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期待
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「はい。あーんして」
千夏が、あやすような口調でスプーンを目の前に突き出す。スプーンの上には、細かく切ったレバーと、炒めたもやしが乗っていた。
体を拘束されているため、ここでの食事は千夏に食べさせて貰う形になっている。
しかし、その不自由な環境を作り出した張本人から給餌を受けるのは、大きな抵抗があった。
広希は、口を閉じ、じっとしたまま、千夏の――おそらくは――手料理を固辞する姿勢を取る。
それを見て、千夏は呆れた声を出した。
「もう、いつも言っているでしょ。反抗しても無駄だって。どう足掻いてもここからは出すつもりはないから」
それに、と千夏はスプーンを持ったまま、続ける。
「精をつけないと持たないよ。血を抜かれているんだから」
千夏はまるで他人事のように言うと、スプーンをこちらの唇へと付けた。
このままでは無理矢理ねじ込まれそうだったので、仕方なしに口を開け、スプーンの上の料理を口に含む。
レバーはあまり好きではなかったが、体力を持たせるため、咀嚼して胃に収める。
それを確認した千夏は、満足そうに目を細めた。そしてレバニラ炒めと白米を交互に与えてくる。
それらを食べ終えた広希に、食器を片付けながら、千夏は言う。
「そうそう。後で、ある人がくるからね」
「ある人?」
広希は掠れた声で聞き返す。
千夏は首肯した。
「うん。今までは、抜いた広希君の血の残りを渡していただけなんだけど、それじゃあ少ないし、新鮮ではないってうるさくって。だからここに招待して、直接採ったばかりの血を飲ませてあげることにしたんだ。協力者だしね。だからまた血を抜くから、我慢して頂戴」
千夏は、ウィンクしながら、こちらの頭を撫でる。広希の顔が不安に曇ったことを、千夏は見逃がさなかった。
「安心して。さっき私が血を貰ったから、後はせいぜい一杯くらいしか採らないよ」
一杯だろうと、苦痛には違いがなく、そこは遠慮するつもりがないようだ。
やがて、千夏は部屋を出て行った。静かになった部屋で、広希はぼんやりと天井を見上げる。
ある人とは、一体誰だろう。協力者らしいが、何をしたのか。
頭の中で、ある程度模索を行うが、眩暈のせいで、思考がおぼつかなかった。
軽い船酔いに似た感覚が、自身を襲っている。
これは貧血からくるものだ。千夏が言ったように、先ほど血を抜かれている。それだけではなく、毎日続く採血のせいもある。完全に回復するより前に、血を抜かれているため、常に血が足りないのだ。
後からやってくるという、協力者のことを考える余裕がなかった。
広希は、身じろぎを行う。
体中に痛みが走った。身体拘束による影響のせいだ。長い間、同じ姿勢を保ち続けると間接は固まり、鈍い痛みが生じる。このままだとより深刻化するのは目に見えていた。たまに千夏が達夫達を伴って、体位変換を行ってくれるが、それも焼け石に水だ。
長期化している監禁は、非常に苦痛があった。どれくらい日数が経ったのかすら、もう把握が難しい。千夏に訊いても、教えようとはしなかったし、他に日付を確認できる方法もなかった。そのため、相当時間が経過したように感じる。せいぜい一週間足らずかもしれないが、自分の感覚では、一ヶ月近くは経っているように思えた。
広希の精神は、疲労困憊しつつあった。長期間の拘束と監禁に加え、強制的な採血によるストレスは、広希の心を研磨機にかけたように、確実に削り取っていった。頭が正常に働かず、夢遊病者のようにおぼろげな思考能力へと、著しい低下の道を歩んでいた。
こうなる以前、あまりにも抵抗がひどい広希に対し、千夏が精神安定剤を飲ませたことがあった。その時も、頭がぼんやりとし、物事を上手く考えられなくなった。その時と今は感覚が似ているが、違うのは、薬の場合は、精神的苦痛を感じられなくなった点だ。それを踏まえれば、広希としてはせめて苦痛から逃れるために、薬の処方を望むのだが、千夏は一度使ったきり、二度と使おうとはしなかった。理由は、血が不味くなる、というものだ。
千夏達は一向に広希を開放する素振りを見せなかった。まるで乳牛からミルクを絞るように、血を抜き、美味しそうに飲んでいる。彼女達が自分を見る目は、まさに家畜に対するそれだった。
絶望と苦痛の中に沈んでいる広希だったが、一縷の希望があった。
それは祖父母のことだ。自分が行方不明になってから、随分と時間が経っている。すでに警察へ捜索願いを提出したはずだ。高校へも連絡をしているに違いない。
いずれは、警察がここへ踏み込むはずだ。祖父母が助けてくれる。きっと。そうなれば、お前らは終わりだ。
