あなたの血を飲み干したなら

佐久間 譲司

文字の大きさ
39 / 49

疑心

しおりを挟む
 放課後。早紀は帰り支度を済ませた。今は中間試験直前の部活動休止期間であるため、部活にいくことはない。

 しかし、その中間試験前に学校閉鎖が行われるので、結局のところ、部活動休止は意味がないのである。せめて、中間試験の後に閉鎖するべきだと思ったが、休学している生徒も多く、血液不足のせいで学力も低下していることから、試験自体に充分な成果を上げられない可能性が高い。そのため、むしろ学校側の配慮として、中間試験直前での高校閉鎖となったのだろう。

 早紀は、クラスメイトの友人達と連れたって教室を出た。いつもは和気藹々といつでもどこでも話が弾むのに、血液不足になってからは、会話も少なく、盛り上がることが滅多になくなっていた。

 校門まで一緒に行き、そこで友人達と別れる。早紀の家は、友人達とは別方向だった。

 見慣れた通学路を歩いていると、前方に、知った後姿が見えた。絹のような綺麗な後ろ髪。スタイルのいい姿は、おそらく千夏だろう。

 千夏は、数名の生徒達と一緒に歩いている。顔を確認したわけではないので、誰かはわからないが、どれも女子の制服を着ていた。千夏を入れて、全部で四人。後姿からは、皆知らない人間のように感じた。

 彼女達は大通りの方へ向かっていた。その大通りは『あけぼの通り』と呼ばれ、駅へと直接アクセスが可能なメインストリートだ。

 そう言えば、千夏の家は、木更津駅から西側の、富士見にあると聞いたことがある。そのため、『あけぼの通り』から直接、駅へと向かうルートを取るのかもしれない。

 早紀の家は、南側の桜町付近にあるため、駅へはいかない。

 千夏達は『あけぼの通り』へと出た。そこまでは、自分も向かう方角は同じなので、その後ろを追う形で歩く。

 そして、千夏達は、駅の方へと曲がり角を曲がった。四人の姿が見えなくなる。早紀の予測通り、『あけぼの通り』のルートに乗り、駅へと向かうのだろう。

 自分の家はこのまま真っ直ぐ進んで、『あけぼの通り』を越えた先にある。つまり、もう千夏達の後ろを歩かず、別方向へ進むことになるのだ。

 早紀は瞬間、悩んだ。なぜかは自分でもわからない。だが、どうしても、千夏達のことが気になった。教室でも同じだった。逆棘のように、喉の奥に違和感が引っ掛かっているのだ。その根源が掴めず、頭の中がむず痒くなった。

 気が付くと、自然に駅の方へと足が向いていた。再び千夏達の後方へと付き、『あけぼの通り』の上を歩く。

 今はまだ時間帯が早く、日が高い。あまり近付き過ぎないように心掛けながら、後を追う。周りは似たような姿の江府高校生が沢山いるので、すぐにこちらを識別することは不可能なはずだ。

 やがて、千夏達は木更津駅を通過し、富士見地区へ入る。てっきり、駅構内の店に立ち寄るものだと思っていたが、勘違いだったようだ。

 富士見に入ってから、なぜか千夏は、周囲を気にする素振りを見せ始めた。幸い、人通りが少なくなったため、さらに距離を保つようにしていた。そのお陰か、千夏達はこちらに気付くことはなかった。

 しばらく後ろに付いていた成果で、千夏と共に歩いている人物達の容貌が少し把握できた。

 一人はポニーテールの髪型をした女子生徒だ。ストッキングを履いた大人びた人で、上級生のように思われた。もう一人は、お下げ頭の眼鏡をかけた真面目そうな女子。そして、残る一人は、小柄で、ベリーショートの元気そうな生徒だ。後の二人は、少し幼げな印象があるため、下級生かなと思う。

 年齢もそれぞれ違うようなので、もしかすると美術部の部員達なのかもしれない。親しげな印象もあった。

 ほどなくして、四人は一軒の家へと辿り着いた。

 その家を見た早紀は、目を見張った。とても大きい家だった。白い塀に、オフホワイトの建屋。それは小さな城を思わせた。

 これが千夏の家らしかった。病院経営者の一人娘だと知ってはいたが、その肩書きも伊達ではないということなのだろう。

 四人は、千夏に案内されながら、敷地内へと足を進めている。さすがにそこまでは追えないため、近くの民家の塀に身を隠し、そっと様子を伺う。

 辺りはまだ明るいので、慎重に行動しないと、こちらの姿が筒抜けになってしまう。注意しないと。

 美術部員らしき生徒達は、千夏に促されながら、家の中へと吸い込まれるようにして入っていく。皆、その他の血液不足の感染者のように、顔色は悪いが、表情がとても朗らかだった。誰もが遊ぶ余裕すらない状況で、これから何をするのだろうと疑問が浮かぶ。

 その時、ポニーテール頭の女子生徒が、急にこちらへ顔を向けた。早紀はとっさに顔を引っ込める。不意の出来事で、心臓が跳ね上がった。一瞬、目が合ったような気がする。気のせいか。ばれていないよね? 不安に、心臓がバクバクと音を立てて鳴っている。

