あなたの血を飲み干したなら

佐久間 譲司

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不安

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 壁掛けの時計が午後八時を指した。

 克己は妻である梅子と顔を見合わせる。妻の顔は不安げだった。おそらく、自分も同じような表情を浮かべていることだろう。

 孫の広希が、未だ学校から帰ってきていないせいだ。広希は部活動を行っておらず、普段は遅くとも六時には帰宅をしていた。遅れるにしても、必ず連絡は入れていた。

 それは、帰ってから買い物の手伝いや、料理の手伝いをするためであった。遅くなり、手伝いが出来なかったら、いつも謝っていた。ごめんね、おじいちゃん、おばあちゃん、と。

 その孫の帰りが遅いため、非常に気がかりだった。梅子も先ほどから落ち着かず、どうしたのかと憂慮を口にしていた。

 克己はテレビに目を向ける。NHKのニュースが流れており、口蹄疫で不足した血液飲料の話題を取り上げていた。血液飲料の不足は深刻化しており、世界中でその影響が出ているようだ。日本ではより被害が顕著で、生産や経済活動が低下しているという。すでに血液飲料が手元にない感染者が、余裕のある感染者を襲い、血液飲料を強奪する事件も起きている。

 

 それは自分達も例外ではなかった。近隣で手に入る血液飲料はほとんどなく、現在は買い置きしていた分を、水で薄めて飲んでいる始末だ。これすらいつまで持つかわからない。

 今や日本中の感染者が、このような境遇に陥っている。

 だが、孫の広希は違う。感染者ではないのだ。そして、だからこそ、心配だった。感染者の歯牙にかかる恐れがある。口蹄疫のアウトブレイクがない時ですら、非感染者はその血を狙われることが多々あった。ましてや、血液飲料が不足しているこの現状では、危険は激増する。

 すでに広希は、学校のクラスメイト達に非感染者だと発覚してしまっている。そういった状況下で、帰宅が遅いことを鑑みて、何かしらの事件に巻き込まれたと勘繰るのは、杞憂ではないだろう。

 克己は再び壁掛けの時計に目を走らせる。あれから三分ほど経過していた。時計が針を刻むように、刻々と克己の中に不安が募っていく。それは梅子も同様のはずだ。

 「どうしたのかしら広ちゃん。スマホにも繋がらないし」

 充電が切れたのか、電波の届かない場所にいるのか、広希のスマートフォンに電話が繋がらなかった。電源を落としている、ということはないはずだ。わざわざそんな真似をする理由は思い当たらなかった。

 風船のように膨らみ続けた不安は、やがて限界まで達した。焦燥感が生まれ、その感覚が、克己を動かす。

 「警察に相談してみよう」

 克己は外出する準備を行った。たった一人の孫。息子達から預かった大切な存在なのだ。必ず守ると誓っている。

 克己の脳裏に、広希の穏やかな顔がよぎる。広希は今時の若者にしては珍しく、よく家事を手伝ってくれる子だった。優しいのだ。

 広希にもしも、何かあったら、自分は自分を許せないだろう。孫一人守れない爺なのだから。

 「警察より先に、先生に訊いてみたら?」

 梅子がそう言った。心配げな面持ちだ。顔色が貧血を起こしたかのように、白い。

 「……そうだな」

 克己は梅子から顔を逸らし、考える。いきなり警察に押しかけるよりは、まずは情報を得たほうがいいのかもしれない。もしかすると、クラスの用事で、本当に遅くなっているだけの可能性もある。

 確か、広希が所属する二年三組の担当教諭は、神谷早苗という名前の女性だった。三者面談の時、熱心に話を聞いてくれた記憶がある。誠実そうな教諭で、真剣に生徒のことを案じている。そういった姿勢で、印象は良かった。

 「まずは神谷教諭に話をしてみよう」

 克己は、居間にある卓上電話に手を伸ばした。
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