あなたの血を飲み干したなら

佐久間 譲司

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絶望

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 どうやらいつの間にか眠っていたらしい。

 腕に、チクリとした痛みが走り、広希は跳ね上がった。正確には拘束されているので、ほとんど体は浮き上がらず、大きな痙攣をしたような形になっただけだったが。

 ハッと目を開けた。千夏が側で、腕に針を刺していた。連日続いているように、血を抜き始めているのだ。

 視線の先に、別の人物がいた。見知った顔だった。

 神谷がそこにいた。二年三組の担任教師。ジーパンにTシャツというラフな格好だ。

 これが、千夏の言う『後でくる人』なのだろう。つまり協力者とは、神谷のことだったのだ。

 神谷は、目が覚めた広希を確認すると、笑みを浮かべた。

 「久しぶりだな。架柴。調子はどうだ?」

 神谷は、悪戯っぽく言う。

 広希は、軽い衝撃を受けていた。本来は生徒を守る立場の人間だ。それがグルだったとは。以前から、こちらの血に興味を示していたのは知っていたが、ここまで堕ちるとは思わなかった。

 それに、何度か広希の血を貰っていたということは、当初からこの監禁のことを知っていた可能性もあった。何てことだ。教師のクセに。

 血を抜き終わった千夏から、神谷は、コップを受け取った。そしてそれを一気に飲み干す。神谷は、広希が初めて見るほど高揚感溢れる顔になった。

 「ごちそうさま。やはり新鮮な血は美味いな」

 神谷は、空になったコップを千夏に手渡しながら、満足気に言う。唇が血で汚れ、それをハンカチで拭った。度重なる採血による眩暈を起こしながら、広希は神谷を見つめる。

 「こうやって飲ませたから、またよろしくお願いしますね」

 千夏は、教師である神谷にそう言った。どこか上から目線の口調だった。

 「ああ、わかっている。監禁が発覚しないように、今まで通り協力するよ」

 神谷は頷いた。

 広希は、二人のやり取りを聞き、ある程度察する。おそらく、神谷は、広希が行方不明であることを学校側に知られないよう、何らかの手回しを行っていたということだ。それが、この監禁が長引いている一因であると思われた。

 しかし、それでも疑問が残る。いくらなんでも限度があるはずだ。祖父母はすでに、警察に相談しているのは疑いようがない。そうなると確実に学校側に連絡がいく。それを神谷一人の力で封じ込めることなど、不可能ではないのか。どのようなトリックを使ったのだろう。