広希は、眩暈に襲われながら、心の中でそう呟いた。
千夏が、あやすような口調でスプーンを目の前に突き出す。スプーンの上には、細かく切ったレバーと、炒めたもやしが乗っていた。
体を拘束されているため、ここでの食事は千夏に食べさせて貰う形になっている。
しかし、その不自由な環境を作り出した張本人から給餌を受けるのは、大きな抵抗があった。
広希は、口を閉じ、じっとしたまま、千夏の――おそらくは――手料理を固辞する姿勢を取る。
それを見て、千夏は呆れた声を出した。
「もう、いつも言っているでしょ。反抗しても無駄だって。どう足掻いてもここからは出すつもりはないから」
それに、と千夏はスプーンを持ったまま、続ける。
「精をつけないと持たないよ。血を抜かれているんだから」
千夏はまるで他人事のように言うと、スプーンをこちらの唇へと付けた。
このままでは無理矢理ねじ込まれそうだったので、仕方なしに口を開け、スプーンの上の料理を口に含む。
レバーはあまり好きではなかったが、体力を持たせるため、咀嚼して胃に収める。
それを確認した千夏は、満足そうに目を細めた。そしてレバニラ炒めと白米を交互に与えてくる。
それらを食べ終えた広希に、食器を片付けながら、千夏は言う。
「そうそう。後で、ある人がくるからね」
「ある人?」
広希は掠れた声で聞き返す。
千夏は首肯した。
「うん。今までは、抜いた広希君の血の残りを渡していただけなんだけど、それじゃあ少ないし、新鮮ではないってうるさくって。だからここに招待して、直接採ったばかりの血を飲ませてあげることにしたんだ。協力者だしね。だからまた血を抜くから、我慢して頂戴」
千夏は、ウィンクしながら、こちらの頭を撫でる。広希の顔が不安に曇ったことを、千夏は見逃がさなかった。
「安心して。さっき私が血を貰ったから、後はせいぜい一杯くらいしか採らないよ」
一杯だろうと、苦痛には違いがなく、そこは遠慮するつもりがないようだ。
やがて、千夏は部屋を出て行った。静かになった部屋で、広希はぼんやりと天井を見上げる。
ある人とは、一体誰だろう。協力者らしいが、何をしたのか。
頭の中で、ある程度模索を行うが、眩暈のせいで、思考がおぼつかなかった。
軽い船酔いに似た感覚が、自身を襲っている。
これは貧血からくるものだ。千夏が言ったように、先ほど血を抜かれている。それだけではなく、毎日続く採血のせいもある。完全に回復するより前に、血を抜かれているため、常に血が足りないのだ。
後からやってくるという、協力者のことを考える余裕がなかった。
広希は、身じろぎを行う。
体中に痛みが走った。身体拘束による影響のせいだ。長い間、同じ姿勢を保ち続けると間接は固まり、鈍い痛みが生じる。このままだとより深刻化するのは目に見えていた。たまに千夏が達夫達を伴って、体位変換を行ってくれるが、それも焼け石に水だ。
長期化している監禁は、非常に苦痛があった。どれくらい日数が経ったのかすら、もう把握が難しい。千夏に訊いても、教えようとはしなかったし、他に日付を確認できる方法もなかった。そのため、相当時間が経過したように感じる。せいぜい一週間足らずかもしれないが、自分の感覚では、一ヶ月近くは経っているように思えた。
広希の精神は、疲労困憊しつつあった。長期間の拘束と監禁に加え、強制的な採血によるストレスは、広希の心を研磨機にかけたように、確実に削り取っていった。頭が正常に働かず、夢遊病者のようにおぼろげな思考能力へと、著しい低下の道を歩んでいた。
こうなる以前、あまりにも抵抗がひどい広希に対し、千夏が精神安定剤を飲ませたことがあった。その時も、頭がぼんやりとし、物事を上手く考えられなくなった。その時と今は感覚が似ているが、違うのは、薬の場合は、精神的苦痛を感じられなくなった点だ。それを踏まえれば、広希としてはせめて苦痛から逃れるために、薬の処方を望むのだが、千夏は一度使ったきり、二度と使おうとはしなかった。理由は、血が不味くなる、というものだ。
千夏達は一向に広希を開放する素振りを見せなかった。まるで乳牛からミルクを絞るように、血を抜き、美味しそうに飲んでいる。彼女達が自分を見る目は、まさに家畜に対するそれだった。
絶望と苦痛の中に沈んでいる広希だったが、一縷の希望があった。
それは祖父母のことだ。自分が行方不明になってから、随分と時間が経っている。すでに警察へ捜索願いを提出したはずだ。高校へも連絡をしているに違いない。
いずれは、警察がここへ踏み込むはずだ。祖父母が助けてくれる。きっと。そうなれば、お前らは終わりだ。
広希は、眩暈に襲われながら、心の中でそう呟いた。
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