あなたの血を飲み干したなら

佐久間 譲司

文字の大きさ
41 / 49

期待

しおりを挟む
 「はい。あーんして」

 千夏が、あやすような口調でスプーンを目の前に突き出す。スプーンの上には、細かく切ったレバーと、炒めたもやしが乗っていた。

 体を拘束されているため、ここでの食事は千夏に食べさせて貰う形になっている。

 しかし、その不自由な環境を作り出した張本人から給餌を受けるのは、大きな抵抗があった。

 広希は、口を閉じ、じっとしたまま、千夏の――おそらくは――手料理を固辞する姿勢を取る。

 それを見て、千夏は呆れた声を出した。

 「もう、いつも言っているでしょ。反抗しても無駄だって。どう足掻いてもここからは出すつもりはないから」

 それに、と千夏はスプーンを持ったまま、続ける。

 「精をつけないと持たないよ。血を抜かれているんだから」

 千夏はまるで他人事のように言うと、スプーンをこちらの唇へと付けた。

 このままでは無理矢理ねじ込まれそうだったので、仕方なしに口を開け、スプーンの上の料理を口に含む。

 レバーはあまり好きではなかったが、体力を持たせるため、咀嚼して胃に収める。

 それを確認した千夏は、満足そうに目を細めた。そしてレバニラ炒めと白米を交互に与えてくる。

 それらを食べ終えた広希に、食器を片付けながら、千夏は言う。

 「そうそう。後で、ある人がくるからね」

 「ある人?」

 広希は掠れた声で聞き返す。

 千夏は首肯した。

 「うん。今までは、抜いた広希君の血の残りを渡していただけなんだけど、それじゃあ少ないし、新鮮ではないってうるさくって。だからここに招待して、直接採ったばかりの血を飲ませてあげることにしたんだ。協力者だしね。だからまた血を抜くから、我慢して頂戴」

 千夏は、ウィンクしながら、こちらの頭を撫でる。広希の顔が不安に曇ったことを、千夏は見逃がさなかった。

 「安心して。さっき私が血を貰ったから、後はせいぜい一杯くらいしか採らないよ」

 一杯だろうと、苦痛には違いがなく、そこは遠慮するつもりがないようだ。

 やがて、千夏は部屋を出て行った。静かになった部屋で、広希はぼんやりと天井を見上げる。

 とは、一体誰だろう。協力者らしいが、何をしたのか。

 頭の中で、ある程度模索を行うが、眩暈のせいで、思考がおぼつかなかった。

 軽い船酔いに似た感覚が、自身を襲っている。

 これは貧血からくるものだ。千夏が言ったように、先ほど血を抜かれている。それだけではなく、毎日続く採血のせいもある。完全に回復するより前に、血を抜かれているため、常に血が足りないのだ。

 後からやってくるという、協力者のことを考える余裕がなかった。

 広希は、身じろぎを行う。

 体中に痛みが走った。身体拘束による影響のせいだ。長い間、同じ姿勢を保ち続けると間接は固まり、鈍い痛みが生じる。このままだとより深刻化するのは目に見えていた。たまに千夏が達夫達を伴って、体位変換を行ってくれるが、それも焼け石に水だ。

 長期化している監禁は、非常に苦痛があった。どれくらい日数が経ったのかすら、もう把握が難しい。千夏に訊いても、教えようとはしなかったし、他に日付を確認できる方法もなかった。そのため、相当時間が経過したように感じる。せいぜい一週間足らずかもしれないが、自分の感覚では、一ヶ月近くは経っているように思えた。

 広希の精神は、疲労困憊しつつあった。長期間の拘束と監禁に加え、強制的な採血によるストレスは、広希の心を研磨機にかけたように、確実に削り取っていった。頭が正常に働かず、夢遊病者のようにおぼろげな思考能力へと、著しい低下の道を歩んでいた。