 広希の猜疑に包まれた視線を受けて、神谷は、何かしら悟ったようだ。

 悠然とした風情で、口を開く。

 「どうした? 架柴。何か言いたいことがあるのか?」

 広希は、言う。

 「……いずれ警察がくる。すでにおじいちゃんとおばあちゃんは通報しているはず。こんなこと、いつまでも続かない」

 搾り出した広希の言葉に、神谷は、突然破顔した。おかしそうに吹き出す。

 「ああ、お前、まだ知らないのか。大里、お前言ってないんだな」

 訊かれた千夏は、肩をすくめながら答える。

 「言う必要がないと思って。監禁には支障がないし」

 「いかんな。報連相は大事だぞ。この間の課題授業で習っただろう」

 「ごめんなさい」

 千夏は、舌を出した。

 一体、二人は何を言っている? 広希の中で、不安が、急激に膨らんだ。物凄く嫌な予感がする。

 「まあ、いい。この際だから、教えておこうか」

 神谷は、拘束されている広希のベッドに歩み寄ると、ベッドに腰掛けた。脇腹のすぐ横だ。

 神谷の顔がはっきりと見える。最後に神谷を見た時とは違い、化粧をしていなかった。あるいは、薄化粧か。

 神谷の気の強そうな目が、広希を捉える。

 「お前がこいつらに拉致された夜、私に電話があってな」

 神谷は、静かに語り出す。

 「お前の祖父母からだったよ。孫が帰ってこないから心配だとね。警察に相談しようと考えている最中だと言った」

 「……」

 拘束されたまま、広希は、顔を上げて神谷の話に聞き入っている。やはり祖父母は広希の身を案じて、すぐに行動へ移したようだ。だが。

 神谷は続ける。

 「私はこうアドバイスしたよ。『まだいなくなったとは限らない。だから警察に相談するのは早い。私も担任としての責任があるから、とりあえず、今から会って話そう』とね」

 神谷は、なおも落ち着いた口調で喋っている。

 「私が指定した場所は学校だった。お前の祖父母はノコノコ現れたよ。孫を心配する気持ちが強いあまりか、私を疑ってはいなかったな。まあ、教師という立場があったお陰もあるかもしれないが」

 神谷の声が部屋に響き渡る中、広希の心臓の鼓動が、次第に早くなっていく。まさか。そんなことは……。

 「お前の祖父母がくるより前に、私は木橋達に連絡した。そして、先に学校へ到着した。お前の祖父母と私が顔を合わせたのは、その後だ。私はその二人を学校の応接間に連れて行った。学校には他に誰もいなかったのは、我々にとって、僥倖だったな」

 話の方向が、絶望的な方向に進んでいっていることを察し、広希の息が荒くなる。その先は、聞きたくなかった。

 だが、神谷の話は終わらない。

 「いやいや、少し揉めたよ。お前の祖父母は、警察に捜索願いを出すとの一点張りでね。いくらこっちが説得しても無駄だった。特に祖父がやっかいでね。何が何でも捜し出すと強気だった。だから」

 神谷は、顔を近付けた。息が掛かる。血の臭いだ。先ほど飲んだ、自分の血液。

 神谷は、広希を地の底に落とすクリティカルな言葉を吐いた。

 「殺してしまったよ。せっかく非感染者の血を飲める環境が整ったんだ。それを逃すわけには行かない。皆が血液飲料が足りずに、血に飢えているんだ。仕方がないだろう?」

 「嘘だ……」

 広希は、呆然と呟く。そんな馬鹿な。ありえない。そんな簡単に人が殺されてたまるか。

 しかし、神谷は無常にも首を振った。

 「嘘じゃない。見せてやろう」

 神谷は、ジーパンのポケットから、スマートフォンを取り出した。画面を操作し、こちらに向ける。

 広希の目が見開かれた。

 そこに写っていたのは、祖父母だった。応接間の物らしき革張りのソファの足元で、無造作に転がっている。顔は浮腫んだように膨れ、舌が蛇のように突き出ていた。

 人目で死んでいることがわかった。

 「あ、あ……」

 広希は口を魚のようにパクパクさせた。今見たものが信じられない。まるで夢の中のように、現実感が乏しかった。

 神谷は、スマートフォンをポケットにしまうと、注釈した。

 「言っておくが、殺したのは私ではないぞ。木橋達夫と桑宮茂だからな。二人は高校生だが、相手は老人だったからな。簡単に殺していたぞ。もっとも、死体は私の車を使って、山奥に捨てたが」

 広希は、強い眩暈に襲われた。貧血のせいではなく、ショックのせいだった。息が荒れ、過呼吸のように喘ぐ。近くにいる千夏は平然とした様子で、それを眺めていた。

 祖父母が殺された。仲の良いクラスメイトから。そして、抱いていた一縷の望みは、これで絶たれたことになる。祖父母は警察へ知らされる前に殺されたからだ。

 大きな衝撃に悶えている広希へ、神谷がこっそりと耳打ちした。

 「お前も選択を誤ったな。私があの時、血をくれれば守ってやると伝えただろう。それに従えば、こんな目には遭わなかったんだよ。お前も祖父母もな」

 神谷は、邪な笑みを浮かべた。獣のような残忍さが醸し出されている。

 広希は、ようやく心の底から悲鳴を上げた。絶望に打ちひしがれた、悲痛の叫びだ。
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