それならよかった」

 神谷は笑顔になった。

 広希は、パイプ椅子の上で、もぞもぞと身じろぎを行う。何となく、落ち着かない。神谷は心配をしてくれているようだが、おかしな圧迫感があった。刑事による尋問のような、息苦しさと、緊張感を覚えてしまう。

 「それで、架柴」

 神谷は、長机の上に置いてある手を動かし、指を組む。広希は、その手を反射的に見た。細長くて白い指には、指輪が嵌っていない。来年で独身のまま三十路を迎える『行き遅れ』の証拠だ。

 「誰かに血を飲ませたか?」

 不躾な質問だった。以前も誰かから似たような質問をされたことがある。やはり感染者として気になるのだろうか。

 広希は首を横に振った。

 「飲ませてないですよ」

 「今までという意味では?」

 「一度もないです」

 「お前のおじいさんとおばあさんにもか?」

 「ありません」

 「そうか」

 神谷はそう言うと、机の上に置いていた手を、膝の上へと下ろす。そこで広希はある一点に目が止まった。今まで神谷の手が触れていた机の天板部分である。そこが、湿

 広希は悟る。それは水ではなく、神谷の『汗』であることに。

 つまり、彼女は内心、緊張しているらしい。表面上は、いつものように、淡々とクールではあるが。

 生徒を前に、神谷は一体どうしたのだろう。広希は訝った。

 神谷に質問を行う。

 「あの、呼び出しの理由って、僕が非感染者かどうか知りたかっただけですか?」

 「まあ、そんなところかな」

 「なら、もう教えたので、教室に戻りたいです」

 神谷は手の平をこちらに向け、宥めるような動作をした。

 「わかっている。時間をとらせるつもりない。ただ、一言伝えたくてな」

 「はあ」

 「私は教師だ。こう見えて、生徒達のことは、それなりに考えているつもりだ。特に、自分のクラスの生徒は特に」

 神谷は、こちらに身を乗り出す。神谷との距離がグッと近くなる。

 「つまり私は、生徒達のトラブルは解決したいし、未然に防ぎたい。わかるか?」

 広希は、曖昧に頷いた。実際はよくわからなかったが、とにかく生徒達の心配をしているということを言いたいのだろうか。

 「だから、今後もし、校内でお前が非感染者であることによるトラブルを抱えたら、真っ先に私へ知らせてくれ。必ず解決してやる」

 神谷は、自信ありげな表情で、そう言い切った。すぐ目の前まで顔が迫っているので、吐息が掛かる。

 「……わかりました」

 広希は首肯した。真意はどうであれ、表面上は、広希の相談役を買って出るということらしい。教師としての責務か、それとも。

 話が済んだらしく、神谷はもう行っていいぞと目で合図を送ってきた。

 広希は立ち上がり、指導室から出る。

 指導室の扉を閉めた時、最初、神谷に抱いた違和感を思い出した。

 神谷は化粧をしていたのだ。今まで一度もまともに化粧すらして来なかった女教師だったのに。
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