 こうなる以前、あまりにも抵抗がひどい広希に対し、千夏が精神安定剤を飲ませたことがあった。その時も、頭がぼんやりとし、物事を上手く考えられなくなった。その時と今は感覚が似ているが、違うのは、薬の場合は、精神的苦痛を感じられなくなった点だ。それを踏まえれば、広希としてはせめて苦痛から逃れるために、薬の処方を望むのだが、千夏は一度使ったきり、二度と使おうとはしなかった。理由は、血が不味くなる、というものだ。

 千夏達は一向に広希を開放する素振りを見せなかった。まるで乳牛からミルクを絞るように、血を抜き、美味しそうに飲んでいる。彼女達が自分を見る目は、まさに家畜に対するそれだった。

 絶望と苦痛の中に沈んでいる広希だったが、一縷の希望があった。

 それは祖父母のことだ。自分が行方不明になってから、随分と時間が経っている。すでに警察へ捜索願いを提出したはずだ。高校へも連絡をしているに違いない。

 いずれは、警察がここへ踏み込むはずだ。祖父母が助けてくれる。きっと。そうなれば、お前らは終わりだ。

 広希は、眩暈に襲われながら、心の中でそう呟いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】ホラー短編集「隣の怪異」

シマセイ
ホラー
それは、あなたの『隣』にも潜んでいるのかもしれない。 日常風景が歪む瞬間、すぐそばに現れる異様な気配。 襖の隙間、スマートフォンの画面、アパートの天井裏、曰く付きの達磨…。 身近な場所を舞台にした怪異譚が、これから続々と語られていきます。 じわりと心を侵食する恐怖の記録、短編集『隣の怪異』。 今宵もまた、新たな怪異の扉が開かれる──。

視える僕らのシェアハウス

橘しづき
ホラー
 安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。    電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。    ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。 『月乃庭 管理人 竜崎奏多』      不思議なルームシェアが、始まる。

呪縛 ~呪われた過去、消せない想い~

ひろ
ホラー
 二年前、何者かに妹を殺された―――そんな凄惨な出来事以外、主人公の時坂優は幼馴染の小日向みらいとごく普通の高校生活を送っていた。しかしそんなある日、唐突に起こったクラスメイトの不審死と一家全焼の大規模火災。興味本位で火事の現場に立ち寄った彼は、そこでどこか神秘的な存在感を放つ少女、神崎さよと名乗る人物に出逢う。彼女は自身の身に宿る〝霊力〟を操り不思議な力を使うことができた。そんな現実離れした彼女によると、件の火事は呪いの力による放火だということ。何かに導かれるようにして、彼は彼女と共に事件を調べ始めることになる。  そして事件から一週間―――またもや発生した生徒の不審死と謎の大火災。疑いの目は彼の幼馴染へと向けられることになった。  呪いとは何か。犯人の目的とは何なのか。事件の真相を追い求めるにつれて明らかになっていく驚愕の真実とは―――

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo
ホラー
この世には、知ってはいけない話がある。  怪談、都市伝説、語り継がれる呪い——  どれもがただの作り話かもしれない。  だが、それでも時々、**「本物」**が紛れ込むことがある。  本書は、そんな“見つけてしまった”怪異を集めた一冊である。  最後のページを閉じるとき、あなたは“何か”に気づくことになるだろう——。

皆さんは呪われました

禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか? お勧めの呪いがありますよ。 効果は絶大です。 ぜひ、試してみてください…… その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。 最後に残るのは誰だ……

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2026/1/23:『でんとう』の章を追加。2026/1/30の朝頃より公開開始予定。 2026/1/22:『たんじょうび』の章を追加。2026/1/29の朝頃より公開開始予定。 2026/1/21:『てがた』の章を追加。2026/1/28の朝頃より公開開始予定。 2026/1/20:『ものおと』の章を追加。2026/1/27の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/19:『みずのおと』の章を追加。2026/1/26の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/18:『あまなつ』の章を追加。2026/1/25の朝8時頃より公開開始予定。 2026/1/17:『えれべーたー』の章を追加。2026/1/24の朝8時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

処理中です...