 すぐにここを立ち去る考えが頭をよぎった。

 だが、どうしても、体が従わない。高鳴る心臓を宥め、少しだけ間を置く。そして再度、そっと塀から顔を出し、千夏の家の様子を確認した。

 そこにはもう誰もいなかった。皆家の中に入ってしまったのだろう、高級住宅の広い玄関ポーチだけが目に付いた。

 どうやら目が合ったのは、こちらの錯覚だったようだ。運よく、追跡は気付かれることなく済んだらしい。早紀は、胸を撫で下ろす。

 千夏達が家の中に入ってしまった以上、どうすることもできなかった。さすがにインターホンを鳴らすわけにはいかないだろう。

 結局、大した意味のない探偵ごっこは終わりを迎え、早紀は、思案した。このまま家に帰ろうかとも思う。血が飲めていないため、体の疲労感が強かった。活動は控えたほうがよい。

 しかし、もう一つ、気になる点があった。広希のことだ。広希は今、どうしているのだろう。

 広希の家は、確か祇園地区にあったはずだ。少し前に、用事ついでに立ち寄った記憶がある。その時は家の前までだが、記憶には残っていた。応対したのは、広希だけだが、聞いた話だと、祖父母と共に暮らしているらしい。

 早紀は、広希の家に向かうことにした。その場を離れ、再び駅の方へと歩き出す。

 広希の家は、千夏の家がある富士見とは正反対の方向にあるため、随分と歩かなければならなかった。

 祇園地区にある広希の家に着いた時には、日は随分と傾いていた。血液不足からくる疲労も、ピークに達しており、途中で何度か薄めた血液飲料を飲むが、大して改善されなかった。

 早紀は、広希の家を見上げる。古い木造住宅のようだ。古いものの、造りはしっかりしているようで、お寺のような立派な雰囲気を持っているように感じる。

 家は静まり返っており、人がいる気配がなかった。

 試しに、インターホンを鳴らしてみるが、反応がなかった。出掛けているのだろうか。少なくとも広希は風邪で寝込んでいるはずなので、無人ではないと思うが……。

 その後も、何度かインターフォンを鳴らしてみるものの、反応なし。早紀は諦めて帰ることにした。

 何か嫌な予感がした。早紀は自分の家に向かいながら、その思いに襲われる。暗闇の中で、得体の知れない化け物が、動き回っている感覚に似ていた。自らの与り知らぬところで、獣が牙を剥き、群れの仲間を貪っていく。

 早紀の脳裏には、闇夜を渡るドラキュラのイメージが浮かび上がっていた。ブラム・ストーカのドラキュラではなく、シェリダン・レ・ファニュのカーミラだ。美女のドラキュラが、仲間をさらい、街の闇に溶け込む。

 血が飲めていないために起こる夢想が、頭を巡る。水筒から血を飲むが、その夢想は消え去ってはくれなかった。

 早紀は、血のように赤く染まっている夕日の中を、言い知れぬ不安を抱えたまま、家へと向かって歩いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】ホラー短編集「隣の怪異」

シマセイ
ホラー
それは、あなたの『隣』にも潜んでいるのかもしれない。 日常風景が歪む瞬間、すぐそばに現れる異様な気配。 襖の隙間、スマートフォンの画面、アパートの天井裏、曰く付きの達磨…。 身近な場所を舞台にした怪異譚が、これから続々と語られていきます。 じわりと心を侵食する恐怖の記録、短編集『隣の怪異』。 今宵もまた、新たな怪異の扉が開かれる──。

視える僕らのシェアハウス

橘しづき
ホラー
 安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。    電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。    ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。 『月乃庭 管理人 竜崎奏多』      不思議なルームシェアが、始まる。

呪縛 ~呪われた過去、消せない想い~

ひろ
ホラー
 二年前、何者かに妹を殺された―――そんな凄惨な出来事以外、主人公の時坂優は幼馴染の小日向みらいとごく普通の高校生活を送っていた。しかしそんなある日、唐突に起こったクラスメイトの不審死と一家全焼の大規模火災。興味本位で火事の現場に立ち寄った彼は、そこでどこか神秘的な存在感を放つ少女、神崎さよと名乗る人物に出逢う。彼女は自身の身に宿る〝霊力〟を操り不思議な力を使うことができた。そんな現実離れした彼女によると、件の火事は呪いの力による放火だということ。何かに導かれるようにして、彼は彼女と共に事件を調べ始めることになる。  そして事件から一週間―――またもや発生した生徒の不審死と謎の大火災。疑いの目は彼の幼馴染へと向けられることになった。  呪いとは何か。犯人の目的とは何なのか。事件の真相を追い求めるにつれて明らかになっていく驚愕の真実とは―――

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

皆さんは呪われました

禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか? お勧めの呪いがありますよ。 効果は絶大です。 ぜひ、試してみてください…… その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。 最後に残るのは誰だ……

怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo
ホラー
この世には、知ってはいけない話がある。  怪談、都市伝説、語り継がれる呪い——  どれもがただの作り話かもしれない。  だが、それでも時々、**「本物」**が紛れ込むことがある。  本書は、そんな“見つけてしまった”怪異を集めた一冊である。  最後のページを閉じるとき、あなたは“何か”に気づくことになるだろう——。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2026/1/23:『でんとう』の章を追加。2026/1/30の朝頃より公開開始予定。 2026/1/22:『たんじょうび』の章を追加。2026/1/29の朝頃より公開開始予定。 2026/1/21:『てがた』の章を追加。2026/1/28の朝頃より公開開始予定。 2026/1/20:『ものおと』の章を追加。2026/1/27の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/19:『みずのおと』の章を追加。2026/1/26の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/18:『あまなつ』の章を追加。2026/1/25の朝8時頃より公開開始予定。 2026/1/17:『えれべーたー』の章を追加。2026/1/24の朝8時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

処理中です...